005
ある日の昼休み。
私はチャイムが鳴ると同時に購買に走り、適当に惣菜パンを買った。
教室に戻って、いつものグループで席を作る。田中がどこで何をしてるかは知らない。
「ちょっと、聞いてよ~」とグループの一人が口を開くと、他愛もない会話が始まる。
ライブのチケットが当たったこととか、昨日のドラマの展開とか。他クラスの彼氏彼女の事情とか。私はそれらに耳を傾けて、ふんふんと興味ある風に頷く。
でも、心の中は『本当の(?)自分のこと』でいっぱいだった。
今、目の前にいる友達も仮の姿なのかもしれない。楽しそうにしてたって、実はつまんねーな、と思っているのかもしれない。昨日のドラマだって見ていないかも。
そう思うと、ちょっと面白い。
――けたたましい音が聞こえたのは、そんな時だ。
振り返ると、バカみたいにじゃれ合っていた男子がいくつか机を倒していた。
「あっ……!」
私は思わず、声を上げていた。
倒れた机の中には田中の席があって、しかも脇に下げていた鞄が落ちていたのだ。不幸なことに、その鞄はチャックが開いていた。
「……あれ、田中の席だよね?」
「えっ、なんで化粧道具?」
クラスメートの呟きに、教室の空気が一瞬で凍り付いた。机を倒した男子も、鞄を拾いもせず立ち尽くしている。
みんながどういう反応すべきか、戸惑っていた。それは私も同じだった。
そこに最悪なタイミングで田中がクラスに戻ってきた。
「あ……」
田中の顔から、血の気が引いていく。
彼は慌てて鞄に駆け寄ると、散らかった化粧道具を拾い始めた。
「……ねえ、それなに? あんた男でしょ」
近くにいた別のグループの女子が鋭い声を投げる。
「もしかして、女子から盗んだとか?」
「ちっ、違うよ! これは、僕のだ。盗んだりなんて、してない!」
「え……マジで。あんた、メイクすんの」
続く言葉に、田中が俯く。それから小さく頷いた。
「キモ」
誰かが言った。
次の瞬間、ドッと笑いが弾けた。
「田中、オカマかよ! うわ~俺、初めてみたわ!」
ああ、まずいな、と思った。
田中はヘラヘラ笑った。違うよ、と言ったんだろうけれど、その声は小さすぎて聞こえなかった。
「ちょっとぉ、俺に惚れないでねー?」
「綺麗目男子だったら全然アリだけど、田中じゃねー」
「モテなさすぎて、女装に目覚めちゃったの?」
好き勝手に言うクラスメートに、私は手を握りしめた。
席を立って、言わなくちゃならないことがあった。
田中は同性が好きという訳じゃない。例え好きだとしても、惚れる相手は選ぶって。
というか、田中はメイクしたらめちゃくちゃ綺麗だし。確かに今はモテてないけど、それはみんなが田中のことを知らないからで……
そもそも田中にメイクしたのは私だ。
「……」
でも、声が出なかった。席も立てなかった。
田中は鞄の中身を片付けると、教室を出ていった。
クラスは田中の話題で持ちきりになった。
もちろん私も田中の話を振られて、ヘラヘラ笑って、赤い牛の人形みたいに頷き続けた。……最低だ。
田中は次の日、休んだ。
その次の日も、その次の日も、学校にこなかった。そして、冬休みになった。
* * *
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