第5話 対 メリルシープ
現場に近付き停滞して上空から様子を伺う。ヒーローで到着しているのはアクアとレッドで、今回の対戦怪人はメリルシープ。白いふわふわの毛に覆われ、頭に鋭い角が二つ生えている。そんなメリルシープとは二回目の手合わせになる。
レッドとアクアはイーマンを蹴散らし、手があいた時にはアクアがメリルシープへ攻撃を仕掛けている。いつも以上にアクアが張り切っているのは何故なのだろう。その張り切りは何故毎回では無いのだろう。……腹が立って来た。
圧縮を重ねた空気を足にまとわせ、メリルシープへ突っ込む。ギリギリで気が付いたメリルシープはふわふわの毛を更にふわふわにさせて衝撃を和らげた。
「なんだ!?」
「……ちっ!」
アクアが舌打ちをしたのを聞き逃さなかった。怪人に攻撃して何故舌打ちをされなければいけない。俺は邪魔をしたのか?
「あ! ブルーじゃないか! 待ってたんだよ!」
「ああそう」
「見てくれよ! アクアも頑張ってくれているんだ! よおし!」
レッドに褒められたアクアはモジモジと体をくねらせて、イーマンを吹き飛ばした。今のアクアなら一人でメリルシープを倒せるのではと思う。レッドは体から炎を吹き出してイーマンに突撃して行く。炎が燃え移ったイーマンが他のイーマンにぶつかり飛び火し、そうして被害が拡大して行く。
建築物にも燃え移りそれを直す事は不可能に近く、この辺り一帯は新たに建て直す必要が生まれてしまった。目の前は炎の舞と燃える一帯で地獄絵図だ。
「あ……」
メリルシープにも炎が迫るが、特に慌てる素振りは見せず、余裕だと言いた気に毛繕いをやり始めた。その姿に、不覚にも可愛いと思ってしまった。毛繕いをして出来た毛玉をどうするのか、イーマンを弾き飛ばしながら様子を見ていた。
メリルシープは何を思ったのか手に持っている毛玉を頭に乗せた。毛玉が角に挟まれている状態だ。全くもって意味不明の行動だが、メリルシープは満足そうにしている。試しにその毛玉を光線で弾き飛ばしてみたが、一瞬動きが止まったメリルシープは徐々に震え出した。どうやら怒らせたらしい。
ふわふわの毛に手足をしまいこんだメリルシープは高く跳ね上がり、俺の目の前に居るアクアの頭上から落ちて来た。きっとアクアが毛玉を攻撃したと勘違いしたのだろう。
「アクア!!」
レッドがアクアの上に居るメリルシープを炎の拳で殴り付けた。このままでは燃えてしまうと心配したのだが、案の定ふわふわの毛に炎は燃え移った。炎に包まれたメリルシープがもぞもぞと震えた後、中心から何かが飛び出した。
「可愛く……ない……」
飛び出した何かを良く見ると、脱皮したメリルシープだった。可愛さ半減どころか全く無い。これならば躊躇う事無く攻撃出来る。
「皆お待たせ!」
「遅くなってごめんね!」
タイミング良くグリーンとイエローが颯爽と登場した。二人で同時にやってくるとは……逢い引きか? なんて考える訳が無い。
「二人とも遅いぞ! そして何故に二人で来たんだ……は!! お前達、逢い引きか!?」
「えへへ、バレた?」
「ち、違います! 勘違いです! グリーンさんも嘘つかないで下さい!!」
ちらりと俺に視線を向けるイエロー。俺にどうしろと。
「あー、お幸せに」
「ブ、ルーさん……」
イエローが唖然としている時に、レッドは炎の毛玉を蹴り飛ばしてアクアを救出した。アクアはダメージを負っているものの、動けない程では無いらしい。
丸裸になったメリルシープは体を丸めて小刻みに震えている。寒いのだろうか。 確かに寒そうには見える。今攻撃をすれば一撃で倒せる気がするのだが、弱いもの虐めをしている様で若干気が引ける。
手を出せない俺とは違い、他の四色は一切手加減をせずにここぞとばかりに光線やヒーローパワーで攻撃している。
「やったか!?」
粉塵が舞っているが大爆発は起こっていない。いつも通りならばまだ怪人は倒していないはずだ。視界がはっきりするまで待っていると、何かが弾ける音と共に衝撃波が襲ってきた。
「うわあ!」
「きゃあ!」
圧縮した空気を自分の前だけに作り出して衝撃波を和らげたが、他の四色は耐えきれずに吹き飛された。それを尻目にメリルシープへ視線を向けると、予想外の光景が飛び込んで来た。
丸裸だったメリルシープに、ふわふわの毛が戻っていた。最初の時に比べるとだいぶ量が減りスマートになっているが、丸裸よりは断然可愛い。毛繕いをするも出来上がった毛玉は小さく、角の間に乗せてもすぐに落ちてしまっていた。
上手く頭に乗らない事に腹を立てたメリルシープは、その手に有るボーリング玉程の毛玉をヒーローに向けて放り投げた。
「おっと……」
嫌な予感がしたので俺は何もせずに毛玉を避けた。その毛玉は後方でようやく起き上がろうとしていた四色へぶつかり、強い光を放ち爆発した。触れなくて正解だったと思っていると、更に野球ボール程の毛玉が降ってきた。避けるために後方に飛び退く。
「マジか」
俺が後方に飛び退く事を分かっていたのか、その場にも毛玉が降って来て爆発した。幸いにも小さい毛玉だったので先程より威力は落ちている。それでも数メートル吹き飛ばされ、体が痺れる感覚に襲われた。
「前より強くなってんな、メリルシープ……」
最近は怪人にここまでされる事は無かった。命の駆け引きをしているとはいえ、一方的な攻撃では無い事に楽しんでいる自分が居る。メリルシープはどこか他の怪人と違うように思えた。
「皆! あの毛玉に触れない様に攻撃を仕掛けるんだ!」
「わかったわ!」
「おう!」
「はい!」
気合いを入れ直したヒーロー四色がメリルシープへ攻撃を仕掛けにかかる。しかし、ヒーローが迫っているにも関わらずメリルシープはどこか余裕を漂わせている。何か秘策があるのだろうか。
「なっ何だ! 体が動かない!」
殴りに近付いたレッドが、メリルシープの後方で右手を振りかぶった姿で止まった。
「レッド!? 待ってて! 今行くから!」
よせば良いものを慌てたアクアがレッド救出に向かい、レッド同様に身動きが取れなくなった。闇雲に近付けば、レッドやアクアの二の舞を演じる事になる。
どういう仕掛けなのかと辺りを見渡す。すると風が吹いた時にキラリと光が反射している事に気が付いた。あれは……糸か?
