第10話
決戦の日。
ジュエリー海月はお昼ごろにのんびり攻め込もうと考えていたが、ジュエティア王 からの指令で朝一番に宇佐美湊兎が乗るギャマンクラゲを引っ張って、コニア国へと飛んで 行かされていた。
三つの国を越えて、冷たい風が工場と工場の間をうなりながら吹き抜け、乾いた土を一層乾かして、ようやく作物の栄養を奪っていく貧相な国が見えてきた。
「ふぁ〜あ…、眠い。ったく、面倒くさい。あんな国、まるごと滅ぼしてやればいいのに」
そう言いながら、ジュエリー海月はギャマンクラゲにストップの合図をかけ、ゆっくりとコニア国の北門付近に着地する。
そして宇佐美湊兎を引きずり下ろすとギャマンクラゲにはさっさと帰るように命令した。
「んじゃ、さっさとその秘薬とやらを見つけるわよ。付いて来な」
と、ジュエリー海月は無理やり宇佐美湊兎のリードを引っ張り堂々と北門をくぐった。 その瞬間、弾丸が横殴りの雨のようにジュエリー海月へ一斉射撃された。
「撃て、撃てーっ! ただし湊兎様には当てるなっ!」
ジュエリー海月がコニア国の領土に足を踏み入れたその瞬間から、アンリーシュ戦は開始されたのだ。
コニア国の四つしかない門はもちろんコニア達がジュエリー海月を待ち伏せし ていた。
「はっ、洒落臭い」
宇佐美湊兎を盾にするまでもない。ジュエリー海月は宇佐美湊兎のリードを投げ投げるように捨てると、赤紫色のローブを開いて狂気的な牙とヌルっとした触手を二本出し、全ての弾丸を片っ端から叩き落とした。
鼓膜が破れそうになるほどの弾丸が発泡される音と同じ数だけ、地面に鉄の玉が打ち付け られた。
ジュエリー海月たった一人に圧倒されるコニア達はそのまま三本目の触手を背中から出し たジュエリー海月に、横薙ぎに一掃される。
その内のリーダーっぽいコニアを一人、触手で耳を掴んで引っ張りあげる。
「あんたに聞くわ。秘薬とやらはどこ? 海月、王宮のどこかって情報しか持ってないんだけど」
「そんなの、教えないっ!」
「そ。なら」
ジュエリー海月は四本目の触手を背中から出すと、後ろに突っ立っている宇佐美湊兎の首 に巻き付けた。
「コイツがどうなってもいいんだ」
「くっ…」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるジュエリー海月。
海月には宇佐美湊兎がこのコニア国の 王子である事をもちろん覚えていた。
だが、宇佐美湊兎が王子でないとしても、コニア達の性格からして、己の安全よりも他者を優先させることは分かり切っていた。
なぜなら、コニア達 はみな「自己犠牲ヤロー」だからだ。
だが、 「それでも、教えられん」
チッ、と舌打ちが聞こえたかと思った次の瞬間には、そのコニアは火縄銃を構えるコニアの 群れの中に槍のように投げられ、ジュエリー海月は宇佐美湊兎を掴んだまま疾風のように 駆け抜けた。
誰もジュエリー海月に追いつけない。火縄銃も、捕まえろと叫ぶ声も、前から後 ろへ流れて行くだけ。
雪ウサギが積もった雪に紛れて飛び出てきたかもしれないが、それも 無意味だ。
時には宇佐美湊兎を盾にするようにコニア達に見せつけると、コニア達がたじろ ぐのを面白がってみたり、触手に打たれてバウンドするコニアで遊んでみたりしても、スッと 冷めてただ淡々と王宮に向かって進んでいった。
そして、お昼前にはもう王宮が見えてきた。
もちろん、ここが一番厳重な警備が配置されて いる。
「ふんっ、ザコが集まったところで面白くもなんともない」
「ジュエリー海月殿っ!」
と、王宮の庭に侵入したジュエリー海月を呼ぶ声が聞こた。
その声がする方にジュエリー海 月はガンを飛ばしながら目を向けると、貧相なコニアの中では際立ってたくましい体つきの コニアがハンドガード付きのアサルトライフルを構えて武装した格好で前へ出た。
「私はコニア国国軍大隊長、アルフレッド・バニースター。我が愛国心を持って偉大なるジュエティアの戦士との一騎打ちを申し込みたく存ずる。願わくはアンリーシュ戦内においてこの 決闘の申し込みをお受いただきたい!」
アルフレッド・バニースターが名乗りを上げると、周囲のウサギたちから歓声のような声が あがり、一気にコニア側の士気が上がるのが分かった。
つまり、このアルフレッド・バニース ターという男はウサギの中でもやり手という事だろう。
