第13話(最終話)
ケホッと、肺が打ち付けられたせいでむせながらも、膝をつき、立ち上がる宇佐美湊兎。
「本当は、実桃に不老不死を維持させて、あの子を不死身の兵器として完成させるつもりだ ったのよ? ほら、身体能力強化のために生体実験を繰り返して傷んじゃったから、更新し てあげようと思ったの。けど、実桃は不老不死の薬を完成させるために死んだ。実桃に不老 不死の薬を使わなかったということは、他に不老不死になった者がいるということよね。さあ 湊兎、母様に教えてちょうだい。いったい、次は誰が私のオモチャになってくれるのかしら?」
しかし、宇佐美湊兎は口を開かない。ここで宇佐美海月の名前を出してしまえば、海月は実桃の二の舞いだ。
そうでなくても、海月はジュエティア国の最強兵器として扱われてきたというのに、そこに不老不死というレッテルが貼られたら、どんな扱いを受けることか。
手懐けるために痛めつけられ、洗脳され、精神を殺したって不老不死の体は死なないのだ。
「へっ、生き物を生き物とも思わない、心が死んでるあんたなんかに誰が教えるかよ。この大 嘘つきの九尾狐め」
宇佐美湊兎のこの悪態に、コニアの女王はカッと頭に血をのぼらせると、怒鳴り散らすよう に、
「ジュエティア王! あの子に私達の恐ろしさを分からせてあげて!」
宇佐美湊兎を指差し、アヒトモンド第一位国の王に命令するのだった。
ジュエティア王は言われるがまま、毒々しい触手を大きく振りかぶり、宇佐美湊兎に襲いかかる。
触手は院長室の床を真っ二つに叩き割り、粉々になった壁のクリスタルが飛び散った。
ジュエティア王はゆっくりと触手を持ち上げる。
だが、下敷きになっているはずの宇佐美湊兎 の姿は無い。
「ミツキさんとの勝負、私の勝ちですね。ミナトさん♪」
足場の悪くなった院長室の床にに、華麗に着地…とはいかず、かろうじてソファーの上に座り 込む形で着地を決めたのは、宇佐美湊兎を抱えた白神・アルビーノ・歌燐だ。
「カリン! っへへ、遅えよ」
聴覚を失ったため、宇佐美湊兎の声が聞こえない白神・アルビーノ・歌燐だが、宇佐美湊兎が 無事であることを確認でき、ひとまず安心する。
「“勝者はタッチ直後に、さくら総合こども病院の敵との交戦権を得る”。でしたよね。でしたら このクラゲさんも私のお掃除対象ですっ!」
宇佐美湊兎をソファーに置き、クラゲ王に突進する白神・アルビーノ・歌燐。
ロングソードを具 現化させて切りかかる。
だが、触手によって歌燐は体ごと攻撃を弾かれてしまう。
「コムスメ、お前のことはアイトーポに調べさせてある。テラタイトとか言ったか? その服の心臓部に埋め込まれてあったこの石の名は」
ジュエティア王は、一瞬のうちにプロテクタースーツの燃料タンク、テラタイトを白神・アルビ ーノ・歌燐から奪ってしまった。
透明な触手の中で輝く鉱石を見た歌燐は、ハッ! としてプロテクタースーツのテラタイトをしまいこんであるパーツを確認するが、やはりそこにテラタイトは無かった。
「ふんっ、つまらんシロモノだ」
そう言って、割れた窓ガラスの向こうへテラタイトを捨ててしまった。
あっ! と、声を上げてももう遅い。薄くて小さなテラタイトは瓦礫の底へ落ちて消えていく。
「さてコムスメ。我はお前の何だったか? 綺麗好きな我らジュエティアに掃除対決を挑もうとは、無謀な奴め。生命エネルギーが使えなくなった今、ただのニンゲン…いや、白子のお 前に何ができる?」
ジュエティア王は、コニアの女王を抱え、ふわりと浮き上がると、窓の外へ出た。
「我はこの青い星が気に入った。だが、ニンゲンなどという愚かな生き物の吐いた空気は吸いたくない。よって、我はニンゲンを掃除する。お前も含めてな」
ジュエティア王は、二階の高さから四階に届くほど長く、ひと部屋まるごとすっぽり影で覆う ほど太い触手を天に向かって伸ばすと、
「死ね」
真っ直ぐさくら総合こども病院五号館に、その毒牙を向けた。 床が割れ、建物が潰れる直前、歪む視界の向こうにぼんやりと見えたのは、赤い帽子をか ぶった小さな少女が飛び込んでくる姿だった。
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それより前、宇佐美海月はさくら総合こども病院の外側で戦闘を繰り広げていた。その相手 は、アルフレッド・バニースター。
「こんなことしてる場合じゃないのに!」
「ジュエリー海月! まさか生きていたとは思わなかったですぞっ」
し烈な戦いに、ガリオットの歩兵達では入る余地すらない。味方の援護も受けられないまま、宇佐美海月は圧される。
「どうしました? 随分と弱くなられたようで。あの時のような狂気が感じられませんぞ、ジュ エリー海月!」