「くそ! どうしたら良いんだ!」
「早くしないと二人が……!」
グリーンとイエローは遠くから攻撃しながら、二色の救出方法を探っている。その攻撃は捕まっている二色にも当たっているのだが、グリーンとイエローはそれに気が付いていない。自分もそれに加わり攻撃を始めた。
「メリルシープの周りに糸が張り巡られている」
「糸だって!? そうか……だから二人は動けなくなったのか!」
「じゃあどうしたら……」
そろそろ終わらせたい。考えている様で考えていないグリーンとイエローに引き続き攻撃する様に言って、不本意ながらレッドとアクアの救出を行う。
自分が台風の目になる様に風を起こす。優しい風から徐々に強風へ。そして一気に捕らえられた二色を風に巻き込み救出し、離れた場所で風を止めた。
「レッド!」
「アクア!」
攻撃を一端止めたグリーンとイエローが近付く。誰が手を止めろと言ったんだ。メリルシープは次の攻撃体勢に入っているのに。
「ちっ……休んでる暇は無い!」
絡んだ糸を取ろうともがくレッドとアクア、それを手伝うグリーンとイエローに言い放つ。するとレッドが「待ってくれ」とふざけた事を言って来た。
今は戦闘中なのに待てだなんて馬鹿なのか。ヒーローが怪人に待ってくれなんて良く言えたものだ。仮にもヒーローのリーダー的存在なのにも関わらず。
その間にもメリルシープが細かい毛玉を何個も浮かせ、それをこちらに向けて飛ばして来る。これ以上長引かせたくないので自分以外も守るために、圧縮した空気を壁の様にして防ぐ。一個体の威力はそこまで強くは無いが、メリルシープは数で攻めてくる。これは一人だと少しキツイ。
「早くしろよ!」
苛立ちを抑えきれず、つい怒鳴り付けてしまった。だが、それがかえって危機感を煽る事になったらしく、レッドが火を使って糸を燃やし出した。何故最初から火を使わなかったのか。もし熱いからという理由でだとしたらぶん殴ってやろう。レッドが火だるまになりかけたが、アクアが水を掛けて鎮火した。
「待たせてすまない!」
「ブルー、ごめんね!」
「まったくだ!!」
ヒーローに疑問を少しでも持つと、次から次へ色んな事が目につくようになる。やる事なす事全てが苛立ちの原因になっているのではとさえ思う。俺は現状維持、そして他の四色が飛んでくる毛玉をひたすら攻撃して消し去る。次第に毛玉の数が少なくなり、視線をメリルシープへ向けるとほぼ裸になっていた。
ぶるぶると小刻みに震えるメリルシープ。なんだか毛がない姿も可愛く見えてきた。とりあえずメリルシープからの攻撃に備えているが、あの状態でどんな攻撃を繰り出すのか楽しみだ。メリルシープは身を屈めてうずくまると、ピタリと震えも止まった。すると突然身体の色が変化し出した。肌色だったメリルシープの身体は、徐々に黒くなっていく。
「なっなんだ! 何が起きているんだ!」
「身体の色が変化するなんて聞いてないわよ!」
狼狽えるレッドとアクア。俺を含む他三色は静かに事を見守っている。黒くなった事で、何が変化するんだ。……見た目だけか? 再び小刻みに震えるメリルシープ。甲高い雄叫びをあげると、一瞬にして黒い毛が身体を覆った。そのふわふわの毛はバチバチと目に見える程に静電気を帯びている。
「はあ!? まさか……第三形態か!?」
「え……ど、どうするんですか?」
「どうするのよ! レッド!」
「これは面白いね……ゾクゾクする!」
前から思っていたのだが、グリーンは住民を守る為に闘うというよりは確実に戦闘を楽しむ為の私利私欲だ。それが悪いとは言わないが、もし怪人が出現しなくなった場合、パワーをもて余したグリーンは何をするか分からない。怪人に代わる新たな脅威となる可能性は、否めない。
「ん? 僕の顔に何か付いてる?」
「いや……。レッド。これからどう攻める」
「そうだな……。メリルシープに第三形態があるとは考えていなかったから……まずは様子を見よう。攻撃や動きに変化が無ければ、今までと同じ様に攻める」
レッドの発言に各々が頷き、距離を置いてメリルシープを囲んだ。
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