「ふーん。勝手にすれば」
と言いながらも、ジュエリー海月は宇佐美湊兎のリードを捨てて臨戦態勢に入る。ジュエリー 海月の積み上げてきた戦闘経験からも、このコニアは他の者とは別格だと感じ取れるもの があったからだ。
「では遠慮無く行かせてもらいますぞっ!」
アルフレッド・バニースターは、腰を落としてアサルトライフルを構えると、空を舞うジュエリー 海月を正確に追撃する。
縦横無尽に飛び回るジュエリー海月もその腕前にヒヤリとしながら弾丸を避けていく。
すると、アルフレッド・バニースターは大ジャンプで空中へ飛び出し、至近距離でジュエリー海 月を狙う。
恐ろしい脚力だ。スピードや高さでジュエリー海月に引けを取らないパワフルな空 中蹴りを繰り出してくる。
「キロネックスッ!」
ジュエリー海月は背中から最強兵器である十五本の触手を伸ばし、真上から霧雨のごとく 細い触手を地面に着地したアルフレッド・バニースターに向かって仕掛けた。
ジュエリー海月の最強兵器、キロネックス。
これは、オーストラリアウンバチクラゲの属名で、 世界最凶の毒クラゲと言われている。
現在クラゲ種の中でこのキロネックスの触手を持つ者 はジュエリー海月しかいない。
そして、このキロネックスの攻撃を破った者はいない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
しかし断末魔の叫び声をあげたのはジュエリー海月だった。
キロネックスの触手を引っ込めると、その先が食われていた。
(バカなっ! コニアがキロネックスの毒を食った…?)
「わけが分からないと言ったようですな」
苦痛に顔を歪めるジュエリー海月は目を真っ赤にしてアルフレッド・バニースターを睨みつ ける。
すると、アルフレッドの左腕は、本来あるはずの五本指の代わりに、タートルドが口を開けて、 二の腕にある盾だと思っていたのはタートルドの甲羅になっているのが分かった。
「あんた、一騎打ちって言ったくせにタートルドなんかと組んでたの? クラゲの天敵は毒の 効かないウミガメ。それを知ってて…」
「いいえ、これは私の能力です。ジュエリー海月殿は“コニアとタートルド”の話は知っておら れるかな?」
コニアとタートルド。
それはどの国でも広く知られている昔話で、コニアがタートルドにかけっ こを挑み、のろまなタートルドに楽勝するはずだったところを余裕をかまし過ぎて寝過ごして しまい、コニアがタートルドに負けるという話だ。
「そのくらい知っているわ。だからあんた達コニアとタートルドは昔っから仲が悪く、互いの足 を引っ張り合って現在コニアはビリ国。タートルドはビリ前国となっているのよ」
ジュエリー海月はそう説明しながらキロネックスの触手でアルフレッド・バニースターに攻撃 を仕掛ける。
アルフレッドはそれを悠々とかわし、タートルドの口を触手に向けてくる。
「いいえ、我々は決して特別仲の悪い国同士というわけではありません。むしろ、友好的と言 えるでしょう」
ジュエリー海月は耳を疑った。
そんな話は初耳だ。
上位国であるジュエティアにとって、最下 位層の交友関係などどうでもいい事は確かだが、コニアとタートルドについては有名な話だ と思っていた。
「“コニアとタートルド”には有名な話、コニアが寝過ごしてタートルドにかけっこで負けた。の 続きがあることはご存知ですかな?」 「…興味無い」
「しかし、このトリックにおいては大事なところ。ご存知でないのならお教えいたしましょう」
実際、ジュエリー海月はその続きを知らなかったので、アルフレッド・バニースターの話を聞 いてやることにした。
と言うより、アルフレッドの口をふさぐ余裕がなかった。
「勝負に敗れたコニアは、負けコニアと呼ばれ、コニアの仲間たちから迫害を受けます。そしてとうとう村を追い出されてしまったのです。しかし、風のうわさで故郷であるコニア村が ルーポルに襲われていて、ルーポルはコニアの嫁を寄越さなければコニア村を滅ぼすと言 うことを聞いた負けコニアは村へ飛んで帰り、自分がルーポルをやっつけると言うのです。 負けコニアは、コニアの嫁を連れてきたとルーポルを崖まで呼び出し、見事ルーポルを飛び 蹴りで突き落とすことに成功しました。それからというものこの負けコニアは、村のコニア達 から、英雄コニアと呼ばれるようになったのです」
