第22話 謎は全て解けましたね
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「ウチが虐めのターゲットになりました〜」
夕方。俺の実家の近所にあるファミレス。
その窓際の席で俺と凛は向かい合って座っていた。
凛からの相談と言う事で咲季に関する何かであろうと身構えていた所、開口一番に飛んできたのがこの言葉だった。
唐突過ぎてどう答えたものか分からない。
虐めなんてものは忌むべきものだしカスみたいな現象ではあるが、いかんせん当事者だと言っている本人から悲壮感や怒りといったもの感じられないので現実味が薄い。下手なドッキリでも仕掛けられてるのかと不安になるレベルだ。
居心地の悪くなった俺に反して凜はいつも通りにへらと覇気のない笑みを作る。
「あ、今のは結果から話しました。ちゃんと過程を聞けばお兄さんも関係してくるので、好ご期待と言う事で〜」
「そ、そう」
正直何がどう関係するのかが今の所ぱっと浮かばないので黙って話を聞く事に。
「まず始まり。あ、もうこれは解消されたのであんまり激怒しないでくださいね。お兄さんが美人のお姉さんとデートした日にですね、まず咲季が虐めのターゲットになったんですよ」
「あ?」
咲季が虐めのターゲット? どういう事だ?
自然と語気に力が入った。そんな事あってはならないだろうが。
「SNSリンチですね〜。メッセで一斉に罵る文言を送られたり、恥ずかしー写真や情報を共有してせせら笑ったり、それをネタに脅したり。そういうやつ」
なんだと?
なんで咲季がそんな目に遭わなきゃいけない。あいつが一体何を――
「あ〜、だから怒らないで〜。もう何とかしたので〜」
「何とかしたって……」
凛の苦笑いで爆発しそうだった怒りが辛うじておさまる。
今まで咲季の様子が変だったのはメッセで罵倒を浴びせられていたからなのだろうか。そう思うとあいつが心配だったが、凜は「何とかした」と言う。どういう事だろう。
「ん〜と、ま、ややこしいのでまず端的に起きたことを言っていきますね」
凛は茜色に染まったテーブルの上に置かれたコップの水をちびちび飲んでから一つ咳払いをし、
「さっき言った通り、咲季がいじめのターゲットになっちゃって。気づいたウチが咲季を問いただして事実確認しました。これが三日前。さっき言った通りお兄さんが美人さんとデートした日ですね。
で、同じタイミングで情報共有してた舞花が翌日学校にて大暴れ。具体的には主犯の女と教室の中心で舌戦を繰り広げました。
で、なんやかんやあって、最終的にウチが虐められる流れとなりまして〜」
他人事みたいに、いつもの調子の凛。
しかし最後の流れが端折られ過ぎて意味不明である。
「……えっと、城ヶ崎が主犯のやつと言い合いしたんなら、むしろ城ヶ崎がターゲットになりそうな流れだけど……なんでキミが狙われたの?」
「あは。まあまあ、色々あったんですよ〜。事実として咲季のいじめの矛先が全部ウチに向いて一件落着なので良しとしましょ〜」
まじで何をやったらそうなるんだ。にわかには信じ難いが、わざわざ嘘をつく理由も無いだろうし、今は本当だと信じよう。
だがそうなると、
「いや、良くは無いだろ。なんとかしないと」
「いいですいいです〜。どうとでもなりますって〜」
軽い。
どうとでもなるとは言っても、自分が徹底的に否定されるのが虐めというものだ。平気な方がおかしい。
それに、
「キミが苦しんでたら咲季が悲しむ」
凛が数回瞬き、ケラケラと笑う。
「本当にシスコンですね。咲季がああなるのも頷ける〜」
「うるさいな」
「ま、けど本当に心配要りません。ウチはどうとでも出来るので大丈夫です。それにウチが標的になってるのは咲季には内緒にしてますので、咲季は悲しまない。あ、お兄さんも咲季に口滑らせないでくださいね〜」
「いや、うん、基本的にはね。状況によるけど」
「咲季に心労かけたくないなら言わないのがベストですよ〜」
「そりゃあそうだけど……」
いずれ城ヶ崎の口からバラされそうな気がするし、そうなった時あいつめちゃくちゃ怒りそうなんだよな。それまでに凛が自分への攻撃をどうにか出来ると言うなら話は別だが。
「心配性ですね。むしろ心配なのはお兄さんの方なのに」
「は? 俺?」
突然俺が話の中に出てきてビビる。
咲季が虐めのターゲットになった=俺に関係している。という解釈だと思ったが、他にも何かあるのか。
「はい。咲季が最初にSNSリンチされたって言ったでしょ?」
「うん。……ていうかそのリンチに至った理由ってなんなの?」
「しょうもない男女トラブルですね〜。沼野って女が咲季に好きな男二度も盗られたとかなんとか。咲季って天然で思わせぶりな態度取ったりしますからね。ま、そこは置いといて〜」
こちらに伸ばされる腕。握られたスマホの画面にはメッセのスクリーンショット。
そこに書かれていたのは俺が昔女子生徒を殺したとかウリをやらせていたとかそういう話だった。
