eat me
ろくなみの
eat me
夕日に照らされた神社の裏手で、僕は彼女に自分の足の指の皮を渡した。木々の葉が風でざわざわと音にまぎれて、彼女が指の皮を口へと運び、咀嚼する音はかき消えた。まあ、スナック菓子よりも頼りないそれは、最早食料というより薬に近い。
息を切らし、鳥肌を立てていた彼女の肌は治まり、ようやく一息吐いた。
「今日もありがとう。ちょっとやばかった」
彼女はぐったりとした様子で境内の地面に腰を下ろす。僕も彼女に目線を合わすためにしゃがみ込んだ。
「頻度増えてるよね、ごめん」
うつむきながらかすれた声で彼女は言う。
「別にいいよ。別に前みたいに僕の指にかみついたりしないでしょ?」
そういうと彼女は地面の土を握り込み、僕に向かって投げつけた。顔に土は当たり、交ざった石が顔面の皮膚をえぐり、生ぬるい血が頬から地面へと滴り落ちる。
「怪我してもリアクション薄いとは、便利な体質だねあんたも」
「痛みが少ないって、死にかけてもわかんないだけだからね」
彼女はそりゃそうかといわんばかりに口をつぐみ、カバンにつけている猫のストラップを手で弄った。
「ところで、おいしいの? 僕の皮」
「あんたの以外食べたことないからわかんないよ」
確かに。第一の被害者は僕だ。
それ以上語ることは不要といわんばかりに、彼女はカバンを持って立ち上がり、神社を小走りで後にした。
一緒に帰ると何かしらの噂が立つかもしれないし、僕らの秘密がばれでもしたら問題だ。
まあ一人にだけばれているのだが。
叔父さんの家に行き、足の皮の部分に今日も消毒をしてもらう。
「今日は患者少ないからいいけどよ、お前、いい加減にしろよ?」
「いい加減にしたら、彼女はどうなるんだ」
僕のこの行為がいい加減で終われば、彼女の普通の生活が終わる。
クラスメイトと一緒にカラオケに行くことも、カフェでスイーツを食べて、SNSに画像を上げることも。
「前まで二週間に一回だったのが、最近は三日に一度になっている」
「それがなんなんだよ」
「あの子は、原因はわからないけれど、病院で一度」
「病院に行ったら彼女はなんて言えばいいの? 人間の体の一部を定期的に食べないと、理性を失う? 映画かゲームの世界じゃないんだから」
「事実、そうなるだろ?」
「ぎりぎりなら僕を食べれば治まることはわかってる。でも、そのぎりぎりの状態が長く続けば、理性が戻らないかもしれない。そうだろ?」
そう言って僕は診察室を後にした。親戚が医者でよかった。
もともと痛覚が鈍い僕は、三か月前に彼女が教室でうずくまっているとき、指に思い切りかぶりついてきてもほとんど叫び声を上げずに済んだのだ。
それから定期的に彼女に僕の体の一部を提供している。
爪。皮膚。血。体毛。いろいろ検証はしていた。
「やっぱり皮膚が一番持つかな」
次の週も僕は彼女に皮膚を一部提供していた。
「やっぱり肉に近いから? 鳥の皮みたいな感じで」
「それはそれできもいけど」
「もう一枚食べたらしばらく持つかな」
「あ、それいいかも。くれる?」
この僕の好奇心がいけなかった。彼女の要求量が増えたのだ。
次の週の遠足の時、遊園地に行った日の午後、事件が起きた。
彼女から「まじやば」とラインが来た。GPSを追っていくと、そこはトイレの裏であり、彼女は発狂寸前だった。
目は白目が向きだしでおり、「あ゛あ゛ああああ! あう! いあ! ああああ!」と叫んでいる。口元にタオルをはさむことで声は最小限になっているが今までばれなかったのが奇跡だ。
「がんばったんだね」
心なしか耳や爪も変形しつつある。僕は携帯用のナイフを取り、左手の親指付近の皮をはぎ取る。彼女が加えているタオルを取り外すと、彼女は一気に僕の顔へとびかかろうとしてきた。
クラスの子に見せられる姿ではない。僕だけが知っている、本当の彼女の姿。
「素敵だね」
そう言っても彼女の耳には届かない。自分の皮膚を彼女の口へと運ぶ。すると彼女の興奮は治まり、ぺたんとアスファルトに座り込む。だが「もっと、もっと、もっと、もっと」と見たことはないが、まるで依存症患者のように彼女の言葉は止まらない。もう一枚、僕は彼女へ皮膚を渡した。
すると彼女の興奮は治まった。
「やば、記憶ないんだけど」
あまりにもあっさりと現状を口にする。
「覚えてない方がいいよ。割と大変だった」
手から滴り落ちる血を口で止めていると、次第に傷口は塞がっていった。
「これさ、私、もう元には戻れないの?」
悪化している現状では、状況が好転するとは思い難い。
「大丈夫だよ、きっと」
でもたぶん彼女にこう言ってあげないと、真面目な彼女のことだ。自ら命を絶ちかねない。
「そうだよね。いつかなんとかなるよね」
