夏の元気なご挨拶
容赦なく照りつける太陽。
耳に入るだけで体温が上がるアブラゼミの鳴き声。
八月の風物詩。
一般的な学生は夏休みを満喫しているのだろう。
だが受験生に夏休みはない。
私はほぼ毎日、部屋で真面目に勉強をしている。
あれからお父さんはハロワに行ったが好みの条件がないとか抜かしていた。
結局、しばらくは短期で清掃のアルバイトをすることになった。
時々、警察の事情徴収を受けたり、証拠品としてスマホを提出したりもしていた。
そしてついに『カメムシ転生』なる小説が無事完成した。
小説投稿サイトにアップしたが、思ったよりも全然読まれてない、とお父さんは怒っていた。
私も読むように勧められたが、読めたら読む、とだけ言って読んでいない。
時間は有効に使うべきだ。
夏休みのある日。
清掃のバイトの定休日なので朝からお父さんはイビキをかいて寝ていた。
十時頃になるとムクリと起き上がり、用を足し、顔を洗い、パンをトーストしてコーヒーを淹れた。
「ねえ、やっぱり犯人は吉本さんなの? まだ捕まっていないしちょっと怖い」
私はお父さんに聞いてみた。
「う~ん、彼が犯人だという決定的な証拠がないらしい。だから事件に巻き込まれた可能性もある。吉本は一人であの夫婦のパワハラに苦しんでいたんだから殺す気になっても不思議じゃないんだが」
パンにバターを塗りながらお父さんは言った。
「吉本さんから連絡はないの?」
「それがまったくない。こちらからメッセージを送っても既読が付かない。奴には大金を貸しているんだ。この際、金だけ返してくれればいい」
お父さんはそう言うとコーヒを一口飲んだ。
「おい、ナナミ! 面白いものがいるぞ」
お父さんは突然立ち上がるとベランダの方に歩いていった。
窓を開けて、ベランダに干してある洗濯物を指さし、
「ほら、カメムシ。しかも二匹も」
と言った。
気になってベランダに行くととんでもない状況になっていた。
「あぁっ! よりによって私のお気に入りのシャツに! カメムシが! しかも二匹も!」
思わず叫んだ。
「
「そんなことより早く追い払って! またシャツを洗濯しないと。もうサイアク」
「カメムシに転生して挨拶をしに来たんだからそんなに邪険にしちゃダメだ。『俺たち夫婦もカメムシとして頑張るからな。お前ら親子も就職に受験に頑張れよ』と伝えにきたんだろう。お父さんはそう思うんだ」
「冗談はよしこさん」
私がそう言うとお父さんはプッと吹き出し笑いだした。
つられて私も笑いだした。
親子そろって心から笑ったのはいつ以来だろうか。
二人の笑い声はしばらく止まず、やがてカメムシはどこかへ飛び去った。
<了>
お父さんは一所懸命 はらだいこまんまる @bluebluesky
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます