選別

星浦 翼

選別


 目覚めると、見覚えのない場所だった。


 倒れていた体を起こし、視線を巡らせる。


 そこは打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた四畳半ほどの部屋だった。


 窓はなく、正面に扉が二つある。その扉は赤色と青色に塗り分けられている。


 物音はしないし、扉にも窓はなく、部屋の外を窺うことはできない。


 ……ここは独房なのだろうか?


 記憶が曖昧で、この部屋に来る前に俺は何をしていたのか思い出せない。


 ……俺は拉致監禁されたのか?


 しかし、何が目的で?


 疑問を持ちながらも、床に一枚のカードが置かれていることに気づいた。


 俺はとりあえずそれを拾う。


 名刺のようなサイズのその紙には、文章が書かれていた。




   ***




 人類は増えすぎた。


 よって我々は、選別を行うことにした。


 赤い扉を選べば、お前は死ぬが、その代わりに誰かが生きる。


 青い扉を選べば、お前は生きるが、その代わりに誰かが死ぬ。


 お前は生きる価値のある人間か?


 答えよ。




   ***




 悪い冗談だ、と思った。


 俺は今まで生きてきて、生死に関わる状況に陥ったことなどなかったし、まるで現実の問題とは思えない。


 しかし、万が一に、これが本当だったら、どうすればいい?


 気づかぬうちに拉致監禁ができるような得体の知れない犯人だ。そんな犯人が相手だし、この言葉を真剣に考えないのも間違っていると思う。


 何か使える物はないかと思い、体をまさぐってみる。


 俺はいつもの私服姿だったが、ポケットには何も入っていなかった。


 携帯電話さえあれば情報が掴めたのかも知れないが、それも不可能。


 つまり、俺にできることは、扉を選ぶことだけらしい。


 


 俺は、生きる価値のある人間なのだろうか?


 俺には、誰かを蹴落としてまで、生きるほど価値があるのか?


 


 犯人の目的も分からないし、このメッセージが本当かどうかも分からない。


 でも、選ぶとしたら?


 ……。


 はっきり言って、俺の人生なんてものは普通だった。


 学生時代に本気でやっていた部活動だって、地区予選で12位が関の山だったし、叶えたい夢だってない。今の俺は誰でもできる工場務めだ。俺は取り立てて優秀な人間でもなかったし、俺に価値なんてあるんだろうか?


 むしろ、こんな俺が誰かの役に立てるチャンスは、ここぐらいしか無いかも知れない。


 俺は間違わない様に、もう一度、メッセージを読み直す。


 どうせ本当かどうかもわからないんだ。


 なら、気持ちの良い方を選ぶべきだろう。


 俺が死んでも、それで誰かが生きられるのなら、悪くない。


 俺が赤い扉を開くと、声が聞こえた。




「お前は生きる価値のある人間だ」




   ***




 目覚ましの音で目が覚めた。


 俺は目覚ましを止め、伸びをする。


 なんだか、とても変な夢を見た気がするが、うまく思い出せない。


 ……夢のことなんてどうでもいいか。


 俺はいつも通りに朝食を準備して、リビングのテレビを点けた。特にテレビに興味があるわけではない。一人暮らしを続けていると、音がないというのは寂しいから、俺は毎朝ニュース番組を見ているんだ。


 そんないつも通りは、そこで終わっていた。


 見慣れたニュースキャスターが代わっている。


 新しいニュースキャスターはどこか深刻な表情で、何か恐ろしい事件が起きたことを一目で伝えてくる。


 テロップに書かれている言葉を見て、俺は飲みかけのコーヒーを零した。




 人類の7割が心臓麻痺により死亡。


 


     おわり


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選別 星浦 翼 @Hosiura

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