なるほど、もともと脚力に自身のあった負けコニアは体の大きなルーポルを飛び蹴りで突き 落とせたというわけだ。
「それで、あんたはその英雄コニアだって言いたいわけ? けど、それとタートルドになんの 関係があるのよ。所詮、コニアの内輪では英雄となっても、タートルド側からしたら負けコニ アのままなはず」
「そのとおりです。では、タートルド側のお話をしましょう。勝利を収めたタートルドは、自分は 何でもできるのだと過信してしまい、アキュイラルに頼んで空の高い場所から自分を落とし てくれと頼みます。タートルドは、自分が空だって飛べると思い込んでしまったのです。結果 はやはりタートルドは飛べず、真っ逆さまに急落下してしまいます。そして昔話では残酷な事 に、タートルドは粉々に砕けて死んでしまうのです」
「昔話では?」
「ええ。昔話は教訓のために事実をねじ曲げられることもあります。これは、自信過剰にな ってしまった者を戒める教訓のための昔話です。けれど実際、我々が受け継いできた話で は、奇跡が起こるのです」
ジュエリー海月はこの話がどうコニアとタートルドの友好に結びつくのか興味を引かれつつ も、十五本の触手を彼岸花のように広げ攻撃をしたり、萎めて銃弾を防いだり必死だった。
「負けコニアがタートルドを蹴り落とした崖の真下にコニアの村があったのです。そして偶然 にも、アキュイラルがタートルドを運んだ場所もその崖の近くでした。落下してくるタートルド を崖下から見つけた英雄コニアは、またもその脚力を活かし、落下してくるタートルドを間一 髪、受け止めてタートルドは一命を取り留めたと言います」
「はっ? そんなバカなこと、ありえない! そんなのただの昔話、おとぎ話だっ!」
「ええ、そうかもしれません。しかし、それが元となって私の能力、この脚力とタートルドを受 け止めた左腕が存在するのです」
アルフレッド・バニースターの能力は、今の話にあった負けコニア改め、英雄コニアに基づく もの。だからアルフレッドは驚異的な脚力とタートルドの腕を持つというのだ。
「さぁ、私がアンリーシュにも一騎打ちの決闘ルールにも反していない事はお分かりいただ けたかと」
ジュエリー海月の天敵はウミタートルド。幸運にもタートルドはジュエティアより順位が低く、向こうからジュエティアに挑むことは容易でないため今までジュエリー海月はアンリーシュ 戦を避けてこれたのだが、コニアがタートルドの能力を持っているなど想定外だ。
アルフレッド・バニースターを叩く前にタートルドに触手を食われ尽くしてしまえばジュエリー 海月の形勢は一気に不利となる。
「ライオンズメイン!」
ライオンズメイン、ライオンのたてがみ。
この能力は世界最大級のクラゲ、キタユウレイクラ ゲのもので、ジュエリー海月はその小さな体を幽霊のように透ける体に変えて巨大化させる。
巨大化と共に束になったキタユウレイクラゲの長い触手をしならせて鞭打つ。
これは流石に食えないので、横っ飛びに逃げるアルフレッド・バニースターを追撃。
王宮の柱をボキ ボキと折っていき、中庭付近の建物は倒壊した。
「タートルドなんかに海月は負けないっ! あんたも、いらないっ!」
崩れた建物と触手に追い詰められたアルフレッド・バニースターは、射撃で触手に抵抗を試 みるが、まるで触手の束が銃弾を飲み込むように消えていく。
アルフレッド・バニースターは、崩れてきた柱を、その自慢の脚で蹴り飛ばし、触手の束を柱 ごと押し返した。
ミサイルのように飛んできた柱をまともに食らってしまったジュエリー海月は意識が揺らぎ、 巨大化が解ける。
何一〇メートルも吹っ飛び、建物を貫いた細身はボロボロになっていった。
(このままだと、まずいっ! 海月の役目は、秘薬をジュエティア国に持ち帰ること…)
土埃が舞い上がる中立ち上がり、ケホッとむせながら地面に血を吐き捨てる。
「逃しませんぞっ!」
と、アルフレッド・バニースターが壁を蹴り、真っ直ぐジュエリー海月に突進。間一髪、直撃 はかわすも、伸びた触手がタートルドに食われる。
(もし海月が役目を果たせなかったら、海月はどうなるの?)
脳裏をよぎる、父の冷たい目。失敗は許されない。
(落ち着け。最優先させるのは、秘薬を見つけること。こいつを倒すことじゃない。だったら足 止めで十分っ!)
