舞って鳴る。
□
「おかしい…」
凪がそう呟きながらペンを回すのは生徒会室、手元には十枚ほど摘まれた紙が置いてあり、『生徒会検討事項』と書かれている。
「何がおかしいんですの凪?」
こちらの呟きに対して疑問を投げるのは海華で、こちらは三十枚近い量をてきぱきと処理している。
こなれてるなぁ…。
流石生徒会旗下の風紀委員であり成績優秀者、書類の処理能力は尋常じゃない。
いや、素直に関心している場合じゃないだろう。
「なんで夏休みなのに!しかも生徒会関係ないのに私が生徒会業務に付き合ってるわけ!?」
そう、今日は夏休みの真っただ中、生徒会はエアコンが効いている為快適ではあるが、海華に突然、
『今日ちょっと会いませんこと?』
とメッセージが来たからこの茹だるような暑さの中快適な部屋の中でギターを弾いていたい欲を必死に抑えて来たと思えば、
「ちょっとこっちに用がありますの」
と言われ着いてきたら生徒会室、そしてそこに居たのは笑顔でこちらを迎える生徒会長で。
「最悪だよ…海華に騙されるなんて…」
正直、しんどい。
一周回って悲壮感を漂わせると、流石の海華も申し訳なく思ったのか、
「も、申し訳ないとは思ってますのよ…?でもこうでもしないと書類が溜まる一方でしたの…」
そんな事を言ってくる海華の顔を恨めしそうに見ていると、横からフォローが入る。
生徒会長だ。
「風行さんが不満なのは分かりますがここは生徒会長の顔を立てると。そういう事にして頂けないでしょうか?」
「…会長、他の生徒会役員はどうしたんですか?」
そう、何より不満なのは他の役員がいないことだ。
溜まらず問うと返ってくるのは申し訳なさそうな声で。
「副会長の祝原は今日は仕方ない理由があるのですけれど、その他役員の方々、どうやら業務があるのを忘れて各々遠出をしているようでして…あとできつく言っておきますから、ね?」
と、こちらに手を合わせながら言ってくる。
そんな会長を見ていたら、なんだが怒っている私が情けなくなってきてる自分がいて。
「…はぁ」
ため息をついてしまう。
少なくとも会長には軽音楽部を裏から掬うチャンスを与えてくれた人だ、無下にも出来ない。
なら、
「…まぁ、やりますけど…」
「ありがとう、風行さん」
「まったく、凪は素直じゃありませんこと」
そんな事を言ってくる海華を一瞥するとすぐにしゅんとなってしまう。
…可愛いなあ。
もう少し見ていたい気もするが、海華があんな状態ということは本当に反省していると、そういうことだろう。
ならもう、責める必要もないか。
そう思い腕を上げてぐっと伸びをし、会長に問う。
「会長、とりあえずどれくらい終わらせればいいですか?」
「…そうですね、時間的には十五時ですし、そこの手元にあるものを終わらせていただければ大丈夫かと」
「りょーかいです」
私は残り十枚ほどだ、さっさと終わらせてしまおう。
そう思いながらも黙々と続ける事一時間、
「…終わったぁ!」
「こちらも終わりましたわ」
私と海華が同時に声を上げた。
「海華、ほんと事務処理早いね、ちょっと憧れちゃう」
そう言うと海華は赤くなりつつも自慢げな顔で、
「ま、まぁわたくしに掛かればこれくらいの処理余裕ですわ!風紀委員ですので!風紀委員ですので!」
いや二回も言ってるけど処理能力に風紀委員は関係ないんじゃ…。
という言葉をぐっと飲み込み、会長の方を向く。
会長の方はまだ数枚残っているようで、
「あぁ、私に気にせず帰って頂いて大丈夫ですよ」
と声を掛けてくれる。
だが、会長の机にはまだ大量の紙が残ってる。
「あの、やっぱり私達残ってやった方が」
あれだけ文句を言ってはいたが、これを見せられては申し出るわけにもいかないような気がして声を掛ける。
だが、会長はしきりに時計を気にし始めながら、
「だ、大丈夫ですから!ほら時間!もう十六時です!よい子は帰って愛を育むべきです!あっでもあんまりねっとりしたのはダメですからね!」
と言ってくるがなんだねっとりとは。
というかキャラ変わってないだろうか?
そう思っていると不審に思っているのは海華も変わらないようで、こちらの耳元で、
「会長、なんだか変じゃありませんこと?」
「…書類多すぎて気が狂った?」
「…ちょっと否定できない所が辛いですけれど、たぶん違いますわね」
「…じゃあなに?」
「まぁ、ここはわたくしにお任せあれ」
そういう海華はこちらの手を繋ぎ、立ち上がる。
「それではお言葉に甘えて失礼いたしますわ、会長」
「えぇ、お疲れ様」
そう言って生徒会室を海華に半強制的に出されてしまう。
「…それで、どうするの?」
下駄箱までの道を歩きながら問うと、海華はニヤリと笑い、得意げな顔で話し出す。
「…会長のあの焦り、そして恐らく凪は気づいてなかったでしょうけれど、会長のバッグに今までなかった鈴のストラップがついてましたの」
「えっ付いてた?」
「えぇ、あのお世辞にも飾りっ気がない会長がバッグにストラップを付け、わたくしたちを半強制的に追い出した…つまり」
「つまり?」
「…恋人を待っている、それか恋人の元へ向かいたいが為の安全を確保したいがためだと、わたくしそう睨んでますのよ!」
「…それ、本当なのかなぁ…」
まぁ確かに、生徒会長は飾りっ気がないのは事実な為、違和感があるのは確かだが、ちょいと強引な気もする。
「まぁ海華落ち着いて…」
少し興奮気味の海華が繋いだ手をぶんぶんさせるのを落ち着かせる為に強く握るが、反応は薄い。
「落ち着いてられますの凪は!?あの会長に恋人がいるかもしれませんのよ…!こうしてはいられませんわ!凪!一旦下駄箱前で隠れて会長を尾行いたしますのよ!」
「えっ」
そんな探偵じゃないんだからとか、放っておいた方がいいでしょとか、本当にそうだったらどうするの?とか色々思考するが、海華が手を引いてくる事で思考は中断されてしまう。
「ほら凪!行きますのよ!」
そういう海華の顔は、きらきらと輝いていて。
「…ま、面白そうだしいっか」
と、そう思ってしまう自分も居た。
…私、意外と流されやすいなぁ。
そう思いつつ、下駄箱に向かっていく。
さぁ、探偵ごっこを始めようか。
□
生徒会長、もとい鈴鳴 鳴子すずなり めいこは二人が部屋から出ていき、ぱたぱたと下駄箱に向かっていったことを音で確認し、
「ふぅ…」
ため息をつく。
書類は道半ば、しかしこの後の予定もあるし、何よりそれを見られたくないから二人を帰したのだ。
だからというように書類を纏めて机でトントンと叩き綺麗に整え、机の端に置く。
幸いにも残った書類は夏休み以降の提出だ、当分放置しても大丈夫だと言えよう。
今後の夏休みはどう過ごそうかと、そう思いながら鞄に荷物を纏めて出る準備をしていると、鞄に付けた鈴が凛とした音を出す。
「…まったく」
その鈴の音だけでドキドキしてしまう自分がいる。
私が好きで、でも伝えるわけにはいかなくて、それを知らない私の心を騒めかせてくるあの人がくれた鈴。
「どうせ今日も騒めかせてくるんでしょうね、あの人は」
そんな事を考えると、何も考えてなさそうなあの人の笑顔が浮かんできて、
「…おかしいですね、何だかむかついてきました」
こちらの想いに気付いてないことに、あと顔がむかつく、いい顔だから余計に。
まあいい。
「向かいますか」
場所はこの学校から十五分ほど歩いた先にある神社だ。
鞄を肩に掛け、無意識下で軽快な足取りになりつつも歩みを進める。
途中のコンビニでスポーツドリンクを購入しつつ、街中を歩いていくが、見ている景色は昔から変わらない。
今歩いている道も、そこにある公園も、そして私の気持ちも。
「…なんだか今日は随分とナイーブになりがちですね私」
いつもはそう言う思考をしないように努力し、実際できているのだが、やはり心は揺れ動く物だと、そういう事だろうか?
