第3話 対 上司
「はぁ……」
ロッカールームに入った瞬間に溜め息が出た。自分を犠牲にするような攻撃? 五人で一つ? ヘドが出そうだ。思わずヒーローパワーで吹き飛ばす所だった。
ヒーロースーツを解除し、ブルー端末と退職届をテーブルに置く。そして置いてあるタバコを一本くわえて火を付けた。吐き出す煙をぼうっと眺める。
(……そう言えばビールもう無いな。スーパーに寄って帰るか)
短くなったタバコを灰皿に押し付け、帰ろうと立ち上がった。するとタイミングを見計らったようにドアがノックされた。
「話がある。司令室まで来なさい」
今日の戦い方についてだろうか。面倒臭いが退職届を出さなければいけない。ロッカールームから出ると、丁度私服姿のイエローと出会した。
「ひゃっ! ブルーさん! えっと、あの……」
「用事があるので失礼します」
何か言いたげなイエローだが、長引きそうなので軽くあしらいその場を去った。ヒーロースーツを着ている時以外は極力会わないようにしている。本名も教えていないし、向こうの名前も知らない。知る必要が無い。
司令室のドアをノックし部屋に入った。大きな画面が五つ設置され、中央にデスクがある。そこに俺を呼び出した男が座っていた。
「話って何ですか?」
「分かっているだろう? 何故単独で動いたんだ」
スーツを着た眼鏡の男、
「逆に、僕が単独で動いてはいけない理由は何ですか?」
「ヒーローは五人が揃って戦うものだ。だから勝手な行動を取られてはチームの輪が乱れる」
「じゃあ、反撃出来るのに、チームの輪を乱さないよう仲良く一緒に攻撃を受けろって事ですか?」
「口答えするな! お前は今まで通りに行動し、今まで通りに怪人をミラクルトルネードで倒せば良いんだ! 勝手な行動は慎め。これは命令だ。分かったな?」
命令をするだけでこいつは現場には出ない。俺は命がけで戦っているのに。
「ブルー返事はどうした? これは……」
返事の代わりに退職届を差し出した。冴島は受け取った退職届を見せ付ける様にして破り捨てて笑った。
「こんな物でヒーローを辞められるとでも? 許されるわけが無いだろう」
「分かってます。とりあえず、僕……俺の気持ちを知って貰えれば良いんで」
そう言って部屋を出て行こうとする俺に、冴島が声を荒らげる。
「まだ話は終わって無いぞ!」
「俺は終わりました」
部屋を出ると、中から冴島が物に八つ当たりする音が聞こえた。ヒーローは何のために怪人と戦っているんだ。人々の平和を守る為じゃないのか? ヒーローはあいつらの操り人形なのか?
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ロッカールームへ歩き出した。待合室からヒーロー四色の声がするが一切振り向かず、ロッカールームに入り荷物を持ち帰路につく。途中でスーパーに寄りビールやツマミを買って行こうかとも思ったが、夕飯時という事もあり予定を変えて居酒屋へ足を運んだ。
「いらっしゃいませ!」
嫌な気持ちを吹き飛ばすような威勢の良い店員に出迎えられた。初めて来たが店内の雰囲気、店員の対応は悪くない。一人だと伝えるとカウンター席に通され、とりあえずビールとだし巻き卵を注文した。お通しと共に出されたビールをグラスに注ぎ一気に飲み干すと五臓六腑に染み渡って行った。
「あら、やけ酒かしら?」
声がした方へ顔を上げると、髪をアップにまとめたスーツ姿の女が居た。他に席が空いているにも関わらず俺の隣りに腰を下ろした。何が目的かと見ていると女が笑い掛けた。
「そんなに見つめられたら穴が空いちゃうわ」
「何か用ですか」
「別に? 飲み相手が欲しかっただけ。あ、貴方もだし巻き卵を注文してたのね。ここのだし巻き卵は絶品なのよ! ね、大将」
女がそう言うと、カウンターの向こう側にいる料理人が嬉しそうに笑った。女はビールをコップになみなみと注いで一気に飲み干した。気持ちの良い飲みっぷりだ。
「はぁーうんまい! 五臓六腑に染み渡るー!! 最近仕事が忙しくて飲む暇が無かったのよねぇ」
この女の事等どうでも良い。早く片付けて家で飲み直そう。飲むペースを早めようとコップにビールを注いでいると、女が自分の仕事について語り出した。
「私さぁ建設会社で働いてるんだけどね、ほらヒーローと怪人が暴れて物壊すでしょ? それを直す仕事をうちで請け負っているんだけど、もう忙しくて忙しくて。仕事を貰えるのは嬉しいのよ? 従業員の雇用も増えるし給料も上げられるし。でも裏を返せばそれだけ一般人に被害が出てるって事なのよねぇ。ヒーローって怪人を倒す役目もあるけど、第一は一般人を守るのが役目でしょう? それを疎かにして本末転倒よね。ね、貴方はどう思う? って、どうしたの!?」
「え? 何が……」
言われて初めて気が付いた。涙が俺の頬を伝って落ちた事に。言われた事が悲しくて涙したのか、悔しくて涙したのか、嬉しくて涙したのか、自分でも理由は不明だった。
「……ゴミが入っただけです」
「……ま、そういう事にしておいてあげる。大将ビール追加で!」
深く追及をせず、女は更にビールをあおった。
「貴女にとって、ヒーローはどんな存在ですか?」
