何時か頑張りは報われる
「さて、やるか」
「うん。私は何やれば良い?」
「………いや、その、ティアは大人しくしてて」
もう彼女が居る事に対してはツッコミはいれない。
「私も何かするよ?」
「いや、しなくて良いから」
「………する」
何でそこまでしたがる………。
まあ、薬品は危ないからやらせる気は無いし、うーん、そんなに媚を売りたいか。
僕にはもう彼女が居る理由が“薬目当て”だとしか思えなく余り部屋に上げたくないのだが、何時も通り結界魔法を解いて入って来るんだから諦めるしかない。
「はあ、目当てが薬じゃなかったら良いのに………」
「え。何か言った?」
「何も。あ、そんなに何かやりたいなら、『園』に水あげて欲しいんだけど」
「『園』?」
椅子から立ち上り、壁に向かって歩いて行く。その時に彼女を手招きして、彼女がこっちに来るのを確認したら、壁に手を触れる。
そうすると、足下に魔方陣が現れ、一瞬にして視界が変わる。床に仕掛けてある転移魔法が付与された床に魔力を通すと指定された場所へと転移する魔道具だ。これを作るのに結構な時間が掛かったと覚えがある。指定した場所に移動させる理論が中々出来なくかなり頭を悩ませたなあ。懐かしい思い出だ。
移動先はさっき話していた『園』だ。と、言ってもただの薬草畑なのだが。円型状のビニールハウスに十面分の畑がここにはある。
「うわっ! ここ、何処?」
彼女がやっと此方に来たようだ。来るのに五分弱は掛かっている。うーん、もしかして見ただけじゃ分からなかったかな?
「ごめん、分からなかった?」
「いや、その、うん」
何か曖昧な返事だけど、これは僕が悪いな、ちゃんと説明をしなかったんだ。
「ごめん、見れば分かるかなって思ったんだけど、本当にごめんな」
「う、ううん! 大丈夫だから。えっと、ここは何処なの?」
「えっと、詳しく言えば家の中庭だけど、ここは一応、“薬草栽培所”ってところかな」
「私は畑に水をやれば良いの?」
「うーん、その、さっきまで忘れてたんだけど、ここは魔道具で自動的に水をあげてくれるし、温度調整もしてくれるから、ごめん、特にやる事がなかった」
肩を落としたず~ん、といった感じに落ち込む彼女。いや、ほんと、ごめんなさい。研究とかに集中しててこっちの事は忘れていたんだ。うん、仕方ない事だ。
でも、そこまで落ち込むかな? 彼女はいつの間にか『園』の隅の方で踞ってめそめそ泣いている。
「ティア、そんなに水やりしたかったの?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、何で泣いてるんだよ」
「それは、少しでもユクムの助けになりたくて」
僕の助けか。それは本心で言ってくれているのか、いや、ない。彼女は薬が目当てなんだ、僕の為になんか───彼女の顔がちらっと見えて、潤った目で瞼の下に水が溜まっているのが見えた。あれは、泣いてるのか。
「………ティア、その、えっと、あ! お腹減った!」
なんだよ、お腹減ったって。彼女は使用人彼じゃないんだぞ。
彼女が何かやりたそうだから、取り敢えず前に食べたパンとかスープが美味しかったから言ってみたけど………。
「分かった、作ってくる」
あまり表情は変わってないけど、やる気になってくれたのは分かる。前で手をぐうするポーズもとってるしな。
「えっと、何処から出れば良いの?」
「えっと、転移魔法使える?」
「いや、あんなの使えないんだけど」
あんなのって、そんなに難しい魔法じゃないんだけど。ナバルだって使えるし、僕が元居たパーティーメンバーなら全員使えると思うし。
「仕方ないな、少し待ってて」
「えっと、ここからは部屋にあった魔道具はないの?」
「あるにはあるけど、整備してたのを忘れてた」
「忘れ過ぎじゃない?」
「………研究者には良くある事だよ」
「目を逸らさないで言ってよ!?」
いや、まあね、自分でも最近物忘れが激しいな~って思ったんだ。可笑しいな、まだ二十二なのにもう老化が進んだのか。
それから、足りない薬草を取ってから彼女と転移で部屋に戻り、彼女はご飯を作りに厨房に行った。
「うーん、薬草が足りない」
いや、持っている薬草は足りているんだけど、この先進むならもっと違う薬草が居る。
ナムル草、ナナフシ草、ヒテクル草、後は苦味を消すニガ草が主にあれば薬は出来るのだが、 それだけでは足りない。後一つ何かあればもっと回復力は上がり、万能薬となるだろう。でも、その『何か』が分からない。
「よし、分からないなら分かるまでやる!」
今の言葉は僕の師匠の言葉だ。あの人は何時もそんな事を言って僕に無理矢理やらせていた。はあ、思い出したくない苦々しい思い出だ。
「ユクム、出来たよ」
「ありがとう、ティア」
彼女が持ってきてくれたのは香ばしい匂いを漂わせるパンを数個だけ。前みたいにスープは無いがむしろ今はそれが有り難い。パンは片手で食べれるし、少しは日保ちはする。
もしかして、分かって持ってきたのか? 今から研究をするから───いや、そんな訳がない、彼女との付き合いはそこまで深くない。きっと、偶然だ。
「じゃあ、私は行くね」
「え。行くのか?」
「ん? 行かない方が良いかな?」
「いや、集中したいから。すまん」
「いいよ。私は私でやりたい事があるから」
やりたい事? なんだろう。気にはなるがそこまで詮索するのも悪いし、放っておくのが一番だな。
彼女が部屋を出て行き、部屋には俺一人になる。一人となれば部屋は自然と静かになる、普段ならこの静けさが良いと思うのに、今だけは何だか寂しいと思ってしまう。
