遠く旅立つ者たち【第一部・完結】

「はっ――くしょッッ!!」


 突然の大くしゃみ。


 鼻をすすりながら、秀介がぼやいた。

「やれやれ。風邪かな。昨日も、お前ら二人がベッドに入れてくれなかったからだな」


 ここは、青空のたもとに位置する名も無きT字路。

 サボラ=ミナルカという平原の町から始まった街路――その最初の分かれ道であった。


 舗装もされていない土の地面に立つのは、三人だ。


 西方へ伸びる道の始点に足を置いたセシリアと。

 木製の案内板に背中を預けて、腕を組んでいる浅井秀介。

 そして、ガラにもなく二人と距離を置いている空野真琴。


「セシリアよ……どうするんだ? これから」

 降りそそぐ真っ白な光に、秀介が目を細めた。


 カチャリと刀を鳴らしたセシリアは、どこか――いつもよりほがらかな顔でこう言った。

「私の復讐はお前が果たしてくれたからな。死ぬより辛い、生き地獄……あれ以上の仇討ちはないし…………一つ、故郷に戻ってみようと思っている」


 その言葉に、秀介は難しい顔。

「故郷つったってよ……あの野郎に焼かれたんじゃなかったのか?」

「だからだ」

「おう?」

「あの頃から、五年も経つし……私を育んでくれたあの大地が今どうなっているか、この目で見ておきたいんだ」

「焼け野原のままかもしれんぞ?」

「それでもいい。もしも草の一本も生えていなかったなら……そうだな……その時はその時でなんとかするさ。この世には植物を操ることに長けたアイギスもいると聞くし……一生をかけても、あの頃の草原を取り戻してみせる。それが、私にできる家族への弔いだ」

「そうか。いつまでも過去を抱き続けるか……まあ、それも一つの人生だ」

「ふふふっ。相変わらず手厳しい」

「価値観の違いだよ。別段、お前の生き方を否定してるわけじゃない」

「……お前たちは、進むんだろう?」

「ああ。空野の奴は知らんが、俺は、とっととこんな世界とはおさらばしたいんでね」

「チキュウから来たという装着者を探すのか?」

「それ以外に手がないんだ。こうなりゃあ、藁にだってすがってやるさ」

「そうか。これでお前がチキュウに帰ってしまったら、カラテとは手合わせできなくなるな」

「ふん。剣を捨てるつもりの女が、よく言うぜ」

「……知っていたのか?」

「あの日以来一度も剣を振っていない。意識から気が抜けてる……気付かない方がおかしいさ」

「しょせん私の剣技は、復讐の剣だったからな……」

「別にいいんじゃないか? 武から離れて、一端の女として生きていけばいいさ。代わりと言っちゃなんだが、お前の太刀筋は、俺が覚えておくことにするから」

「っ――」

「おう? どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてよ」

「いや……恩に着る。お前ほどの男にそう言ってもらえただけで、本望だ。それだけで、私の剣は報われた。十分すぎるほど、な。それで……仇を取ってくれたお前に、この剣を託していきたいんだが」

「いらん」

「ふふふ。やっぱり、そう言われるか。まあ故郷への道は長い。道中、なにがあるか知れないしな」


 そしてセシリアが完治した右手を差し出し、「――じゃあ――」小さな拳をつくった。

「息災で」

 復讐鬼を終えた美少女剣士の優しい笑顔。


 秀介は照れくさそうに頭を掻くと。

「おう。お前もな」

 異形と呼べるまでに研ぎ澄ました拳を、セシリアの拳と合わせてやった。


 凶悪な拳をズボンのポケットに入れると。

「しかし空野の奴は、なにをやってんだ?」

 少し離れた場所から秀介とセシリアの別れを眺めていた黒髪の美少女に視線を送る。


 灰色の外套に身を包んだ空野真琴。

 飾り気のない外套の下では、ガリエルに破壊された蒼天の嵐打ちアクトマライトが、今も傷を癒していた。


 アイギスに備わった自己修復能力――とはいえ、あれだけ派手に砕かれると、元通りになるまでかなりの時間を要するらしく……あと一ヶ月は飛ぶことさえままならないらしい。


 ガリエルに敗北したのがよほど堪えているのか。

「………………はあ………………」

 ここ数日間、真琴は、ずっとうわの空を続けていた。


「お別れだとよ。お前は、いいのか?」

 秀介にそう呼びかけてもらって、ようやく我に返る。


「えっ? あっ、ごめんなさい! 今行くから」


 パタパタと走り寄ってきた真琴は、笑顔でセシリアと言葉を交わし、最後に彼女の身体をギュッと抱き締めた。


「元気でね。あなたが幸せになれることを、心から祈ってる」


 そして、秀介の方を一瞥すると、「……祈ってるから……」またまたぼんやりモード。


 どうにもおかしい同級生の様子に――むりやりセシリアを引っぱった秀介。

 真琴に背を向けると、ひそめ声で尋ねてみた。


「なあ。あれ、なんだと思うよ? 空野真琴とは、あんな腑抜けた女だったか?」


 すると、セシリアが珍しく声をあげて笑った。


「え? なんだお前。まさか気付いてないのか?」

「おう?」

「私も鈍い女だけど、お前はもっとひどいんだな。絶望的だ。あれはな――病気だよ」


 そのまま、二人してしゃがみ込むと。


「そいつはまずいな。今からでも町に戻って医者に診せようか?」

「全然的外れだよ、この朴念仁が。町医者なんかがあれを治せるわけがないだろう」


 そしてセシリアは秀介の耳元でこう呟いた。


「恋の病だよ。真琴の奴、お前にホの字なんだ」

「――はあ?」


 驚きに思わず立ち上がった秀介。

 反射的に真琴を見やると、たまたま視線がかち合い――しかし、真琴はすぐさま目を伏せてしまった。まるで純情な乙女のように。


「おいセシリア。これどうすりゃあ――」


 こういった事態を経験したことのない秀介は、すぐさまセシリアに助言を求めようとするが。


「そんなの私が知るわけないだろう!? せいぜい頑張ることだな、カラテ家!」


 セシリアはすでに走り出している。


 明るい笑い声が、青空をまっすぐ昇っていった。

 おそらくは、この笑い声こそが、セシリア本来の性格なのだろう。


 遠ざかっていくマフラー姿。


 ここにきて問題を増やされた秀介は。

「――ったく……やられた……」

 途方に暮れながら、頭を掻くしかなかった。


 腕組みをして、「ん~~~……」頭をひねってみる。


 だが。

 いくら考えても妙案は浮かんでこなかった。

 だからこそ、「やれやれ。なるようにしかならんか」早々に開き直ることにしたらしい。


 大きな身体を揺らしながら、歩き出した。


「おい。そろそろ行くぞ」

 そう言い放って、真琴の背中を優しく叩き。


「あ……う、うん……」

 驚くほど素直になった美少女と共に、東へと向かう道をまっすぐ進んでいく。


 神となるべく鎧を与えられた地球の少女――空野真琴。

 神と呼ばれる存在モノを殺した地球の空手家――浅井秀介。


 二人の目の前には、今、真っ青な空と隣を吹き抜けた涼風だけがあった。


「いい空だ」


 まるで……この世界を駆け抜けていく未来の英雄たち、その旅立ちを祝福するように。


                          ――第一部 了――

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蒼の女神と愚拳の王 楽山 @rakuzan

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