紅い白墨(チョーク) 第2話

 お祭りのとき以外に来たことのない、街はずれにある小さな神社。

 ショウヤくんが私たちを連れてきたのは、その小高い山へと続く、参道の端だった。


「わぁ……!」


 細い道の左右に、私たちの背より高いあじさいが、たくさんの淡い青色をした花を誇らしげに咲かせている。

 アイリちゃんと私は、一緒になって歓声を上げた。


「きれい!」

「……こわい」


 でも、歓声のあとに続いたのは、ぜんぜん逆の言葉だった。

 たしかに私も、一面を埋め尽くす濃い緑色の葉と淡い青色の花はきれいだと思う。

 それでも、見たことのない高さまで続く花の壁はのしかかるように重く、くもり空と一緒になって、私たちを飲み込んでしまいそうに思えた。

 青色のあじさいの中に、一ヶ所だけぽつんとある赤色のあじさいも、血のしみのようで少し怖い。

 おごそかな雰囲気のある神社の参道が、だれにも気に留められることもなく緑に飲み込まれている様子も、怖さを引き立てているようだった。


「シオンはこういうとこ、あまり好きじゃなかったかな」


 私の反応を見て、ショウヤくんが心配そうにのぞき込む。

 あわてて首を横に振って、私は改めて周りを見渡した。


「ううん、ちょっと圧倒されただけです。きれいだし、好きですよ」


「まったく、シオンは考えすぎなのよ。きれいなものはきれいだって、それだけでいいじゃない」


 アイリちゃんが屈託なく笑う。

 その夏の太陽みたいな笑顔につられて、私も自然に笑うことができた。


「そうですね……。うん! きれいです!」


 アイリちゃんはすごい。

 表情が変わるだけで、気持ちまでこんなに変わるっていうことを教えてくれる。

 このへんではあまり嗅ぐことのできない、雨に濡れた土の香りと草いきれを胸いっぱいに吸い込んで、私はショウヤくんに「連れてきてくれてありがとうございます」とお礼を言った。


「いいよ、お礼なんて。シオンが喜んでくれれば」


「そうよ、コイツはシオンが喜べばそれだけでいいんだから。ほんと、花になんかぜんぜん興味ないくせにさ」


 アイリちゃんはそう言いながら、あじさいの壁を見て回る。

 砂利じゃりの敷いてある道を外れると、濃い茶色の地面はぬかるんでいて、「わっ」と足を引いたアイリちゃんは、靴についた土を砂利にこすりつけた。


「そういえばそうですね。ショウヤくんはなんでも詳しいですけど、景色とかお花とかそう言うものには無頓着なのかと……」


 私たちの言葉を聞いて、ショウヤくんはニヤリと笑う。

 青ブチメガネの奥で瞳がキラキラと輝いているのが見えた。

 そうだ、普段なら気にすることのない場所へ、ショウヤくんが意味もなく来るなんてありえない。

 私の名探偵がこの場所を見つけたということは、この場所に何か意味があるのだと初めて気づいた。


「……ショウヤくん、ここになにか謎があるんですね?!」


「え?! そうなの?!」


 おどろいたアイリちゃんが、すごい勢いで振り返る。

 この反応を待っていたのだろう。ショウヤくんは満足げに、大きくうなづいた。


「ほんとに?! ということはアレね! 先々週から続いてる『赤チョーク事件』の謎でしょ!」


 アイリちゃんの言葉にもう一度うなづいたショウヤくんは、メガネの奥の瞳を輝かせ、楽しげに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イエナリショウヤの事件簿 寝る犬 @neru-inu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