第3話 一番・ショート
▽
手に取ると、傘は柄からもげてしまい開くことさえ難しかった。
ネームプレートに刻まれたその名前をぼくは知っている。
ショートを守っていた一番バッター。甲子園に出て、いずれプロになる選手だ。
赤土からの帰り道、ぼくらを雨から守ってくれた力強い傘は見る影もなかった。
けんちゃんは三年生になる前に野球をやめてしまった。噂では、喧嘩が原因だったとも言われている。
野球推薦で入学した手前、高校も辞めざるを得なかったけんちゃんの気持ちが、逃げ帰るようでこの町に顔を出せないけんちゃんの気持ちが、ぼくには痛いほどわかる気がした。
中退後、今はどこかの町で働いていると誰かから聞いたけど、それも定かではない。
傘を無理やり開くと、芯の部分が根本からぽっきりと折れた。それを待ちわびていたかのように生地を支える細かい骨もぱらぱらと足元に散った。
駅舎がまるごと冬の雨に押しつぶされたみたいにぼくはしゃがみこむ。
二度と元には戻らないその壊れように、こみ上げてくる想いが真正面からぶつかってしまう。
本当にすごい選手だったんだ。
ぼくらのチームの一番ショートには、けんちゃんがいたんだ。
『お前ら声出していけよ!』
胸の奥にしまい込んだ、痺れるほど、溶けてしまうほどに嬉しかったあの頃のけんちゃんの笑顔を拾い集めるように――
ぼくは膝をついたまま、その傘を抱きあげた。
(了)
一番・ショート 真乃宮 @manomiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます