第21話 ギチギチのメイド

 夕方。日が沈んで来た頃。

 灯火とうか駅から一駅離れた萌葱原もえぎはら駅から徒歩5分。国道沿いの道を少し横に逸れた場所にある木製の、洒落た喫茶店を思わせる外観の喫茶店。外観とはミスマッチの『喫茶みるふぃーゆ』と書かれたカラフルな看板が屋根に取り付けられている。

 俺はその正面入口を過ぎ、店の裏の職員用入口へ。


 バイト再開四日目。今日は久し振りに『みるふぃーゆ』で仲の良かったメンバー勢揃いの日だ。


 つまり、俺とリーファと杏ともう一人の変態が集う。

 こそばゆさと純粋な嬉しさで正直ちょっと浮かれていた。が、ドアを開けた瞬間、そんな頭を一気に冷ます衝撃が目の前に叩きつけられた。



「「おかえりなさいませご主人様ー♡」」



 現れたのは二人の人物。一人はお馴染みリーファ。フリルがそこかしこに付いた可愛らしいメイド服姿(制服)である。オーソドックスな黒と白の配色だが、普段着がゴスロリチックなので似合ってると言わざるを得ない。カラコンは入れて無いので目は黒いし、今はドラキュラと言うよりは猫みたいな愛らしさがあり、客からの人気が高いのも頷ける。


 とまあ、今更な分析をしてしまうくらいには現実から目を背けたいらしい。


「何してんの?」


 改めて言うが、今俺がいるのは職員用の裏口である。正面入り口ではないのでメイド(ホールスタッフ)が出迎えてくれるはずもない。


 俺が渋い顔をしていると、リーファは小首を傾げてからくるりと一回転。


「えー?気付かない? 最近変わったのメイド服。色んなところにリボン付いたの。どぉ?」

「いや、うん、可愛いね。うん、いや、そうじゃ無くてね」


 確かに可愛いとは思うが今はそれどころじゃない。

 視線を右に。


「右に不審者が見える気がするのは気のせい?」


 視界を覆うような長身と筋肉質な身体が目に入

 った。


 短く切り揃えた黒髪。黒縁眼鏡。そして、そのガタイのいい身体には似合わぬ……というかサイズの全く合ってないピチピチギチギチのメイド服。それにキッチン用の黒いつば付き帽子をかぶっている。

 目を疑ったが、どうやらこの悪夢みたいな光景は現実のものらしい。


「おい貴様、いくらリーファがイカれてるからってその言い草は無いだろう」


 変態はそう言って精悍せいかんな顔を厳しくした。


「…………………………」


 端的に言ってバケモンにしか見えないこいつは『みるふぃーゆ』で仲の良かったメンバーの一人。高校の同級生で俺を『みるふぃーゆ』に誘い、引き入れてくれた男、三笠みかさ慎太郎しんたろうだ。念の為補足するがキッチンスタッフである。メイドじゃない。

 ご覧の通り思考回路も常軌を逸してる部分がある。ていうかアホだ。咲季と同種。


「片桐。謝れリーファに」

「そうだ謝れー!」


 ……面倒くせぇ。

 この二人が揃うと世の中の常識との乖離で頭がバグるんだよな。

 会えるのをちょっ楽しみにしてたが、いざ目の前にしてみると摂取カロリーが高過ぎて気疲れしそうだった。


「ごめん。言葉が足りなかった。俺から見て右ね。うん。そこの「え、オレ?」みたいな顔してるお前な。三笠な」

「かぁ君、慎太郎は不審者じゃないよ。ちゃんと昔から今までここのキッチンスタッフ」

「そうだぞ。貴様みたいに突然辞めるなんぞと言い出してオレを泣かせた男とは違う。ずっと『みるふぃーゆ』メンバーだ」


 カッコ悪い事を堂々と言って胸を張る三笠。胸元のボタンがミチミチと悲鳴を上げた。


「突然辞めたのは確かに申し訳無いっておも……じゃなくて! それ今関係無いから!なんで三笠がギッチギチのメイド服着てんだって話!」


 耐えられなくなって叫ぶと三笠は今気付いたとでも言うように初めて自身のメイド服姿に目を向けた。


「ああ、コレか。キッチンの制服を忘れてしまってな。リーファのお下がりを着ている」

「何でだよ着るなよ!」

「しょうがないだろう。代わりが無いんだ。私服でやるわけにもいかんし」


 メイド服のストックはあるがキッチンスタッフの制服はまじで無い。そりゃあメイドがメインの店だから仕方ないのかも知れないけど、あからさま過ぎる格差に呆れさえ覚えたものだ。


 いや、でもそれはそれとしてなんでこいつはメイド服をさも当然のように受け入れてんだよ。


「私服でいいよ! 小さくてミニスカートみたいになってんだよ!キモいわ!」

「あ……、ヤダ……」

「かぁ君えっちだにゃー」

「ふざけんなぶっ飛ばすぞ」


 反応的にこれ以上何を言っても無駄なのは経験上察せたので、小芝居を始めた三笠とリーファを尻目にしつつ、入り口からすぐ横の休憩室へ。メイド服を着た不審者共もついてくる。


「ご主人様、お言葉が汚ないぞー」

「かぁ君が汚いのはいつもの事だけどにゃー」

「それだと俺自身が汚いみたいに聞こえるんだけど?」

「何言ってるの? かぁ君は汚く無いよ?」


 うん。ほんとリーファと喋ってると頭おかしくなるな。


「あまり自分を卑下するな片桐。オレたちはお前の良いところをいくつも知っているから。な?」

「うんうん、そうだよぉ! かぁ君は優しいし、皆のこと良く見てるし、頼りになるよ!」

「昔、杏の件でも真っ先に動いて解決させたしな!」

「王子様みたいだったもんね♪」

「やっぱり『みるふぃーゆ』には片桐が必要なんだよな」

「だねー☆」

「片桐最高!」

「サイコー!」


「「ねっ♡」」


 両肩に励ますように置かれる手。


 うっっぜぇ……。


「お前ら、業務戻れば?」


 ツッコむのも面倒臭くなってそう言うと、


「あたしは休憩中だにゃー」

「オレは杏にキッチンを任せている。奴なら一人で大丈夫だ」

「いやもうだいぶお客来てるんじゃないの?」


 18時からは本格的にお客が入って凄まじい事になるからキッチンが三人体制になってるって聞いていた。

 18時まであと20分。多分もうお客の大量流入が始まってる頃だと思う。確かに杏は仕事が早いけども、一人じゃキツイんじゃないか?


「はっはっは! 大丈夫! 久し振りの親友との再会に水を差すほど奴も無粋では……」

「……何が大丈夫なんですかクソキモ筋肉ダルマメイド」


 三笠の長躯ちょうくの背後、地獄の底からやって来たような紫色の瘴気が。

 肩口から顔をぬっと出したのは、三笠と同じくキッチン用のつば付き帽子をかぶった杏だった。

 VTuber姉咲モネのふんわり感はどこにしまってあるのやら、今はとんでもない覇気をまとっておられる。


「おっ、杏も片桐に挨拶か?「どうせ出勤したら会うでしょう」とか言ってたのに、我慢できなくなったのか? やはり乙女心は複ざつっだああっっ!?」


 三笠の腹に渾身の平手が叩き込まれた。崩れ落ちる変態。


「その無駄な筋肉削ぎ落としましょうか? 削ぎ落としましょう。死ね。この死ぬほど忙しい時に離れるな死ね」


 怒りのせいか毒舌と暴力が凄まじい。杏の扱いが雑だとこうなるって分かってるだろうに、相変わらず三笠は学習してないなぁ。


 杏はそのまま三笠の髪を鷲掴みにし、休憩室から引きずり出していく。傍から見れば傷害事件現行犯の瞬間だが、こいつらを知っている者からすればお約束のような光景である。

 三笠。杏をこう何度も軽くキレさせるなんて大したもんだよ。お前だけだよ。


 ご愁傷様と手を合わせてから背を向け、休憩室の奥にある更衣スペース――と言ってもカーテンで仕切っただけだが――へ。


 すると背中を軽く突かれ、振り向く。


 リーファが手を突き出して嬉しそうに微笑んでいた。


 その奥に扉を開けて顔を覗かせている杏と三笠。


「かぁ君、これからもよろしくねっ」

「よ、よろしく、な」

「よろしくお願いします」


「…………よろしく」


 何だこのこっ恥ずかしいやり取りは。なんて思いながらも、頬が緩くなるのを感じる。

 良い友人。こいつらと接しているとつくづくそう思うんだ。

 打算も悪意も無い。ただただ馬鹿になって、笑って、それを許し合える。


 だから、昨日凛と話した件が余計に気がかりだった。


 


 そんなの、絶対に許せない。



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