彼女も頭が悪い人ではない。そんな魔法のように今の原因不明の病が治るわけがないのはわかっているだろう。
薄っぺらくて根拠もなにひとつないやさしい言葉を並べることで、彼女の人格は今保たれている。
ただ彼女の状況は日に日にエスカレートしていった。
今では手の皮だけでは足りず、わりとがっつりと腹部の皮膚も提供している。
インドカレーのナンほどの量はあるだろう。だが彼女はおいしそうにそれを口に運び、五分も経たないでそれは完食される。
「もっとない?」
最近彼女も他人の肉体の一部を摂取することに罪悪感を覚えなくなってきていた。
けれども僕の体も徐々に皮膚の再生が間に合わなくなってきていた。
「ねえ、少しだけ減らしてもいい?」
大丈夫だろうかと思い、そう言ってみた。長期的に食べさせるにはこの手段が理想的だと思ったのだ。
「別に大丈夫だと思うよ? さすがにもうないか」
真夏なのに長袖を着ることにも限界を覚え始めている。僕の腕の皮膚はもうほとんどなく、肉が向きだしの状態だった。
「ねえ、なんであんたは痛くないの?」
「じゃあ君はなんで僕を食べないとおかしくなるの?」
そりゃそうかと言い、彼女はいつもの量の半分を食べた。
次の日、彼女は学校に来なかった。
欠席の連絡もなく、行方不明という扱いになり、捜索願が出た。
僕も学校が終わると彼女を探しに出かけることにした。
そう遠くは行ってないとは思い、いつもの神社へと向かう。
神社の裏手にある建物の床下を覗いてみると、そこに彼女はいた。
自分の両足を岩でつぶしており、動けない様子だった。
「あ、ああ、あああ」
また遠足の時のように発狂していた。ただ救いを求めるように僕へ手を伸ばして。
たぶん、足は自分からそうしているんだ。ろうそうしないと、おそいかかるかもしれないから。
「君はやさしいね。そう言うところ、とても素敵だよ」
そう言って僕は、もう皮膚だけでは駄目だと思い、自分の靴を脱ぎ、靴下も脱いだ。
そこにある情けないほど小さな足の指に、持ち運んでいるナイフを当てる。あとはのこぎりの要領で、押し引きを繰り返し、親指の切断を試みた。さすがに骨となると痛みはある。だが、叫び声を上げるほどではない。彼女のためだ。彼女が生きるためには、これしかないのだから。
少しずつ親指の第二関節がまるで包丁で離断されるきゅうりのように、角度を変え、元の足から離れていく。当然出血量も多くだらだらと赤い液体が土を濡らす。けれど夕日で照らされた血はどこかしら神々しく見え、夕日の赤をより一層際立てた。さすがに冷汗が出てくる。骨にまでナイフが達したとき、しびれるような痛みが足を通じて体全身に走る。初めての『痛み』に慣れないため、それを深呼吸でごまかした。
「あと、ちょっと、だから」
親指が切断で来たのは、そこから三分ほどかかったが、永遠にも感じられた三分だった。
彼女と接する上で、妥協は許されない。これで終われないのだ。
意識が戻ったとき、目の前に赤い水たまりが見えた。
夕日で赤く見えるのだろうか。にしてははっきりと見えすぎている。
なんとなく彼の香りが残っているような気がする。そうだ。学校へ行く途中に私は意識を失ったのだ。
彼。なんでここと彼が結びつくのだろう。
私は彼とあまり話したことはない。だけれど心にどことなく残っている。不思議な存在だ。
「それより、なんで私、ここに?」
初めて見る神社。だけどどこか懐かしい。息を吸ったときの土や植物の香りは、記憶の奥に眠る何かを目覚めさせようとしてくる。
体を起こそうと、足を立てる。
何とも言えない満腹感で体が重たい。ただ奇妙な満足感だけが残っている。
口周りがいやにべとべとすると思い、右の袖で拭うと、右の袖がまるで絵の具をこぼしたかのように真っ赤に染まった。
ペロリと舐める。その鉄のような味はまさしく血だった。
口の中に何かまだ残っている。指を突っ込み、取り出すと、爪や髪の毛、歯が入っていた。
不気味だな。私が自分で自分のものを食べたのだろうか。
でも歯は妙だ。私の歯は全て生えている。誰の歯?
まあいいか。そう思い、神社を後にした。
次の日、私のクラスメイトである彼の行方がわからなくなっていた。そして捜索も虚しく、彼が見つかることはなかった。
でも、私は彼がいなくなったことに不思議と寂しさは感じていない。
なんだかいつでもそばにいる気がするから。
「おいしかったなあ」
無意識にこんな言葉が一人の帰り道で出てきた。
何がおいしかったんだろうか。
まあいいか。
おわり。
eat me ろくなみの @rokunami
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