「難しいですね、恋も、人も」
そう呟くと、目的地の近くまで来ていた事に気付き、足を止める。
左に振り向くとそこにあるのは少し長く、傾斜もそこそこな階段と、階段の端にある一つの石碑だ。
そこに書いてあるのは、
「祝原神社」
夏祭りが開催されたりもするこの神社は良く来る上に私自身会いたい人がいるため通っているから、私にとっては馴染みの場所だ。
階段を一段一段上がり、鳥居の前までくる。
一礼し、通路の真ん中を避けつつ手水舎で手を洗い、口を濯ぐ。
そして大鈴と賽銭箱、主神が奉られている拝殿に向かい、挨拶を済ませる。
その後は慣れた足取りで拝殿の横を抜けて本殿を右へ。
抜けた先に見えてきたのは巫女や芸能系が舞を踊る舞台が建っている。
多分、いるんだろうなぁ。
そう思いながらなるべく静かに向かうと、舞台の上には案の定見知った顔の制服姿の女が舞の奉納とは違うが、激しい踊りを踊っている。
なるべく邪魔にならないよう、舞台には上がらず後ろの方でその姿を見ていると、踊り疲れたのだろうか、足を止めて座り込んでしまう。
…まったく。
そう思いながら、靴を脱ぎ一礼してから舞台に上がり、彼女の頬に買ってきてあげたスポーツドリンクを当てる。
すると。
「うひゃあ!」
と声を上げびっくりした表情でこちらを見てくる。
「うわっなるか、びっくりしたー」
そう言って笑ってくれる。
…いい顔。
そう思い、しかし彼女の顔を見た印象がそれかと呆れつつも、彼女の名前を呼ぶ。
「お疲れ、舞」
「うん、ありがと、なる!」
そう、彼女の名前は祝原 舞のりはら まい。
祝原神社の一人娘で、巫女で、弓道部部長で、全然出席してこない生徒会副会長で、私の事を"なる"と呼ぶ。
私の、大好きな人だ。
□
海華と凪は境内とは逆、雑木林を抜けて二人を観察していた。
「…あの人は?」
そう凪が耳元で聞いてくる。
少しぞわっとしたような感覚を得ながらも、
「あの方、生徒会の副会長ですわ」
「あのまったく生徒会に来ないって噂の?」
「噂というか、本当ですの…ただあの人はあの人で人望がかなり厚い人物ですのよ?部費関係の会議は部長会含めて基本的に荒れるのですけれど、副会長が運動系を取り纏める事でこの二年間はまったく荒れる事無く進んだ実績がありますの」
「…でも、出ないんでしょ?」
「…」
何も言い返せない所が辛いですわね。
そう思いながらも、しかし疑問が残る。
「生徒会長と副会長は幼馴染、という噂は聞いていましたけれど、わたくし達に対してあれほどの反応をしてまで隠したい事って何なんですの…?」
「まぁ、見てれば分かるでしょ」
「そうですわね、何だかわくわくしてきましたわ…!」
「…怒られたりしないかなぁ、これ」
鳴子は舞の隣に座り、買ってあった缶コーヒーを煽っていた。
「それにしても、さっきの巫女神楽は何?奉納の舞台で踊るにしては些か激しすぎると思うのだけれど」
そう言うと、舞はきょとんとした表情でこちらを見つめてくる。
…何か顔についてる?
否、それはない、舞だったら素直に言ってくれるはずだから。
なら、
「…何?」
そう問うと、舞ははっとした表情の後、頭を掻きながら答えてくれる。
「いやぁいっつもなるは学校では敬語じゃん?弓道場来てもそんな感じだし、こうやって二人だけで話すのも久しぶりだったからつい…ね?」
そう言われ、思い出すが確かにそうだった気がする。
だが、
「し、仕方ないでしょう、生徒会長という立場がある以上、模範となるべき行動や言動をしなければいけないんだから」
「…その割には割とごり押しで軽音楽部助けてたりしたよね?」
「あれはまぁ…私自体あのギターの音が過ぎだったから、というのもあるかも」
「そっか…まぁまぁ!でも嬉しいよ、こうやって会いに来てくれて、久しぶりに話せてアタシ超嬉しい!」
嬉しい、だなんて簡単に言ってくれる。
私がどれだけ好きなのか知らない癖に、そうやって足をバタバタとさせながら素直な感情を吐いてくれる彼女がとても好きで、しかし嫉妬してしまう。
…私も、こんなふうに素直になれたら、舞と…。
そこまで考え、頭を軽く振って思考を消す。
今日来た理由は舞と話すためだけではない。
「舞、夏祭りの準備はできているの?」
問うと、返ってくるのは逡巡と言葉だ。
「んー、祭自体はお父さんが取り仕切ってるから滞りなく、ただ…」
「ただ?」
「いつもの神楽舞が納得いかないんだよねぇ…」
奉納、というのはこの祝原神社で行う夏祭りのイベントの一つで、この舞台で神様に対して踊りを奉納するのが恒例行事となっている。
元々は舞の母がやっていたのだが、高校生になってから舞が担当になり、去年一昨年とやっていた。
素人目でもその舞は綺麗で、しかし厳かで、惹きつけるものがあると思っていたのだが、
「舞は何が気に食わないの?」
「…激しさ?」
「それ、舞が落ち着きないからじゃないの?」
「ひどっ」
そんな事を言いながら笑うと、舞も笑ってくれる。
「それに、私舞がこの舞台で踊ってるの、結構好きよ?」
「…本当?」
「…うん、だって凄い綺麗で、でもそこには意志が宿ってて、舞の想いが伝わってくる感じ…だから、好き」
そこまで言って、しかし、
これ、なんか告白みたいになってる…!
