憂鬱なヒーロー

寒月シバレ

第1話 対 普遍な日常

 憂鬱だ。毎日同じ事の繰り返しで何一つ変わらない。今だってわらわらと怪人の元から捨て身で向かってくるイーマンを、ヒーローに変身した俺達が次から次へと倒して行く。


 今日の怪人はオクトペイジー。彼とは六度目の手合わせになる。タコの遺伝子を色々改造して作られたオクトペイジーは、背中から生えた手か足か分からない物を忙しなく動かしている。


 イーマンが大方片付いた頃を見計らってオクトペイジーが動き出す。これも毎度お決まりだ。何故イーマンを相手にしている時に攻めて来ないのか分からない。ご丁寧に待つ必要なんて無いのに。


 オクトペイジーの攻撃を上手く、と言うより攻撃パターンは毎回同じなので簡単にかわす事が出来る。だが大技はかわす事が出来ず、仕方なく受け入れて俺達ヒーローは吹き飛んだ。


「くそ!」


「大丈夫かみんな!?」


「大丈夫よ!」


「倍返しにしてやる!」


 そう言ってヒーロー達は立ち上がり、怪人オクトペイジーに立ち向かう。勿論、俺もその中に居る。仮面を付けているので表情は他人に見えないが、皆はオクトペイジーを鋭い眼光で睨み付けているだろう。


 だが俺はそもそもオクトペイジー自体見ていない。今日も空が青いと現実逃避をしていた。


 それから嫌々ポーズを決め、嫌々セリフを言い、嫌々パワーを武器に込めてそれをオクトペイジーに放った。ヒーロー五人のパワーが集まった大技、ミラクルトルネード。赤、青、緑、水色、黄色の五色の光線が絡まり、それがオクトペイジーに衝突し大爆発を起こした。


 煙が晴れていくと、そこにはオクトペイジーの姿は無かった。


「正義は勝つ!」


 勝利した後の決めポーズもダサい。それから俺達はヒーローの秘密基地へと転送される。


「皆お疲れさま! 今日も良いミラクルトルネードだったよ!」


 リーダーのレッドがオーバーリアクションで言った。


「そうね! でもグリーンはイーマン相手の時サボっていたわね」


「え!? サボって無いよ! アクアの気のせいだから!」


「サボってたわ。イエローも見たよね?」


 話をふられたイエローは大きく頭を縦に振る。


「見ました! いつもより倒す人数少なかったです」


「ほら! やっぱりサボってたじゃないの。次からは本気を出してよね」


「サボって無いのに! ブルー、何とか言ってやってよ」


 俺にふるなと内心思いつつ、グリーンに言い放つ。


「頑張れ」


「ブルーまで酷いよ!」


 グリーンを無視し、お疲れと声を掛けて個人専用のロッカールームへ向かった。そこで変身ベルトにヒーローパワーを流してスーツを解除する。私服の姿に戻った後、自分専用の出入口から外へ出た。


「はぁ……」


 ヒーローに変身して戦う様になってから明らかに溜め息が増えた。そもそも何故俺がヒーローにならなければいけないのか。


 ある日公園で本を読んでいる時に突然怪人が現れた。逃げ惑う人々の中、俺は逃げる事無く本を読み進めて居た。


 しばらくしてヒーローが現れ、放った光線は怪人に当たる事無く俺に直撃した。慌てたヒーローが駆け寄り、そして耳を疑う言葉を発した。


「なんと! 君はブルーなのか!」


「……は?」


 普通の人間がヒーローの攻撃を受けて無事なはずが無い。自分の体に目を向けると、青いヒーロースーツを着用していた。訳が分からない俺を尻目にヒーローが手を差し出した。


「さあ! 一緒にあの怪人を倒そう!」


 今俺はお前に殺され掛けたんだと反論したかったのだが、体が勝手にヒーローの手を握り怪人を倒しに向かった。スーツに操られるまま流れで技を出して怪人を倒した。


「やったな! ブルー、これからも力を合わせて地球の平和を守ろう!」


「……はぁ?」


 あの時の怪人はただ現れただけで人々に手を出してはいなかった。破壊行為もしてはいなかった。ただ噴水で水浴びをしていただけだった。なのにヒーローは一方的に攻撃して、物を破壊し、一般人である俺を殺し掛けた。


