番外編 北風と青鳥、サシで飲む

 日本警察本部犯罪整理課所属の北風巡査長は、顔も見たこともない親が犯罪を犯したことで、社会の冷たい目に晒されることになった。

 同じく、日本警察本部犯罪整理課撃滅機関所属の青鳥は、そもそもクローン元が犯罪者だった。


 二人の境遇は、自分に関与しない身内の犯罪に苦しめられたという点で、近かったのである。


 だからあの時青鳥は彼に言ったのだ。「北風さん、後でいっぱい話しましょう」と。


 勿論約束を反故にするつもりなんてない。ぜひ機会を作ろうと思っていた。


 が、しかし。


「青鳥さん、空いている日を教えてもらえませんか。店の予約をしておきます」


「……」


 ――まさか、あの鉄面皮で有名な彼から誘ってくれるとは思わないではないか。


 驚きすぎた青鳥は、クローン史上最もユニークな表情で彼の誘いに応えたのであった。










 北風と青鳥は、とあるバーのカウンターで酒を飲んでいた。


「……あ、これ美味しいですよ」

「あ、ども……」

「いえ……」

「……」

「……」


 話が続かない。

 そういえば、今まで彼と話す時は周りに賑やかな人達がいた気がする。あの人達といると迷惑を被る方が多いのであるが、今となってはとてつもなく恋しい。助けてウサギさん。


 元々無口な北風と、人の話は聞いていたいタイプの青鳥である。

 こうなることは予想できたはずだった。


 何か、無いか、何か。

 必死で話題を探る青鳥は、酒を一口飲んでやっと声を絞り出した。


「……その、太陽さんとは、最近どうですか」

「え?」


 ああー! テンションを間違えた! 言い方を間違えた! 恋人仲聞いてんじゃないんだからさー!


 しかし一度口から出した言葉を取り消すことはできない。青鳥は必死で取り繕った。


「いや、違うんスよ! うちの上司ってアレでしょ? すごくユニークでしょ? だから太陽さんみたいな上司ってすごくやりやすいんじゃないかなーって思って、聞いてみたくて!」

「はぁ」

「ど、どうスかね……!」


 どうもも何も無いなぁー! ごめんなさい北風さん! オレが不甲斐ないクローン人間であるばっかりに!!


 青鳥は笑顔を保つ努力をしながら、襲い来る自己嫌悪に表情筋を引きつらせていた。

 そんな彼を、北風は少し首を傾けて見る。


「……太陽さんは、相変わらずです。管理職故の板挟みにあいながらも疲れた様子は一切見せず、仕事をこなして私ら部下を気遣ってくださいます。あのタフさは、本当に頼もしい限りです」

「ほ、ほう……!」

「ですが、たまに撃滅機関に赴いている所を見ると、ああいう所でガス抜きをされているのだろうと分かります。なので、一部下として私は、青鳥さんやウサギさん、カメさんらに感謝しているんです」

「へ、へぇ……!」


 北風が言葉を返してくれた嬉しさと、意外な感謝への戸惑いでハ行の反応しかできなくなった青鳥である。


 い、いい人だな、この人……!

 いや、知ってはいたけど……!


 この調子で友達になれないだろうか。青鳥は酒を一口飲むと、勢いをつけて言った。


「き、北風さん!」

「はい」

「……う、ウサギさんとカメさんも、いい上司ですよ!!」

「ええ、よかったです」

「はい!」

「……」

「……」


 ……。


 なんだよ……オレすげぇ上司慕ってるだけの人になったじゃん……。

 オレって、こんなにコミュニケーション能力が低かったんだな……。


 今度こそズーンと落ち込んだ青鳥に、北風は何かまずいことを言ってしまったのかとオロオロしていた。

 だが、俯いている青鳥にその姿は見えない。


 そしてしばらく考えた後、青鳥は無様に素直になることにした。ただし恥ずかしいので、カウンターに突っ伏したままであるが。


「……すいません……オレ、北風さんと友達になりたいだけなんです。でも、なんかすげぇ空回りしちゃって……」

「あ、え、そうだったんですか」

「驚かせてたらごめんなさい……。けど、あんまり気を遣わないでくださいね。酒飲んで避けられるようになる、なんて、シャレにもなんないスから……」

「えふっ」


 ――えふ?


 不思議な声に、青鳥はつい顔を上げた。見ると北風は、口元を手で押さえて向こうを向いてしまっている。


「……え、なんスか。酒飲んでサケられるようになるって、そんなに面白かったっスか」

「……ふふ、いえ、その」

「こっち見てくださいよ、北風さん。ことなら験したい」

「あ、うまい。ふふっ」

「……カウンターで酒をカウンダー」

「やめ、ちょ、ははっ、えへへ」

にあるのはいい一回五千円なんてた

「あ、青鳥さん、や、やめ……私、ほんとそういうの弱くて……!」


 ……。


 かわいいな、この人。


 意地でもこちらを向かないが、北風は背中を丸めて肩を震わせている。青鳥はしばらく、そんな彼に容赦ないダジャレの洪水を浴びせ続けたのであった。










「――で、北風ちゃんとのサシ飲みはどーだったのよ、青鳥ちゃん」

「おはようございます、ウサギさん。ええ、無事に友達になれましたよ!」

「そりゃ良かった! でもさー、北風ちゃんといったら、あの鉄面皮だろ。心開かせるのにどんなテクニック使ったのよー?」

「そんなたことやってませんよ。を抱けば誰にでも……」

「……」

「……」

「さっきの、ダジャレ?」

「……その、昨晩の後遺症が」

「おおーいカメー! 青鳥がクッソ面白いダジャレ言ったぞー! 百万回聞いてくれー!」

「ああああやめてぇぇぇぇ!!」

「聞いてたぞ。反吐が出そうなクオリティだった」

「あああああああああ!!」










「……で、なんで北風は腹押さえてるんや?」

「すいません……ちょっと筋肉痛で」

「なんやそれ」



 番外編 完

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撃滅機関の老害共 長埜 恵(ながのけい) @ohagida

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