アナザーポイント
しののめ すぴこ
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ここはドリームランド。
広い敷地に大規模なアトラクションが点在している、全国的にも有名な遊園地だ。
「次どこ行くー?」
「メリーゴーランドは?」
「うーん、足が疲れたなぁー……」
興味深げに周囲を見渡しながら、そう言ったのは悠宇ちゃんだ。
細いミュールがとても似合う可愛い子だが、流石に遊園地にこの靴は辛かったようだ。敷地も広いので歩くだけで疲れてしまったらしい。
張り切っている和義君が、仕方ないなぁという顔をして、それからみんなでベンチに向かった。
ベンチの両端に座る悠宇ちゃんと和義君。
最近良い感じになりだしたばかりの二人だから、距離感がぎこちない。悠宇ちゃんは可愛いが、一人の彼氏と長く続いたことは無いのだ。だから、和義君とは長く仲良くしてくれればいいのになぁ、と思っている。
なんといっても、今日は二人の為の遊園地なのだから。
真ん中が開けられたベンチに戸惑いながらも、二人の間にちょこんと座った私。
悠宇ちゃんは、履き慣れてないミュールのせいで足が本当にしんどそうだ。靴擦れにはなっていないが、ふくらはぎをさすったりしている。
今日は和義君と初めてのドリームランドだから、ちょっと張り切ってオシャレしてきたのかな、と思うと本当に微笑ましい。風になびく柔らかい髪は綺麗に巻かれていて、ハイウエストのワンピースがとても似合っている。
対して和義君は、ズボンからシャツを引き出して、裾をパタパタさせている。
夏なのだから仕方ないが、この湿度のせいで一層暑く感じるのだろう。早く涼しくなってくれるといいのに。
「あーもう……本当あちーわ」
手で額を拭う和義君を見て、じゃあ私は何か飲み物でも買ってこようかな、と思った。
悠宇ちゃんももう少し休憩したそうに足をプラプラさせてるし、何より二人はデートなのだから。時々は二人きりにしてあげないと……なーんて、世話焼きおばちゃん宜しく考えて、ベンチを立った。
「じゃあ私、自販機で何か買ってくるよ。何がいい?」
「あー冷たい茶が欲しいー」
「自分で買ってきなよぉ……」
「いいよいいよ、私買ってくるから! ゆっくりしててー!」
そう言って、慌てて自販機へと向かう。
途中、残した二人をチラリと振り返り、いや、やっぱりゆっくり買おうと思い直した。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死ねって言うもんね。
「二人ともお待たせー。ごめんお茶無かったの。自販機全部売り切れだったー」
3つほど自動販売機を回ったのだが、悲惨なことにどこも売り切れで買えなかった。
見つかるまでずっと彷徨うわけにもいかないので、嘘でしょーと思いつつベンチへと戻ると、先程よりも距離の近い二人が座っていた。
一緒に和義君のスマホを覗き込んで楽しそうに話している。
お、私のいない間に進展でもあったのかな? なんて微笑ましく思いながら、空いた悠宇ちゃんの横に座った。
「えー、無かったんだー」
「ごめんねぇ。次見つけたら買おーねっ!」
「じゃ、どこ行く? さっさと決めて行こうぜ」
和義くんがスマホのエリアマップを示した。
結構色んなアトラクションがあるんだよねぇ。どれも楽しそうだけど、ミラーハウスは苦手だし、観覧車は最後に二人で乗って欲しい……。ま、まずは定番からかな、とマップを指差した。
「ジェットコースターは? これは外せないでしょ」
「うーん……ミラーハウス以外なら……」
「仕方ねえなぁ……、じゃあジェットコースターか……お、メリーゴーランドもあるみたいだぜ」
ミラーハウスを楽しみにしていたらしい和義君は、残念そうな顔をしたが、悠宇ちゃんの希望を汲んで別の案を口にした。私も内心ホッとしつつ、悠宇ちゃんが大事なんだなぁと思うと凄く嬉しくなった。女の友情は単純なんだ。
「じゃあメリーゴーランド」
「そうだね、それなら悠宇ちゃんも怖くないよ!」
「じゃ、まずはメリーゴーランドから行くか」
ようやく決まって立ち上がる。
メリーゴーランドなんて何年ぶりだろう。というか、親子連れか、カップル以外で乗っている人なんているんだろうか……。しかも私ってお邪魔虫だし……。
ここはサポートに徹して、二人きりで乗ってきてもらうべきかなぁ。
などと心の葛藤を繰り広げていると、すぐに目的のアトラクションが見えてきた。
「おー、これかー。へぇ、結構、馬って大きいんだな」
「ホントだねぇ。メリーゴーランドなんて滅多に乗らないから、近くで見ると迫力あるよ。悠宇ちゃん怖くない?」
「やだぁ、やっぱり怖いってぇ……凄く高いし……」
「乗ってみたら案外怖くねぇって。乗ってみようぜ」
怖がっている悠宇ちゃんも可愛いのか、ニヤニヤと楽しそうに促す和義君。そりゃ、こんな可愛い子とデートなんだから、少しぐらいデレデレするのは見逃してあげるかー。
あー、私も彼氏欲しいなぁーとボヤきたくなってくる。
「じゃあ二人で乗ってきなよ。私、ココから見てるし」
結局、二人と一緒に乗ろうなんて無粋な真似はせず、大人しく待っておくことにした。
仲良く乗ってきなーと手を振ったのだが、その時ちょうど、和義君のスマホが鳴った。
