第11話

二段ベッドの下の段に腰掛けていた白神・アルビーノ・歌燐はじっと宇佐美湊兎の話に耳を 傾けていた。

が、


「ん? それじゃあ、ミツキさんの寿命が底無しなのは、ベニクラゲの能力などではなく、コニア さんの練り上げた不老不死の薬のせいということでしょうか?」


「ああそうだ。いくらミツキがベニクラゲの触手を持っていても、アヒトに不老不死は授かれない。ベニクラゲの不老不死システムはポリプに戻ることで成し遂げられるからな」


なるほどと納得する白神・アルビーノ・歌燐。

宇佐美湊兎は話を続ける。


「あとは、ゲームには勝ったがクラゲ王の思惑に背くことになったジュエリー海月は国にも帰らず、姓を俺と同じ宇佐美と変えてここまでやってきたってわけだ。世界第一位国のお嬢様が奴隷の妹となり、野宿して何日も食事にあり着けずここまでやってきた。どうだすげぇだろ? 俺の妹は」


「ええ。とても」


「そんで、あんなにツンツンしていたくせして今となっちゃあ俺にデレデレ。まるでミモモがミツキの人格に影響しているようだ」


宇佐美湊兎は冗談のように笑い飛ばすが、実際そうだと思った。


一〇〇〇年の時をかけて練り上げる不死の薬。

その効果や副作用についての研究など進むはずがない。

ただ、 「不老不死」の妖しい魅力に惑わされ、ただ軽率に手を伸ばす権力者たちが争いを生んできただけだった。


また、もう一つの効果である「不老不死」を求める権力者たちにとって、絶望の幕切れなど問題にはならないのだ。


「ついでに聞いてもよろしいですか?」


「なんだ? 言ってみ」


「ミツキさんは、どうしてニンゲンがお嫌いなのでしょうか?」


宇佐美湊兎と宇佐美海月が地球に来て、初めてニンゲンを見た時に何を思ったのだろうか?

ニンゲンが嫌いと言っていた海月。

その理由を知りたくなった。


「ミツキはな、ジュエリー海月が嫌いなんだとよ。愚かで、自己犠牲ヤローで、死にたがりで、 そのくせ何もできない臆病な昔の自分が大のキライ。ニンゲンはそんなジュエリー海月にそっくりなんだとよ」


これまでの話を聞いて、白神・アルビーノ・歌燐は宇佐美海月の気持ちも、ジュエリー海月の 気持ちも分かる気がした。

自分もニンゲンだからだろうかと思った。

そう思うと、ニンゲンに価値など無いような気がしてたまらなくなってきた。


しかし、


「けど俺はな、そんな愚かで、自己犠牲ヤローで、死にたがりで、そのくせ何もできない臆病者で、どうしょうもないニンゲンが愛しくて仕方ないんだよ」


宇佐美湊兎の、その言葉に救われた気がした。


「俺はニンゲンが大好きだ」


目を閉じ、今の気持ちを噛みしめる白神・アルビーノ・歌燐。そしていきなり、ぴょんっ! とベ ッドから飛び降り、くるりと振り返る。


「ミナトさん」


「ん?」


「私、ミツキさんの命を使って、ミツキさんの代わりに絶望の幕切れを迎えられるよう頑張りますねっ!」


胸の前でガッツポーズをしてみせる白神・アルビーノ・歌燐。


これにはさすがの宇佐美湊兎も ポカンと口を半開きにして固まってしまった。

そして頭が痛いといったように額を手のひらで押さえて項垂れる。


「大丈夫ですか? 頭でも痛いんですか?」


本気で心配をする白神・アルビーノ・歌燐に、宇佐美湊兎は大きく首を横に振る。


「いや、大丈夫だ。そうだな、カリンはそういう奴だったな」


それでも尚、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている白神・アルビーノ・歌燐に、宇佐美湊兎は苦笑いで返す。


「ああ、そういう契約だったからな。地球史上最悪で最凶な死に様をよろしく頼むぜ」


宇佐美湊兎の、この最悪な頼みに白神・アルビーノ・歌燐は、一転の曇りもない晴れやかな笑顔で、 「はい♪」 と答えるのだった。



**************************************



ノア機関室。


変態モードの安藤輝子と白神・アルビーノ・歌燐を中心に朝から平和な時間が流 れていた。


「歌燐、よぅ似合っておるぞ~♡」


「もう! どうして私がこんな格好しなくちゃならないのですかぁ!」


いや、平和そうに見えるのは船上員たちの微笑みだけで、白神・アルビーノ・歌燐の格好だけ 見れば、欲にまみれたギャンブル場の如何わしいい雰囲気を大いに発した異様な光景だ。


白神・アルビーノ・歌燐の格好は、プロテクタースーツのお尻に丸い尻尾を付け、さらに頭にはウサ耳カチューシャ。

カジノのディーラーやバラエティ番組という、歌燐たちの知り得ない娯 楽の世界に登場するマスコット的存在、バニーガールそのものであった。


「やぁやぁ、みなさんご機嫌麗しゅう…」


そこへ、何も知らずに鉄の扉を開けて機関室へ入ってきた宇佐美湊兎と宇佐美海月。だが、 涙目で安藤輝子に喚いている白神・アルビーノ・歌燐を見るなり、湊兎は言葉を失ってしまっ た。


「ミ、ミナトさん! 見ないでくださいぃ!」


顔を真っ赤にした白神・アルビーノ・歌燐は、宇佐美湊兎から隠れるように安藤輝子の背中に ピッタリとくっつく。

安藤輝子は歌燐に身を寄せられて嬉しそうにニヤける。


「ば兄ちゃん?」


固まる兄を、不思議そうに見つめる宇佐美海月。そして、


「こ、これが伝説のバニーガールと言うやつかっ…!」


ブシュっと、鼻から血を出して背中から床へダイブした。


「ちょ、ミナトさん!?」


倒れた宇佐美湊兎に慌てて駆け寄る白神・アルビーノ・歌燐。


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


完全にのびてしまった宇佐美湊兎を抱き起こしながらアタフタする白神・アルビーノ・歌燐。


すると、その隣からドス黒いオーラを…いや、触手を伸ばす宇佐美海月の気配を感じ、ピタリと 固まった。


「ミ、ミツキ…さん?」


白神・アルビーノ・歌燐が、まるでブリキのオモチャのようにぎこちなく首を恐る恐る宇佐美海月に向けると、透明でうっすら白い触手が彼岸花の形を作り上げていた。


「お、落ち着きましょうミツキさん! 話せば分かります! ですからそんな物騒なものはおしまいになっ


「ば・か・に・い・ちゃ・ん」


笑えていない。全く笑えていない。ヒクヒクと引き攣り、歪んだ顔になった宇佐美海月。

白神・ アルビーノ・歌燐は成すすべもなく触手に宇佐美湊兎を奪われると、宇佐美湊兎は高く掲げられた所で正気を取り戻した。


「おいおい、我が妹よ。これは一体どういう事かな?」


「なにをケロッとしているのですか! 早く鼻血を拭いてください!」


「カッカッカッ。カリン、そいつはできないな。なぜなら俺は今手足がぐるぐる巻に縛られてし まっている…はっ! これが縛りプレーというやつかっ!」


「こんの、発情ウサギさんがぁ! 状況をお考えください!」


しかし、余裕の表情の宇佐美湊兎。白神・アルビーノ・歌燐は不思議に思い、首を傾げながら宇佐美海月に目線を移す。

すると、ポッと顔を紅潮させた宇佐美海月が両手のひらを頬に当ててデレデレしていた。


「もう、ば兄ちゃんったら♡ ミツキとどんなプレーがしたいの♡」


「あぁ、もうご勝手に…」


丁寧におろされた宇佐美湊兎は、何事も無かったかのように話を切り出す。


「んで、カリンはなんでそんな格好をしているんだ? コスプレ趣味でもあるのか?」


「んなわけないでしょうがっ! 輝子さんに着させられたのですよっ!」


「ナン…ダト!? 艦長!」


宇佐美湊兎は安藤輝子へズシズシと床を踏みしめながら進むと、険しい表情で安藤輝子と見つめ合った。


「ミナトさん、私のためにガツンと言ってくださるのですね!」


しかし、白神・アルビーノ・歌燐の期待はあっさりと裏切られた。

宇佐美湊兎と安藤輝子はガシッと腕と腕を組み、ニヤッと笑い合うと、


「グッジョブ!」


「当然!」


ゴツンッ!