自然と眉根が寄る。
「こんな感じで、お兄さんの嘘だか本当だか分からない噂話まで持ち出してきてたんですよ沼野一派が。「この兄の妹なんだよ性格終わってるに決まってんじゃん」という感じで」
「それで?」
「で、問題はこれです」
腕を引っ込めてスマホを操作し、またこちらに見せてくる。今度もメッセのスクリーンショットのようだった。
〈このクソ野郎今みるふぃーゆって店のキッチンで働いてるらしいぞ!〉
その文の後〈行ってみようよ〉〈写真撮ってネットに晒そ!〉等と悪意のある返しが続いた。
「これはガチ情報ですよね?」
そういえばリーファが俺を『みるふぃーゆ』に誘うところを凛は見ていたか。頷く。
「そうだね。今ちょうど働き始めたところ」
「ですよね〜。じゃあ気をつけて下さい。こいつら無駄に有言実行の連中らしいので」
なるほど、アホな連中が店にやって来て迷惑をかける可能性があるって事か。
杞憂であれと思うが、大抵こういう時は嫌な方向ばかりに進むんだよな……。
「忠告ありがとう。でも、咲季への攻撃がおさまったなら俺の所に来る理由は無いんじゃないの? 身内の俺を貶める事で咲季を苦しめようって腹づもりなわけだろこれって」
「それはそうなんですけど、ウチらって受験生じゃないですか〜」
「え、ああ、うん。それが?」
「ストレス解消ですよ〜。悪者を罰したら気持ちいいでしょ〜?」
「……そういう事ね」
「あ、今のは別にウチがお兄さんを悪者だって思ってるわけじゃないですよ?」
ひらひらと手を振ってゆるーく笑う凛。
「凛は俺が過去に何かしでかしたとか思わないのか?」
「さあ?」
「「さあ?」って……」
「だって、人間ですから。そういう一面があってもおかしくないじゃないですか〜」
そうだろうけど、なんか気の抜ける返事だな。
「ウチは自分に実害が無ければ割とどうでもいいので〜」
「今咲季と城ヶ崎を庇って実害出てるやつが言う事か?」
それにわざわざ俺にこうして注意を促しに来てくれているし、なんだかんだ言って結局凛はお人好しなんだろう。
「……お兄さんに一本取られましたね。まあともかく、お兄さんの所に不届き者が出てきたらウチに教えて下さい。タダじゃ済ませませんので」
眼鏡の奥の鋭い目を一層細めて言った。
「そりゃあ、どうも……」
凄みのある凛の表情に気圧される。どうしたってんだ急に殺気立って。
友達が傷つけられたとか、自分が害を受けているからとか、そこから来る怒りとは微妙に違う気がする。
自分のタブーを侵された時の嫌悪感。そういうものに近いような……
「小骨が喉につっかえたみたいな居心地の悪そうな顔だ~」
「いや、なんか普段と様子違うからさ」
コップを手に取り、中のジンジャーエールを啜る。
俺の疑問に、凛は「あ、分かっちゃいます?」と目を逸し、遠い目。
「白状しますと、実は今回の件の遠因はウチにあると言いますか、ウチの知ってる腐れ馬鹿女が黒幕……みたいな?」
「黒幕って、咲季への虐めをヌマノってやつに指示したやつがいるって事?」
「いえ、そっちじゃなく、ウチが言ってるのはお兄さんについての情報流出の件です」
情報流出というのは『みるふぃーゆ』のキッチンで働いてるという情報の事か。
確かにそれは少し気になっていた。俺が『みるふぃーゆ』のキッチンでアルバイトしているのを知ってる人間なんてごく一部だから。
母さんと咲季、そして――
「あ」
頭の中の情報が一気に繋がった。もし黒幕呼べる人物が一人いるとすれば、俺の尾ひれが付きまくった噂を知っていて、なおかつ俺のバイト先を知っている人間だろう。
先日の記憶が蘇る。バイト初日。あの日はかつての知り合いが居らず、少し緊張しながら『みるふぃーゆ』に入った。
だが、目の前に現れたのは俺が知っていた強化外骨格みたいな作り笑顔。
驚きはしたし、大学でだいぶ心象が悪くなった俺と偶然バイト先が一緒になって気まずいだろうなと思っていた。だが、もしもあの偶然に意図があったとするなら。
「
『みるふぃーゆ』の新顔として偶然会った女子の名前を口に出すと、凛はぶちまけられた生ごみを見たような表情になった。
「はい。犯人は
染谷多恵。俺が大学で話す数少ない女子。あからさまに作った態度と声色が苦手で俺はあまり好きじゃないが、周囲からは評判が良い。まるで赤坂さんのようなタイプのやつ。
俺を貶めようとする理由。咲季の高校の奴らとの繋がり。どちらも謎だが、条件的に当てはまるのは俺と同じ大学に通っていて、『みるふぃーゆ』で働いているあいつだけだ。
ただ、なんでそれを凛が知っているのか。確か知り合いだとか言っていたけど。
その疑問もすぐに解ける。
「……えっと、ウチの愚かな姉がご迷惑をおかけしてすみません」
少しばかりの驚愕と共に。
妹に迫られるお兄ちゃんの話 まぁち @ttlb
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