ミステリー

不可解なブロック

「昨日新しいゲーム始めてさ、タワーディフェンス系なんだけど、これがなかなか面白くて」


 一人の男の学生が、早く語りたくてしょうがないのだと体を前のめりにする。


「また他のゲームに手出したのか、A」

「ふ、市場競争の激しいソシャゲ業界が全て悪いのさ」

「あっそ」

「Bも一緒にゲームしようぜ〜」

「ゲームは遠慮しておく。俺はTwitter見るので忙しいんだ」

「このツイ廃め」

「ドラッグって一度やったらやめられなくなるって聞くだろ? それだよ。Aもやろうぜ」

「人に薬物を勧めんな。それに生憎、スマホの容量がもうギリギリなんだわ」

「はあ、それは仕方ないけどさ、もっと人との繋がり大切にしてこうぜ。それに、結構面白い情報とかよく流れてくるんだよ」

「それは分かるけど、繋がり云々は直接会えばいいし、LINEだってあるだろう?」


 Bは心底つまらなそうな目でAを見た。


「……分かった。じゃあ俺はTwitter始めるから、Bは俺のおすすめのゲーム始めてよ」

「交換条件か。それはいい」


 彼らは早速スマホを操作し、AはTwitterを、Bはソシャゲを新しくインストールした。お互いの画面を覗きながら、最初の操作方法だけ簡単に教え合った。


「じゃ、これで取引成立ということで」

「おう、アンストするなよな」

「Bこそね」

「あとでフォローしとくわ」

「ん、俺もフレンド申請送っとくよ」

「おう、また明日」


 やることをやった二人は別れを告げ、その日は解散した。



 ちょうどAが家の玄関を跨いだとき、スマホからポロンと通知音が鳴った。Bからのフォロー通知だ。Aは通知をタップし、Twitterを開く。靴を脱ぎながら彼は呟いた。


「仕方がないんだ。恨まないでくれよ」


 同じ夜、Bが自室のベッドの上で仰向けになり、Twitterを開く。彼は驚いた。BはAにブロックされていた。


========


「これ、どう思う?」

「どう、ってなにが」


 唐突に差し出されたスマートフォン。画面には文字が並ぶ。小説か。文章は一画面に収まりきっていない。俺は画面を指で撫でて、スワイプする。

 いつものことながら、こいつは突拍子もなく俺に問題(この場合はクイズではなく厄介事という意味だ)を持ち込んでくる。


「このストーリーさ。おかしいと思わないかい?」

「お前のツボはよく分からんな」

「そういうオカシイじゃなくてさ。変、なのさ」


 一通り文章を眺めた俺は、理由もなく嬉しそうに話す友へ視線を一度移し、またスマホの画面へ戻した。


「まあ、そうだな。ただ、俺が変だと思ったのは登場人物の人格だけどな」

「これはまた酷いことを言うね」

「だってそうだろ? Twitterとソシャゲをお互いにやるという交換条件をしたにも拘らず、AはBを一晩でブロックしたんだぜ? Aはサイコパス。そうじゃなくてもAはロクな奴じゃないさ」

「投げやりだなあ」


 勿論、冗談だ。慣れ事とはいえ、唐突に話しかけられてまともな返答ができるほど俺の瞬発力は高くない。しかし、まあ、今は特に何をするわけではない。どれ、暇つぶしにもなりそうだし、少し考えてみようか。


「仮に両者ともに変人奇人の類ではないとしよう」

「そうしよう。彼らはゲームを壊しかねない」

「そして、このゲームの趣旨は『なぜAはBをブロックしたのか、その理由を答えよ』でいいな?」

「そうなるね」

「とりあえず思い浮かんだことから潰していくか。理由その一、実はAはBのことを快く思っていなかった。理由その二、別れてからBがTwitterを見るまでの間に喧嘩をした」

「理由としてはいかにもありそうだ。だけど」

「ないな」

「ないね」


 理由その一であれ、その二であれ、AとBの間に溝があったなら『仕方がないんだ。恨まないでくれよ』なんて独り言をAが言うわけがない。仮に俺がAだとして、Bと喧嘩したなら誹謗中傷を呟くだろう。いや、そもそもTwitterをアンインストールするか。

 だから、仲違い説は却下だ。これをまとめるとこうだ。


「AはBに対して嫌悪感を抱いていたわけではないが、やむを得ない理由でBをブロックした」

「そういうことだろうね。一歩前進だ」

「一歩の定義が分からん」

「それはもちろん『足の運び一つ分』さ」


 どれだけ短い距離でも一歩は一歩ということか。随分とまあポジティブな言い回しをしてくれる。


「そもそもこの問題はお前が作ったのか?」

「いいや。自分で作っておいて『おかしい』なんて言うほど僕はマゾヒストじゃないよ。仮に僕に物書きの趣味があったとして、君に手直しを求めるなんて恥ずかしくてできやしないね」

「じゃあ、答えは知っているのか?」

「知らないよ。なんてたって、これ自体ついさっき見つけたものだからね」

「……答えの予想はついてるのか? もしくはある程度まで推理できているのか?」


 俺は徐々に求めるものの難易度を下げて質問していく。二度目の回答の辞典で俺の眉間は寄るところまで寄っていたが、三度目の質問をして彼の表情を見た瞬間、限界を迎えて思わずうなだれた。


「全然」


 ため息も出た。

 この男は有罪だ。大罪人だ。問題提起をするだけして、それが終われば俺に投げっぱなしか。おそらくこいつの心には今、曇りのひとつもないだろう。


「ずるいぞ」

「余興を提供してあげたというのに酷い言い様だ」


 なにより罪悪感を抱いていないというのが厄介だ。俺のこのもやもやをどうしてくれる。爽やかな眼差しを向けるな。

 俺はその眼差しを避けるように視線を問題文に傾けた。どこかにヒントはないか。謎には必ず手掛かりがあるはずだ。どこかに、ある。ある?

 ……待てよ。


「このAというのは本当にAなのか?」


 先ほどの爽やかな眼差しとは打って変わって、じっとりとした視線が俺に当てられていた。


「何を言ってるんだい。問題文が嘘をつくはずがないだろう」

「すまん。言い方が悪かった。俺が言いたいのは最後の文についてだ。『BはAにブロックされていた』。ここで呼ばれているAというのは、Aが今回作ったアカウントを指しているのか、それともただ単にA自身を指しているのか、どちらなのかということだ。この文にはそれを表す言葉が足りないんだ」

「ふむ。Aという人間が、Bをブロックした。とはいえバレーやバスケみたいに物理的にブロックしたわけじゃあるまい。あくまでも舞台はTwitter上だ。つまり」

「ああ、Aは複数のアカウントを既に持っていた可能性がある」

「確かにこの文は言葉が足りないように見える。だが、仮にそうだとして、どうしてブロックするんだい?」

「それは簡単な話だ。いくら仲が良かろうが、知られたくない一面なんてもの誰にだって一つや二つあるものだろ」

「なるほど。その通りだ。でも」


 言葉は途切れない。分かっている。この説は完全ではない。綻びがあるのだ。


「AはTwitterをやっていないと明言しているよ?」


 確かに問題文にはそう記述されている。しかし、だ。


「お前、さっき自分で言ったことを覚えてるか?」

「? 裏垢(裏アカウントの略)云々のことかい?」

「違う。その前だ」

「なんて言ったかな。……ま、自分が言ったことを一言一句覚えてなんていたら容量の無駄遣いさ」


 少しだけ腕組みをして考える様子を見せたが、あっさりと諦めて肩をすくめた。


「お前はさっき『問題文が嘘をつくはずがない』と言ったんだ。そしてそれは間違いだ」

「ああ、そういうことか。わかった。言い直すよ。『地の文は嘘をつかない』。こうだろ?」


 首肯する。


「つまり、AはTwitterをやったことがないことをほのめかしていたけど、それが真とは限らない。Aはリア垢は持っていなかったが、趣味のアカウントは既に持っていた。それをわざわざBに言うわけがない。僕もさっき同じようなことは言っていたね。誰しもパーソナルスペースに入り込まれなくない」

