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 廃園したドリームランドは、不気味な静寂の中にあった。

 そこら中に雑草が生え、放置されたままのアトラクションは錆びついている。

 今にも崩落してしまいそうな不安定さが恐ろしい。


 昔は友達とよく遊びに行ったのになぁ。

 気になる男の子を誘ったり、卒業前の思い出作りに皆で行ったり。

 そういえば、友達が付き合いたての彼氏を連れてきて、修羅場になった記憶もある。


 そんな、とても懐かしい気持ちにさせる場所だ。


 ……深夜でさえなければ。


「ね、本当に入るの?」

「ここまで来たんだから当たり前だろ。大丈夫だって。ネットでも色々、肝試しした奴らのレポとかあったし、それ見ながら行こうぜ」


 ノリノリの彼が、スーツのままどんどん先に進んでいく。

 彼、と言っても別に付き合っているわけじゃない。

 共通の友達の結婚式の二次会後、懐かしいなぁという話から盛り上がり、テンションのまま肝試しに来てしまっただけだ。


 ――廃園になったドリームランドは、何か出るらしい――


 そういう噂がSNSで拡散されて、有名な心霊スポットになってしまっていた。

 営業していた頃の、賑やかな園を知っている人間としては複雑な心境だが、少しだけ好奇心が勝って付いてきてしまった。


「よーし、まずはこっちから回ってこーぜ」


 スマホ片手に嬉々として歩いていく彼を追う。

 実はホラー映画とか嫌いなんだよねーと思いつつも、一人になる方がもっと怖い。

 あの楽しかったドリームランドがどうなっているのか、という興味もあって、少しの逡巡の後、彼の背を追ったのだった。





 暫く歩いて散策したが、廃墟の中にいるという非現実的な状況が、少し楽しくなってきた。

 アトラクションの中に入るのは相当勇気がいるが、外を歩き回っている分には怖くない。


 なんだ、肝試しと言ってもこんなものかー、と安心してくると、途端に疲れてきた。

 披露宴の数時間前から、メイクをしたりヘアサロンに行ったりと、女の子にとっては主役じゃない結婚式でも忙しいのだ。


 彼に断って休憩タイムにしてもらい、ベンチに座って一息入れる。

 そのベンチだって、座る部分が雑草で覆われていたりして、なるべくなら座りたくない有様だったが、この際仕方ない。何とか比較的マシなところを見つけて座る。

 すると彼も雑草の少ないところに腰を掛けて、汗をぬぐった。

 やっぱりこの時期、深夜とはいえスーツは暑いのだろう。


 少しして彼も汗が引いてきたのか、別のSNSサイトを検索しながら、次にどこを回るかぶつぶつ言っている。

 スラックスが汚れるのも構わずにじり寄ってきて、スマホの画面に表示されているお勧めスポットを読み上げた。


「ほら、このサイトだと、向こうに絶対何か出そうなドリームキャッスルがあるってよ。ここ、昔はすっげぇ並んでたよなぁー」

「並んだ並んだ。平日行っても普通に1時間待ちとかだった!」

「日陰もねぇし、整理券とか優先パスもねぇし、あれは本当に辛かったわ」

「えー、無かったんだー」


 最近の遊園地だと、結構そういう優待サービスみたいなのがあるから意外だ。

 そういう対応を試してこなかったから、ここは廃園になってしまったんだろうか。


「じゃ、どこ行く? さっさと決めて行こうぜ」

「うーん……ミラーハウス以外なら……」


 二人でスマホの画面を覗きながら、肝試しの場所を探すが、ミラーハウスだけは絶対に拒否だ。

 鏡もそのままのミラーハウスだったら本当に無理すぎる。

 営業していたころでさえ、怖くて入れなかったのだから、こんな深夜の肝試しで入れるわけがない。


 結局無難にメリーゴーランドに行ってみることにして歩き出した。

 これなら外から見るだけだから怖くないだろう。





 少し歩くだけでメリーゴーランドに着いた。


 昔はキラキラしていた白馬たちも、そこら中錆びついて、メッキが剥がれたりスプレーで落書きされていた。きっと肝試しに来た誰かの仕業だろう。

 怖さよりも、何だか切ないなぁとメリーゴーランドを見上げる。ここにもそれなりに思い出があるのだ。


 想像通りの廃墟にウキウキしている彼を見つつ、やっぱり少し怖いかも、と思った。

 馬も大きいし、背も高い。


 結構な迫力に怖気付きそうになっていると、彼のスマホが振動した。


「あー……ちょい待って」


 そう言って画面を確認する彼。

 深夜にこの頻度で返事が必要な相手というと、彼女だろうか。

 彼の派手な交際歴を考えると間違いなくそうなのだが、そう考えてしまうと溜息が出てくる。


 男友達の中でも一番仲が良かったし、付き合いも長かったから、バカ騒ぎを一緒にするぐらい仲はいいのだが、彼の女癖の悪さだけはどうしようもない病気だ。


 常に何人も彼女がいるのだから、本当にどうしようもないヤリチン。


 そんな彼と行動しているからなのは明白だが、私も周囲から、彼のハーレム要員に見られているのにはゲンナリしている。声を大にして宣言したいが、一度たりとも間違いを犯したことはない。