と、そんな勝手な想いに駆られ、一人顔を赤くしもじもじしていると、舞はひとしきり逡巡した後、
「そっか」
と、そう言って立ち上がる。
「…舞?」
問うと、舞は明るさすら感じてしまうほどの笑顔をこちらに返して、返してくる。
「なるがそう言ってくれるならアタシはそのままで行くよ!」
「…私なんかの意見で決めていいの?」
「いつもアタシの事見てくれて、傍に居てくれて、導いてくれるなるがそう言うんだからアタシは信じる」
それに、と言葉を付け加えてくる。
「そもそも変えようとしたそもそもの原因は段々と少なくなってきた観覧者、どうやって増やしたらいいかなぁとか、やっぱり今風にアレンジ効かせた方がいいんじゃないかなぁとか、そんな感じで思ってただけだしね、あれが好きな人が一人でもいるならアタシは全力で踊るよ」
そう言われ、私はほっとすると同時に、一つのざわめきを得る。
な、なんか舞の中で私って結構重要ポジなんだ…!
正直、かなり嬉しい。
私が文系、舞が体育系という事もあり昔ほど喋ったりできなかったわけだが、まだ舞の中には私があり、そしてかなり良い位置にいるという事がとても嬉しくて、性格に合わないと自覚を得つつもその喜の感情はすっかりと私の身体に染みわたり、体温を上げていた。
「…なる、暑い?いや夏だから当たり前だけどさっきより赤いような…」
「き、気にしないで!」
貴女にバレるのが一番つらいんだから。
そう言い返しつつ、しかし疑問に思う事がある。
「そう言えば舞、簡単に巫女神楽を変えるって言ったけどそんなことしていいの?一応神事でしょ?」
「まぁそこらへん神道適当だからねー、うちの主神はアメノウズメ、大きめの神社であれば神事としての神楽舞…優雅さ重視の踊りを踊るわけだけど、うちの神社の起源、知ってる?」
「…知らないわ」
神社の子ならともかく、一般人は興味が無ければ調べないし、足繁く私にしたって主神くらいしか知らない。
返答を聞いた舞はこちらに対してではなく、これからいう事に対して呆れながら答えをくれる。
「うちの神社、先代が結構適当というか、神官と言うより一般人寄りだったせいもあったのか『ここら辺寂しいから芸能紳祀って踊れば反映すんじゃね!?』とか適当言ってここに神社建てたらんだよね、だから神事も格式が高いものは除いてアバウトというか、神楽舞に関しては先代からの意向というか、家の気質で『まぁ、地元が栄えるのであればいいんじゃない?』とか、そんな感じでさ」
「…あんまり聞きたくなかった新事実ね」
いいのか神道、アバウトだな。
そう思いながら呆れていると、舞は何かを思い出したのか、
「あっ」
と声を出したあと、こちらの傍まで距離を詰め、しゃがんで顔を覗いてくる。
か、顔ちか…!
