第4話 対 未知の存在

 某日、ヒーローについて調べる為に図書館に向かっている途中で遭遇してしまった。


「死にたくなきゃ、これにありったけの金を入れろ!」


「は、はい!」


 ヒーローを模した覆面を被った男が、銀行員の頭に銃口を突き付けながら鞄を出した。蒼白い顔をした銀行員は震える手で札束を次々と入れて行く。


 別に必要では無いのだが、少しお金を下ろそうと思ってしまったのが運の尽きだった。ヒーローパワーを持っているからこういう事に巻き込まれるのだろうか。


 両手を頭の後ろで組み早く終われと願っていたがどうも長引きそうだ。


「犯人に告ぐ! お前達は完全に包囲されている!」


 通報を受けて警察が駆け付けた。人質は皆安堵の表情を浮かべている中、俺はげんなりしていた。開き直った強盗犯六人は更に金を奪う為、責任者であろう男にレッドとアクアが銃を突き付けながら金庫へ案内させた。見張り役として残ったのはレッド、ブルー、グリーン、イエローの四人。レッドが二人居るだけで腹が立つ。


「ここからどうやって逃げるんだ?」


「人質を解放する代わりに逃走用の車を要求する」


「あー。微妙だな」


「こうなった時を予測して準備をしている。だから心配はいらん」


 ブルーとグリーンが人質に目を光らせているが、イエローとレッドは暇そうにしている。この二人は必要なのか? ブルーは暇をもて余しているのか、銃を手のひらで回して遊んでいる。誤射等の可能性は無いのだろうか。もしかしたらあれは本物では無く玩具か? 玩具にしても、それを人質に分かるように見せるのはおかしい。


 その隣でグリーンはじっと人質に睨みをきかせている。ヒーローのグリーンも、あれぐらい静かにしてくれたら良いのだが。まぁ犯罪者を見習えっていうのもおかしな話か。


「お! ビルの屋上に居るな。並んで銃口を向けてるわ。さっさと撃てば良いのにな!」


「こちらには人質が居る。迂闊に手を出せば人質が危険に晒される事ぐらい、バカでなければ分かる事だ。外より人質を監視しろ」


「まぁそうだけどさ。向こうが手を出せばこっちも手を出せるし、この待ってる時間が暇なんだよ。……あいつら常日頃訓練しているとはいえ、本物の人間を撃てるのかねぇ」


「あれでも殺る時は殺るだろう。それが自ら選択した、国民を守るための仕事だ」


「……相手が凶悪犯だとしても、人殺しには変わらねぇのにな」


「お前が言えた義理か」


「え? なに? 聞こえなかったなー、あれおかしいなー」


「良いから、遊んで無いで仕事しろ」


 ブルーは手のひらで回して遊んでいる銃を構えると、素早く人質に向けて構えた。それを見た人質は脅えて身を屈めた。


「バカか。怖がらせてどうする」


「緊張感って大事じゃん?」


 そう言って笑うブルーは、銃を再び手のひらで回しだした。ブルーが構えた銃口は確実に俺に向けられていた。多分、俺の視線を感じ取っていたのだと思う。


 別にこそこそと隠れて様子を伺っていたわけでは無いからバレていても構わないが、あの時ブルーからの視線を受け背筋に冷たいものが走った。


 ブルーは隙だらけの様で全く無い。常に神経を尖らせ、何かあればすぐに対処出来る様にしている。銀行強盗をしている時点で普通の人間では無いが、それにしても手慣れている。


 何か特殊な訓練をしているのだろうか。それならば銀行強盗なんかやらずに俺の代わりに怪人を倒してくれたら良いのに。銀行強盗よりも安定した収入が得られるし、ストレス発散も出来るのだから。


 軽く溜め息を吐き、イエローとレッドに目を向ける。そして目を疑った。何故なら、レッドがカードマジックをしてイエローと遊んでいるからだ。


「あなたが選んだのは……このカードですね!」


「うわあああああ違う!」


「あれ? おかしいなぁ。確かに選んだのはこのカードなのに……。あ! そうかこのカードが嘘を吐いてるんだ! まったく、いたずらっ子め!」


 レッドは選んだカードを指で弾いた。するとカードの数字が一瞬にして変わった。


「わあ! それだよ! 僕が選んだカードそれ! どうやったの?」


「秘密ー!」


「むぅ……。僕だってマジックぐらい出来るもんね!」


「えー? 出来るの?」


 イエローがポケットからコインの様な物を数枚取り出した。右手で全てコイントスをして、素早く両手でキャッチした。


「どっちだ?」


「んー……どっちって両方じゃないの?」


 ゆっくりと開いた手にはコインは無かった。驚くレッドにイエローはまだまだと言って素早く両手を動かし始めた。動かしては手を開きと繰り返していくと、最初の枚数よりもかなり枚数が増えていた。


「どうだ!」


「おお、凄い! でも、半分はマジックじゃないじゃん。それはズルいよ」


「マジックには種も仕掛けもあるんだよ! ズルいとか無いもんね!」


「ええー……なんかカードマジックがショボく見えるし」


 マジックが成功し機嫌が良いイエローに対し、敗北感が漂っているレッド。……こいつらここに何をしに来たんだ?


「お前らサボって無いで仕事しろ」


 レッドとイエローの余りのサボり加減に、とうとうグリーンが注意をした。もっと早くに注意をするべきだと思う。人質の中には二人のやりとりに癒されている人も見受けられる。


「してるよー。ほら」


 イエローが引っ張る動作をすると、他の人質に隠れて何かをやっていた女の元から飛び出した携帯を受け取った。


「お姉さん変な行動したらダメだよ。死にたく無いでしょ? 次は無いからね」


 命拾いをした女は周りの人質に白い目を向けられ、小さくなっていた。何か一つ行動を起こせば本人だけではなく、周りにも被害が出る可能性がある。女は周りの人間を危険にさらしたも同然だ。


 それにしてもあのイエローはヒーローパワーを宿しているのか? ヒーローパワーを宿しているのにヒーローをやっていない。まさか本物のイエロー……なわけが無いか。目の前にいるイエローは男なのだから。何のヒーローパワーだろうか。銀行強盗犯という事より、どういうヒーローパワーなのかに興味が湧いていた。


「大量大量!」


「黙ってろ」


 もう一人のレッドがスキップをしながら大きく膨らんだ鞄二つを持ち、それに次いで責任者の背中に銃口を押し当てるアクアが戻って来た。


「じゃあ事前に打ち合わせした通りで良いか?」


「ああ、頼む」


 グリーンは奥へと消えて行った。彼らには通報されて包囲される事は想定内だったらしい。


「お前らもちゃっちゃとやってくれ」


「任せとけい!」


 アクアに背中を軽く叩かれたレッド二人は気合いを入れ、それぞれ左右の手を上げた。


「皆さんに怖い思いをさせてしまった事を心からお詫びします!」


 そう言って頭を下げるレッド二人に、人質となっている俺達は目を丸くした。二人は頭を上げて続けた。


「そして皆さんに真実を知って頂きたいのです。このお金は、綺麗なお金ではありません。真っ黒なお金です」


「なっ……」


 何を言っているのか意味が分からない俺達を他所に、責任者の男が動揺を露にした。……こいつ何か隠している。


「このお金は皆さんから銀行が騙し取ったお金です。きっと心当たりのある方もいらっしゃると思います。詳しくはそこの責任者に話を聞いて下さい」


「ばっ……馬鹿な事を言うな! ここにその金がある訳無いだろ! 貴様ら悪党になんか騙されるか!」


「慌てれば慌てる程、墓穴を掘るってな」


 男は自分の失言に気付かず、人質に対して嘘だなんだと必死に訴えている。強盗犯が居るにも関わらず。


「ここにその金があるわけ無いって言葉を、皆さん聞きましたね? それが真実です。これは決して許される事ではありません。勿論、僕達のした事も。ただこれだけは覚えていて下さい。このお金は善良な市民から不正に入手したお金だという事を」


「……はい! では皆さんに少しばかり眠って頂きます! 良い夢を!」


 レッド二人の手から白い霧が出始めた。それを吸った人質が騒ぐ間も無く徐々に眠りに付いていき、そして俺も眠りについた。


「大丈夫ですか!?」


 突入してきた警察官の声に目が覚めた。周りを見回すと他の人質も起こされている。眠ってからそんなに時間は経っていなかった。


「お怪我はありませんか?」


「ええ。大丈夫です」


 強盗犯の姿も既に無かった。刑事のやりとりを聞く限りでは、彼らは上手く逃げ切ったらしい。どうやって逃げたのか、またヒーローパワーを使ったのか、益々興味が湧いて来た。


「ふざけんな! お前騙したな!」


「そんな! 何かの間違いです!」


「間違いだと!? 良いだろう。出るとこ出てやる!」


「待って下さい!」


 責任者と客が言い争いを始めた。レッドが言っていた、皆から騙し取ったという事に関して客には何か思い当たる節があるようだ。そんな事に付き合う必要は無いので、事情聴取をさっさと終わらせて図書館に向かった。


 探している本はヒーロー若しくはヒーローパワーについて。ヒーローに成り立ての頃は何度も調べたが、それから時間が経っていればもしかすると新しい情報が入るかもしれない。そう考えて再び図書館に足を運んだのだが、たいして良い収穫は無かった。


 だが予想外の収穫が今日はあった。銀行強盗の犯人も何かしらの能力を使っていた事。ヒーロー以外にも、特殊な能力を持つ人間がいる。考えてもみなかったが居てもおかしくは無い。


 だとすると何故ヒーローに選ばれないのか。彼らはヒーローに向いて無いという事なのか、それともヒーローに選ばれなかったのはただ運が良かっただけ……。考えれば考える程頭が痛くなって来た。


「はぁ……」


 間髪を容れず懐に入れたブルー端末が、追い討ちを掛けるかの如く震える。また怪人が現れたようだ。5分程無視を決め込んでみたが、その間ブルー端末が切れる事無く震え続けて苛立ちが増すだけだった。人の気配が無い場所に隠れてブルー端末を取り出す。


「変身」


 言葉に反応したブルー端末から光が放たれ、瞬く間にヒーロースーツを着用したブルーへと変身した。ヒーローパワーを足に集めて一気に飛び上がる。空中で浮遊したまま見回すと、噴水のように水が勢い良く湧き上がったのを確認した。それを目印に飛んで行く。

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