いや、ないない、こんな短期間で落とされているはずがない。僕はそんなチョロくない。そう、僕の恋人はこの薬草達と言っても過言ではない。だから、今のは気の迷いだな。
「よし、やるか」
それから、一時間、二時間、時間は過ぎて行くばかりでまだ『何か』は分からずじまいで、一週間が過ぎた。
**
「………」
一心不乱に薬草の本を読んでいく。もう、持っている薬草は全て試した。だが、どれも違った。だから、一から薬草を調べて『何か』に当て嵌まる物が今必死こいて探している。
「ないない………これじゃない。違う………」
殆どが持っている薬草の下位互換の物ばかりで、調合しても多分だが全く効果、いや、劣化する場合もある。
「………もう、無いのか」
今読んでいるやつも読み終わってしまい、辺りを見渡すが、本棚にしまわれていた本は一冊も無く全てを読み切ってしまったみたいだ。
駄目か、これ以上は効果を伸ばせないのか。後一歩なのに、後少しで出来るのに。
『ん? そう言えば、あれがまだだったよな』
僕はとある物を思い出し、直ぐに立ち上り部屋を出て行った。出て行った後はもう全速力で走った。この時、転移魔法を付与した魔道具で直ぐにでも行けたのに僕はそれに気づかないで全速力でとある場所に向かった。
**
「え」
目的地に着いた途端に驚愕した。
僕が向かっていた場所は一向に育つ気配をさせなかった薬草畑だ。なのに、何故か育って白色花を咲かせていた。
本当は駄目元で、咲いてないか来てみたのだが、見事に全てが花を満開にさせている。
これは、神の祝福か、それとも単なる奇跡か、いや、今はどっちだって良い。早く摘んで実験を開始だ。
「よし、摘み終わったな。早く戻るか」
そこで、ビニールハウスの扉が開いて見覚えがあり過ぎる人物が入ってきた。
さらさらした銀髪をなびかせ、澄んだ深紅色の円らな目をした人物───彼女、ティアだ。
何故、こんな所に彼女が?
「えっと、何でティアがここに?」
「その、この子達の水やりに行こうとしたら、ユクムが走って行くのが見えて」
「はあ?………み、水やり!?」
どういう事だ、ここは結界魔法を何重にして………まさか、勝手に解いたのかよ。いや、まあ、今さらって感じはあるけども、それでも解くなって言いたい。
「ん? なあ、まさか、こいつらを咲かせたのってお前なのか?」
「えっと、そうなのかな? 分かんない」
「分かんないって…」
「分からないものは分からないだもん。ここだけ芽を出してるだけで全然成長してなかったから水をあげに来てだけだから」
「芽を出してた?」
「うん」
嘘だろ、何時だ、何時芽を出したんだ!? 僕がもう諦め掛けていた時か、くそ、何で見逃しているんだ。その時の気温と土の具合とか見たかったのに。
「はあぁぁ。もうわけ分からん」
色々な事で頭が一杯になって、寝不足もあるから頭が今一回らず全ての理解が追い着かなかった。
「ティア、ありがとう」
「私、感謝される事してないよ?」
僕はそれをきっぱり否定する。
「ううん。したよ、ティアはしてくれた。僕じゃあ、これは成長させられなかった。ティアはそれをしてくれた。これは返しきれない恩が出来ちゃったね」
何が何であれ、これが成長したのは多分彼女のお陰だろう。後で詳しい事を訊かないと。
「ところで、その薬草は何なの?」
「ん。これは、至って普通の薬草だよ」
「普通の?」
これには名前がない。だって、とある民族使っていた薬草だし、名前何て無いと言われた。
塗ってよし、煎じて飲んでよしの本当にただの薬草なんだ。ヒテクル草はこれの上位互換だな。
で、僕が今これを欲する理由はこれを譲ってくれた民族から聞いた話を思い出したからだ。
『これには、不思議な力がある。月が昇り太陽が昇る時、神水を持ちいればこれ本来の力が発揮されるであろう』
すまないが、この意味は僕も良く分かっていない。だって、月が昇り太陽が昇る時の時点で矛盾過ぎているからだ。太陽と月が一緒に昇る事何て有り得ない。
でも、これに出てくる“神水”は多分僕が作った薬の事だろう。遥か昔にだけ僕が作った以上の薬が有ったと言われている。その時にあった戦争のせいで薬草だけではなく自然自体が枯れ始めてしまい、そのまま薬と言う物は世界から消えてしまったと言われているが、完全には消えていなかった、森に住む民族は使っていたし、国から懸離れた地方にもあると聞くし。
「これが、あれば出来るんだ」
「出来るって、薬が完成するの?」
「確信はないけどね」
「そう、良かったね。ユクム」
彼女に笑みを向けられ、胸がドキッとした。それから、胸のドキドキが止まらなくなっている。いや、違う、これは彼女が可愛いから、した訳で………。いいや、違うな、もう逃げるのは止めだ。
「ティア、明日は来てくれるかな?」
「うーん、ユクムが来て欲しいなら」
「うん。来て欲しい」
「へ? あ、その、えっと、行く! 絶対来る!!」
顔を朱色に染めてあたふたする彼女は可愛らしい。
「じゃあ、部屋に行こうか」
「(ぶつぶつ)」
「ん? ティア? 行かない?」
「(ぶつぶつ)」
何か言っている気もするけど、声が小さくて良く聞き取れない。うーん、まあ、いっか。毎日通っているなら帰って来れるだろうし、一足先に帰ろ。
部屋に住み着いた彼女のお話 南河原 候 @sgrkou
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