「そうだ」

「でもさ、Aはこの日にTwitterをインストールしたんだよ? アカウントを持っていたなら、どうしてアプリが入っていなかったのかな」

「それは……理由があったんだろ」


 俺は可能性を見つけることはできたものの、この説を証明するには至らなかった。

 奴は自信をなくした俺を見て、憎たらしい表情を披露して、言った。


「解決すべき謎が増えたね」

「むっ……だが、おそらくこの理由はAがBをブロックした理由とは直接は関係ないだろうな。なぜなら交換条件を提示したのはAの方からだったからだ。やはりAが相当捻くれた奴じゃない限りは正しいだろう」

「うん。僕もそう思うよ」


 そう思うなら最初から言え、と俺は目で訴える。


「まあ、裏垢があれば見られたくないっていう理由でBをブロックするというのは理屈が通ってると思うよ」

「そこだけ抜き取ればな」


 しばらく沈黙が続く。これ以上議論は進まないか。


「一休み、といったところかな。続きは放課後にでも聞かせてよ」

「俺はやるとは言ってないぞ」

「それでいいなら僕は構わないさ」


 見え透いているぞ、とばかりに頭の後ろで手を組んで余裕そうに答えた。そうだよ。俺は構うよ。


「……お前も少しは考えておけよ」

「善処するよ」


 その文句はもはや反語だろう。やらないやつの常套句じゃないか。こいつに期待してはならないと悟った俺は、授業が始まる前に問題文をルーズリーフに手早くメモした。こんなことに熱心になっても仕方がないのだが、ほどほどに頑張ってみよう。


 このあとの授業はまるで耳に入ってこなかった。


   *


 午後の授業、そしてホームルームが終了し、クラスメートが教室から出ていく中、奴は窓際の席で座る俺の元へとやってきた。俺は奴がいらん口を利く前に、さっさと本題に入った。


「授業中に問題文を眺めていたんだが、俺はどうも複垢説が濃厚な気がしてならない」

「お、来ました! それでそれで? 解けたのかい!?」

「どうどう。落ち着け。まずはAがTwitterをスマホにインストールしていなかったことについてだ。Aが裏垢を持っていると仮定して、肝心のTwitterがないというのはおかしな話だな? そこでいくつかの可能性を考えてみた。

 1.Twitterに飽きていた場合

 2.仕方なくアンインストールしていた場合

 3.別の端末でログインしている場合

の三つだ。

 1は有り得るが風情がない。本命は2と3だ」

「ご高説願おうか」

「2は例えば容量が足りなくなったとかだろう。容量不足については問題文でも明言している。3は1や2と合わせて考えられる。まあ、おそらくはパソコンだろう。つまりこうだ。

 Aは元々、趣味であるゲーム関係でTwitterを利用していた。ある日、新しいゲームをダウンロードしようとした。しかし無念。ゲームをダウンロードし過ぎて容量が僅かに足りないじゃあないか。いずれかのアプリを消さねばならない。どれを消そう。しかし、愛しのゲームを消すのは忍びない。そこでAはスマホであまりログインしていなかったTwitterを消し、新しいゲームのダウンロードに成功したのだった。ちゃんちゃん。

 見返してみると、AはTwitterの有用性を知っている節がある。ほら、ここ。『それは分かるけどさ、繋がりなら直接会えばいいし、LINEだってあるだろう?』。分かるというのはという捉え方もできるんじゃないか? 言いきれないとしても、そう解釈することは許されるだろう」

「なるほどね。AのスマホにTwitterがインストールされていなかった理由はとりあえず納得しよう。それで? ほかにもあるんだろう?」


 俺が「まずは」と言ったのを覚えていたようだ。そうだ、まだあるぞ。


「もう一度主張するが、俺は複垢説が濃厚だと思う。少なくとも、そう誘導させたいという作者の思惑を感じる。まず一つ目にAがBをブロックしたという曖昧な文句。二つ目にTwitterの有用性に対して『分かる』というAの反応。そして三つ目は後談が無いことだ」

「後談?」

「AがBをブロックした後の話さ」

「『AがBをブロックした。それはなぜか』。Aも突っ込んでいた部分だけど、まだどこかおかしい部分でもあるのかい? 別段間違った表現とは思えないけど」

「間違ってはいないさ。ただ、物足りないんだ」

「物足りない」


 友はその言葉の意味を咀嚼するように呟いた。


「BがAにブロックされているのを発見したときのリアクションさ」

「…………」

「順当に書くならこうじゃないか? 『彼は驚いた。(改行)翌朝、BはAの元へ駆け寄り、スマホを突き付けた。画面にはAのプロフィール。そして"あなたはブロックされています"の文字』もしくは『"なんだよこれ"と、声を漏らしたBのスマホ画面には、Aのアカウントにブロックされていると表示されていた』とか。とにかく文末の表現が簡素過ぎる。

 ここで考えられるのは二つ。作者が面倒臭くなったか、詳しく書くと困るからだ」

「これは、なるほど。無いというヒントか。気付かなかった」

「そして、これが意味するのは『Aが複垢を持っていること』、そして、もうひとつ」

「もうひとつ?」

「『そもそもBはブロックされた相手がAであることに気付いていない』ということだ」


 後者はそう受け取れる余地があるというだけで、かもしれないの域を出ないがな。

 しかし、こいつは問題文と違い、しっかりとリアクションを取ってくれる。打ちのめされたように天井を仰ぐ。数秒だけ考え、またすぐに視線をこちらに戻した。


「これには拍手したいところだね」


 、か。それがどんな意味を孕むのか、俺は次に続く言葉を待った。


「だが、謝らないといけない。複垢説の否定になるんだ」

「……そうか、見落としがあったか」

「いや、棄却できるほどの否定ではないんだ。ただ、複垢説を提唱する障害になる。あのね、ブロックされたことを確認するにはどうすればいい?」

「プロフィールを見れば分かるだろう?」

「そう。ブロックをされたら通知が来るわけがないからね。でも、それも難しい」

「どういうことだ」

「ブロックがどういう機能か考えてみたら分かるさ」

「勿体ぶるなよ」

「ブロックされた側の人間はブロックした側の人間を検索できないんだ」


 一瞬、頭を鈍器で殴られたかのように、思考が止まってしまった。ああ、そうだ。確かにそうだ。ブロック機能そのものを見誤っていたなんて、これは……苦しいぞ。

 俺は苦し紛れに反論をした。虚しいことに論破されることは分かりきっている。


「……でもそれはTwitter内の検索機能の話だろ? ブラウザとかを使えば……」

「そうだね。でもBはそもそもAの複垢を知らない。なぜならBはAがTwitterをやっていないと思っているからだ。勿論、これはセリフからの根拠だから、Aと同じようにBも証言を偽っていれば話は別さ。だが、これまでの問題の傾向を見るに、それはないと思うんだ」


 だからBはAの検索をしない


「さっき言った通り、棄却はできない、しかし大きな障害になる。互いにひとつのアカウントしか持っていなくて、AがBをブロックしたとすれば、Bはすぐに気がつくだろうさ。彼はツイ廃だからね。タイムラインやフォロワー数で把握できる」

