瓶の中から見る景色

キム

瓶の中から見る景色

 ガタンッ


 ……うん? なんだろう。何かの物音で目が覚めてしまった。

 はて、今はいつだろう。あれからどれくらいの年月が経っただろう。

 まあ、ざっと百年ぐらいかな。


 * * *


 私が初めて自我を持ったのは、およそ百年前。大きな屋敷にある、小さな透明な瓶の中だった。


 ――角砂糖の精霊。みあかし。


 それが、私の正体。

 角砂糖の精霊、なんて言って誰かに伝わるのかわからないけれど、私は確かにそういう存在なので仕方がない。

 今日もぼんやりとした意識のまま瓶の中から外を見ると、ご主人がを二個ほど瓶から取り出し、コーヒーに溶かしているのがわかった。

 私は角砂糖の精霊でありがなら、個ではなく群、あるいは概念として存在している。

 角砂糖一個が私なのではなく、全てが私なのだ。

 だから、一個二個くらい瓶から取り出されても私はずっとここ瓶の中にいる。

 ……じゃあ、瓶の中の角砂糖が全部なくなったらどうなるかって? もちろん私もそれについては考えたことがある。

 答えは、次の角砂糖が瓶に補充されれば、それがみあかしになるのだ。一度瓶の中身が空になっても、私は消えなかった。

 それではまるで角砂糖を入れている瓶自体がみあかしであるようにも考えられるが、それは断じて違う。何故なら、瓶から取り出された角砂糖には私としての感覚が残っているからだ。

 先ほどご主人が瓶から取り出した角砂糖みあかし。それがコーヒーに溶ける感覚が私に伝わってくる。なので、私は角砂糖が入っている瓶ではなく、角砂糖なのだ。

 そしてその溶けた角砂糖はコーヒーとともにご主人の口の中へと入り、舌を滑り、喉を下って、胃に納まる。そこで私としての感覚はなくなる。そこがきっと、角砂糖である私と別の物質との境目なのだろう。

 そうやって毎日数個ずつ、私はご主人の中に溶け込んでいっている。


 正直に言うと、何故私が角砂糖の精霊なのか疑問で仕方がない。

 私は確かに甘い物は好きだ。角砂糖の精霊なので食べたことはないが、シュークリームやパンケーキ、ミルクティーなどは好物である。

 だがそれと同じくらい、辛いものも好きだ。激辛のスナック菓子やラーメン、カレーも好んで食べている。それにチョコミントだって大大大好きだ。どうせ生まれるならチョコミントの精霊になりたかった!

 そんな私がなんで角砂糖の精霊になったのか……。私としての自我を生んだ神様がいるとしたら聞いてみたいものだ。


「ふう……やはりコーヒーに角砂糖を入れると気分が落ち着くな。幸せだ」


 ……。

 まあ。

 ご主人を幸せにしてあげられるのであれば、角砂糖のままでもいいかな。


 * * *


 ドンッ!


 先ほどとは異なる物音で、意識が百年前から今に戻ってきた。

 前のご主人がいなくなってからずいぶんと経つが、瓶の中の角砂糖がある限り、私はずっとここにいる。

 誰に見つけられることもなく、

 誰に気づいてもらえることもなく、

 これからもずっと、ここにいるのだろう。

 砂糖には賞味期限がないから、ずっとここにいるのも悪くないんだけどね……。

 ……。

 …………。

 それでもやはり。

 寂しい。


 バタンッ!


「わー、ここのお部屋も真っ白!」

「そうねえ。しばらくパパとれーちゃんにも新しいお家のお掃除を手伝ってもらわないと駄目ね」

「はーい! お掃除がんばるー!」

「よおし! 力仕事ならパパに任せておけ-!」

 なんだか部屋の中が一気に賑やかになった。

 新しい住人でもやってきたのだろうか。

「ママ見て! すごーい! お皿や瓶がたっくさんあるー!」

「きっと前の住人が置いていったのね。使えそうな物は使わせていただきましょう」

 そんな会話をしていると、れーちゃんと呼ばれていた女の子が私が入った瓶を見つけて、じーっと見ていた。

 しばらくしてれーちゃんは、彼女の後ろで荷ほどきをしている両親の方へ振り返り、もう一度私を見た。

 そして両親の目を盗むようにして私が入った瓶の蓋を開けて、私を一つ手に取るとぱくっと食わえて口の中で放り込んだ。

 ちっちゃくてやわらかな舌の上で転がされて、ときどき乳歯のような小さな歯に削られて、少しずつ、少しずつ、私は彼女の中へと溶け込んでいく。と、そこで私の感覚は途絶える。

 人に食べられ、胃に納まる感覚。とても懐かしかった。


 ……うん。

 今度は、この家族に幸せになってもらうのも悪くないかもしれない。

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瓶の中から見る景色 キム @kimutime

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