第12話
“コニアを取り返せ! ”
“主:白神・アルビーノ・歌燐”
“白神・アルビーノ・歌燐、宇佐美海月”
以上の者は欲望の向くままゲーム内において、下記の本能に逆らわない事をここに記す。
“さくら総合こども病院を占拠するアイトーポに囚われた宇佐美湊兎のもとへ相手より早くた どり着くこと”
“先に宇佐美湊兎にタッチした時点でその者は勝者となる”
“相手が宇佐美湊兎にタッチした時点で、できなかった者は敗者となる”
“勝者はタッチ直後に、さくら総合こども病院のアイトーポ達との交戦権を得る”
“敗者はそれについて一切の口出しを禁じる”
“勝者が決まった時点でゲーム終了とする” ──エиş৳ɪ иɕ৳
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「なにこれ!」
怒りの叫びを上げた宇佐美海月。
「ば兄ちゃんがアイトーポに捕まる? は? 意味分かんないんですけどっ!?」
「まぁ落ち着け妹よ」
「落ち着いていられるわけがない! こんなの危険すぎる!」
聞く耳を持たない妹に、困ったように頭を掻きむしる兄。
「ミツキさんの言うとおりです。どうして、このような内容にしたのですか?」
食堂に置いてあるペーパーランチョンマットの後ろに書かれたアンリーシュを眺めながら尋 ねる白神・アルビーノ・歌燐。
「さくら総合こども病院のアイトーポ達が俺に釣られて尻尾を出すだろ? そこへ、本命のカ リンとミツキの登場って戦法だ。俺はさくら総合こども病院にいるニンゲンを先に一人残らず 避難させ、その上でわざと捕まる。あとは、俺をオークションに出せば白神・アルビーノ・歌燐 が釣れるとでも言えばいい。そうすりゃネズミホイホイの片付けも楽になるってもんだ」
確かに、アンリーシュ戦を征してさくら総合こども病院のアイトーポ達を殲滅しようにも、ニン ゲンの子どもたちを巻き込んでしまっては元も子もない。
(ニンゲンが残っている状態では、アイトーポさん達はニンゲンに化けて私達を混乱させる でしょう。けれど、心の声が聞こえるミナトさんなら…)
「分かりました。ミナトさん、よろしくお願いします」
「おう! 任せとけっ。ミツキもいいな?」
ギリギリと歯を食いしばる宇佐美海月も、この作戦の意味を理解したのだろう。
「一つだけ約束。絶対アイトーポなんかに殺されないで」
「もちろんだ。それじゃ、艦長に話をつけて地上まで送ってもらわねぇとな。アンリーシュの効 果で艦長もこのゲームを妨げることはできないから簡単だろう。じゃ、俺は先に行くから、宣 誓たのむぜ」
背中を向けながら片手をヒラヒラと振って部屋を出た宇佐美湊兎。暗い部屋に差し込む廊下 の灯りが、湊兎のシルエットをクッキリと浮かび上がらせ、鉄の扉がそれを遮った。
「ではミツキさん、宣誓です」
「カリンの分際でミツキに命令するな」
通常運転の宇佐美海月に、思わず苦笑いをする白神・アルビーノ・歌燐。
そして、二人の少女は息を合わせて宣誓をする。
「 「エиş৳ɪ иɕ৳! 」」
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宇佐美湊兎が部屋から出ていって広くなった三人部屋は、氷柱でもできるんじゃないかと思うほど空気が冷え切っていた。
(き、気まずい。気まず過ぎます。考えてみれば、ミツキさんはミナトさんといつもセットで、私 はミツキさんと二人きりでマトモな会話をした事がありません。ミツキさんは私のことを嫌っ ているようですし、これでは間が持ちませんっ! あぁでも、なんと言って話し掛ければいい のでしょうか? いえ、そもそも話しかけて良いものなのでしょうか!?)
「カリン」
「ふぇぁいっ! !」
一人頭を抱えたり捻ったりと、オーバーアクションの白神・アルビーノ・歌燐より先に宇佐美海 月が口を開いた。
突然だったのと予期しなかったのとで、歌燐は思わず変な声で返事をし てしまう。
「なんて無様な声あげてんの。そんなにミツキに気を遣わないでよね。ミツキはもうジュエ ティア国の貴族じゃないんだから」
「…はい?」
頭に大きなハテナマークを浮かべる白神・アルビーノ・歌燐。
「だってさっき、めちゃくちゃ考え込んでいたでしょ? ミツキに気を遣う色だった。それって、 ミツキが貴族だからじゃないの?」
それでも尚、いや、さらに大きなハテナマークを追加する白神・アルビーノ・歌燐。宇佐美海月 は少し苛立ち始める。
「カリンがば兄ちゃんからジュエリー海月の事を聞いたのなんてお見通しなのよ。それともな に? 貴族としてのミツキにじゃなくて、逃亡者となったミツキに気を遣ってるっていうの!? はんっ、そんなら哀れみの色を見せなさいよね。カリンに気を遣われるだなんて真っ平ごめ んだからっ!」
てん、てん、てん。と音が聞こえてきそうな間の後、白神・アルビーノ・歌燐はようやく宇佐美海月の言うことがわかったと言うように、拳を手のひらにポンっと打ち付けた。
「えっ、何? 違うの??」
動揺する宇佐美海月。
自分の思い込みで白神・アルビーノ・歌燐が自分のことを貴族として扱 っていたと考えてしまっていたのなら、相当に恥ずかしい。歌燐は鈍いが、初めて見せた海 月の表情に、思わず吹き出してしまう。
「ちょっ、笑うなっ!」
「ぷぷっ、プクク…」
「笑うなってば!」
「あははっ、ははっ、あはははははっ!」
「この…ばカリン! ! !」
ベッドの縁で腹を抱えて笑う白神・アルビーノ・歌燐に、宇佐美海月は飛び掛かった。
その拍子に、二人ともベッドに倒れ込み、それでも歌燐の笑いは止まらない。
ほっぺたをプクーッと膨らませた宇佐美海月は、歌燐の体の上で手足をバタつかせて暴れている。
一通り笑い転げた歌燐は、自分の体の上で騒いでいる海月を見ると、なんだかとても愛お しい気持ちになって、
「ちょっ!? カリン!?」
ぎゅっと、その小さな体を抱きしめた。
「 離しませんよ、ミツキさん♪」
白神・アルビーノ・歌燐の大きな胸が宇佐美海月の顔を挟み込む。
「んーんー! んばっ、ばカリン! ばカリン! ばカリン! ばカリンんんーっ! !」
酸欠になりながらも叫び続ける宇佐美海月。
白神・アルビーノ・歌燐がようやく海月を解放す ると、ゼェゼェと肩で息をしながら呼吸を整える。
「し、死ぬかと思った…」
「あらら? ミツキさんは死なないお体なのでは?」
「…ばカリン、あとでキロネックスの刑」
「えぇっ! それだと私が死んでしまうではないですかぁ!」
プイッと、そっぽを向く宇佐美海月の体の下で、今度は白神・アルビーノ・歌燐が喚く。
しかし、ふと静かになると、それを不思議に思って白神・アルビーノ・歌燐を横目で見る宇佐美 海月の顔を、歌燐が両手で包み込む。
「今度はなに? キスなんてしたら、それこそ口の中にキロネックスぶち込むからね?」
宇佐美海月の脅しには屈せず、白神・アルビーノ・歌燐はそのまま優しい笑みをこぼす。
「ミツキさん、自分の心の色は見られないのですか?」
「え?」
「さっき、ミツキさんは私の心の色が気を遣っている色だとか、哀れみの色だとかって言って いましたよね? それって、ミモモさんの能力ですよね」
宇佐美海月は黙ってしまった。興奮して話しているうちに、思わず“心の色”という言葉を使 ってしまっていたのだ。
「ウサギさんは、人の心を読むことがとても上手です。喜び、悲しみ、怒り、驚き、いろいろな 感情を読み取り、そして自らもそれらを表現することが上手なのです。ほら、ウサギさんは怒 ると足をトントン踏み鳴らして表現したり」
そんなウサギの仕草を思い浮かべて白神・アルビーノ・歌燐は、ふふっと笑みをこぼす。
「そうだよ。あとでば兄ちゃんにきいて確信した。ミモモの命で作った不老不死の薬を飲んだ 時から、ミツキはミモモの、心の色を見る力を受け継いだ。けどだから何? ミツキはクラゲ 型。ウサギになんてなれっこない。いくらミモモの真似をしようとしても、宇佐美湊兎の妹に なんてなれっこない!」
パッと、海月の背中から十五本の細い触手が広がった。
殺人兵器、ジュエリー海月の白い彼 岸花、キロネックス。
「ジュエティアさんはとっても綺麗な種です。そしてミツキさんはその中でも特別に綺麗なジュエティアさんです」
静かに、どこかで聞いたことのあるような台詞を繋げる白神・アルビーノ・歌燐。
海月の触手が震える。
「カリン、何を言って…」
「だって、ミツキさんはこんなにも心豊かなジュエティアさんなんですから!」
蘇るは、鼻をくすぐる桃のような甘い香り。目を閉じると、宇佐美実桃の希望に満ちた笑顔が見えた。
ノアのサイレンが鳴り響く。艦内放送と同時に、部屋の外が喧しくなり、宇佐美海月は扉の外 に目を向け、白神・アルビーノ・歌燐は体を起こす。
「緊急司令、緊急司令。白神・アルビーノ・歌燐さん、及び宇佐美海月さんは大至急エリア一 三六六さくら総合こども病院へ向かってください。繰り返します。歌燐さんと海月さんは大至急、さくら総合こども病院へ向かってください!」
「ミナトさんが動いたようですね」 白神・アルビーノ・歌燐と宇佐美海月に緊張が走る。
「アンリーシュの効力もちゃんと発揮されている。いくよ、カリン」
二人は同時に、外へと続く二重扉の前までたどり着くと、白神・アルビーノ・歌燐がボタンを操 作し、扉を開閉する。二枚目の扉を開き、ノアの縁に立つ。
「ミツキさん、ここからは勝負です。負けませんよっ」
「誰に言ってんの? せいぜいミツキの足を引っ張んないように全力で掛かってきな」
そして、水色の二つ結いの髪に赤いクラゲ型帽子の少女と、白色のラビットツインテールの 上にウサ耳を付けた少女は、高度一八〇〇〇メートル、外気温およそマイナス九八度の極 限環境の中へ身を投げだした。
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白神・アルビーノ・歌燐が着地したのは、さくら総合こども病院の近くにある自然公園。
宇佐美 海月とは空中で分かれた。
「さて。アイトーポさん達に見つかってしまっては厄介です。ミナトさんの身の安全のこともあ りますし、ミツキさんも隠密行動をとるでしょう。しかし、あのアイトーポの大群にどう潜入し たものか…」
考えても仕方がない。とりあえずはさくら総合こども病院へ向かおう。そう決めた時だった。
「入り口が!?」
空に見えない大穴が空き、まるでスキャンされていくように姿を現したのは、ねずみ色の軍 艦ではなかった。
機関室の、ドローンがとばす映像に驚愕した安藤輝子は、急いで取調室のアイトーポをここ へ連れてくるように指示を出す。
そして、手錠で繋がれたアイトーポが連れて来られるなり、安藤輝子はアイトーポの隊長に 詰め寄った。
「おい! あの巨大なクリスタルの軍艦はなんだ!? あれもお前たちの船だと言うのか!?」
モニターに映る映像を指差し、アイトーポに唾を飛ばす。 そこに映っていたのは、これまでのアイトーポ襲来時に見かけたねずみ色の軍艦とはケタ違 いのものだった。
その大きさは、ニ〇〇九年まで地球で活躍した世界最大船、ノックネヴィスを思わせる大迫力。
そしてその外観は全て青く輝くクリスタルでできていた。
「ククッ、フハハ、ハハッ! ハハハハハハハ!」
その映像を見たアイトーポは狂ったように笑いだした。
「答えろ! あれは一体なんだと言うのだ!?」
「お前、馬鹿だな。あの船が“下から数えて五番目”のアイトーポ国のもんだと思うのか?」
宇佐美兄妹の話で聞いていた、アヒトモンドの順位制度。地球に攻めてくるのは弱小国ばかり。