ニンゲン達への被害は度外視するアルフレッド・バニースターが俄然有利なこの状況。
宇佐 美海月は触手をどんどんアルフレッド・バニースターの左腕であるカメに食われていく。
「ジュエリージュエリーうるさい! ミツキはもうジュエリーじゃない! ミツキは宇佐美海月! 宇佐美湊兎の妹! ジュエリーなんて呼ぶな!」
キロネックスを出すも、アルフレッド・バニースターには通用しない。
さらにアイトーポや他の コニアからの攻撃も受ける宇佐美海月は圧倒的に不利。
十五本あった触手は残り二本。他 の触手も食われ尽くされてしまい、体も血だらけだ。
「何を言うか! 昔の名前を捨てたところでお前の罪は変わらない! ジュエティア国の完全 支配下に置かれることによって滅亡を免れたコニア国にとって、今やジュエリー海月はジュ エティア国との共通の敵! お前が生きている限り、私はジュエリー海月を狩る義務がある っ!」
空中戦、跳躍したアルフレッド・バニースターが宇佐美海月の右側の触手一本と右腕をまと めて食い千切る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
片腕を失い、身悶える宇佐美海月。血走った目をアルフレッド・バニースターに向けるが、彼 はすでに次の攻撃態勢に入っていた。 気づいた時には、宇佐美海月の目の前に出現。
パックリと口を開けた捕食者が、被食者に 狙いを定めて食らいつく。
「うがぁ゛っ!」
残った一本の触手でタートルドを振り払うも、同時に食い千切られ、アルフレッド・バニース ターに踏みつけるようにして地面に叩きつけられてしまう。
その時残った左腕が下になり、骨が粉砕してしまう。グニャリと触手のように曲がった左腕は、 もう使い物にならない。
「終わりです! ジュエリー海月!」
トドメを刺しに、アルフレッド・バニースターが真っ逆さまに宇佐美海月に腕を伸ばす。 全触手と両腕とともに、気力を失いかけた宇佐美海月。
だが─
─ガチャン! と音がして、何かがアルフレッド・バニースターに体当たりした。
「ドローン? クロエ!」
X型のマルチコプター。黒い大きな機体が縦横無尽に空を飛び回る。
「このっ!」
アルフレッド・バニースターは再び跳躍。今度の狙いは、クロエのドローンだ。
「うおっ!?」
深道クロエはアルフレッド・バニースターの動きを完全に先読みし、背後に回り込むと、搭載 している電気ガンでアルフレッド・バニースターを正確に射止める。
─ミツキ、無事?
ドローンに取り付けられた小型スピーカーから深道クロエの声がした。
「当たり前。けど、少し助かった」
─もうすぐこの機体もバッテリーが切れる。それまで私があのコニアを引きつけるから、ミツ キは病院へ!
「そうはさせませんぞ!」
痺れながらも立ち上がり、宇佐美海月に襲いかかるアルフレッド・バニースター。
─それは、こっちの台詞!
突如、五機のドローンが一斉にアルフレッド・バニースターを取り囲み、電気ガンやレーザー 銃を撃ちまくる。
「あの動き、全部クロエしかできない。まさか、これ全部同時に操作してるの!?」
機関室の五つのモニターは、アルフレッド・バニースターを映し出していた。
FPV 飛行のゴ ーグルを頭の上にずらし、机の上に固定して並べた一〇のスロットルを全て手動でさばい ているのは、新防衛省最年少クルーにして騎兵ジェネラル、深道クロエだ。
─長くはもたない、ミツキ早く!
彼女らしからぬ張り上げられた声に、宇佐美海月は掻き立てられる。
「わかった!」
宇佐美海月はさくら総合こども病院に向かって走り出す。
この操作技術は、深道クロエしか成しえない神業であるが、その負担は大きいに違いない。
全部の機体がアルフレッド・バニースターに狙いを定めるも、一機ずつ墜落させられてしま う。
そして、残り数機になったところでバッテリーが切れたのか、全て床に墜落して動かなくなっ てしまった。
「あっけないですな」
アルフレッド・バニースターは自慢の脚力で宇佐美海月までひとっとび。無防備な宇佐美海月の背後を襲う。
「ジュエリー海月!」
タートルドの口が宇佐美海月の首元に食らいつこうとした瞬間、振り返った海月と入れ替わ るようにして一機のドローンが現れた。
「何っ!?」
六機目のドローンに気がつくが遅い。ほぼゼロ距離からの射撃。
「うぐっ!」
宇佐美海月に向かって開いた口はドローンを丸呑みする形となり、そのまま中でレーザー銃 がタートルドの喉を貫いてアルフレッド・バニースターの心臓を破壊する。
「クロエ!」
アルフレッド・バニースターと相撃ちとなったドローンは、ぺしゃんことなり、砂嵐の音が聞こ える。
─ミツキ、無事?
