003
学校を終えると、私の家の近くの駅で待ち合わせる。
それからコンビニで適当にお菓子を買って田中は私の家に遊びにくる。
「見てよ、伊藤さん。お小遣い叩いて、ウィッグ買っちゃった」
秋も深まる頃、私の部屋を訪れた田中が鞄からロングヘアのウィッグを取り出した。
「あは、チョー本格的じゃん。まぢウける」
私は爆笑と共にすぐにクローゼットへ向かい、一着のワンピースを手に戻った。
「んじゃ、これ貸してあげるよ」
「えっ!? で、でも……」
ほんのりと頬を赤く染めて、田中がたじろぐ。
「そのゆるふわロングで、学ランってわけにはいかないっしょ」
「それは分かるんだけど……でも、入らないでしょ……」
「あたしと背丈同じくらいだし。あんた細いし。問題ないんじゃない?」
田中は躊躇いがちに頷くと、緊張した面持ちでワンピースを受け取った。
「あんたってさ、面白いよね」
「面白い? 初めて言われた。……変なやつとは言われたことあるけど」
「あー……確かに。変かも。でも面白い」
「……伊藤さんも少し変わってるよね」
「ないない。あたしは、いたってフツー」
「普通の人はこんな風にメイクして遊んでくれたりしないよ」
田中が嬉しそうに笑うから、私はこそばゆい気持ちに駆られて俯いた。
子供の頃したお人形さん遊びの延長のつもりだったのだ。
「……じゃーあたし、何か飲み物持ってくるから。着替えててよ」
私はそそくさと部屋を出て、階段を下る。
キッチンでインスタントコーヒーの粉をカップに入れていると、いつの間にか大学から帰ってきていた姉に声をかけられた。
「あ・ず・さ」
「わっ!? お、お姉ちゃん、今日、早いね!?」
「ん、午後の授業休校でさ。ってか、玄関の靴見たよ~? 彼氏できたなら、できたって言えよ。水臭いな」
「はっ、はぁ!? な、なな、なんで彼氏!? 彼氏とかじゃないし!!」
「まだ付き合ってないんだ? ふーん」
ニヤニヤと姉が笑う。私はカッと頬が熱くなるのを感じた。
「そーいうんじゃないんだってば!」
「どんな子? お姉様に紹介しなさいよ」
彼女は私の言葉が終わらないうちに、どかどかと二階に上がっていく。
「あっ、ちょ、待っ……! ウザいことすんなし!」
「こんにちは~。あずさの姉です~」
ノックもなしに姉が部屋の扉を開ける。
中では、田中が着替え中のはずだ。姉を取り押さえようとすると、問答無用で私の腕は振り払われてしまった。
「ちょっと、お姉ちゃん――!」
「え。あれ? 女の子?」
素っ頓狂な声が耳に届く。私は勢い良く田中を隠すように二人の間に体を滑り込ませた。
「ね、分かったでしょ? 彼氏とかじゃないから。もう出てってよ!」
「うーん。絶対、男の子だと思ったんだけどなぁ……」
「見間違いだから」
「見間違う? フツー。男物の靴だったじゃん」
姉は私の肩を力強く掴むと脇へ押しやった。
「ちょっ……」
「うん、やっぱり男!」
そう声を弾ませると、姉は硬直する田中にベタベタ触りだした。
田中は声も出ないのか、ただただオロオロしている。
「お姉ちゃん、いい加減に……」
「ごっ、ごめんなさい!」
田中が勢いよく頭を下げた。
その張りのあるテノールの声は、どこからどう聞いても女の子のものじゃなかった。
私は、胃がキリキリ痛むのを感じた。
どうやって説明する? 田中に無理矢理メイクしてたって?
でも、私の心配は杞憂だった。
「えー、なんで謝んの。めっちゃ似合ってんじゃん」
「は……!?」
私と田中は驚いて姉を見た。たぶん、同じ顔をしてたはずだ。
「あずさ、化粧上手いじゃん。勉強したんだねー」
「う、うん……」
「問題は服だね。もう少し体のライン隠せるタイプのなら、私も分かんなかったかも」
そう言って、姉は私に彼にもっと近づくよう手招いた。
「なに?」
「触ってみ? 彼の肩」
「肩?」
「なで肩だけど、やっぱゴツいよ」
ビクビクする田中の肩に触れてみる。私は目を瞬いた。
「本当だ……」
「そ、そんなに、違う?」
「全然違う」
間近で見る田中は、バッチリメイクの女の子なのに、姉の指摘通り体はやっぱり男の子だった。
骨ばっていて、全然柔らかくない。私とは丸きり違う。
「ちょっと待ってなよ。いい服あるから」
姉は楽しそうに言うと、踵を返した。
「え!? あの、なんで、そんなっ……」
「なんでってめっちゃ面白いじゃん。――あ、そだ。ついでにあんた、うちで夕飯食べていきなよ」
ニヤニヤと笑って、姉は続けた。
「うちの親、絶対気付かないから」
……姉の言う通り、お父さんもお母さんも田中が女装しているとは気付かなかった。
それで私たちはますます調子に乗った。
* * *
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