第20話 姉咲モネ

 『亜細屋』で咲季達を追い返した後。ケーキを頼み、ゆっくりと実食。そしてそのあまりの美味しさに俺は感動し、今度リーファ達も誘ってまた行こうと約束。杏からは「VTuberの件は絶対誰にも言うな」「あとわざわざ探して配信見るな絶対」と圧強めの念押しを最後にされ、あの日は別れた。


 杏がサブスクに(いつの間にか)出してた新曲はあの場ですぐ聴かせてくれたのに、VTuber――結局何ていう名前のやつなのか教えてくれなかった――の配信は見せたくないとはこれいかに。なにか恥ずかしい配信でもしているんだろうか。

 そんな事を考え続けて三日後。流石に我慢の限界が来た。


 昼下がり、実家のリビング。

 部屋から降りてきた俺はソファーの端ににちょこんと座る咲季に声をかけた。


「咲季ー」


 呼びかけるも返事無し。


「咲季?」


 目の前まで近付いて声掛け。なおも返事無し。


「おーい」

「えっ、あ、な、に?」


 目の前に手をやって思いっきり振る。ようやく顔を上げる。

 手に持っていたスマホの画面を隠すように脚の上に置いたのを気がかりに思いつつも、


「いや、聞きたい事があってさ。間が悪かったなら出直すけど」

「ううん、だいじょぶ。なになに?」


 作った明るい声にやはり引っかかる。なんか最近様子変だぞこいつ。


「『あんすりうむ』がVTuberやってるって言ってたじゃん。それ見てみたくて」

「あー、モネちゃんの事。mytubeで『姉崎モネ』って調べたら出てくるよ」

「あねざき……なんか聞いたことあるな」

「ほら、水族館行く前に駅ナカでソシャゲのイベントやってたでしょ? それの主題歌歌ってるって言ったじゃん」

「あー、おー、凄いなあいつ」


 もう立派な有名歌手じゃないか。『みるふぃーゆ』でバイトする意味あるのか?


「?」

「いや、何でもない。で、姉崎モネだっけ……、これ?」


 検索したらすぐに出てきた、花の妖精みたいなかわいい絵柄のキャラクター(?)を咲季に見せる。


「そうそうその子」


 へぇ、これが。

 赤と白のがあしらわれた紫のドレスを着た、垂れ目の華奢な身体をした少女は杏とは似ても似つかない。まあ、声だけだったらかなりマッチしているかも知れないけど。


「おぉ、なんかホームページまである。〝フォルテシモ〟?何これ」

「モネちゃんの所属事務所だよ。え、てかなに? お兄ちゃんもVTuberに興味出てきた? モネちゃん推しちゃう? ガチ恋しちゃう? 元々『あんすりうむ』はお兄ちゃんがすすめてくれたもんね?」

