第6話 対 ブラックメリルシープ

 黒いメリルシープはゆっくり回りながらヒーローの様子を伺っている。そして一通り見たメリルシープは自分と相性の良い、アクアを標的に選んだ。毛だけがモコモコと動き出すと、更に静電気が発生し帯電を始めた。


「やっぱり私なのね! そんな事ぐらい、お見通しよ!」


 一円玉程の水玉を作り、メリルシープへ放つ。それを合図に戦闘が再開された。アクアが標的になった事で、他のヒーローへの注意は弱くなる。必然的にアクアが囮になり注意を引いて、他のヒーローが攻撃を仕掛けていく事が出来る。


 一鳴きしたメリルシープはテニスボール程の毛玉をアクアへ放った。それを上手くかわそうとしたアクアだが、毛玉はアクアを追い掛けて行く。


「なんと! 追尾機能があるのか! やっかいだな……。皆! あの毛玉には気を付けるんだ!」


 アクアを追い掛ける毛玉を、グリーンが木葉を使って切り刻む。俺もスカイソードを使って叩き斬ろうと試みたが、毛玉がふわりとかわし、そのまま俺にくっつこうとしてきた。毛玉の反応に遅れた俺の代わりに、イエローがその毛玉を弾き飛ばしてくれた。


「助かった、ありがとう」


「あ、いえ! その……お役に立てれて……」


 もじもじするイエローをスルーし、上空へ飛び上がった。メリルシープの頭上から見ると、攻撃範囲が固定されている事が分かる。毛玉はヒーローにくっついてどこまでも行くが、放電が届く範囲はそこまで広くはない。


 第一第二形態のメリルシープと、第三形態のメリルシープの違いではっきりしている事がある。それは攻撃前に必ず鳴き声を発する事だ。放電も毛玉も。それが罠で無ければ、本体へ攻撃するタイミングが掴めやすい。


 ヒーロー側から見て相性が良いのはレッドだろう。毛玉は燃えやすい特徴がある。ただメリルシープはそれを理解していて、なるべくレッドを近付けない様にしている。


 次々飛んでくる毛玉をレッドは炎をまとわせた手足で弾き燃やす。炎が移った毛玉は他の毛玉にも炎を移し、被害が広がって行った。やはりメリルシープに有効なのは、火だ。どうにかしてあのふわふわの黒い毛を燃やせないだろうか。


 囮になったアクアも結構ダメージを負っていて、動きが鈍くなって来ている。早く次の策を考えなければならない。


「飽きてきたなぁ……」


「ちょっとグリーン! これは遊びじゃないのよ!!」


「分かってるよ! でも、これじゃあいつ終わるか分からないよね」


 確かに放電に気を付けながら毛玉を消し去り、尚且つ本体を攻撃するという流れはずっと続いている。グリーンだけではなく、他のヒーローも口には出さないが疲れて来ているはずだ。レッドに集合を掛けられ、メリルシープの攻撃が届かない所へ集まった。


「どうやら俺はマークされているようだ。だが俺の炎が有効である事は確かだ。さて、どうしたものか……。どうしたら良いと思う?」


 腕を組み、首を傾げるレッド。


「ミラクルトルネードで良いんじゃない?」


「あのねぇ。飽きたからって早く終わらせようとしても、失敗するだけでしょ。これはゲームじゃないの。人の命を守る為に、私達が命懸けで戦っているのよ。少しは真面目に考えて」


 アクアの説教によってグリーンは押し黙り、場の空気も重いものになっていった。俺が出来るのは大まかに言えば竜巻と圧縮させた空気とビームぐらいだ。ビームは毛玉に当てて爆破させ、圧縮させた空気は放電の盾に使っている。竜巻は何に使えるのだろうか。……毛玉を巻き上げる事ぐらいか?