だが、モニター越しに見えるあの船は、明らかに上位国のものと分かる風格だった。 「いいから答えろ!」
急かす安藤輝子に、ニヤニヤとするアイトーポ。
「ああいいさ。教えてやるよ。あれは、僕達アイトーポをこの地球に派遣した大国家、世界第 一位ジュエティア国の船だよっ! !」
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白神・アルビーノ・歌燐は、生命エネルギーを使い、視力を強化する。
赤い瞳に映る青い船は キラキラと豪華に輝き、そしてその中には宇佐美海月と同じような帽子を被ったアヒトたちが 乗っていた。
「まさか! ジュエティア国!?」
そして、巨大な船がその全貌を現すと、続いてボロボロの小さな軍艦が細々と出てきた。
白神・アルビーノ・歌燐が、そちらの船のガラス窓に目を向けると、中にはコニアたちが見えた。
驚きのあまり息をすることも忘れていたが、急にハッと我にかえらされた。
レプリカのウサ耳 から無線が繋がる音がしたのだ。
─歌燐、聞こえるか?
「その声は、輝子さん!?」
─そうだ。このウサ耳は通信機となっている。尻尾はレーダーとなり、生命エネルギーを感知 してこちらの画面に反応を示すようになっている。と、それはさておき、ジュエティアの船は見 えているな? いろいろと突っ込みたいところはあるが、今はそんなことは後回しだ。
「はい。それと、その後ろの小さな船は最下位国、コニア国の船です」
─分かった。既にガリオットとドレッドノート、およびドローンを民間人保護に出動させている。 これから歌燐はどうする? アンリーシュ戦の最中、この不測自体に正直どう対処していいのか、最善の方法はわからない。
だが、白神・アルビーノ・歌燐のやる事は決まっていた。
「私はさくら総合こども病院へ向かい、ミナトさんを救出します」
無線の音が一瞬途切れたが、またすぐに繋がり安藤輝子の落ち着いた声が聞こえる。
─それならこちらで尻尾のレーダーから感知した反応でサポートする。病院が近くなったら 教えてくれ。
ただ単純に宇佐美湊兎を救出するだけなら、白神・アルビーノ・歌燐は安藤輝子の援助を受け入れるべきだろう。だが、
「いえ、サポートは無しでお願いします。これは私とミツキさんとの真剣勝負ですので」
これは宇佐美海月と白神・アルビーノ・歌燐との一騎打ち。
ズルをするような真似はしたくな かった。
─そうか、分かった。
無線越しの安藤輝子の声は、怒っているようでもあり、悲しんでいるようにも聞こえ、白神・ アルビーノ・歌燐は少し心が萎んだ。
─ただし歌燐、分かっているな? 必ず元気で、ノアに戻ってこい。ここは歌燐の帰る場所だ。 そして、あの二人もな。
強く、優しいノアの母、安藤輝子の声に、白神・アルビーノ・歌燐はぐっと気を引き締められる。
「はいっ!」
敬意を込めて、敬礼をしてから一目散にさくら総合こども病院へと駆け出した。
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さくら総合こども病院の周りは、まず、ねずみ色の層で取り囲まれており、なんとそれは大量 のアイトーポ兵でできていた。
そしてその更に外側には新防衛省のガリオット一〇〇隻、ド ローン五〇機、正面入口にはドレッドノートが控えていた。
ガリオットの間を埋めるように、新防衛省の歩兵や警察官が病院から逃れ出てきた医者や、 親を探す子供を保護する姿が見える。
その人混みに紛れて白神・アルビーノ・歌燐は病院の近くまで接近しようと考えたがやめた。
(アイトーポさん達の警備に隙は無いようです。むやみに突っ込むのは危険ですね。それに、 パニック状態の人々の中に私が姿を現せば事態は悪化することでしょう。それにここはさくら 総合こども病院の目の前。一体どうすればコッソリ病院に侵入できるのでしょうか)
茂みに隠れ、思考をひねる白神・アルビーノ・歌燐。
(ええい、悩んでいても仕方がありません。ここは、一か八かっ!)