かすれ掠れに聞こえる深道クロエの声。
かろうじてスピーカーは生き残ったようだ。
「うん、クロエのおかげ。クロエがミツキの側にいてくれたおかげ…」
─当たり前。だって、友達だから。
宇佐美海月はずっと寂しかった。
ジュエリー海月の呪縛から解放され、宇佐美湊兎とともに 過ごすことで一人という孤独からは抜け出せた。
けれど心のどこかで、何か足りないパーツ を探していた。
十四歳の少女に、足りないピース。
けれど、海月はもうそのピース をとっくに手に入れていた。
あとはハメ込むだけだったんだ。
「ありがとね、ミツキの友達になってくれて。また今度、ドローンの操縦教えてよ」
─いいよ。だったら早く用事を済ませてきて。
抑揚のない喋り方は、機械越しではさらに表情が読み取れない。
けれどそれは、お互い様。
「分かった。行ってくる!」
クロエに背中を押され、飛び出そうとしたその時、
─ミツキ、
その前に少しだけ、深道クロエが宇佐美海月を呼び止める。
─もしかしてだけど、私がミツキの初めての友達?
アンリーシュの力によってできた友達の絆。
本能の赴くままに、それは他所からもたらされ るものではなく、自然に発生する不思議な運命。
「ううん。二番目!」
宇佐美海月は、自分の中にいる命を感じながら、笑顔で答える。
スピーカーの回線が切れ、ランプが消えるのを見届けると、宇佐美海月は再び、さくら総合 こども病院に向かって飛び出した。
機関室、六つのモニター前。
「そっか、よかった」
ポツリとつぶやく深道クロエの心は晴れやかな色だった。
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(頭が痛い。体も動かない。何も見えない、聞こえない…)
しかし、目が暗闇に慣れてきたのか、自分を取り巻く環境を把握しつつあった。
瓦礫の中。
それも、下に二フロア、上にニフロア挟まれた建物のど真ん中。
外はもう夜なの か、はたまた朝になってしまったのか、検討もつかなかった。
「うっ…」
体を動かそうにも、瓦礫に挟まれて一切身動きが取れない。
(けれど、こんな瓦礫の中で私はどうしてまだ生きているのでしょう?)
だんだん視界がはっきりとしてきた。
白神・アルビーノ・歌燐は、自分の上に覆い被さるように してジュエティアの少女がこちらを見つめていることに気がついた。
「ミツキ、さん?」
いったいどんな体勢になっているのか分からなかったが、思い出すに、宇佐美海月が白神・ アルビーノ・歌燐をジュエティア王の触手から庇って二人同時に瓦礫に埋もれたらしい。
「─んん!?」
と、白神・アルビーノ・歌燐が宇佐美海月と目が合うと、海月は歌燐の口に口を押し付けてきた。
さすがの歌燐も驚いて、反射的に抵抗を試みるが、手も足も出ないこの状況ではどうしようもない。
「んーん! んっ! …ん?」
急に大人しくなった白神・アルビーノ・歌燐。なぜなら、宇佐美海月の口の中から歌燐の口の 中へ、何かが押し込まれたからだ。
小さくて平たい飴のようなソレは、硬く、ずっと口の中に あったのにどこかヒンヤリとした冷たさを感じさせるものだった。
硬いソレを口移しで受け取ると、宇佐美海月はそっと白神・アルビーノ・歌燐の唇から唇を離す。
わっ、と放射線状に光ったのは、宇佐美海月の月形ペンダント、バーナクルだ。
(生命エネルギーが溢れて…! これは、テラタイト? ミツキさんが拾ってきてくれたので すか!)
みるみる力が湧いてくる。
プロテクタースーツを挟まずに宇佐美海月の生命エネルギーを吸 収できるようになったテラタイトは、渇いた砂が水を吸い込むように海月の命を、バーナクル を介して吸い取る。
さらに、吸い取った生命エネルギーは、プロテクタースーツの透明部分の 影響も受けない白神・アルビーノ・歌燐の口の中で直接、歌燐の力となっていく。
「ふっ、おおおおおりゃ!」
漲る力。
白神・アルビーノ・歌燐は、宇佐美海月を抱えて瓦礫の外へと飛び出した。
すると、外の景色に自分はどうして目を覚まさなかったのかと、後悔した。
空は闇に染まり、近くにガリオットも、ドローンも飛んでいない。
空に浮かんでいるのは、薄い雲と、 ジュエティアの大群。そして、地に這いつくばるのは、ニンゲン、コニア、アイトーポ。街はほ ぼサラ地になっていた。
向こうの方で数機のガリオットとドローン、それにドレッドノートが見えた。
音のない世界の住 人となってしまった歌燐には、銃撃音も、爆発音も、悲鳴も、何もかも聞こえなかったが、全 て感じ取れた。
歌燐が周りの景色に呆然としていると、抱きかかえられた海月が足を軽くバタつかせた。
「ああ、すみませんミツキさん」
宇佐美海月をおろした白神・アルビーノ・歌燐は、その姿を見て、思わず口からテラタイトをこぼしてしまう。
コロンと音を立てて、板状のクリスタルの上にテラタイトが転がる。