「まあ普通に応援するとは思うけど……って、登録者数75万人!?」


『フォルテシモ』とやらの所属タレント紹介欄に書かれた情報に思わず声を上げた。


「そう!モネちゃん凄いよねー!私が見つけた時にはもう73万人いっててさー! 」


 とんでもないなあいつ。ここまで有名ならあれだけ敏感になっていたのも頷ける。


 思いながらmytubeのチャンネルのリンクを押し、チャンネルの動画欄をスクロール。

 その間に咲季から全自動で姉咲モネの情報がつらつらと語られていく。

 まとめるとこうだ。


 ・活動開始時期は一年前。

 ・事務所に所属しており、結構大手のところらしい。

 ・オリジナルの楽曲をいくつか出していて、最近は例のソシャゲの主題歌を担当。

 ・ライブ配信も評判が良く、クソほど下手なゲームのプレイングスキルが必見だそう。


「特に『スーパー配管工ブラザーズ』の最初のステージでジャンプが出来ずに爆速で穴に落ちていく切り抜きとか最高なんだよねー!」

「なにそれ楽しそう」


 杏には配信を見るなと言われたが、ちょこっとくらいどんな感じでやってるのか見てみたっていいだろう。これっきり。そう。これっきり。

 いつも冷静で何でもできますみたいな顔しておいてそんな神プレイを魅せてくれるなんて素晴らしすぎる。是非ネタにしたい。


「いいねお兄ちゃん! じゃあ今からメッセでURL……」


 言いかけた途端、咲季が固まる。


「?」

「あ……えと、」


 構えたスマホをスカートのポケットにしまった。

 そして真顔で俺を見上げる。


「一々私に頼ってくるのはどうかと思いますよ」

「は?」

「あなたには自立の精神が足りない」

「えぇ……」


 急に何なのこいつ……。


「ここ最近ずっと俺に添い寝を強いてくるお前が言う?」

「あん? なんだ文句あんのか咲季ちゃんが添い寝してくれて嬉しいですありがとうございますだろうがあぁん!? 私はお兄ちゃんの需要に答えてやってるだけだろうがあぁぁん!?」

「俺の望みは冷房の効いた部屋で快適に寝る事だが」

「はっ、自分の部屋に冷房が付いた途端これだよ。冷房冷房って、そんなに冷房が好きなら冷房の子になりなさい!」


 意味不明だがこのまま否定しても平行線になって面倒臭いのでソーラーパネルで動くフィギュアみたいに頷く。


「分かった分かった咲季と添い寝嬉しい。姉崎モネ自分で調べる」


 一体何なんだこいつはとジト目で睨んでからその場を退散し、リビングのキッチン横のテーブルに座って〈姉崎モネ 実況〉で検索。とりあえず適当に上に出てきた動画を再生した。


 画面に出てきたのは「ちょっとまっててね!」という大きな文字とその下を歩くドット絵の姉崎モネの姿。

 おそらく配信が始まるまでの間待ってという意味かな。なんだか凝ってるんだなぁ。


 とはいえ全然姉崎モネの声が入らないので動画を何十秒か飛ばすと、やっと声が聞こえてきた。



『あ、あー、あー。聞こえますか? 聞こえてる? ……聞こえてる。はーいありがとぉ。ではでは。今日も皆様に彩る世界をお届けいたしますっ。フォルテシモ所属、癒やし担当、花の妖精姉崎モネです♪』


「………………」


『と、挨拶が済んだところで。皆様、待機画面の時の歌聴いてくれましたー? ……そうそう!新曲のレトロゲーム風BGMなんですよ♪ 素敵でしょ? えへへ』


「……………………」



 …………誰ぇ?



 ぽわぽわした口調。優しげな雰囲気。幼さの残るころっとした笑い声。ていうか、笑い声?