「あー……ちょい待って」
そう断ってスマホを確認する和義君。
悠宇ちゃんは、それだけのことなのに和義君のことがとても気になるみたいだ。少し眉を潜めた表情で和義君を見ている。
「またLINE?」
「あー、まぁちょっと返事だけ。既読にしちゃったし、スルーするのは悪いじゃん」
そんなことを言いながらフリック入力の手を止めない和義君。
悠宇ちゃんは少し待ってから、わざと大きめの溜息を吐いた。
「もう……早く行こうよ。メリーゴーランド乗るんでしょ?」
「あ、悠宇ちゃん……!」
「先に行ってるね」
未だスマホを見つめる和義君を置いて、足早にメリーゴーランドに向かう悠宇ちゃん。
せっかく二人で来たんだから、仲良く乗って欲しいのに。
デート中に彼女そっちのけでLINEに忙しいなんて、優先順位を間違えてるぞ、和義君。
「ちょっと和義君! 悠宇ちゃん先に行っちゃったってー!」
「あーもう。おい悠宇、一人で行くなよ!」
すぐに和義君が追って、悠宇ちゃんの手を取った。
「待てって。せっかく乗るんだから、もっとちゃんと楽しもうぜ」
悠宇ちゃんを引っ張ってメリーゴーランドの中に入っていく和義君。
こういうちょっと強引なところに惹かれたのかなぁ、と柵の外からぼんやりと二人を見つめる。
本当は怖がりの悠宇ちゃんは、メリーゴーランドの馬ですら怖いのだ。隣に和義君が来てくれて、とてもホッとした顔をしている。青春っていいなぁ。
「やっぱり乗るのは怖いよ……」
「少し怖いぐらいが楽しいんだって」
和義君が手を貸して、悠宇ちゃんを馬の傍にエスコートする。
グラグラのミュールでへっぴり腰の悠宇ちゃんが、恐る恐る促された馬を触った。
「じゃあ俺先に乗るからー……って、またかよ、ちょい待って」
和義君が馬に足を掛けたところで、またスマホが鳴った。
友達の多い和義君らしいが、デート中にまで頻繁に返事をする必要なんてないと思う。
その度に悠宇ちゃんは放置されちゃうし、何よりまた、悠宇ちゃんが暗い顔をしている。
「……また? 絶対に女でしょ。前の彼女と別れてないって噂、聞いたよ……?」
「あぁ? ウゼェこと言うなよ。あ、前から思ってたけど、あいつよりお前の方が可愛いから」
「そういう話じゃなくて……ちゃんと別れてからさぁ……」
「あーもう、はいはい。今度ちゃんと別れるって」
不機嫌も露わな和義君が、馬に跨がりながら続けた。
「てか何が言いたいわけ? ――俺が二股してるなんて、今更だろ?」
――その言葉に、私は目の前が真っ赤になった。
軽薄すぎる、二股宣言。
それを聞いた悠宇ちゃんは顔を凍りつかせて、無言で踵を返してしまった。
「あ、悠宇ちゃん……っ!」
長い髪を翻し、片方のミュールが脱げた事も気にせずに走っていく悠宇ちゃん。
どれだけ悠宇ちゃんがショックだったのかわかる。
私も、和義君との仲を応援していただけに、裏切られた怒りが頂点だ。
「和義君がそんな酷い事言うなんて思わなかったよ! 軽蔑した!」
悠宇ちゃんの悲しさを考えただけで、どう慰めていいのかもわからない。
和義君を詰りたい気持ちもあるし、早く悠宇ちゃんを追いかけてもあげたい。
「おいおい、怒んなよ……って、おい待てよ、悠宇! ちょ、待て……待てって!」
暫く悠宇ちゃんの後姿を見ていた和義君だったが、メリーゴーランドが動き出したことで我に返ったらしい。追いかけるべく馬から降りようとするが、結構揺れが激しくてなかなか降りられずにいる。
上下する馬に揺られながら、悠宇ちゃんの後姿に向かって大声を出す姿は情けない事この上ない。
「おい、ふざけんなよ、誰か止めろよっ! 悠宇! 逃げんなっ!」
声を荒げて罵倒する和義君。
こうなってはイケメンも残念なことこの上ない。
せいぜい一人でメリーゴーランドを楽しんだらいいよ。
女の子を泣かせた分、醜態を晒して痛い目に合えばいい。
二度と二股なんてしようと思わないように、しっかり反省するべきだ。
「じゃあね、和義君。二度と悠宇ちゃんに話しかけないでよ!」
「ちょ、待てって! 何でだよ! くそっ! 待てって言ってるだろーっ!」
背後から聞こえる和義君の悪態を聞き流しながら、悠宇ちゃんの落としたミュールを拾って私も後を追っていった。
悠宇ちゃんに追いついた時には、もう門の前だった。
「やっぱり、やめとけば良かった……っ」
本気で走ったらしくぜぇぜぇ息を荒げながら、後悔を呟く悠宇ちゃん。
私も何て言ってあげればいいかわからない。
簡単な慰めの言葉なんて要らないだろうし、でも、弄ばれたような悔しさは、共有して昇華してあげたい。
「……だね。あんな男放っといて、カラオケでも行こっか!」
少しペースを落とした歩みで門をくぐり、そのまま近くに停めた車に乗り込む。
助手席に座ったところでようやく、自分が手に持っていた物を思い出した。
桜の花びらがあしらわれた、可愛らしい悠宇ちゃんのミュール。
なのに今では、脱げて転がったせいで、数個ほつれて取れそうになっている。
――あんな男、もう知らない。
涙目の悠宇ちゃんを見つめながら、次に何て言葉をかけようか、考えた。
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