そう思って正面突破の体勢をとった時だ。
何者かが白神・アルビーノ・歌燐の腕を強く引いた。
驚き振り返ると、そこにいたのは、前回のアイトーポの襲撃でアイトーポに捕まり、生命エネ ルギーで作った服を拒んだ初老の男性だった。
「あなたは…!」
「白神・アルビーノ・歌燐だな。間違えようが無い。儂の事を覚えているか?」
頑固そうな顔つきにハキハキとしたもの言い。こちらも間違えようが無かった。
「はい。こんな所でまたお会いするとは思いませんでした」
ムッと横に引いた唇を更に固く結ぶ男性。
すると突然男性は、白神・アルビーノ・歌燐の腕を 離し、一歩下がって頭を下げた。
「あの時はすまなんだ。儂はあんたを傷つけた大人気ない頑固者じゃった」
予想外の出来事に、白神・アルビーノ・歌燐は動揺する。
「えっ、やめてください! 私、気にしてなんていませんから」
「いいや、ちゃんと謝らせてくれ。あの時の事件はあんたのせいじゃなかった。儂らはまんまとネズミのアヒトたちに嵌められてしまったんじゃ」
「どうしてそれを!?」
男性は手に持っていた数枚の論文のようなものを見せた。
そこには、統計学で使われる記 号やら数値がつらつらと並んでいた。
そして論文のタイトルは、 “白神・アルビーノ・歌燐のさく ら総合こども病院事件における潔白の証明”とあった。
「これは、あん時儂に毛皮をくれたコニアが病院でばら撒いていったもんじゃ。ここまで理論 的に通ったレポートを見せられたんじゃあ儂らエンジニアも納得せざる負えない」
この男性の言葉には、白神・アルビーノ・歌燐の知り得なかった情報が一気になだれ込んで きた。
「えっ、えっ? 毛皮をくれた? あの時のコニアって、ミナトさんですよね? ミナトさんがこの論文を? いつの間に? エンジニアのあなたがどうして子供病院に?」
「細かいことは飛ばすが、最後の疑問に関する答えは簡単じゃ。儂がこの、さくら総合こども 病院のシステムエンジニアだからじゃよ。今日は年一度の点検の日でな」
さらなる衝撃の事実が発覚し、白神・アルビーノ・歌燐は、もう話の流れに付いていくのがやっとになってしまった。
だが、この男性にとってそれは重要ではない。
「無実のあんたを追い詰めた市民を代表して謝らせてほしい。あんたはいつも命を懸けて市民を、いや。地球を守ってくれていたのに、地球の住民である儂らはあまりにも非協力的すぎた。申し訳ない」
そして男性は、再び深く頭を下げる。
なんと返していいのか分からない白神・アルビーノ・歌燐 は、ただオロオロするばかり。
茂みを挟んだ向こう側のガヤガヤした音だけが響く。
数秒のときが流れ、男性が再び口を開く。
「そんで、一つお願いなんだが、儂にあんたを助けさせてほしい」
頭を下げたままの男性に、白神・アルビーノ・歌燐は近寄ってしゃがみ、男性と目を合わすと、 ニッコリと微笑む。
「はい♪ 顔を上げてくださったら、ぜひお願いします♪」
ハッとしてゆっくりと頭を上げる男性。
白神・アルビーノ・歌燐も立ち上がる。
「儂は、上村勤。あんた今、病院内に侵入できなんで困っておるのじゃろ?」
「なぜそれを!?」
「見とれば分かるわい。そんで提案なんじゃが、」
上村勤は木の枝を拾い上げると、しゃがんで地面に何やら書き出した。
「まず儂のプログラムをちと書き換えて地下水道のシステムとセキュリティをストップさせる。 その瞬間にあんたはその地下水道を通って病院内に侵入する。どうじゃ、シンプルじゃろ?」