 俺の知っている杏とはあまりにもかけ離れた空気感過ぎる。誰だこいつ。


 もしかして違う人? いや、けど声は杏だよな。…………杏だよな? まずい、自信が無くなってきた。


『今日は今話題の大人気スマホゲーム、『あにまるフロンティア☆Crysis』をやります!』


『あにまるフロンティア』って確か主題歌担当してるやつだったっけ。


 コメント欄を見てみると結構な賑わい。どうやらゲームの実況は久し振りらしく、〈待ってました!〉といったようなコメントが目立った。


「案件じゃ無いですよー、昔から好きなんです『あにまるフロンティア』。Crysisは主題歌も素晴らしいですからね! 主題歌、良いですよね!」


〈自画自賛w〉〈可愛い〉〈原作知ってるのか〉


 速い速度で流れていくコメント欄。いや可愛いて、杏が可愛いて。


 そんなこんな雑談をしている内にゲーム画面が表示され、導入のストーリー部分へ。明るい雰囲気の王道な異世界転生ファンタジーといった感じか。


『やった、さっそくニャロンちゃん操作出来るみたい!』


 王国を攻めてきたモンスターを殲滅するという流れとなり、ゲーム部分が開始。

 ドット絵の2Ꭰアクションらしく、見下ろし視点の画面に現れる敵を操作するキャラクターの攻撃で倒していくといったもののようだ。しかし、


『あれ、えいっ! にっ、むんっ、え!?』


 姉崎モネの攻撃は一向に当たらず、敵の攻撃はことごとく自分に命中。

 結果、ゲームオーバー。


『ねえ今コメントで〈情けなくなるプレイング〉とか言われたんですけど! 悪口ですからね!』


〈草〉〈普通に悪口じゃんw〉〈安定の雑魚さで安心〉


 暖かいんだか暖かくないんだか分からないコメント欄にくすりと笑わされる。うん、確かにクソ雑魚だな。キッチンで「玉子焼きクソ下手ですね」とか嘲笑ってくるあの女とは思えないクソ下手さだ。


 その後も情けないプレイングで視聴者を呆れ笑いの渦に巻き込んで終了。



「……なるほどねぇ」


 俺はブラウザをそっと閉じた。


 なんか、見るなって言われた意味が分かった気がする。


 まず、キャラが違う。異次元的に違う。もし俺が杏の立場なら知人には絶対見せない。見せたくない。恥ずいもん。


 揶揄からかおうと思ってたけど止めておこう。なんか、うん、多分あいつ、相当頑張ってるんだろうし。

 ネタにするのは本当にムカついた時だけにしよう。


「……っと」


 そうこうしている内にいつの間にかバイトに行く時間となっていた。


 今日で復帰二回目のバイト。早く慣れておかないと今『みるふぃーゆ』はアホほど忙しいらしいからな。特に夕方。

 現在俺がシフトに入ってるのは客が少なめの時間帯の14時〜17時。リハビリみたいなものだ。明日からは18時〜になっているので今日で感覚を掴み終えないと。


「咲季、姉崎モネ面白かったわ」


 出ていく前に感想を伝えておこうと、ソファーの同じ位置に腰掛けている咲季に声をかける。

 が、またも返事無し。


「咲季?」

「え?」


 ようやく顔を上げた咲季の目は少し潤んでいるように見えた。


「大丈夫か?体調悪かったら……」

「い、いやいや、違うよ? ゲームの攻略情報に集中してたみたいな?ゾーン的な?」

「…………」

「なに?」

「いや、」


 やはり何かを隠している。

 それだけは分かったが、無理矢理聞き出すべきかどうか。


「………………」


 じっと見ていると、咲季がくすっと笑って俺の唇に人差し指を付けてきた。


「もう、ダメだぞ」


 そしてウインク。


「は?」

「えっちな事はもっと暗くなってから。ね?」

「…………あ?」

「そんな子犬みたいに見つめられてもダーメ♡」

「あぁ?」

「男の子って本当にケ・モ・のぉおらっしゃぁぁっ!!」

「っっでぇ!!? 」


 咲季のグーパンが俺の腹を貫いた。

 尻餅ついた。


「何すんだよ!!」

「お兄ちゃんが私をチョップする未来が見えたので先に仕掛けてやったよ」

「ふざけんな! なんだそのドヤ顔!」

「はははは、いつもやられるだけの私じゃないのだよはははは!」

「ちょ、お前、そこ動くな。殴る。絶対殴る」

「やですー、動きますー」

「そうかじゃあダンゴムシ、ワラジムシ、ムカデ、ゲジゲジどれか選べ!」

「え? やだよ選ばないよ。何そのめちゃキモ四天王」

「選んだやつを今夜寝てるお前の顔にぶつけてやる。選ばなかったら全部ぶつける」

「何その悪魔の選択!?やだやだ絶対ヤダ!!」

「絶対ぶつける!」

「やだやだやだやだ!!!ごめんなさい謝るから許してそれだけは無理ーーー!」



 # #


 咲季とガキみたいなじゃれ合いをした後、凛からメッセが届いた。


〈ちょっと相談したい事があるので今日時間作れますか?〉


 嫌な予感がした。



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