「ミツキさん! どうしたのですかそのお怪我は!? 右腕は? 左腕もこれじゃあ…」 心配する白神・アルビーノ・歌燐に、宇佐美海月は何か言ったようだが、歌燐にとってパクパク と口を動かしているだけの行為だ。
「すみません、ミツキさん。私、耳が聞こえなくなってしまいました」
苦い笑いを浮かべる白神・アルビーノ・歌燐。宇佐美海月は口を動かすことをやめ、歌燐の足 元に転がるテラタイトを口で拾う。
「あ、すみません。大事な物ですから、しっかり持っておかないとですね。と、その前に…」
白神・アルビーノ・歌燐は、見事にズタボロとなってしまったプロテクタースーツの残骸を剥ぎ 取り、新たに真っ白な服を具現化させる。
「もうここまで来たら、己の身より威力重視です。紫外線が少ない夜であることは、アルビノにとって有り難いですね」
胸ポケットにしっかりとテラタイトをしまいこみ、よしっ! と、気合を入れ直す。
「ん?」
宇佐美海月が白神・アルビーノ・歌燐の体に額を当てる。
顔を上げて口パクで何か伝えようと している。
「ばにいちゃん…。そうです、ミナトさんはどこに!?」
宇佐美湊兎の姿を探そうとした時、どこから現れたのか、一際大きなジュエティアがいつの 間にか浮かんでいた。
いや、突然大きなジュエティアが現れたのではなく、どんどん巨大化 していっているのだ。
それは、ジュエティア王であり、その上には、すべてを愚弄する眼差しで、美しいコニアが立 っていた。
「我が親愛なるジュエティアたちよ! 我らの栄光が永遠のものとなるため、今ここに一 〇〇〇年の時を経て作り上げられた、不老不死の兵器を手に入れた! 王はそれを取り込 み、今まさに、神の領域に達しようとしている!」
巨大化するジュエティア王の上で演説を披露するコニアの女王。
その演説は、宇佐美海月 の耳にもはっきりと届いた。
「なんですって!?」
宇佐美海月が目を凝らすと、ジュエティア王の一際大きくて透明な触手の中に、ぐったりとし た宇佐美湊兎が沈んでいるのが見えた。
「ば兄ちゃん! !」
いくら叫んでも、意識を失った宇佐美湊兎にその声は届かない。
「やめて! ば兄ちゃんは不老不死なんかじゃない! 薬を飲んだのはミツキ!」
宇佐美海月は、ジュエティア王に向かって飛び出そうとするが、どうしてか飛べない。
何度 ジャンプしてみたりもするが、駄目だった。
「 “敗者はそれについて一切の手出しを禁じる”。くそっ、アンリーシュの力がっ!」
しかしその行為は無駄ではなかった。
宇佐美海月の奇妙な行動に、白神・アルビーノ・歌燐も 宇佐美湊兎に気がつく。
「ミナトさん!」
まるで巨大な宇宙船に拐われているような宇佐美湊兎の姿を捉える。
「ミツキさん、ここで待っていてください。ミナトさんは私が連れ戻します!」
「カリンまって、ミツキも行く!」
しかし、宇佐美海月の声は目の前の白神・アルビーノ・歌燐にも聞こえない。
ただ、歌燐はいつものようにニッコリと、愛嬌たっぷりの笑顔を海月に向けると、地面と大気を蹴って、今なお巨大化しつづけるジュエティア王のもとへ向かう。
大きなジュエティア王はとても近かった。
「ジュエティア王!」
白神・アルビーノ・歌燐は、近づきながら叫ぶ。
「むっ? なぁにあのコムスメ、まだ生きていたの?」
ジュエティア王より早く反応したのは、コニアの女王。
「こんなこと、もうやめてください! ミナトさんを返してください!」
「ダメよ。この子は私達のもの。ジュエティア王に取り込ませて、最強の兵器の完成よ! 最高じゃない、とってもとっても面白い!」
巨大化を続けるジュエティア王。しかし、どこか様子がおかしい。
「ジュエティア王、あなたまさか意識を乗っ取られて…?」
─グォォォォォォ!
と、雄叫びを上げるジュエティア王はもはや人格を持ったアヒトの域を脱し、怪物と化してい た。 もともと太くて大きな触手は、巨大化により更に太く、大きくなり、めちゃくちゃに地上を破壊 していく。
「やめてください! ジュエティア王! ミナトさん、ミナトさん! !」
ジュエティア王の頭に体当たりしながら叫び続ける白神・アルビーノ・歌燐。
「無駄よ、聞こえていないわ。と言うより、あなたの方が聞こえていないのかしら?」
「ミナトさん! ミナトさん! ミナトさん!」
いくら無駄と分かっていても諦めない白神・アルビーノ・歌燐に、コニアの女王は苛立つ。
「ジュエティア王! あのコムスメを殺っちゃいなさい!」
─グォォォォォォ!
白神・アルビーノ・歌燐めがけて伸びる触手を、旋回してかわす。
まるで追跡ミサイルのように何一〇本もの触手が白神・アルビーノ・歌燐を追い、それはまる で、夜空を流れるシューティングスターのようだった。
「ミナトさん! 目を覚ましてください! ミナトさん!」
「ええい、鬱陶しい! 早く殺っちゃいなさい!」
しかし、未だかつてない生命エネルギーに満ち溢れた白神・アルビーノ・歌燐に誰も追いつく ことはできない。
─グォ、ォォォォォ!?
