002

 私の部屋に田中がいる。あんまり印象のない男だから、異質な感じはしない。


「ねえ、本当にするの?」


 彼は緊張した面持ちで、ラグに座った。


「嫌なら嫌って言ってね。イジメたいわけじゃないから」


「嫌ってわけじゃないんだけど……」


 そう、と短く頷いて、私はメイクボックスをひっくり返した。

 ざらっと大量の化粧道具が転がり出る。


「肌弱いとかある?」


「へ、平気」


「じゃあ、始めるよ」


 シェーバーで眉毛を整えてから、問答無用で化粧水を振りかけた。


「目、閉じてて」


「え、あ、うん。ごめん」


 大人しく従う田中を眺める。彼は意外なことに顔のパーツは良かった。

 同年代の男子よりも清潔感もあった。


「……なんでそんなにアイシャドウ持ってるの?」


 田中がうっすらと目を開けたのは、乳液、下地クリーム、ファンデーションと続けて、陰影を付け終わった頃だ。


「お姉ちゃんがくれるの。あの人、シーズンごとに新色片っ端から買い漁るから余るんだよ」


「そうなんだ」


 それでまた会話は終わった。気が付けば、私は彼のメイクに夢中になっていた。


「ねえ、今、僕、どうなってるの?」


「チーク、終わったとこ。後は、付けまつげ乗せるだけ」


「付けまつげ!? 付けまつげまで付けるの!?」


「当たり前じゃん。これ付けなきゃ、始まらないって」


 実は基本ナチュラルメイクの私は付けたことがない。

 でも、彼には付けるべきだと思った。なんせ……彼はどんなメイクをしたっていいのだ。


「はい、おしまい。鏡見てみ?」


「う、うん……」


 恐る恐る田中が鏡を覗き込む。

 それから彼は瞬きを数回した。その頬は、みるみるうちに上気していった。


「凄いね、伊藤さん。僕、女の子みたいだ」


 田中の第一声はそれだった。


 我ながら上手くいったとは思っていたけど、そんな風に喜ばれるとは思っていなかった私は、虚をつかれた。


「うん。似合ってるよ」


 月並みな、それでいて心からの感想を述べる。

 田中は白い歯を見せて可愛らしく笑った。とても嬉しそうだった。


* * *


 その日から、帰宅部だった私は田中と一緒に秘密の課外活動に勤しんだ。

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