「ヒーロー? そうだなぁ、正直な事を言えば仕事を産む収入源かな」
酒が入り少し頬が染まっている女は、笑顔から一変して眉を寄せた。
「でも好きか嫌いかで言えば嫌いよ。毎回同じ倒し方なんておかしいしつまらない。あの人達は自分の意思で戦っているっていうより、決められた事をこなしてるって感じがするの。ただ仕事をしてるだけ……。正義正義って言いながら、周りの事を考えずにただ怪人と戦うヒーローは必要なのかと疑問に思うわね」
「……結構言いますね」
「ふふっ。久し振りのお酒だから酔っちゃったかしら。貴方はどう思うの?」
「俺は」
「いらっしゃいませー!!」
威勢の良い店員が客を迎える。言い掛けた続きを言おうとすると、入口から聞き覚えのある声が耳に入った。目線だけを少し動かす。
「何名様ですか?」
「四人です!」
「はい! ではご案内致します」
まさか
ヒーロースーツを着用していないヒーロー四人が、楽しそうに話ながら俺の後ろを通り過ぎていく。その中でただ一人、イエローだけが俺に気が付いていた。
「ねぇ。この後予定ある?」
「ありませんが」
「じゃあ私に付き合って!」
「は?」
「今日はとことん飲みたい気分なの。ここで会ったのも何かの縁! 大将!! お金置いておくから!」
「あいよ!」
会計を済ませた女は、俺の手を引っ張り立ち上がった。
「いやまだ食べ終わって……」
カウンターを見ると一口しか食べていないはずの俺のだし巻き卵が綺麗に無くなっていた。ついでに俺のビールも。
「俺のだし巻き卵が……」
「また食べに来たら良いじゃない」
「貴女が絶品って言ったんじゃないですか! 美味しかったのにまだ一口しか食べて無いんですけど。っていうかまだお会計が」
「私の奢り!」
「何勝手な事を……。見ず知らずの相手に奢られる筋合いはありません」
「あら。見ず知らずの仲じゃ無いでしょ? お酒を飲みながら語り合ったんだから」
(ああ言えばこういう……)
女は大将に「また来るから」と声を掛けて引き戸を開けた。
「ちょっと……大将すみません、また必ず来ます!」
「あいよ!」
そして強制的に連れ出された。女は俺の手を引っ張ったまま、俺の事を気にする事無く歩いて行く。我慢の限界だった俺は手を勢い良く振り払った。
「いい加減にしろよ!」
振り向いた女は驚きもせずにジッと見つめている。それが無性に腹が立った。
「何なんだよあんた。ふざけんのも大概にしろよ」
「ふざけているのはどちらかしら」
「は?」
「今すぐにも死にそうな顔で店にいられたら迷惑なのよ。話して行く内に貴方が段々元気になったから安心していたのに、四人組の客が来た途端に逆戻り。だから店から連れ出したのよ。分かった?」
今すぐにも死にそうな顔付きを俺がしていた? そんな事は到底信じられないが、目の前の女は迷う事無く言い放った。
「悪かった」
一言女に向けて言い残し家に帰ろうと歩き出した。
「え、どこ行くの?」
何も無かったかの様に女が首を傾げる。
「帰る」
「いやいや。話聞いてた? とことん付き合って貰うって言ったでしょ」
今までのやりとりを無視して一緒に酒を飲もうなんて、本気で言っているのか? だとしたらこの女の神経を疑う。
「別に俺じゃなくても良いだろ。他を探してくれ」
「あ! ちょっと!」
女に捕まらないよう足に微弱のヒーローパワーをまとわせて走り去った。途中でコンビニに寄って、ビールとツマミを買い込み家に帰った。
「あーもう今日最悪」
乱暴に衣服を脱ぎ捨ててシャワーを顔から浴びる。苛立ちは収まらず、壁を殴り付けた。赤い血液が滲み出て来る。それは化物と言われても仕方ないヒーローパワーを持っていても、自分は人間なのだと思わせた。
このままヒーローを辞めたらどうなるのだろうか。また新たなヒーローが生まれ、犠牲者となるのだろうか。
「どうしたら良いんだよ」
ヒーローを辞めたい。ただヒーローを辞めればこのモヤモヤが晴れるかと問われれば、そうもいかない気がする。そもそもヒーローパワーが俺に宿った事が問題だ。空気を扱えるのは便利と言えば便利だが普通に生きて行く分には必要な物では無い。
宿ったヒーローパワーは二度と消えない。だから死ぬしか別れる術は無い。一度崖から飛び降りたのだが自己防衛なのか、途中で空気に包み込まれて失敗に終わった。
それから何度も色々と試みたが、ヒーローパワーに邪魔をされて自ら死ぬ事は許されなかった。怪人に殺されるしか無いが、ある程度の自由があっても体が勝手に怪人を倒しに掛かってしまう。
俺は、何もかも操られているのか。
頼みの綱である公園で出会ったあの怪人さえ、本当に殺してくれるのか分からない。
「……逆上せた」
フラフラしながら風呂場から出て、服を着ずタオルを肩に掛けただけで冷蔵庫に向かった。ミネラルウォーターを取り出して煽り飲む。熱を持った体に、じわじわと染み渡っていった。
「生きたいんだか死にたいんだか……わかんねぇや」
服を着て髪を乾かした後、身を投げるようにベッドへ横になった。
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