ニヤッと、黒い肌から白い歯をのぞかせる上村勤。
「た、確かにシンプルで分かりやすいです。けど、これってハッキングでは…?」
「儂のプログラムを儂が書き換えるだけじゃ。なーに、お前は気にせず地下水路をぶっちぎ ってくれりゃそれでええんじゃよ。来なさい」
急に白神・アルビーノ・歌燐に背を向けて駐車場の方へ駆け出す。
「ああ、ちょっと!」
慌てて白神・アルビーノ・歌燐もあとを追う。
すると駐車場には一台、異様に回線が込み合っ た車が停車してあった。
「衛星が無いから有線を繋ぐのが大変だったわい。さぁ、儂が合図したら、そこのマンホール に飛び込むんだ」
上村勤が車に乗り込むと、数台のパソコンが起動し、カタカタと何やら入力しだす。
「えっと、ここからですか?」
「今じゃ!」
「えっ? えっ??」
「さあ行くんじゃ!」
上村勤に急かされるまま、白神・アルビーノ・歌燐はほぼ反射的に、蓋を取られたマンホール の穴に飛び込んだ。
「もう、どうにでもなれです!」
生命エネルギーを使って、地下水路の中へ潜り込む。 地下水路システムは確かに停止しており、中はそれこそネズミ一匹いない静かな空間だっ た。
「助かりました。上村さん、ありがとうございます」
地上の上村勤に礼を述べると、白神・アルビーノ・歌燐は上流へ向かって飛び出した。
**************************************
さくら総合こども病院、院長室。
ズタボロの宇佐美湊兎は鎖で繋がれ、アイトーポに引きずられている。
立派な院長室の中はすでに改造され、クリスタル張りの壁に机に椅子にと、青くてひんやりとした空間になっていた。
「くっ…へへっ、まさかジュエティアの王様までお出ましになるたぁな」
床に這いつくばりながら顔を上げる宇佐美湊兎。
ジュエティア王は、万一に備えてか、直接 地球の空気を吸わないように、厳ついガスマスクを着けている。
ジュエティア王が息を吐くと、マスクからプシューという音と蒸気が漏れる。
「お前がコニア王の息子か。まったく、目つきの悪いところなんかお前ソックリなんじゃないのか?」
は? と、宇佐美湊兎はジュエティア王が視線を向けた相手が、高い机の影に隠れて見えなかったため、立ち上がり確かめようとする。
それと同時にボタン式で高さが変わる椅子が、その高さを、座る者の姿が宇佐美湊兎に見 える位置まで高くした。
そこに座るものの姿を確かめた宇佐美湊兎は自嘲の笑みをこぼし、大きくため息をついた。
「昔っから、あんたの心の声だけは聞こえなかったぜ」
透明に輝く立派な椅子に深く腰掛けたコニアは、蠱惑的でとても美しい。
そしてその妖艶な 雰囲気を身に纏ったコニアは、ジュエティア王の隣で堂々とキセルをふかしている。そのコ ニアを宇佐美湊兎はよく知っていた。
「久しぶりミナト。我が最愛の息子」
「やめてくれよ。言ってもあんたは俺らの継母だ。本物の母様と父様が死んだあの日から俺を息子と呼んでいいのは現国王だけだぜ?」
「可愛くないわね。それでも私は良い母を演じさせてもらうわ。それで、何から話しましょう か?」
「とりあえず、いつからあんたがそっち側にいんのか教えてもらおうか、ジュエティアになっちまった母様よ」
継母に対し、皮肉たっぷりに母様と呼ぶ宇佐美湊兎。
宇佐美湊兎と宇佐美実桃が実の母と 死別した後、女王の座に着いたのがこのコニアだったのだ。