 ヒーローの秘密基地に連れて行かれ、ヒーローマニュアルを渡され、自分専用のロッカールームに案内され、ブルー専用のヒーローグッズがあるから使い方を覚えろと放置された。


 俺に有無を言わさず、殺され掛けたヒーローの仲間に強制的になった。そして今に至る。


 公園のベンチに腰掛け噴水を眺める。自分は一体何の為に戦って居るのだろうか。他人がどうなろうと、俺の知ったことではない。


「はぁ……」


「君はさっきから溜め息ばかりだね。隣り良いかな?」


「……どうぞ」


 見知らぬ男が隣りに腰を下ろす。ビジネススーツで身を固め、髪が邪魔にならない様にワックスでまとめている。特に興味も無いので自分からは話さず再び噴水を見つめた。


「君はいつもここに居るね。この公園好きなのかい?」


「……好きでした」


「でした? 過去形だね」


「今は嫌いです」


 ヒーローになってしまったきっかけでもあるこの公園。嫌いならば何故来るのか。ヒーローに殺され掛けた事を忘れない為に。そのヒーローの仲間になってしまった自分への忌ましめ。そしてヒーローと怪人の戦いに巻き込まれた両親を思い出す為に。


「色々あるみたいだけど、深くは聞かないから」


「まぁ聞かれても答えませんが。……逆に一つお聞きしても良いですか?」


「なんだい?」


「正義って何ですか?」


 一呼吸置き続ける。


「万人が助かるなら、多少の犠牲は仕方ないんですかね」


「難しい事を聞くね。そうだな……多少の犠牲が出るのは仕方がないんじゃないかな。でもその犠牲になった人からすると、それは悪になる」


「では、ヒーローというのは正義ですか?」


「うん、正義だね。そしてその敵も、また別の正義。……この世に絶対的な悪は存在しても、絶対的な正義は存在しないと僕はそう思うよ」


「……ありがとうございました」


 男の次の言葉を待たずにその場から立ち去る。頭の中で男の言葉がぐるぐると回っていた。


 犠牲になった人からすれば、それは悪となる。


「俺は……」


 空を見上げて自分をせせら笑い、家路をたどる。


「ただいま」


 誰も居ない部屋に虚しく響く。荷物をテーブルに置き、シャワーを浴びる。頭から排水口に流れる水に乗せて、ヒーローパワーも流し落とせたらと何度も思った。


 当然ヒーローパワーは流せず、シャワーを浴び終え服を着る。冷蔵庫からビールを取り出してあおるように飲んだ。酒を飲む様になったのも、ヒーローとして活動し始めてからだった。飲まなきゃやっていられない。正にその状態だ。


 ソファーに深々と座りテレビの電源を入れると、怪人との戦いの模様が報道されていた。ヒーロー五人がイーマンと戦い、オクトペイジーの攻撃をかわしてミラクルトルネードで見事撃退したという内容だった。


 オクトペイジーからの攻撃を受けた事や、ヒーローが放った光線が建造物を破壊している事は一切報道していない。都合の良い所だけを見せて、都合の悪い所は怪人がやった様に見せる。そうやって捏造を繰り返し、怪人達をより悪者に見せる。