 だから彼のスマホが振動するたびに眉をしかめてしまうのだ。

 もしかして、現在進行形で悪いことをしているんじゃないだろうか、と。


「またLINE?」

「あー、まぁちょっと返事だけ。既読にしちゃったし、スルーするのは悪いじゃん」


 カケラも悪いなんて思ってない軽さの回答。

 むしろここで無視して、ちゃんと切ってあげた方が女の子の為になるのに。


 何度そう忠告しても反省出来ないところが、本当にどうしようもない奴だ。


 いい加減、こんな場所で待っているのも疲れて、先に行くと伝える。

 とりあえず近くで見れば目的は達成するし、このイライラのせいで、廃園という場所にも慣れてきたから、怖さが麻痺していた。


 置いていかれてようやく慌てた彼が、スマホをしまって隣に立つ。

 そして馬の側まで行くと、突然、驚かすように私の手を掴んで引っ張りはじめた。

 近くで見る馬の不気味さに、足の止まった私を急かしているのだ。


 自分勝手に楽しそうな彼に辟易しつつ、一番手前の馬に触れた。


 ひんやりと冷たく、剥げかけたメッキがザラザラしている。

 土台の板は、風雨にさらされて大分傷んでいるし、ところどころに蜘蛛の巣が見えた。


 そんな馬を興味津々で眺めた彼は、さっそく乗ってみようと促してきた。


「やっぱり乗るのは怖いよ……」

「少し怖いぐらいが楽しいんだって」


 こんな、今にも壊れてしまいそうなメリーゴーランドに乗るなんて、無謀過ぎる。骨組みが折れて落下でもしたら、小さな怪我じゃ済まなかったらどうするんだ。

 しかも私なんて、今日の披露宴の為に買ったばかりのカクテルドレスなのだ。絶対に汚したくない。


 渋る私を置いて、彼が先に乗ると馬に足を掛けた。

 というところで、また彼のスマホが鳴る。

 すぐに画面を確認する彼に、眉間のシワが寄った。


「……また? 絶対に女でしょ。前の彼女と別れてないって噂、聞いたよ……?」


 そう。彼は最近、新しい彼女と付き合いだしたらしい。が、彼と元カノが別れたという話も聞こえてこないのだ。

 私からすると、また悪い癖が出た……と思えるのだか、彼女達が、純粋に彼と付き合ってると信じていたら酷い裏切りだ。


「あぁ? ウゼェこと言うなよ。あ、前から思ってたけど、あいつよりお前の方が可愛いから」

「そういう話じゃなくて……ちゃんと別れてからさぁ……」


 適当に私を持ち上げて話を逸らそうとする彼にイライラしながら、忠告する。

 本当に、いつか女に刺される。


「あーもう、はいはい。今度ちゃんと別れるって」


 幼馴染からの面倒な注意に不機嫌も露わな彼。

 馬に跨がりながら、定番の捨て台詞を吐いた。


「てか何が言いたいわけ? ――俺が二股してるなんて、今更だろ?」


 ――その瞬間、私の耳があり得ない音を拾った。


 ギジリ、ギジリ、と。


 重たいものが摩擦する、独特の金属音。


 メリーゴーランドの錆びた馬が、小さく震えながら、目を、開けた。


「……っ!」


 衝撃に、何も考えられなかった。


 腰が抜けそうな恐怖に、足がもつれ、片方の靴が脱げた気がしたが、そんな事を気にしている余裕は無かった。


 ただ、絶対に動くはずのない馬が、メリーゴーランドが、動いた事だけは確かだった。


 脱兎のごとく逃げる私の背中に、彼の悲鳴のような声が聞こえてきたが、恐怖に支配された私は一歩も足を緩めることは出来なかった。


 走って、走って。


 ようやくドリームランドの正門が見えてきたところで、安堵に足が緩む。


「やっぱり、やめとけば良かった……っ」


 肝試しなんて。


 出ると有名なドリームランドなんて。


 ……来るんじゃ、なかった。


 フラフラでボロボロになりながらも、何かに急き立てられるように門をくぐり、近くに停めた自分の車を見つける。


 そして震える手で何とか車に乗り込んだ。


 自分の車という、安心できる密室で張り詰めていた息を吐くと、途端に、置いてきてしまった彼が心配になってくる。

 荒い呼吸のままポケットからスマホを取り出し、画面を点けた。


 ……置いてきてしまった。怖かったからって、一人で逃げてきてしまった。


 罪悪感と共に焦って彼の番号を呼び出す。


 早く出て……そう願いながら、ふと助手席を見ると、片方のミュールがシートの上に置かれていた。

 そういえば驚いて逃げた拍子に脱げてしまったのだが、無我夢中の中でもちゃんと拾って持って帰ってきたらしい。


 靴が片一方無いままじゃあ、車から降りた時が死ぬほど恥ずかしいから、本当に良かった。

 そう思いながら靴を手に取ると、綺麗にあしらわれていた桜の花のコサージュが、数個取れかかっているのに気付く。


 それだけ、恐ろしかったのだ。あれは絶対に、見間違いなんかじゃ無い……。


「……大丈夫かな、和義君」


 悠宇は、呼び出し音が鳴ったままのスマホを見つめながら、小さく呟いた。


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