声に出すのを必死に我慢しつつ、汗臭さを気にして少し距離を取る。
「いきなりなに?」
「いやぁそう言えば聞き忘れた事あったからさ…なる、今度の夏祭り、一緒に回らない?」
「…は?」
こちらとしては願ったり叶ったりなお誘いだ、だが、
「舞、貴女準備とか裏方は?」
一応開催地は神社の境内だ、出店の管理は出す側と警察消防の管理になる為神社は不干渉だが、それこそ神楽舞までの準備があるだろう。
そういう意味を込めて言ったのが伝わったのか、舞はんーっと声を上げながら両手を後頭部に回しながら寝転がり、答える。
「なんかお母さんが『あんた高校生最後の夏休みなんだし今年位は目一杯遊んできなさいな、水垢離替わりのお風呂入る時間くらいに帰ってくればいいから』とか、そんな事言っててさ」
お母様グッジョブ!と心の中でガッツポーズするが、疑問が残る。
「…そんなチャンスなのに、私と行くの?」
一息。
「好きな人とかと行った方がいいんじゃないの…?」
舞だって女の子だ、好きな人が出来たっておかしくはない。
でも、舞の返答はまっすぐに、速球で返ってくる。
「いやーそれが誰と回ろうかなぁって思った時に最初に浮かんで、それでいて他の候補を蹴散らしていったのがなるだったからさ」
寝転がりながら、しかしこちらに顔を向けて、私が惚れたその笑顔で答えてくれる。
「アタシはなると回りたい、一緒に過ごしたい」
…んぁあ…。
思わず心の中で変な声が出てしまった、いけないいけない。
でも、かなり嬉しい。
どっちにしろ少ない時間でもいいから抜け出せないかと提案しようか悩んでいたところだ、あっちから来てくれるのなら幸いだし、チャンスも増えるだろう。
…告白。
そろそろ、この思い続けて蓋をした感情を吐き出さなければ、私が先に潰れてしまうと、そんな気がするのだ。
たぶん、これは神様がくれたチャンスだ。
それが良い結果となるか悪い結果となるかは分からないけれど、それでも、私は。
「分かった、一緒にいきましょう」
この誘いを断る理由が、なかった。
□
「…ん」
凪は、監視していた生徒会長の雰囲気が変わったことを遠目から悟った。
なんか、覚悟決まった顔してる…?
覚悟、と言ってもそこまで悲観したものではなく、どちらかと言えば幸いを得た、またはこれから幸いを得ようとしているような、そんな感じがする。
これは、邪魔しない方がいいだろうなぁ…。
会長のあの顔には見覚えがある、というか海華がこちらに告白してきた時にしていた顔だ。
ならば後輩が出来る事は一つ、出来るだけ二人が全力でぶつかれる場所を作るだけだ。
だから、
「ほら海華、何もなかったから帰ろう」
そう言って海華の手を握る。
すると、
「そ、そうですわね、特に何が起きたって訳でもないでしたし、ただの幼馴染の邂逅と、そういうことだったと解釈すべきですわね…」
と、なんだか煮え切らない返事を帰してくる。
「…海華?」
流石に心配になって声を再度掛けると、海華はギシギシと音が鳴りそうなくらい低速で顔を向ける。
「な。凪…?」
「何?」
「あ、足が痺れて動きませんの…おぶってくださいますこと?」
「…え?そんな辛い体勢してたっけ?」
「こ、この体勢そんなにしないから結構辛いですわ」
「うんこ座り?」
「い、言わなかったことをあっさりと言うんじゃありませんの…!」
そう海華は反論しつつも、足が痺れているのは本当のようで、足がプルプルしているのがよくわかる。
だから、
「ほら」
一度屈み、海華に背中にもたれ掛かれるように誘導する。
それに対して海華は素直にこちらに身体を預けてくるため、足を持って、雑木林を抜けていく。
少し歩いていくと、境内が見えてきたが、海華もだいぶ痺れば取れて来たのか、
「ここまでで大丈夫ですわ」
そう言って自発的に降りていく。
「大丈夫?」
「もう平気ですわ、それより思い出したことがありますの」
「ん?」
「この神社、確か二日後には夏祭りがありますの、それでその…何と言いますか」
一息、そしてこちらの手を握る。
「一緒に夏祭りとか、どうですの?」
そう言う海華の顔は夕日の赤か、羞恥の赤か分からないが、赤に染まっていて、それが無性にかわいく思えてしまう。
…まったく。
「もちろん…デートでいいんだよね?」
そう確認すると、海華は俯き、しかし首を縦に振る。
「分かった…それじゃ待ち合わせは後で詰めるとして、帰ろっか」
そう言って握った海華の手の握りを強くして、境内から階段に向かっていく。
あぁきっと、幸いが咲く夏祭りになるだろうと、そう思いながら。
□
「さて…と」
「やっと着きましたわね」
そう言いながら神社に繋がる階段前に辿り着いたのは海華と私で。
「…意外と熱気があるね」
「そうですわね!楽しみですわ…!」
テンション上がり気味でハイになってる海華はともかく、そう呟くくらいには祭囃子と人の声が聞こえてくるのだ、今まで来なかった事が悔やまれるくらいだ。
…それにしても。
「私、浴衣じゃなくても良かったんだけど…」
そう言いながら自身の服装を見ると、鮮やかな青と花が彩られた浴衣を着ている。
元々海華の家に迎えに行った時は私服だったのだが、
「凪!凪!なんで浴衣じゃないんですの!?ほらこっち!こっち来なさいな!」
と、そう言われながら海華の家に連れ込まれ、海華の母に手伝って貰いながら着付けをしたのだが。
…これ、滅茶苦茶高いんじゃ無かろうか…?