しかしこのコニアの女王は、早々 にコニア国を見限ると、女王の立場と自らの美貌を利用してジュエティア王の側室にまで成 り上がったのだ。
「あら、私は昔っからこっち側だったわ。ジュエティア王の側室となったあの日からずっとね」
落ち着き払った口調から感じられるのは余裕そのもの。
ジュエティア国の装飾品やら何やら でさらに美しく着飾ったコニアは、そのまま横に流れるようにしてジュエティア王の膝に腕を 置く。
すると、奴隷国の女王であるコニアの毛並みを舐め回すように触手が伸びてコニアの女王を完全に自分の膝に載せる。
「随分と飼い慣らされやがって。父様はどうした?」
「ああ、あれならとっくに死んだんじゃないかしら? あなたとジュエリーのとこの一人娘が消 えたあの日に殺ってしまったはずよ」
淡々と、まるでどうでもいい事のように自分の夫の死について報告するコニアの女王。
「アンリーシュ戦なんて形だけだったのに、ムキになっちゃって。あんなふざけたゲームにし なければ誰も死ななかったのに。ねぇ」
鼻先をジュエティア王に近づけ、愛想をふる姿は、息子として見るに耐えない。
「なら国民は? あの後国はどうなったんだ?」
「あの後、コニア国はジュエティア国に勝利とみなされ、 “コニア国の勝利でコニア国は、ジュ エティア国の植民地の半分を譲り受ける”というアンリーシュに記載されていた報酬を受け 取った。けど、あの愚王はその植民地を全て手放し独立することを認めた。国がいくらあっても、最愛の娘と息子か帰らないのなら意味が無いとか言っちゃって。あいつは王失格。自 分の娘と息子のためにコニア国民全員を犠牲にしたんだから、処刑されるのは当然の報いってわけ。お前もそう思うでしょう?」
宇佐美湊兎は、顔立ちから何から母親似であり、幼少期は性格も母親似と言われていた。
だが、心の中で湊兎はそう言われることに違和感を感じていた。
「生憎、俺は母様みたいに嘘をつける能力は持ち合わせてないんでね。正直に答えるしかない。あんた、サイテーだな」
ベシンッ! と、太い触手が宇佐美湊兎を打ち、壁にめり込ませる。
そんな息子の姿を見て、 無様と言わんばかりに笑い声を漏らす宇佐美湊兎の母。
「ふふっ。じゃあ正直に答えてもらおうかしら。湊兎なら知っているわよね? 実桃から不老 不死を受け継いだのは誰?」
**************************************
病院の温室にあるマンホールに出た白神・アルビーノ・歌燐。
本来温かいはずの温室は冷房 が入り、極寒とも言える空間となっていた。
セラピー効果を与える草花は枯れ果て、跡形も ない。温室は誰もおらず、ガラス張りの壁向こうにクラゲの亜人種たちが神輿に乗りながら 優雅に病院内を見物して回る姿が見えた。
神輿を担いでいるのはコニアだった。
「ミナトさんはどこでしょう? 取り敢えずここから動かなくては」
マンホールの蓋を開け、サッと柱の影に隠れる。素早く温室から出ると、誰も見ていないことを 確認し、物陰を渡り歩くようにして屋内へ入った。
誰もいない病室に入って、窓越しに病室の外を確認すると、新防衛省の兵士達とコニア、アイトーポ達が戦闘を繰り広げているのが見えた。
(コニアさんとアイトーポさんばかりが戦闘に駆り出されている。だから病院内がジュエティア さんばかりというわけですか)
「それにしたって、闇雲にミナトさんを探してウロウロするわけにもいきません。何か手掛か りになるものがあれば…」