その時、グラッとジュエティア王の体勢が斜めに傾いた。
触手が絡まったのだ。
(クラゲさんの触手は絡まりやすい。冷静さを失った今のジュエティア王なら、なおさらです!)
「はぁぁっ!」
白神・アルビーノ・歌燐は、思いっきり助走をつけて、宇佐美湊兎のいる触手の中へダイブする。
(ミナトさん、ミナトさん、ミナトさん!)
「ぷはっ!」
宇佐美湊兎を奪還した白神・アルビーノ・歌燐は、いったん湊兎を宇佐美海月のもとへ運ぶ。
「ば兄ちゃん!」
駆け寄る宇佐美海月に、宇佐美湊兎を抱きしめる腕はない。
「カリン、ば兄ちゃんは生きているの? 生きているでしょ?」
白神・アルビーノ・歌燐は宇佐美海月がなんと言っているのか正確には分からなかったが、宇 佐美湊兎の胸に手のひらを当て、心臓の鼓動を確かめる。
「正直驚きです。あの触手の中は呼吸ができる環境ではありませんでしたが、ミナトさんは生 きています」
それを聞き、宇佐美海月の顔に安堵の色が浮かぶ。
直後、白神・アルビーノ・歌燐たちの近くの小石が銃弾に弾かれた。
クラゲの兵だ。
「私はアンリーシュに勝利したことにより、敵と戦う権利を得ました。ですから、行ってまいり ます!」
「待ってカリン!」
しかし、背を向けた白神・アルビーノ・歌燐は振り向かず、ジュエティアの波の中へと突っ込ん で行った。
「うぅ…」
「ば兄ちゃん!?」
「あぁ…最愛なる妹」
意識を取り戻した宇佐美湊兎を全身を使って起こす宇佐美海月。
「ば兄ちゃん、カリンが助けてくれたよ。けど、カリンは…」
ジュエティアの津波に飲まれそうになりながら、銃を乱射し、一人戦う白神・アルビーノ・歌燐。
我が身を犠牲にして地球を守る戦士は、銃弾をかわし、剣をかわし、毒牙をかわすことで、 白い衣装が風に舞い、その姿はまさしくホワイト・ヴィクトリアと呼ばれるものだった。
「妹よ、カリンの心はどうだ?」
そんな白神・アルビーノ・歌燐の姿を瞳に映しながら、宇佐美湊兎は、以前宇佐美実桃にした 質問と同じことを尋ねる。
「知ってるくせに。カリンはみんなのために、死ぬつもりだって」
少し伏し目がちになって、宇佐美湊兎の耳に触れる。
「ば兄ちゃん、ミツキはカリンを助けたい。ミツキも戦いたい。お願い、ミツキを助けて!」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに、宇佐美湊兎はニヤリと笑みを浮かべる。
「なら妹よ、お前にアンリーシュの効果を打ち破る方法を教えよう」
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いくら白神・アルビーノ・歌燐がこれまでにない強力な生命エネルギーの力でジュエティアの 荒波を渡ろうとも、ふりかかる飛沫は全て避けきれない。
おまけに失った聴覚を補うために 視覚、触覚、嗅覚をフルパワーで活用し続けているためか、赤い目は燃えるように熱く、メ ラニン色素の無い白肌は直に刺激を受け、電気が流されているように痛い。
鼻の奥へと突き 上げる水分が無防備な耳に激痛をもたらす。
─歌燐、聞こえるか? 今すぐその場を離れろ。ドレッドノートがあのバカでかいクラゲにミ サイルを発射する。時間がない、急げ!
レプリカのウサ耳から、安藤輝子の司令が飛ぶ。安藤輝子からはモニター越しに白神・アル ビーノ・歌燐の姿を確認しているのだが、司令に対し、歌燐が一向に反応を示さないことに焦りを感じる。
─どうした歌燐!? 聞こえないのか? 今すぐその場から避難しろ!
しかし、白神・アルビーノ・歌燐は戦い続ける。
その頃、ドレッドノートの主砲台に登った海星マリは、青いポニーテールを旗のようになびか せて、魚雷型ミサイルの発射を指示する。
ノアの機関室、安藤輝子はこの不測事態に、無線を白神・アルビーノ・歌燐のウサ耳からドレ ッドノート艦橋へと切り替える。
─マリ! ミサイル発射は中止だ! お願いだ、ミサイルを発射するな!