持って来てもらった時に桐の箱に入っていたので正直怖い。
そう思いながら呟く。
すると海華はキラキラした目で、
「何言ってますの凪、お祭りに浴衣で行かないなんて風情がありませんのよ…!」
「あ、はい…」
「それに、わたくしとしては浴衣でデート、夢のひとつだったんですの…嫌でした?」
「…嫌、じゃない」
というか、その言い方はずるいなぁ…!
そういう事であれば応えたいと、そう思うのが恋人だろう。
だから、
「高そうだし汚したくないなぁって思ったからつい言っちゃった…ありがとう、嬉しい」
「なら良かったですの」
そう言いながら、海華が手を伸ばしてくる。
海華の浴衣は黒をベースにして花が咲いており、金の髪も相まってとても綺麗で。
「行きましょうか、凪」
「うん」
その手を握りながら、階段を一歩進む。
…顔が熱いのは、多分夏の熱気だけじゃないと、そう思う。
□
鈴鳴 鳴子は、神楽舞台の前で舞を待ち、そして緊張していた。
実質デート…!
一緒に行こうと言われた次の日には浴衣を買い、あまりしないメイクをバッチリ決めてこの場に臨んでいるのだが、これが中々心臓に悪い。
幼馴染ということもあり、何度も一緒に出掛けていたことはあるが、今日に限っては気概が違う。
…告白。
一世一代の大勝負だ、緊張しないほど慣れてないし、気だって強くない。
だが、ここで決めなければ何もかも始まる事なく終わってしまう。
「そんなのは、嫌」
多分後悔して、泣き腫らすだろう。
それくらいだったら、当たって砕けた方がいいだろう。
「…私、意外と強気ですね」
気が強くないのは確かだが、こういう時は強気と、そういう事だろう。
正直生徒会長選挙の時より緊張してますけどね…!
選挙は楽だ、常日頃のアピールと成績でどうにでもなる。
だが告白ばかりはどうしよもない、自分だけじゃない、相手にとっても重大な決断なのだから。
「よし」
頑張ろう。
今なら砕けてもどうにでもなりそうだ。
そう思いながら下に行っていた視線を上に上げると、
「なる、お待たせ」
「ひぇあ!?」
赤の浴衣を身に纏った舞が、目の前にいた。
□
舞は、なるが今まで聞いたことのない奇声を上げて一歩下がり視線を逸らすところまで見ていた。
んーっと…。
「もしかして、浴衣似合ってない?」
そういうとなるははっとした表情をした後、しかし顔を軽く赤に染めて、
「そ、そんなこと無い…です」
「なる、敬語敬語」
「あっ…いやその、急に視界に現れたからびっくりしたというか、考え事してたからというか…うん、凄く似合ってる」
「ホント?!良かったぁ」
一応家の箪笥から引っ張りだしてきた浴衣だったし、曲がりなりにも女子だ、不安なところはあったのだが、なるがこう言ってくれるのなら安心だと、そう言えるし、それだけの年数を一緒に過ごしている。
それよりも、
「なるの浴衣も綺麗だね」
「うぇ?!あ、ありがとう…」
なるの浴衣は白を基調にしつつ薄紫が入っているもので、いつもと何というか、
「素敵」
「そ、それ以上褒めても屋台で少ししか奢らないからね?!」
いや奢って欲しい訳では無いがまぁいい、御相伴に預かろう。
そう思いつつも、しかし気になるのはなるだけではなく時間で、神楽舞の時間が十九時、現在の時間が十七時の為、あまり余裕はない。
つまり、
「ほら行こ、なる」
なるの手を取り、しっかりと握る。
瞬間、なぜかいつもと違う、心臓の高鳴る音が鳴ったような気がして、立ち止まる。
「分かったって…って、舞?どうかしたの?」
手を取られたものの急に止まられて困惑したのか、なるが言葉をかけてくる。
「あーいや、大丈夫、ちょっとコケそうになったもんだからさ」
「珍しいわね」
「うん、アタシでもびっくり…ほら、改めて」
そう言いながら、なるの手を引き、祭囃子が鳴る方にゆっくりと向かっていく。
あの高鳴りはなんだったのだろうかと、そう思いながら。
□
海華と凪は境内の端、ベンチが設置してある場所で休憩をしていた。
自身は両手に綿飴と焼きそばを、凪は片手にりんご飴を抱えており、
「…凪、結構可愛いもの食べますわね」
「…ダメ?」
「いや、ダメではないのですけれど、いつもとのギャップは感じますわね」
いつもクールぶって、一人で抱えて、それでいてこちらの事を考えてくれて。
だからこそ今の凪の隙は、なんだか嬉しいというか、
「わたくしを信頼しているからこその隙ですのね、それ」
そういうとりんご飴をガリっと噛み、もしゃもしゃと食べていた凪がこちらを見ながら飲み込み、しかし言葉を出す。
「…まぁ、なんというか、好きだからこその隙というか、そんな感じ」
「…」
そんな言葉に自身は黙り、そして顔を背ける。
な、なんか今日の凪は素直じゃありませんこと?!