と、白神・アルビーノ・歌燐に同時に肘落としを食らわされたのだった。


頭のたんこぶを二人仲良く押さえながら、涙目になっている。


「それはそうと、本当になんでバニーガールの格好なんかさせられているんだ?」


「あぁ、それはだな。いや、説明がしにくい。実際に見てもらってからのほうがわかりやすい」


白神・アルビーノ・歌燐も事情を聞かされていないのか、宇佐美兄妹と同時に三人仲良く首を傾けた。


「それはそうとアイトーポの隊長さん、シャックリを一〇〇回連続ですると死ぬらしいですよ?」


「な、なんだ…ヒック! って!? 僕は…ヒック! 今何回…ヒック! し、死んでしま う! …ヒック!」


「ワッ!」


「わぁ! な、なにをするんだ! 驚いたじゃないか!」


「今のは私の能力です。覇気を送ってシャックリを止めてあげたんですよ。感謝なさい」


「そ、そうなのかっ! 本当だっ、止まっている! いやぁー、助かった! 君は命の恩人だ!」


白神・アルビーノ・歌燐、および宇佐美兄妹は同時に思った。


(((なんという茶番劇なのだろうか)))


「えっと、輝子さん? これはいったいどういう事なのでしょうか?」


取調室の中を鉄格子の向こう側に覗きながら、白神・アルビーノ・歌燐は尋ねる。


見たまんまを言えば、女性船上員とアイトーポの漫才だが、アイトーポの真剣な表情からは、 とてもそうは思えない。


「うむ。実はだな、あのアイトーポはバカなのだよ」


バッサリ言い切った安藤輝子に一同、シーンと静まり返る。


「あの、輝子さん。その、なんと言いますか、もっとオブラートに包んだ言い方をなさってみて はいかがでしょうか?」


「おいカリン、突っ込むところはそこかよ」


「まあそうだな。もっとオブラートに包んで言えば、ヤツは他人の言う事をほぼ鵜呑みにする性格の持ち主という事だな」


茶番劇はまだまだ続く。


「そうそう、知ってた? 牛乳をたくさん飲むと背が伸びるんですってね。あんた朝食の牛乳を残していたようだけど、だから背が伸びないんじゃない?」


「なに!? なんでもっと早く言ってくれなかったんだ! 知っていたら鼻をつまんででも飲んだというのにっ!」


心底悔しそうにするアイトーポに、女性船上員は必死に笑いを押し殺している。


「まぁ、あいつの性格はよーく分かった。だが、それとカリンのコレとはどう繋がるんだ?」


「そ、そうですよ! ちゃんとしたご説明をお願いしたいですっ」


突き立てた親指を肩に担いで白神・アルビーノ・歌燐を指し示す宇佐美湊兎と、ほっぺたを膨 らませながら安藤輝子に詰め寄る歌燐。


安藤輝子は鉄格子越しに女性船上員に頷いて合図すると、一瞬真面目な顔をした女性船 上員が再びアイトーポに話しかける。


「あと、あんたも知っているかもしれないけれど、うちの戦闘員の中に白くて可愛い女の子 がいるでしょ? あの子、実はコニアなのよ」


いかにもという感じを出してホラを吹きこむ女性船上員。皆の予想通りなら、アイトーポはこ れを真に受けて混乱するところだが、


「いいや、それは無い。白神・アルビーノ・歌燐のことだろう? あれは列記としたニンゲンだ。間違いない」


女性船上員の言葉を偽とした。


「ど、どういうことなのでしょう?」


白神・アルビーノ・歌燐をはじめ、宇佐美湊兎も、海月でさえも目を丸くしている。


少しアイトー ポに失礼かもしれないが、このアイトーポの隊長がマトモな判断をくだせるとは誰も思って いなかったのだ。

そこへ安藤輝子が説明をする。


「ヤツが、我々の言うことでさえ何もかも鵜呑みにするのを面白がって、船上員たちはヤツ をからかいまくっていたのだが、歌燐のことに対しては何故か正確な判断が下せる。歌燐 についての情報がしっかりとヤツの中にあるという事なのだが、それがどうも引っ掛かる」


「なにが引っ掛かるんだ? アイトーポはもう何度もカリンと殺りあってるんだろ? マトモに 対抗されるカリンの事を調べるのは当たり前じゃねぇのか?」


「そうだな。それが初めからでなければ、我々もこんな疑念は抱かなかった」


安藤輝子は、アイトーポが初めてニンゲン達の前に姿を表して襲撃をしてきたときのことを 言う。

その時から、アイトーポ達はもう白神・アルビーノ・歌燐に対して徹底的に逃げの姿勢 をとっていた。


「実はニンゲン達が思っているアイトーポ戦が、アイトーポ達にとっては初めてじゃなかったとか?」


宇佐美湊兎に安藤輝子は黙って頷く。

そして、三人の顔を近くに寄せ合うよう促し、ひそひそ 話を始める。


「その可能性が十分にある。そこでだ。ヤツに今の嘘を信じさせ、ボロを出させたいと思う。 だからカリンにはコニアになりきってもらい、ヤツの取り調べをやってもらうという作戦だ。行 ってくれるな? 歌燐」


