第4話 団円

 すっかり風も秋めいて、神社ではお囃子の音が響いている。

いよいよ秋祭りの頃かと思いながら、秀嗣はぶらぶらと町廻りをするともなく歩いていた。

すると、神社の参道の入り口に、玄明の姿が見えた。

誰かと話をしている様だ。

玄明の死角を狙ってそっと近づくと、女の姿が見えた。

相手は、例の薬種問屋の娘だった。

すっかり回復してあの奇妙な痣も消え、輝くような白い肌を取り戻している。


 玄明の話は本当だったか…


改めて、あの怪異を思い起こしながら、秀嗣は顎を撫でながら二人を眺める。

娘は、以前のように愛らしい笑みを浮かべて楽しげに玄明と話していた。


「まだ少し、残ってしまって…」


頬に手を添えてはにかむように玄明を見つめる娘の目じりには、目を凝らすと小さく紅い点が見える。

玄明は、その紅い点に長い指先で優しく触れながら


「なぁにこのようなささいな痕。

 このくらい近づかなければ、わかりますまい?」


そう言うと、娘の鼻先に吐息がかかる距離まで己の整った顔を寄せた。

娘が一瞬息を呑むのが、秀嗣にもわかる。

それから玄明はまるで口づけでもするかの様に首をかしげ、妖艶に笑って言った。


「まぁ、お相手がこれ程お嬢様に近づいた時には、もう他のことに夢中でしょうが」


ぼうっと見惚れている娘ににべもなく別れの挨拶をすると、玄明は参道を下っていく。

秀嗣は素早く追っていくと、参道の入り口で奴を捕まえた。


「真昼間から往来で女を口説くなよ」


並んで歩きながら秀嗣がそう言う。


「見ていたのか」


玄明は悪びれた風もなく笑う。


「俺は医者だ。

 あれは心の傷が癒えるようにとの施術の一環だよ」

「どうだか」


玄明は、そう言って肩を竦めた秀嗣を軽く笑っていなしながら


「奉行所に戻る前に一杯どうだ」


と誘った。

小さく口笛を吹いた秀嗣が言う。


「景気がいいな」

「薬種問屋から礼金が入ったからな。お前の取り分だ」


と、何事も無い様に玄明が言うと


「へぇ…じゃあ遠慮なく」


と、何事もない様に秀嗣が答える。

礼金があろうとなかろうと玄明がおごることはいつもと変わりはなく、

礼金があろうとなかろうと秀嗣が手伝うことも、いつもとまた変わりなかった。



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お祓家業 橋本伊織 @maria311

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