頭をひねって、レプリカのウサ耳を意味もなく触ってみる白神・アルビーノ・歌燐。すると、おっ! と何か閃いたようにウサ耳をピンッと立てる。
「いや、でも…」
白神・アルビーノ・歌燐は一瞬だけ脳裏をよぎったある可能性を振り払うべく、実際にブンブン と白い髪を左右に振った。
(アヒトの技術は地球人である私には到底知り得ませんし、私が持っている周波数の概念が 存在するかどうかも怪しいところです。しかし、衛星を使用せずに通信を行う手段として、周 波数ホッピング機能のようなものでチャンネルを合わせて双方通信をしているのだとした ら…)
白神・アルビーノ・歌燐は、首に提げている純金の懐中時計を手に取る。
壊れて、時刻を示す 役割を果たしていない懐中時計は、十二時とは正反対、六時に針が合わせてあった。
「通常のニンゲンが耳で聞こえる範囲は四〇から七〇〇〇ヘルツ。ウサギさんは三六〇か ら四二〇〇ヘルツ。かつて日本で流通していたラジオというものが使用していた電波は TOKYO FMで八〇〇〇〇〇〇〇ヘルツ。こんなの、生物には聞こえっこありません。けど、 ミツキさんの生命エネルギーによって強化された今の私なら、ミナトさんの首輪と懐中時計 が呼応し合う直前のノイズ音のようなものが聞こえるかもしれません」
白神・アルビーノ・歌燐は、生命エネルギーのパワーを極限まで聴覚に集中させる。
(落ち着け。絶対に十二時に合わせてはいけません。寸前の音を聞くんです!)
真っ赤な目はしっかりと時計の針を監視し、エネルギーは耳へ集中。生き物離れした聴覚が、周りの環境の全ての音を拾い、超え、未知の音の世界へと白神・アルビーノ・歌燐を誘う。
「くっ…!」
そこは、ニンゲンの聴覚器が耐えられる世界ではない。
いくらプロテクタースーツで保護さ れているとはいえ、音を受信するのは白神・アルビーノ・歌燐自身だ。
超越した音を無理やり 拾い、振幅を広げていけば、破壊される。
(頭が…割れそう。けど、まだ九時)
慎重にネジを回し、時間を進めていく。
九時三〇分、十時、十時三〇分、十一時、十一時三〇分、十一時四〇分、十一時五〇 分、十一時五十五分、十一時五十六分、十一時五十七分、十一時五十八分──
(聞こえたっ!)
─ブチッ
咄嗟に生命エネルギーの集中を解除する白神・アルビーノ・歌燐。
床に倒れ込み、激痛に気 を失いそうになるのを必死で耐えると、代わりに嘔吐した。
床にぶち撒けた吐瀉物はそのままに、懐中時計を急いで確認すると、時刻は十一時五十九分。
ホッと安堵のため息を吐き、針を逆回転。時刻を六時に戻す。
(頭が痛い…目眩も…。それに…)
床にへたり込んだ状態のまま、耳に手を当てると、指に血が付いた。
試しに小さな声で、 「あー」 と言ってみる。
しかし、
(どうやら聴覚がヤラれてしまったようです)
白神・アルビーノ・歌燐は、宇佐美湊兎の位置を特定する代償として、その聴覚を失ってしま ったのだった。
鼓膜は破れ、耳小骨が砕け、剥き出しになった三半規管のせいで、クラクラ めまいがする。
「そんなことより、場所が分かったんです。急ぎましょう」
僅かな音を聞き、記憶した宇佐美湊兎の位置情報。
今なら地下一階から四階まであるこの 巨大なさくら総合こども病院のフロアマップ全てを把握している。
白神・アルビーノ・歌燐は、五号館二階、院長室に向かって真っ直ぐ、空気を蹴って跳躍した。
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