 ヒーローをやっていて真実を知っている自分からすると、この報道をしている奴らの方がよっぽど悪者だろう。


 そして、それを一切否定しないヒーローもまた悪者だ。


「辞めたいなー。ヒーロー」


 ヒーロー五人の中でブルーをやっているが、そもそも俺が現れる前も難なく怪人を倒していた。という事はブルーが居なくても他の四色でやっていけるという事だ。


「退職届を出せば辞められるかな」


 縦書きの便箋を取り出し、一身上の都合によりと書いていき封筒に退職届と書いて封をした。次の怪人が現れ倒した後に提出してみよう。幾分か気持ちがすっきりして、酔いも相俟ってかソファーに座ったまま眠りに付いた。


 次の日、いつもの時間に目が覚めた。顔を洗い、服を着替えてヒーローグッズであるブルーの端末と退職届をポケットにいれて部屋を後にする。向かう先はあの公園。ぼうっと何も考えずにベンチに腰を下ろした。朝が早いからか噴水は稼働していない。


「先客が居たようだな」


 心臓に響く様な声が聞こえたが、特に慌てる事無く声の主に目を向けた。黒いマントで身を包み、頭は角が生えた何かの頭蓋骨を被っていた。今までの怪人とは違い物々しいオーラを発している。


「何故逃げない」


「貴方は何もして無い。だから逃げる必要が無い」


「ほう……。おかしな人間も居るんだな。我を見ても顔色一つ変えぬとは」


「生憎、化け物は見慣れているんでね」


 怪人は少しずつ近付いて来る。淡い期待を胸に、怪人にある願いを伝える。


「俺さ。ヒーローの一人、ブルーなんだよ。変身していない生身の状態だからさ、俺を殺してくれないか」


 目の前に立つ怪人を見上げて言い放つ。表情は分からないが、何となく怪人が笑っている気がした。


「何故死にたい。ヒーローなのだろう? 名誉な事ではないか。なりたくてなれる物では無い。選ばれた人間だけがヒーローになれるのだ。それを投げ打つというのか」


「俺は元々ヒーローになんかなりたくなかった。……ヒーローに殺され掛けたんだよ。誰が好き好んで殺され掛けた相手と仲良く手を繋ぐんだ。万人を助ける為なら、俺自身がどうなろうと構わないのか? 俺は……知らない奴らの為に、自分を犠牲にするのはもう御免だ。ヒーローが正義だというのなら、俺は別の正義を掲げる」


 こんな得体の知れない奴に何を言ってるのかと自分でも思う。でも、得体の知れない奴にだからこそ、言えるのかもしれない。


「そうか。勝手にするが良い。……だがな、貴様の殺せという願いは聞く事が出来ぬ。我らの組織は生身の人間には手を出さない」


「やっぱりな……」


「何だ」


「被害者が出るのは、いつもヒーローが現れてからだ」


 ヒーローは人々を守る振りをして、本当は人々を傷付けていた。それを怪人達の仕業にしてひた隠しにする。


「貴様はヒーローが憎いのか?」


「憎い……な。俺という存在を殺した。ヒーロー達はブルーが必要なだけで、俺は必要無い。別に俺でなくても良いんだ」


 退職届を懐から出し眺める。


「ヒーローは退職届を出せば辞める事が出来るのか?」


「さあな……出すだけ出してみようと思ってる。受理されなかったら殺してくれ」


「そんなに死にたいのならいつもの怪人に殺して貰えば良かろう」


「負けたくても負けられないんだよ。怪人が弱いからってより、ヒーローが反則級の技を使うから勝ってしまう。このヒーローのパワーが俺を保護しているから自殺も出来ない」


「ふん。負けたくても負けられないとは嫌味か。……ならば、望み通り殺してやろう。だが良く考える事だな。次に会う時まで貴様の気が変わらなければ叶えてやる。……ああ、どうやら今日はここまでの様だ。ではな、ブルー」


 怪人は空間に出来た歪みに吸い込まれる様に消えた。それからすぐに遠くでヒーローの叫ぶ声が聞こえた。徐々に近付いて来るヒーローに会いたくないので、この場から足早に立ち去った。

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