第12話 記憶を飛ばす方法を考え始める。殴ればいいか、いいよな?

「奇跡というのはあるのかもしれないけど、僕を巻き込むのは関心しないな」

「ええ、そうね。そこに私も巻き込まれるという奇跡は本当に要らないと思うのだけども、これはもう災害と言っていいんじゃないかしら」


 二人のため息が重なる。


「息もピッタリですね!」

「「うるさい!!」」


 誰のせいでこうなったと思っているんだ。

 僕はとりあえずスマホの通話を切ると青田に向かって割とマジで怒った顔をしてみせた。割とマジで困っている。


「休日出勤はしない。社長にもそう通達してあるからな」

「ごめんなさいね、主人の機嫌が悪いので私も現場には向かえないわ」

「ちょっと待ってよ、僕を理由にするのはいただけないね」

「あら、そしたら私が向かってもいいのかしら」

「それはダメだけど、僕が主張しているのは僕を理由に断ることについてであって君が仕事をするべきかどうかは論点ではないはずだよ。だいたいこのあとスーパー銭湯に行くっていったじゃん。ちーちゃんを男風呂に入れるわけにはいかないからね」


「えっと、その、お二人とも行かないとなると割とマジで大変なことになるかもしれないんですが……」

「青田がなんとかしてきなよ。僕は休日だから関係ないね」

橙山とうやまも現場に向かったほうがいいわね。今日は苦戦すると思うから」

「そんなぁ~」


 そんなぁじゃないよ、そんなぁじゃ。それは僕らのほうが言いたいセリフだ。

 もう一度夫婦そろってため息をついた。もう、ほんとやだ。




 ***




 さかのぼって前日。

 舞い上がった青田、なんて見てても全然楽しくないものを見せられた僕らは、早退したい気持ちをなんとか押しとどめて定時まで仕事をしていた。最終的に四時くらいに出てきた怪人をいつもの一撃で倒そうとした僕を押しとどめて、青田が張り切ってたりなんかしてたけど、なんとか定時までに仕事は終わったのだった。

 しかし、奇跡というのはいつ起こるか予想がつかないから奇跡なのだと思う。


「青田さんに彼女ができるなんて信じられないですぅ。奇跡ですぅ」


 桃江の言葉に共感を得ながら僕はちーちゃんが帰ってくるはずの自宅に向かおうと退勤のタイムカードを操作していると、その青田が近づいてきた。


「赤井さん! 昼間に言ってたこと、絶対に忘れちゃだめですからね!」

「ええ……、俺はもう半分くらい忘れてたんだけど」

「ダメです! 絶対です!」

「……本当に? 俺なんかに会っても仕方ないと思うんだけども」


 休日に彼女に会ってくれと。しかもできたら奥さんと一緒に。

 どういうことだろうか。青田に彼女ができた?

 これは奇跡に違いない。


「嫁に確認とらないとはっきりとは返事できないよ」

「確認をお願いします!」


 初めての彼女、そしてそれを尊敬する先輩に紹介したいのだとか。

 たしかに両親に紹介するには早いだろうけども、なんで僕なんかに紹介したいのかが分からない。社長の黒木に紹介すればいいじゃないかと言っていたら露骨に嫌な顔をされた。どんまい、黒木。