なるほど、とウサ耳をピンと立て、任された責務にやる気を出してきた白神・アルビーノ・歌燐。


「お任せ下さいっ! 」


ガチャリとドアノブを回し、取調室へ入る白神・アルビーノ・歌燐。


「…ば兄ちゃん、別にもっと違う嘘なら、カリンはあんな破廉恥な格好をしなくて済んだんじゃないの?」


「妹よ、大人には大人の事情があるんだ。なんならお前もあとでなにか着てみるか?」


「ば兄ちゃんは、ミツキのああいう格好が見たいの?」


「別にああいう格好でなくてもいいさ。お前が気に入った格好をすればいい。俺の世界一か わいい妹はどんな格好でもかわいいことは確定済だからな」


「ば兄ちゃん♡」


取調室の外側で兄妹の茶番劇が繰り広げられている最中、バニーガール姿の白神・アルビ ーノ・歌燐が盲信アイトーポの前に姿を現した。


「し、白神・アルビーノ・歌燐!」


「こんにちは、アイトーポさん」


丸い目をさらに丸く見開くアイトーポに、ニコニコと微笑みかけながら女性船上員とバトンタッチする白神・アルビーノ・歌燐。


「お前、その耳はなんだ!? それに、尻尾も…」


「あら、私はコニア国の出身ですもの。コニア耳も尻尾もあって当たり前なのですよっ」


開いた口が塞がらないアイトーポだったが、いやいやと首を振る。


「白神・アルビーノ・歌燐にコニア耳も尻尾も付いているなんて情報は入ってきていない。僕と交戦した時もコニア耳や尻尾は付いていなかったはずだ!」


やはり、白神・アルビーノ・歌燐についての情報は共有されているようだ。

けれど、いつから? それが疑問だった。


「これは私の能力。コニア隠しなのですよ」


「コニア隠し?」


ネズミと、壁向こうの安藤輝子が同時に声を上げた。白神・アルビーノ・歌燐は自信満々に胸を張って答える。


「ええ。コニア国は最下位国。ですのでコニアという正体を隠すことは生きる上で好都合に働くのですよ」


そうか、と一瞬納得しかけたアイトーポだったが、それでもまた首を振る。


「いいや、お前は襲撃をされていない時だってコニア耳も尻尾も隠していたということになる。 なぜ我々の見ていないところでもその“コニア隠し”をする必要がある?」


おや? と、その場にいる全員が思った。


(アイトーポさんが見ていないところでも“コニア隠し”をしていたと考えるということは、彼は襲撃を行っていない時も地球にいたということ…)


「それは市民の皆さんに私がコニアだとバレないためですよ。アヒトと闘う私がアヒトでしたら、市民の皆さんの信頼を買うことができなくなりますから」


「なら、どうしてコニアであるお前はニンゲンの味方などしている?」


しばらく考えたアイトーポは、どうやら白神・アルビーノ・歌燐がコニアであるということを信じ始 めたようだ。


「そんなことはコニア国の状態を考えれば簡単なことです。私は私の能力を活かしてより良 い条件の国へ渡っただけですよ」


宇佐美湊兎から新たに得た情報を元に辻褄を合わせていく白神・アルビーノ・歌燐。アイトー ポは完全に歌燐の話を信じきったようだ。


しかし、アイトーポは歌燐を鼻で嘲笑う。


「なるほど、それはそれは、ご苦労だったな!わざわざ脱国してコニアである事を市民に隠 し通して、居心地は良かったか? しかしそれも無駄に終わった。お前はアヒトだろうがそうでなかろうが、結局は僕達の手によって正義の味方の地位から転落し、さぞかし肩身が狭いことだろうさ。この白子っ!」