「ただ、なぜブロックしたかは説明できない」

「そうだね」

「いやはや、これは参った。袋小路だ」


 沈黙。他の生徒はすでに全員帰ったようで、教室には俺たちしか残っていなかった。部活動の掛け声だけが聞こえる。窓越しに見た景色は僅かに赤みを帯び始めていた。


「今日はもう帰ろうか」


 奴はそう言ってスマホの電源を消し、立ち上がる。ポケットの中に拐われる様子を目で追う。そんな名残惜しさを感じながら、俺も立ち上がり、通学カバンを肩にかけた。


   *


 俺は帰宅し、夕食を胃の中に収めたあと、ベッドの上に転がり込んだ。

 ああ、もう、むず痒いな。あいつ、七面倒なものを持ち込みやがって。このままじゃ、おちおち寝られやしない。

 溜め息をつく。

 とにかく区切りのいいところで落ち着けるしかない。そう思い立ち、俺は書き写した問題文とルーズリーフをもう一枚取り出し、机に向かった。

 ひとまず要点をまとめてみるか。


========


・Aはソシャゲの、BはTwitterのヘビーユーザーだ。

・AはTwitterを、Bはソシャゲを新しくインストールした。

・AはBをブロックした。

・AがBをブロックしたのはやむを得ない理由があったから。

・Aは複数のアカウントを所持している可能性がある。

・BはAにブロックされたことを認知していない可能性がある。

・ブロックされた側はブロックした側を検索できない。


========


 箇条書きにして書き出してみたが、ふむ、どうするか。とりあえず上から順に整理していこう。


・Aはソシャゲの、BはTwitterのヘビーユーザーだ。

・AはTwitterを、Bはソシャゲを新しくインストールした。


 これは特に言及することはないか。互いに認識してるし、自負もしている。嘘をつく余地もない。十中八九、真だろう。ただし、AがTwitterに、Bがソシャゲに触れたことがないとは限らない。

 まあ、重要度は低そうだ。


・AはBをブロックした。

・AがBをブロックしたのはやむを得ない理由があったから。


 これがこの謎の主題だ。理由を決定するためには背景を組み立てる必要があり、背景には説得力が必要だ。説得力さえあれば、真っ先に棄却した「Aサイコパス説」すら成り立つ。


・Aは複数のアカウントを所持している可能性がある。


 書き出してから気付いたが、複数のアカウントを持っている可能性があるのはBも同じだな。そうなるとアカウントの数に基づく説は全部で四つか。

 両者単一垢説、A複垢説、B複垢説、両者複垢説、と。読みづらいな……。まあ、いい。次だ。


・BはAにブロックされたことを認知していない可能性がある。


 正直、これは核心をついたと思った。そもそも「A複垢説」はBがAの裏垢を知っていなければ成り立たない。だからこの発想は、Aの裏垢の発見の難易度を下げる、有意義なヒントになるはずだった。


・ブロックされた側はブロックした側を検索できない。


 これさえなければ。

 ブロックされた側は検索することができない。つまり、基本的にブロックされた側は相互にフォローしてない限り、ブロックされたことを認知することが難しい。

 認知していなくてもいい、というアドバンテージを無に帰されたわけだ。本当に、厄介なことばかり持ち込んでくれる。


 さて、やるべきことはなんだろうか。別の説の検証か、それとも障害の排除か。

 ルーズリーフに書かれた文字と睨み合う。憎しとシャーペンの先を何度も打ち付ける。カツカツという音が秒針の代わりに部屋を巡る。

 ……うむ、やはり

 認知するためには能動的に調査しなければならない。能動的に調査するには理由や原因が必要だ。理由、原因……。

 いやまてよ、能動的じゃなくともAのプロフィールを調べることは可能じゃないのか? 例えば……、そう、それなら可能だ。偶然性が絡まるが、悪くない。

 もう少し煮詰めてみるか。


   *


「やあ、解けたかい?」


 翌朝、奴はいつも通り曇りのない笑顔を容赦なく俺にぶつけてきた。まあ、今日の俺はそれをされたところでなんとも思わん。思う存分笑うがいい。


「お前はどうなんだよ」

「全然、まるっきり」

「清々しいな」

「君は……なにか掴めたみたいだね」

「まあな」

「聞かせてよ」


 しからば、と俺は仰々しく咳払いした。


「昨日、結局俺たちの推論はどこかに破綻があった。辻褄を合わせることができなかった。しかし、アカウントの数が重要なのは正しい。俺はあくまでもAの複垢説を推す」

「あ、それなんだけど、昨日帰ってから気付いたことがあるんだ」

「Bの複垢説か?」

「やっぱり気付いてたんだね」

「俺も気付いたのは帰ってからだけどな。一応そこから説明するか」

「よろしく頼むよ」


 話す前に、昨日書いたメモを取り出した。人に説明するなら分かりやすさは重要だ。


「まず、AとBはそれぞれアカウントをひとつ、もしくはふたつ以上所持している可能性がある。このとき、AとBのアカウントの数の関係性は全部で四つだ。仮にそれぞれ両者単一垢説、A複垢説、B複垢説、両者複垢説としよう。