何時もであればクールぶって、しかもこちらを揶揄ってくるような人間なのに、今日に限って言えば素直そのもの。
そして今の祭りという状況。
つまり浴衣と祭りの雰囲気がそうさせていると勝手に結論付け、納得する。
祭りに誘って浴衣を着せたわたくしグッジョブですの。
脳内自分とハイタッチしながらも、再度凪の方を向く。
すると凪はこちらが何か悩んでいると感じたのか、いや実際には苦悩とか煩悩とかそういう類だったが、こちらにりんご飴をすっと差し出し、言葉をかけてくる。
「…なんかよく分かんないけど、りんご飴食べる?」
「…いただきますわ」
反省しつつ一口貰い、咀嚼する。
パリパリとした飴の食感と少しくどいくらいの甘みの後にりんごのすっぱさと爽やかさで緩和される感覚に喜びを得つつ、
「ありがとう、な」
凪と、そう呼ぶ前に自身の唇が塞がれ、軽く唇を舐められたと分かったのは数秒後。
「ーーー?!凪!?」
「あま…ん?」
「な、なな何を」
先程のしおらしさはどうしたんですのとか、人前ですのよとか色々浮かび、しかし声に出ない。
そうしているうちに何時ものいたずらをしてくる時の凪の顔がそこにあり、
「なんかマウント取られた気がしたから、取り返そうと思って」
「み、妙な所で感が鋭いですわね凪は…!」
そう言いながらも、しかし悪い気がしないのは事実で。
「…まぁ、よしといたしますわ、珍しい凪の姿も見れましたし」
それに、
「このキスも含めて、思い出になりましたもの」
そう言いながら自身の唇を少し撫でる。
そうして凪を見つめ、しかし恥ずかしさから二人して苦笑していると、凪がスマホで時計を確認している。
「海華、そろそろ先輩の神楽舞だけど、どうする?」
「…そうですわねぇ」
元はといえば生徒会長が怪しいからと、そう言って始まったこの祭りだ、気になるところではあるが。
「…まだ焼きそばが残ってますの」
そう言うと凪は少し笑い、しかしりんご飴を齧り、遠くを見つめる。
「…じゃあ、もう少し二人でいよっか」
「…はい」
そんな凪の言葉に幸いを得ながら、しかし思う。
会長、頑張ってくださいまし。 と。
□
鳴子の緊張は、最大限に達していた。
舞と屋台を巡り、楽しく過ごし、笑い、そして時間が来てしまい、今は神楽舞台の裏で巫女の衣装を見に纏った舞と一緒に居ると、そんな塩梅だ。
こ、これが終わったら告白…!