バタンッと、壁に叩きつけるように扉を開き、登場したのは安藤輝子。

黒い髪の間から、鬼の形相を覗かせていた。


「おい、それ以上言うな」


アイトーポは安藤輝子に圧され、生唾を飲む。


「輝子さん?」


「歌燐、ここから先は私と交代だ。宇佐美兄妹と自室で待機していてくれ」


アイトーポを睨んだまま早口に命令をした安藤輝子。


白神・アルビーノ・歌燐はわけが分から ないまま取調室を宇佐美兄妹と共に出て自室へ戻った。



**************************************



二段ベッドの下に腰掛ける白神・アルビーノ・歌燐は、レプリカのウサ耳を垂れさせ、先程のやり取りについて考えていたが、安藤輝子がなぜあんなにも激怒したのか分からなかった。


(確かに、白子と言われるのは気持ちが良いものではありませんが、輝子さんがお怒りにな ったポイントはそこではないような気がしてなりません。もっとこう、別のことに気が付かれた ような…。輝子さんはいったい何に気が付かれたのでしょうか?)


「あの、ミナトさん、ミツキさん」


白神・アルビーノ・歌燐は、宇佐美海月を膝枕している宇佐美湊兎と、膝枕されながら頭を撫でられている宇佐美海月に声をかける。


「なんだ? カリンも俺に撫で撫でしてほしいのなら、そのセクシーな戦闘スーツに取り付けられた丸い尻尾を振って可愛く鳴いてみな。そしたら考えてやってもいいぜ」


「まっ、そんなことしたってミツキはここを譲るつもりなんてサラサラ無いから、カリンはただの 羞恥プレーを晒す変態ヤローでしかなくなるけどね」


「違いますからっ! こちらが真面目な雰囲気を出しているのに察してくださいよ!」


ピンッと、レプリカのウサ耳を立てる白神・アルビーノ・歌燐。だが、ウサ耳は二段ベッドの天井 にぶつかって再びへニャリと折れ曲がる。


「カッカッカッ。んで? どうしたんだ?」


「その、さっきのやり取りなんですけど、私全然わからなくて。輝子さんは何に怒っていたの でしょうか?」


「カリンはバカなの?」


宇佐美海月の突然の貶し言葉に白神・アルビーノ・歌燐は言葉を失う。

それでも尚、宇佐美海 月は追い打ちをかける。


「髪も肌も真っ白なら、頭の中も真っ白なんだね。下等なアイトーポにさえ劣る白脳ミソの持ち主だと言うのならヤツの自白に気がつけないのも当然ね。そんなんだから潔白な身に罪を着せられ、白昼堂々と自己犠牲ヤローをやってるってわけね」


さも愉快そうに白神・アルビーノ・歌燐を罵る宇佐美海月。


「そんなに上手く“白”で埋め尽くされた罵詈雑言をキレイに並べられるミツキさん程の頭は私にはありません。ですので、どうかご説明いただけませんでしょうか?」


半分皮肉っぽく返す白神・アルビーノ・歌燐。

宇佐美海月は仕方がないと言わんばかりにため息をつく。


「カリン、エリア一三六六の人口は?」


「へ?」


「ザッと一〇〇〇万人ってとこ。日本の全体人口が減っても都心には人が集まるってことが よく分かる。となると人口密度はおよそ六二〇〇。ミツキがいない場合カリンの生命エネル ギー吸収範囲は直径一キロメートルの範囲。つまり、カリンは六二〇〇人から平等にちょっ とずつ生命エネルギーをもらっていたということになる。それだけの人口なら中には年寄りも、それこそ重症患者なんて何百人もいるでしょうに。どうして、さくら総合こども病院の子供 たちだけが死んだんだと思う?」


言われてみれば、おかしい。

どうして気が付かなかったのだろうか。


死人を出してしまったと いう事実がショックで、取り上げたニュースの影響が大き過ぎて、それでも新防衛省の役目 は変わらないわけで…。


思考を巡らせる白神•アルビーノ•歌燐。今度は宇佐美湊兎が付け加える。


「あの時はアイエナの襲撃だった。なのにあのアイトーポは“僕達の手によって正義の味方の地位から転落し”と言った。もちろん“僕達”とはアイトーポだ。ヤツは自白したも同然なん だよ、カリン。思ったこと、言ってみな。それが事実だ。誰かのせいにしているわけじゃない。 ここまで言えばあとはお前が真実を認めるかどうかだ」


あの日から、白神・アルビーノ・歌燐の評判を一変させ足かせとなっていた事件。

齢十六歳の 少女に容赦無く突き刺さる冷たい視線の元凶。


“白神・アルビーノ・歌燐が子供たちの命を奪った”