「俺の竜巻に、レッドの炎を組み合わせればなんとかならないか?」


「ん? 竜巻に炎を? だがなぁ……竜巻の勢いで炎が消えてしまう可能性がある」


「だったらロースピードから始めて徐々にピッチを上げれば良い。そもそも竜巻は空気の流れで出来ているだけなんだから、レッドの炎の威力は増すはずだ」


「なるほど……いや、しかし……」


 言葉を濁すレッドに段々と苛立ってきた。


「確かにこの辺りに多大な影響を及ぼすだろう。だが既に火の海になっている。だったらこれ以上被害が大きくならない様に早急に対応するべきだ」


「いや……それをやると、ブルーは熱せられてしまうと思うんだが……」


「……盲点だった」


 竜巻を作る場合は俺を中心にしている。そのため、炎の竜巻を作れば必然的に俺はサウナ状態になってしまう。いや、サウナ以上にヤバイ状況になる可能性が高い。


 熱を持たない炎を出せないかと聞いてみたが、考えた事が無かったため出来る自信が無いと言われた。ならば俺が中心にならずに単独で竜巻を作れば良いのだが、俺も考えた事が無い。


 仮に出来たとしても、それを上手く操れるかも定かではない。一か八かでやって無駄な被害を出してしまうよりは、俺が犠牲になって我慢するしかないという事か。


「まぁ、素早くやれば死にはしない。これで行こう」


「ブルー! もしもの事があったらどうするんだ! もっと良く考えるんだ! 他に方法があるかもしれない!」


「そんなに時間を掛けている暇は無いだろ。俺が良いって言ってるんだから良いんだよ。それとも、他に何か良い案でも直ぐに思い付くのか?」


 ヒーロー四色へ投げ掛けるが、何も思い付かないため黙っている。


「……俺がロースピードで竜巻を作る。レッドはそこに炎を追加する。あとはスピードを速めるだけだが、他の三人はその間に俺とレッドにメリルシープが近付かないよう攻撃して貰う。十分な速度になった所でメリルシープに突っ込み、あの黒い毛皮を焼き払う。俺が戻るまでの間に、ミラクルトルネードを放つ準備をして居てくれ」


 本当は俺抜きでミラクルトルネードを放って欲しいんだが、多分レッドが五人揃ってではないと放てないとか言うだろう。面倒臭い。


「……よし。皆、ブルーの作戦でいく。失敗は許されない。気を引き締めて取り掛かってくれ」


 アクアとグリーンは首を縦に振り、イエローは渋々といった感じに頷いた。メリルシープへ視線を向けると、だいぶ減っていた毛量が倍以上に増えていた。物凄く可愛いのだが、戦いを終わらせる為には毛皮を燃やし中身を炙り出さなければならない。


 軽く飛び上がりメリルシープを見下ろす。広げた両手にパワーを集めて少しずつ放出し、竜巻を作り出していく。


「レッド!」


「分かった……いくぞ!」


 轟々と音を立てながら渦を巻いた炎が迫り来る。竜巻と衝突し更に爆音が鳴り響き、凄まじい衝撃波が襲い掛かって来た。


「くっ!!」


 レッドの野郎、全力で打っ放しやがった。炎が消えるからとか言うからロースピードでやっているにも関わらず、全力でやられたら竜巻が負けて中心に居る俺にまで炎が当たってしまう。わざとか? 俺に当てる気で放ったのか? そもそも炎が竜巻で消えるとか、微塵も思っていないだろう。


 衝撃波で体勢は崩れたものの、竜巻はなんとか維持した。炎も上手く巻き上がり毛玉にも引火していく。苛立ちを現すかのように、竜巻を一気に加速させる。


 ヒーロースーツによってある程度の熱は遮断されるが、やはりレッドの炎は特別なようでじりじりと身体が熱せられていく。段々と息苦しくなり、呼吸も荒くなっていく。苦しいが今止めれば無駄になってしまう。もう少し、もう少しで竜巻はトップスピードになる。他のヒーローがどこに居るのか分からないが、メリルシープに突っ込んでも良いだろうか。


 ……良いや、突っ込んでしまおう。もう我慢の限界だ。隙間から見えるメリルシープに向かって竜巻を移動させる。竜巻の中心に居るからそこまでスピードは分からないが、それなりに速いはずだ。


 次第にバチバチと音が鳴り出した。メリルシープが俺に向かって放電しているのだろう。手先が痺れて来た。抵抗はしているが、確実に毛は燃えている。徐々に竜巻の中心へ姿を現したメリルシープの本体は、小刻みに震えて丸くなっている。


 これぐらいで良いだろう。竜巻を消して離脱しようとした時、メリルシープと目が合った。そして、おもむろに口を開いた。


「メェ……」


「……あ」


 間の抜けた鳴き声で反応が遅れたが、メリルシープの攻撃の特徴は攻撃前に鳴き声を発する事だ。気が付いた時にはメリルシープの口から放たれた光線がもう目の前に迫っていた。これは回避不可能だ。広げていた両手を前につき出すが、焼け石に水で、そのまま身体で光線を受けた。激しい爆発音と衝撃波が辺りに広がる。


 俺は吹き飛ばされて宙に舞ったが、なんとか受け身を取って地面を転がった。意識が遠退きそうになるが堪えて、準備をしていたヒーロー達に向けて叫ぶ。


「今だ! 撃て!!」


 俺の声にハッとしたレッドは、一瞬俺を見て躊躇ったが弱っているメリルシープに視線を戻した。各々が武器を出して重ね合わせる。ヒーローパワーを込めると武器に光が集まり出した。


「くらえ! ミラクルトルネード!」


 毛も無くどこか悲壮感が漂うメリルシープに、ミラクルトルネードが真っ直ぐ向かって行く。力を使いきったメリルシープは抵抗せず、そのまま直撃していつもの大爆発を起こした。


「正義は勝つ!」


 お前は負け掛けただろと口には出さず、勝利のポーズを決めたレッド達を見つめる。そして俺も含めたヒーロー全員は秘密基地に転送された。


「お疲れ様です」


「あ! 上松さん!」


 黒いビジネススーツで身を固めた男、上松にグリーンが駆け寄る。ヒーローの帰りを待っていた上松は、右手を包帯で巻いて首から吊るしていた。


「上松さんどうしたの!?」


「ああ、転んでしまいまして」


 グリーンや他のヒーローに質問攻めにされて苦笑いを浮かべる上松。一瞬だが、上松と目が合った。転んだにしては怪我の程度が酷い。服の下も包帯を巻いているように見えるし、若干足を引きずっている。本当の理由は隠さなければならないという事なのだろうか。兎も角、俺は最初から上松という男を信用していない。


 何も言わずロッカールームに向かう俺を、何故か上松がわざわざ部屋から出て呼び止めた。


「お待ち下さい」


「……なんですか」


「先日ブルーさんが退職届けを出されたとお聞きしました」


「ああ、出しましたよ。それが何か」


 これ以上何も言うなという空気を漂わせて上松に言い放つ。


「……本気、なのですね」


「ええ。でも、笑顔で破り捨てられましたけど」


「差し支えが無ければ理由を教えて頂けますか?」


 俺が上松を良く思っていない理由の一つ、それはあえて空気を読まない事。まだ空気が読めないのであれば仕方無いという事になるのだが、この男はわざと読まない。


「……上松さんは、ヒーローをどう思っていますか」


「どうとは?」


「必要か否か」


「それは勿論、必要ですよ。ヒーローがいなければ怪人を倒せないのですから」


 予想通りの返答に思わず笑ってしまった。だが、それを見ても上松は顔色を変えない。


「まぁ普通はそうですね。でも必要か否か、俺には分からない。……分からないのかな。分からないって口で言ってても、分からない時点で少なくとも必要と思ってはいないって事ですよね。心では、不必要と思っているんでしょうね」


「まるで他人の様な言い方ですね」


「他人……。ヒーローをやっている俺はブルー、でも本当の俺はそこにはいない。俺は、どこにいるんですかね。……じゃあお疲れ様でした」


 ブルー専用ロッカールームに入りスーツを解除し、体を投げる様にソファーへ乱暴に座った。タバコに火をつけて天井を見上げる。熱にやられたのかまだ頭がぼうっとしている。水分摂取をした方が良さそうだ。備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、再びソファーへ深々と腰を下ろした。


 俺の言葉を聞いた上松はどう思うのだろう。ヒーローにあるまじき思考だと蔑むだろうか。上司に報告して俺をヒーローから外す様に言ってくれれば有難いのだが。

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