だが、時すでに遅し。巨大戦艦ドレッドノートから真っ直ぐ、白神・アルビーノ・歌燐の頭上の ジュエティア王に向かってミサイルがサメのように進撃する。
白神•アルビーノ•歌燐はミサイルの進行方向と同じ方角を向いているため、気がつくのが遅れた。
もし、あと一秒だけ気づくのが早かったなら、逃げることも可能だった。
空を切り裂かんばかりのスピードで飛んでくるミサイル。
ジュエティア王に直撃すれば進行方 向の先に落下し、そこにいるジュエティアの兵と歌燐を巻き込んで爆発することだろう。
だが、そうはならなかった。
ミサイルは、ジュエティア王の手前で九〇度方向転換し、夜空を彩る大きな打ち上げ花火となった。
ミサイルを監視するノアのモニターには、なんと宇佐美湊兎が宇佐美海月の体を掴んで上昇する姿を捉えていた。
二人がミサイルに体当たりすると、湊兎がミサイルにしがみついき、 大気を蹴って力ずくでミサイルの進行方向を変える。
そしてそのまま、ミサイルが爆発した のだ。
それを見た安藤輝子、深道クロエ、それから視力を強化した歌燐も、言葉を失う。 爆風と粉塵をモロに浴びながら、歌燐は、まばたきもせず涙を流した。
「…ミナトさん、ミツキさん。私、今なら絶望の幕切れを迎えられます」
魂が抜けたような声でつぶやく。
その時、白神・アルビーノ・歌燐のすぐ横に、ジュエティア王の触手が突き刺さった。
─グォォォォォォ!
絡まっていた触手が解けたのだ。
だが、歌燐はそんな事はどうでも良くなっていた。
「みなさん、私と、死んでもらいます! !」
大きな鎌を具現化させた白神・アルビーノ・歌燐の姿は、もはや女神ではなく、死神を思わせ る。真っ白な肌は死神の骸骨を彷彿とさせ、赤い目は怪しい光を放つ。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
死神の鎌を無差別に振り回す白神・アルビーノ・歌燐はもうめちゃくちゃだ。
歌燐の狂気を前 に、さすがのジュエティア達もなす術無く切り刻まれていく。
ボトリ、ボトリとジュエティア達の 肉が血飛沫とともに地面に落ち、そのたびに歌燐の白は赤黒いドロドロに染まっていく。
「おいおい、アレが本当にニンゲンのする事かよ? まるでいつかのジュエティアだな」
ケラケラ笑う、少年の声。
白神・アルビーノ・歌燐は奇声を発しながら一方的に殺り続ける。
「ほーんと。ニンゲンのミツキには理解できないわ」
ジュエティア王の上に乗るコニアの女王が白神・アルビーノ・歌燐を指差し、怒鳴り続ける。
その怒声に従ってジュエティア王の触手が歌燐を上から押し潰そうとして地面に大穴を開けていく。
「んじゃ、ニンゲンの我が妹よ。いっちょカリンを救ってやりますか」
「ば兄ちゃんがそう言うなら、仕方ないかな。それに、今カリンに死なれたら、ミツキ達まで死 んじゃうしね」
その声に気づいた者たちは声の主を探して辺りをキョロキョロと見回す。
コニアの女王も耳を 働かせるが、宇佐美湊兎ほど聞き分けが得意でない女王は、瞬時にその姿を見つけられない。
「湊兎? それに、ジュエリー海月? どこにいるの!?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、大きな垂れ耳には金色のリングピアスと幾何学模様のタトゥ ー。
ツンとすました冷たい目に、金色リングで留めた水色ツインテールと赤い大きな帽子。
「世界一不幸なニンゲン白神・アルビーノ・歌燐の絶望を、不死身の宇佐美湊兎と」
「不死身の宇佐美海月が」
「 「救います! ! ! 」」
まばゆく光り輝くバーナクルを首に提げた宇佐美海月と、宇佐美湊兎が、今なお降り注ぐミ サイルの粉塵の中から現れた。
その光が白神・アルビーノ・歌燐にも届き、二人の姿を捉えた 歌燐は瞳に輝きを取り戻す。
「ミナトさん! ミツキさん!」
両腕も触手も無い宇佐美海月の体を宇佐美湊兎は掴み、ジュエティア王に渾身の蹴りを食 らわす。
─グォォッ!?