という認識が偽りの認識だとしたならば…。


「アイトーポさんたちが、さくら総合こども病院の子どもたちを?」


ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる宇佐美海月。


「そう。唯一のアヒト対抗手段であるカリンの精神面をズタボロにするためにね。狡猾なアイトーポの考えそうなこと。それと、もっと言うならアイトーポはずっとあの病院を占拠している と考えられる」


「どういう事ですか!?」


「そのまんまの意味。アイトーポは変身系や相手を騙す系の能力、さらには医療実験系の能 力があるから、ドサクサに紛れてさくら総合こども病院を乗っ取った。そう考えればカリンの 情報が市民やメディアから自動的に流れてくるし、カリンの都合が悪くなるタイミングで子供 を殺せる。拠点が築かれているなら、突如大量のアイトーポが一瞬の内に現れたのも納得 できるでしょ?」


確かに、全て辻褄が合った。安藤輝子の怒りも、アイトーポの白神・アルビーノ・歌燐への的確 な対処も、突如現れる大量のアイトーポも。


「さくら総合こども病院がアイトーポさんたちの巣窟となっていただなんて…」


「ちがう」


矛盾することを言う宇佐美海月に、白神・アルビーノ・歌燐は、え? っと顔を上げると、そこ には猟奇的な笑みを浮かべる宇佐美海月が宇佐美湊兎の膝から頭を上げ、黒く光る触手の先っぽを覗かせていた。


「巣窟じゃなくて、ネズミホイホイ。カリンは引っ込んでていいよ、ミツキが、殺る」


ポキッ、ポキッ、っと指の関節を鳴らす代わりに触手の先をぐるんっ、と不自然に曲げて準備 をする宇佐美海月。


「お、お待ちください! ミツキさんにそのような事はさせられません。ニンゲンを敵のアヒト から守るのは私の役目です。ですから今回も私がやらなければならないのです!」


殺る気を見せる宇佐美海月を慌てて止める白神・アルビーノ・歌燐。

だが、


「カリンさ、アイトーポを全滅させられるの? 必要最低限の命しか奪わないなんてやり方じゃあ、ネズミはまた湧いて出てくるんだけど、分かってんの?」


宇佐美海月は立ち上がり、二段ベッドに腰掛ける白神・アルビーノ・歌燐に歩み寄ると、透明 な触手で真っ白な顎を持ち上げる。


「…必要と判断した場合はそうします」


「必要なんだって。そろそろ分かりなよ。守れるものは限られる。自分の居場所に居続けたいのなら、敵は徹底的に叩きのめす。覚えておきなさい」


宇佐美海月がまだジュエリー海月だった頃、ジュエリー海月はコニアを殺れなかった。宇佐 美湊兎は知っていた。

ジュエリー海月はあの時だけでは無く、どの戦いでも市民の命は奪わなかったという事を。

それがジュエリー海月の弱さであり、強さであったという事を。


「分かりました。やりましょう」


「ふんっ、口だけじゃダメ。カリンには殺れない」


「いいえ、そうではなく、ミツキさん、アンリーシュ戦です」


「…は?」


「私はミツキさんにアンリーシュ戦を挑みます」


ほほう、と興味深そうに事の行く末を見守る宇佐美湊兎。

宇佐美海月はただただ唖然とす るばかり。


「勝利した方はさくら総合こども病院のアイトーポ達との交戦権を得る。敗者はそれに一切の口出しを禁じる。これなら、私が勝っても本能の赴くまま、アイトーポを一匹残らず叩きのめすでしょう。もちろん、ミツキさんが勝ってもです」


「何言って 「おもしれぇな」


宇佐美海月の言葉を遮り会話に割り込む宇佐美湊兎。振り返った宇佐美海月は眉をひそめる。


「ただし、公平を期すため、ゲーム内容は俺が決める。いいな?」 「そうですね。その方が平等です」


「まって! ミツキはやるだなんて一言も 「怖いのですか?」


珍しく宇佐美海月に挑発をかける白神・アルビーノ・歌燐。

いや、珍しいのは海月が挑発をかけられることだ。

だからカリンの安い挑発に海月はすぐさま飛びつく。


「バカ言わないで。ミツキはカリンなんかに負けない。いいよ、アンリーシュ戦、受けてやろうじゃん」


双方の合意に頷く宇佐美湊兎。


「決まりだな。んじゃ、先に昼飯食いに行こうぜ。今日のメニューは人参スープだ」

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