004

 街中でクリスマスソングが流れだす頃、

 私は女の子に扮した田中と一緒に家の近くのハンバーガーショップに出かけた。


「……ねえ、僕変じゃない?」


「もともと変じゃん」


 コーラを飲みながら、私は答える。


「そう言うことじゃなくて……」


「誰もあたしらのことなんて見てないよ。自意識過剰」


「それもそうか」


 指についたケチャップを舐めて、おしぼりで丁寧に拭う。

 バーガーショップは、駅に続く大通りに面していた。

 私たちが座った二階の席の目の前は硝子張りで、二人して歩く人を見下ろしながら沈黙をやり過ごす。


「そんなことよりさ、ずっと気になってたんどけど……田中って男が好きなの?」


 なんとなく、この質問を投げるのには勇気が必要だった。


「うーん……同性に恋愛感情持ったことはないな」


「え、でも、メイクするってことは女の子になりたいってことじゃないの?」


「僕は別に女の子になりたいわけじゃないよ。たぶん」


 田中は低く唸ってから、私を真っ直ぐ見た。


「伊藤さんは、変身願望ってない?」


「変身願望?」


「そう。自分じゃない自分になりたい……みたいな」


 私は思案に暮れた。ストローの先っぽを噛み潰し、やがて口を開く。


「分かんない。そういうの、考えたことないや」


 変身願望があるというのは、しっかりとした自分のイメージを持っているから言えることだ。だから変わりたいと思うんだろう。


「あたしには、自分ってのがないから……そういう考え持ったことない」


 私は溶けた氷をストローでかき混ぜながら続けた。


「自分がない? 僕には、伊藤さんはとっても自分を持ってるように見えるけど」


「ないよ。この髪型も、メイクも、自分でこうしたいからしてるわけじゃないし」


「じゃあ、どうして今の格好に落ち着いたの?」


「一番これがクラスに馴染むから。親からもうるさく言われないし。あとは……男ウケがいいから?」


 大してこだわりのない格好だけど、一番、私はこうすることにこだわっている。

 それは、これまで生きて来て身に付けた処世術だ。


「伊藤さん、モテたいの?」


 田中がどうでもいいことに目を丸くした。


「なんで驚くの? 田中って女子にモテたくないわけ?」


「僕は……好きじゃない人にモテてもあんまり……」


 頬を赤く染めて、彼はぼそぼそと呟いた。私は素直に感心してしまう。


「田中って、そういうところイイよね」


「えっ……い、いいって?」


「イイはイイだよ。イイ感じ」


「そんなこと言ったら……伊藤さんだってイイ感じだよ」


「は? どこらへんが?」


「だって、今僕の目の前にいる君は、仮の姿なんでしょ。なんかヒーローみたいで格好いいっていうか」


「まぢじゃん。めっちゃ格好イイじゃん」


 顔を見合わせると、私たちは噴き出した。


「ねえ。本当の伊藤さんは、どんな女の子なの?」


「んー……分からん。でも、時々ぐわっと思い切ったことしたくなる」


「はは。じゃあ、思い切ってみようよ。僕も一緒にするから」


「なんで一緒?」


「だって、一人でやるより二人の方が勢いつくでしょ?」


「確かに……そうかも」


時折込み上げてくる、あの衝動。言葉にできない……あれは何だろう?

本当の私の魂の叫び? じゃあ本当の私って、どんな奴?


* * *


 結局、私は私のしたい思い切ったことが浮かばなくて、とりあえずそこから考えていこうという話になった。

 具体案は何もないけど、田中は付き合ってくれるらしい。


「今まで伊藤さんが僕にしてくれたことだよ」と彼は笑った。

 田中はイイ奴過ぎると思う。

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