足場が傾いてもなお、ジュエティア王の頭にしがみつき続けるコニアの女王の前に、宇佐美 湊兎と宇佐美海月が降り立つ。
「クッ…。やっぱり生きていたのね、ミナト。ニンゲンの兵器なんかで私達の強靭な細胞は破壊できない。けど、まさかジュエリーが生きているとは思わなかったわ。てっきり遠の昔にコ ニア国の肥やしになったものだと思っていたのに」
「それは惜しかったわね。ミツキも一度は死にかけたけど、実桃のおかげで助かっちゃった」
「…どういう事?」
顔をしかめるコニアの女王に、宇佐美湊兎が説明してやる。
「ああそうか。あんたは俺の方が不老不死の薬を飲んだと思っていたもんな。そうかそうか、 ったく、ややこしいったらありゃしない。カリンはミツキの方が不老不死の薬を飲んだと思って、 あんたは俺の方が不老不死の薬を飲んだと思ってやが
「ミナトさん! ミツキさん!」
と、さっきまで人の域を超えた狂気を放っていた白神・アルビーノ・歌燐が満面の笑みと涙と 鼻水を垂らした顔で宇佐美兄妹に、安藤輝子請負のシャイニング・ラブ・タックルを決め込ん だ。
「んちょ、カリン! 空気読め!」
頬ずりしてくる白神・アルビーノ・歌燐に宇佐美海月は必死で抵抗する。
「んもぉう、心配したのですよ! お二人とも、いきなり突っ込んでいくんですもんっ! けれど、 アンリーシュの効果はどうなっちゃったのですか? まぁそれはいいとして、さっき多分です けど超かっこいい台詞を決めてましたよね? なんて言っていたのですか? あとでなんて 言ってたか一言一句ぜ〜んぶ書き綴って教えてもらいますからね♪」
「カリン、うざい! はにゃれろぉぉぉ!」
「カッカッカッ! いいじゃないか妹よ。なんなら今教えてやればいいんじゃねぇか? ミモモのもう一つの得意技、テレパシーを使ってな」
えー、と、明らかに気が進まない宇佐美海月だが、このまま白神・アルビーノ・歌燐を好奇心 丸出しのまま放っておくのも面倒くさいと思い、覚悟を決める。
「まぁ、ば兄ちゃんがそう言うなら」
宇佐美海月は、ため息混じりに白神・アルビーノ・歌燐の両肩を掴んで向き合う。
「えいっ!」
ゴチンッと、白神・アルビーノ・歌燐と宇佐美海月の額と額がぶつかり合った。
一瞬、歌燐の頭 の中に星が散る。
「カリン、聞こえる?」
小さな声で、つぶやくように宇佐美海月は白神・アルビーノ・歌燐の頭の中に語りかける。
「えっ? ミツキさんの声が聞こえます!」
「ならオーケー。いい? 自己暗示が解けると面倒だから、一度しか言わない。ミツキはカリ ンとの勝負に負けて、本能の赴くまま、敵と戦えなくなってしまった。けれど、アンリーシュの 効果は本能に働きかけるもの。つまり、本能を押さえ込めばアンリーシュの影響を受けなく なる。ここまでいい?」
額をくっつけ合ったまま、小さく頷く。
「本能を押さえ込むもの。それはつまり、理性。理性が本能を押さえ込む唯一の手段なの。 けど、ニンゲンがアヒトと呼ぶミツキ達はほぼ獣。本能のまま生きることだけを考え行動し、 嘘をつくことも、自殺も知らない地球の動物と同じなの。けど、これら全部を覆す唯一の動物 がいる。それは、」
「 「ニンゲン」」
宇佐美海月の声にかぶせて白神・アルビーノ・歌燐も続ける。
「ジュエティアの時の名を捨てたミツキだからできたことだ」
最後に添えた宇佐美湊兎の言葉は、少しだけいつもより真面目だった。
「は…はは。はっ、はっ、はっ、はははっ! あはははははっ!」
傍から聞いていたコニアの女王は、アンリーシュを破ったトリックを聞いて大笑いをする。
「なるほどね。そんな方法でアンリーシュを無効化するなんて、さすが私の息子。ふふふ。けど、 今ので分かったわ。娘の能力がジュエリーに移行しちゃってるってことは、不老不死は湊兎 じゃなくてジュエリー海月だったのね」
そう言って、すべての興味を宇佐美海月に向けるコニアの女王。
「あー、その解答じゃあ七〇点だ」
「…なぜ?」
不可解そうに片眉を釣り上げるコニアの女王に、また宇佐美湊兎は説明をす る。
「なぜなら、俺も不老不死だからだよ」
「えっ!?」
と、驚きの悲鳴をあげたのは、テレパシーで宇佐美湊兎の言葉を聞いた白神・アルビーノ・歌 燐だ。
その表情に、サプライズを成功させた子供のような、イタズラっぽい笑みを浮かべる宇佐美湊兎。
「ミツキさん、どういうことですか? 不老不死の薬を飲んだのはミツキさんなのでしょう?」
「そう。けど、ミツキもさっきまで知らなかったんだけど、ミツキは秘薬を半分の量しか飲んでいなかった」
「!?」
さらに驚き、額を合わせたまま目を丸くする白神・アルビーノ・歌燐。
そのせいで宇佐美海月とバッチリ目が合い、宇佐美海月の方は少し照れる。
「じゃあ何? ジュエリーが飲まなかったもう半分は湊兎が飲んだってこと? けれど、半分 の量でちゃんと不老不死の効果が発揮されるとは思えない!」
「それも減点。なぜなら、俺が秘薬を分けたのはミモモとだ。一〇〇〇年以上前にな」
「はあ?」
「なんと!」
白神・アルビーノ・歌燐たちの驚きはまだまだ止まらない。
「一〇〇〇年も経過すれば伝言ゲームも伝える内容が欠落したり、置き換えられたりするもんだ。薬は正しく飲まなきゃなんねぇのにな。おお怖い怖い」
宇佐美湊兎は怖いと言うが口だけで、全く怖がる素振りすら見せずに、ニヤニヤしている。
「秘薬の正しい伝承はこうだ。 “二人で分けて飲めば不老不死、一人で飲めば天に昇れ神に なれる。”」
これで、宇佐美湊兎と宇佐美実桃が一〇〇〇年前に秘薬を半分ずつ、そして宇佐美海月が半分を飲んだ理由がわかった。
「つまり、ミナトさんとミモモさんは一〇〇〇歳を越えていて、ミモモさんの命で作った秘薬の半分はミツキさんが飲まれたという事ですね」
「カリン、一〇〇点だ」
「けれど、それならミツキさんが飲まなかったもう半分はどうなってしまったのでしょう?」
新たな疑問に首を傾げる白神・アルビーノ・歌燐。彼女の頭で考えついた可能性としては、竹 取物語のおじいさんとおばあさんが、かぐや姫からもらった薬を燃やしてしまったように、その半分も燃やしてしまうか捨ててしまうか。そしてもうひとつの可能性は、宇佐美湊兎が隠し 持っているという事だった。
そして、コニアの女王も同じことを考えたらしい。
「なら、そのもう半分を寄越しなさい!」
「やだね」
即答だった。
と同時に、宇佐美湊兎は秘薬のもう半分を隠し持っていることを自白したこと になる。
「なら、力ずくで奪うのみ! ジュエティア王!」
─グォォォォォォ!