 まず両者単一垢説。互いのアカウントがひとつずつの場合だ。真っ先に想像するやつだな。これは最もシンプルで、ブロックした理由さえ判明すればクリアだ。

 次にA複垢説。Aの裏垢がBのリア垢をブロックする場合。理由をつけるのは簡単だったが、ブロックの確認方法という問題が浮上した。こいつを破るのはなかなか困難だ。

 B複垢説。Aのリア垢がBの裏垢をブロックする理由。少し考えたが、ブロックする理由が分からない。ブロックの確認方法は簡単だがな。

 最後に両者複垢説。Aの裏垢がBの裏垢をブロックする場合だ。何が何だか分からなくなるから却下だ。以上がアカウント数にまつわる説明だが」


 質問でもあるか? と目で訴えるが、奴はかぶりを振った。ならば続けよう。


「繰り返しになるが、俺はA複垢説を唱える。理由は昨日言った通り、作為的にA複垢説へ誘導しているように感じるからだ」

「Aの言動と最後の一節の曖昧さだね。でも、それを提唱するには」

「ああ、弊害がある。ならば、それさえ乗り越えればいい」

「強気だね」

「そんなことはない。先に言っておくが、完全とは言えない。ただ、一通りの辻褄は合うだろう」

「話してみてよ」


 俺は頭の中を整理するために一呼吸置いてから、言葉を始めた。


「まず、ブロックの確認方法だ」

「ブロックされているかの確認方法は、ブロックしている側のプロフィールを見るしかない。ブロックされた側はブロックした側を検索できない、と僕は昨日言ったね」

「ああ、だが検索したりせずに、つまり能動的に探すことなくブロックした側のプロフィールを閲覧する局面がある」

「その心は?」

「そいつのプロフィールのURLを踏んだ場合だ」

「一体それは、どういう状況で踏むんだい?」

「AのTwitterプロフィールのリンクが埋め込まれているサイトを閲覧しているときだ」

「ふむ」

「この先は正直こじつけだ。辻褄は合わせているが自信はない」

「構わないよ」

「Aは自他ともに認めるほどゲームを愛している。そんな男だ、ネット上で活動していてもおかしくはない。おおよそ、ブロガーかライブ配信者といったところか。

 Bは結構アクティブな人種かもしれない。『もっも人との繋がり大切にしてこうぜ。それに、結構面白い情報とかよく流れてくるんだよ』と自分で言ってることから、社交性や知的好奇心は低くないと思われる。

 Bはゲームをインストールした。初めてのゲームだ。最初は何をすればいいか分からないだろう。帰宅後にネットでゲームの情報を漁った。そのとき、たまたまAのブログか配信に当たったんだ。相手をAだと見抜くかはどうでもいい。だが、Bはアクティブなツイ廃だ。そのページにTwitterのリンクが貼ってあれば迷わず踏むだろう。しかし、Bは彼にブロックされていた。Aは友人に裏垢を知られたくないからな」


 説明が終わり、しばらくの沈黙が流れる。妙な気まずさから、俺は一限の授業の準備をして気を逸らした。一限は英語か。英語はあまり好きじゃない。


「BがAのブログやら配信やらを見つけた理由はあるのかな」

「ないな。Bはネット上のAを知らない。強いていえば、ゲームを新しく始めたから、だ」

「なかなかレアケースだね」

「まあ、そうだな。だから胸を張れん」

「でも筋は通ってる。うん、いいんじゃないかな」


 ふう、と安堵の息が漏れた。俺からすれば奴が納得しようがしまいがどうでもいい。また障害を提示されたらどうしようかと。しかし、それもなかった。今日はなんとかおちおち寝れるというものだ。

 だが、これ以外の正解があるのか気にならないのかと問われれば、首を縦に振るしかない。


「ところでお前はどうなんだよ」


 俺は告げる。


「昨日からずっとだんまりしやがって。少しは話に参加したらどうなんだ」

「ああ、そうだね。君の意見も聞いてみたいな」


 何をキョトンとしている。お前だ、お前。

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短編集 桑゙ @kuwaty

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