「というわけでこの日の十五時くらいに喫茶店に来てほしいらしいんだよ。美和が断ってくれれば、行かなくて済むんだけども」

「あなたが行きたくない理由に私を使うというのは感心しないわね……と、言いたいところなんだけども、ちょうどその日に用事を頼みたいのよね、私も」

「へ?」


 なにやら同じ日のランチに後輩から誘われているらしい。そして同じように夫婦(に、ちーちゃん含む)で来てほしいと後輩から言われているのだとか。


「後輩って誰?」

橙山とうやまって女の子。相談があるみたい」

「相談って、僕が必要なのかい?」

「恋愛相談かもね」


 僕に恋愛相談なんかしてもどうしようもないと思うんだけど、夫婦でってことは結婚でも考えている相手がいるのではなかろうか。

 なにやら青田といい、その橙山さんといい、今月はそういう感じの季節だったっけか。


「まあ、仕方ないか。うちは特に予定もないし。家でゴロゴロするのもちーちゃんは嫌がるだろうし」

「ええ、そうね。仕方ないから行きますか」


 という感じで次の休日の予定が決まったわけだけど、本当に断っておけばよかったと思う事態になるのは言うまでもなく……。




 ***




「えええぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!?」

「ちょっと、青田! 声がでかい!」

「いえ、ちょっと待ってください! 本当にリキュアルージュと定時レッドが夫婦なんですか!?」

「あー、橙山? 少し黙ろうか」


 15時に合うはずだった青田が彼女に連れられてやってきたのは嫁の後輩である橙山さんとランチをする予定だったレストランである。というより、二人が付き合ってた。奇跡か。


「ちーちゃん、オレンジジュース欲しい」


 詳しく話を聞くと、橙山さんことリキュアオレンジの方は真剣に恋愛相談であり、尊敬する先輩である美和に青田を紹介し、これから付き合っていくにあたってのアドバイスを聞きたかったということらしい。男性側の意見も聞きたいが、知り合いに聞くのは恥ずかしいので美和の旦那だったら大丈夫だろうと依頼したのだとか。美和の正体を青田にばらすつもりはなかったが、つい口に出てしまったと。


「それで、青田は……」

「えっと、定時レッドの中の人を……」


 彼女に良い顔をしたくて僕を餌にしたということか、しかも守秘義務違反も追加して。


「社外の人間に素性を明かすというのがどういうことか分かってるんだろうね?」

「ちょ、赤井さん、顔が怖いですって! せめて笑うのやめてください、マジで洒落にならないっす!」


 基本的に僕らは家族以外の人間に素性を明かしてはならないというルールがある。それは家族を守るためでもあるからだ。怪人がヒーローの家族を人質にとるとは思わないけども、世の中には悪意をもって近づいてくる他人というのが存在しないわけでもない。

 だから僕らは社内的には総務課ということになっており、社長の黒木と同じフロアで働いていることになっている。社内では公然の秘密扱いだが、書類上や社外ではきちんと情報は秘匿されているはずだった。ちなみにそういう事をしてもよいという法律もある。

 家族以外には、自分自身の素性も基本的には伝えてはならない。それは交際相手に対してもそうであって、結婚など、家族になるのが決まってから実はヒーローをしていましたと伝えて驚かれるなんて話はこの業界ではよく聞く話である。


 しかし、結婚相手や交際相手が同じヒーローだった場合には少し事情も変わる。出会いの場が、仕事中だからである。


「この前の後始末の時に?」

「ええ、お互いに出会いがないという話で盛り上がって……」

「いや、でも定時レッドとリキュアルージュが夫婦だなんて、本当にすごいですね!」


 なんてやつらだ。この後、黒木になんて報告すればいいんだと思いながら、途中から青田の記憶を飛ばす方法を考え始める。殴ればいいか、いいよな?

 そんな時にスマホが鳴った。橙山さんのスマホだ。数秒遅れて、青田のスマホも鳴った。


「はい、もしも……」

「青田で……す……、はい……」


 二人の表情を見て、僕は嫌な予感がしてきた。青田が自分のスマホを僕に出して言う。通話相手はもちろん黒木だ。


「あの、赤井さん……、またあの境目の川に怪人が現れたらしいです。カメレオンライダーの人たち、またしても撃退されちゃって……」


 そして冒頭へと戻る。



 自分たちでなんとかしたら黒木に守秘義務違反のことは黙っといてやると言ったら、テイズブルーは初めての怪人討伐を達成した。

 マスクをしていてもなぜか分かる必死の形相が載った新聞が一か月ほど会社に飾られてあったとか。

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ちーちゃんとパパの日常 本田紬 @tsumugi-honda

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