さっきから触手を所構わず振り回していたジュエティア王だったが、コニアの女王の声に反応し、雄叫びを上げる。
宇佐美湊兎は、金色のリングピアスを一つ外すと、それは中が空洞になっており、中から薬 包紙を取り出した。
「それが秘薬かっ! 奪え、ジュエティア王!」
─グォォォォォォ!
しかし、ジュエティア王は意識を乗っ取られて時間が経ちすぎた。
ジュエティア王は暴走を始める。
「何をやっている、この役立たずのジュエティア!」
─グォォォォォォ!
「きゃー!」
クラゲ王の頭が傾いた拍子に、ウサギの女王はバランスを崩して真っ逆さまに落ちてしまう。
「カリン、さっき俺ちょっと嘘言ってたわ」
「えっ?」
宇佐美湊兎の唐突な会話の流れに、訳が分からないといった様子の白神・アルビーノ・歌燐。
と、宇佐美海月が白神・アルビーノ・歌燐の額から自分の額を離す。
再び白神・アルビーノ・歌燐の世界から音が消える。
「ウサギは自殺ができる動物なんだ」
しゃがみこんで、海月を見上げる体勢となっている歌燐は、海月の優しい顔に違和感を覚える。
「ミツキ、さん?」
「ありがとう、カリン」
それから、宇佐美湊兎の方も見るが、いつもの挑発的で、軽薄な笑みではなく、まるで分かれ際に見せる優しさのような、海月と同じやわらかさではにかんでいた。
「ミナトさん?」
「ありがとな、カリン」
宇佐美海月は、宇佐美湊兎の方へと歩み寄り、ピッタリその身を寄せると、湊兎はしっかりと 妹を抱き抱えた。
「お二人とも、どこへ行かれるのですか? ちゃんと言ってください」
なぜか声が震える。
ここで二人を引き止めないと、二度と会えない気がした。
そして、宇佐美湊兎は秘薬のもう半分を飲み干した。
「待ってください。それを飲んだらミナトさんは秘薬の全量を飲んだのと同じ量になってしま います。そうしたら、どうなるのですか? 天に昇って神様にでもなるおつもりですか?」
脚に力が入らない。震える手を、宇佐美兄妹に伸ばしながら這い寄る白神・アルビーノ・歌燐。
しかし宇佐美湊兎は、そんな歌燐の肩をそっと押し、ジュエティア王の頭の上から突き落とす。
不思議なことに、落ちていく歌燐の速度はスローモーション。
ゆっくりと歌燐が地面に吸い込 まれていくのに対して、宇佐美兄妹─いや、地球にいるアヒトの全て、ジュエティアも、コニ アも、アイトーポも、生き残りも、亡骸も、肉も、血も全て天のある一点に向かって吸い込まれる。
「いや…! 行かないでください! 私、ちゃんとミツキさんの代わりに絶望の幕切れを迎えてみせますから! そんなの全然怖くないんです! だって、お二人が私を救ってくださ るのでしょう? だったら私の人生はとても幸せです! 幸せな人生を送っていれば、どんな 死に方だって怖くありません! だからお願いです、私と一緒に、もっといろんな世界を見に 行きましょう!」
それでも、どんどん宇佐美兄妹は遠くなる。
白神・アルビーノ・歌燐の涙がポロポロと風に乗 って流れていく。
─カリン、
宇佐美湊兎の口がそう動いた。
─歌って。
「…うたって?」
宇佐美湊兎が頷いた気がした。
─歌って。
宇佐美海月の口もそう動いた。
─歌って、カリン。
もうすぐ夜が明ける。
朝焼け色に染まりつつある空は、どこまでも続いているような気がした。
「まったく。こんな時だけ、最高の笑顔じゃないですか」
朝の冷たい空気を吸い込み、白神•アルビーノ•歌燐は心から歌を歌う。
自分のための歌。
自分の不幸を忘れさせてくれるだけだった歌は、首で繋がった、最高の兄妹のために。
三人の、地球の、アヒトモンドの、全世界の幸せを、永遠に願うために。
END
ウサギとクラゲが救います! 來縁 祈 @nigo_iori
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