神楽舞が終わり、その後が何もないそのタイミングでなら、舞の負担が軽いだろうと、そう思ったからだ。
だからこそ、直前になればなるほど、言うべき言葉を考え、緊張していく。
そんな私を見た舞は、何か感じ取ったのか、こちらを見てくる。
「…なる?どうしたの?」
そう問われると、舞の事ばかり考えていた自身のリソースに脳内舞ではない本当の舞が割り込んできた感覚でびっくりし、
「へい!!!」
と、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「…ほんとに大丈夫?なんかアタシより緊張してない?」
「い、いや違くて!いや違くないけどでも違うの!」
「どっちやねん」
そんなエセ関西弁で突っ込まれつつ、しかし準備はしなければと、言葉を捻り出す。
「ね、ねぇ舞、この後話…できる?」
「いいけど…どうしたの?」
「その…大事な話、したくて」
「大事な話…ね、ねぇなる、アタシも大事な話があるんだけど、我慢出来ないから聞いて欲しいの」
「…え?」
その言い方の後に続く言葉は否定なのかと、思わずそう思ってしまい身構えると、帰ってくる言葉は違う言葉で。
「ねぇなる、アタシ大学に行っても、その先に向かったとしても、なると一緒に居たいって、そう思った…のかもしれない」
「…ど、どういうこと?」
その言い方は、感じ方はまるで私の好きと相違ない感じ方で、しかし違和感を覚える言い方で。
「あのね、今日なるとあって、手繋いで、一緒に回って、凄い心がポカポカして、嬉しかったんだ」
一息。
「それがどういう感情なのかはアタシにはまだわからないけど、でもこれだけは分かるんだ、なると一緒に居られたらそれだけで嬉しいって」
「…」
それは、好きなんじゃないの? とは、私自身から言うことは出来なかった。
多分、悩んでいるのだろう。
その感情が正しいのかと、私を求めていいのかと、そう思っているのかもしれない。
そんな事はない、私を求めて欲しいと、そう言えばおしまいかもしれないが。
…ここで待てなきゃ、意味ないものね。
もし今のまま好きを伝えたとしたら、舞は受け入れて、私の言葉で舞の好きを定義するだろう。
そんなの、嫌だ。
舞自身の好きで、私を好きになってくれなきゃ、それは嘘だ。
だから、
「…分かった、その感情が何か分かるまで待ってる」
「…ありがと、なる」
「いいの、それより私の大事な話はなしで!ほらそろそろ時間!」
「えっいいのってホントだもう時間!」
そう言って慌てながら舞は机に置かれていた鈴を手に取り、慌ただしく駆けていき、しかしこちらを振り向く。
「…なる!」
「ん?」
「…アタシの舞、しっかり目に焼き付けてね!」
「…うん!もちろん!」
そう言って、舞は舞台に上がっていく。
行ってらっしゃい、待ってるから。
そう聞こえないように呟きながら、しかし思うのだ。
あぁ、もう少し、好きを仕舞っておくから、待ってるよ。
と。
□
「…ねぇおかしい」
夏休みも終盤、凪は生徒会で大量の事務処理を手伝わされていた。
その上今日は海華は家族とお出かけのため不在で、私に全て降りかかっているのでかなりしんどい。
そんな辛い恨みを込めながら向かいの席に座る人物を凝視する。
「…ん?なんです風行さん?書類もっと欲しいですか?」
「…いえ、なんでもないです」
向かいの人物…生徒会長はこちらの視線に気付き脅しをかけてくるものの、声色は穏やかだ。
…これは、いい事あったのかな。
結局祭りの時は邪魔しないようにしつつ、しかし実際のところ海華と二人で楽しんでいたため意識から外れていたが、先輩としては何かをあの場で得られたのだろうと、そう感じる。
「あの、会長…いや、やっぱりなんでもないです」
問いかけ、しかし言葉を呑み込む。
…あんなに喜の表情をしているんだから、聞くのは野暮だよね。
そう思い、笑うと会長も少し笑ってくれる。
そうして黙々と作業をしていると、生徒会長が声を上げる。
「風行さん、少し聞きたいことが」
「…はい?」
割と完璧超人みたいなところがある会長が私に質問とはなんだろうかと、そう思っていると、質問の内容は違う方向のもので。
「あの、好きは、腐らないものでしょうか?」
「…?」
「あーえっと、感情を保ち続けることで変異してしまう事は、あるのでしょうか?」
「…」
…まぁ、あり得なくは無いだろう。
感情を呑み込めば呑み込むほど、熱く、厚くなっていく。
吐き出す頃には重いものになっているかもしれないし、違うものになってるかもしれない。
だが、これだけは言える。
「その感情を保ち続け、そういう想い続ければ大丈夫だと思いますよ…誰に恋しているのかはあえて聞きませんが」
そういうと、こちらの言葉を噛み砕いていた会長の顔が真っ赤になる。
お、意外と可愛い。
と、そう思った刹那、書類が目の前にどっさりと積まれていく。
「…??」
「先輩を揶揄った罰です」
「…はい」
まぁ、会長の意外な顔が見れたのだ、これくらいは甘んじて受けよう。
会長の表情から少しは会長の恋が進展したのだろうと、そう確信し、書類の束に手をかけながら、思う。
「二学期、早く始まらないかなあ」
楽しい二学期になりそうだ。
海は凪ぐ。 PIC @PIC
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