「クラゲ火!」
ジュエリー海月がその全身をグルっと回転させるようにすると、どこからともなく妖しい火の 玉が現れた。
「やぁぁぁぁ!」
火の玉が数一〇〇も現れ、ジュエリー海月が両手をコニア達に勢い良く伸ばすと、火の玉が 飛んでコニア達の顔に張り付いた。
コニア達が怯んだその隙にジュエリー海月は宇佐美湊兎を置いたまま、中庭から姿を眩ま せた。
このクラゲ火は、本物の火ではなく、幻影であるため傷つける力はないが、顔に張り付くので 目くらましには十分だ。
アルフレッド・バニースターを含め、その場にいたウサギ達は火を剥がそうともがき、ジュエリー海月どころではなかった。
ジュエリー海月は一気に中庭から遠のき、身を隠すため白い扉の部屋に飛び込んだ。
部屋の中は白塗りの壁に、花柄のカーペット、ピンクのベッドが置いてあった。
ジュエリー海月はこの部屋に敵の気配がないことを確認すると、壁からずり落ちるようにして 床に倒れた。
息も絶え絶え、食われた触手はいずれ回復するが、それには栄養が足りない。
このゲームをとっとと終わらせるには秘薬の隠し場所を見つけなければならない。
様々な思 考を巡らせていたその時だ。
「だぁれ?」
誰もいないと思っていたベッドの上から、幼い少女の声が聞こえた。
ジュエリー海月は臨戦 態勢をとり、そっと声の主の姿を確認する。
その子は、小さな白コニアで、大きく垂れた耳に花をいっぱい付けていた。
「もしかして女の子かしら? ねぇ、そうでしょう! この部屋に女の子が来てくれるなんて、 とても珍しいことなのよ。あぁ、私は宇佐美実桃。ミモモって呼んでほしいわ」
見ず知らずを相手によく動く口だ。
ジュエリー海月が圧倒されながらも、警戒を怠らず宇佐美 実桃の様子を観察する。
「ああ、怖がらないで。もしよろしかったら、もっと近くにきてくださらない? その、私が触れ られる位置まで」
罠かもしれない。
だが、そう思った瞬間、ジュエリー海月は宇佐美実桃の桃色の目の焦点が 合っていないことに気がついた。
「あんた、目が見えていないの?」
「まぁ! やっぱり女の子だわ! しかも、とっても可愛い声! ええそうよ、私は目が見え ないの。けど、気にしないで。それでも私達きっといいお友達になれるから!」
一人ではしゃぐ宇佐美実桃。
ジュエリー海月はゆっくりと距離をとりながら、実桃がよく見える 位置まで移動する。
「あら? もしかして、怪我をしているの?」
「していないわ。放っておいて」
「ダメよ。私が手当してあげる。だからこっちへ来て」
そう言うと、宇佐美実桃はベッドサイドテーブルの上に置いてある救急箱から消毒液と包帯 を取り出すと、さぁ。と優しい笑顔を向けてきた。
ベッドサイドテーブルの上には、おそらく召使いを呼びつけるためであろうのベルも置いてあった。
だが、宇佐美実桃はそれには一切触れない。
「私もよく転んでしまうから、救急箱の中身は充実しているのよ。それに、見えていなくたって 包帯くらい上手に巻けるわ。もしあなたが動けないほど酷く傷付いているのなら、私から行くわ」
と言うなり宇佐美実桃は救急箱を床に落として、自分もベッドから転がり落ちるようにして、 手で這ってジュエリー海月に近づいてきた。宇佐美実桃は病で脚が動かないのだ。
ジュエリー海月はそれが何だか恐ろしく感じて、宇佐美実桃が迫ってきても動くことが できなかった。
「さぁ、怪我をしているところを出して。出してくれないのなら、手探りで探しちゃうわよ? 怪 我をしているところを触ってしまったらきっととても痛いわ。さぁ出して?」
こんなに迫られては、ジュエリー海月も出さないわけにはいかない気がしてきた。
それに、宇 佐美実桃は目が見えていないので、もしかしたらジュエリー海月のことをコニアと思ってい るかもしれない。
ここは実桃を騙して治療をしてもらおうと考えた。
その時だ。
白いドアが三回ノックされて、向こう側から兵隊の声が聞こえた。
「ミモモ様、今入ってもよろしいでしょうか?」
このまま見つかっては非常にまずい。ジュエリー海月が力を振り絞って宇佐美実桃から遠 ざかろうとした時、
「男のあなたが女の子が肌をさらけ出しているところを見たいというのならどうぞ」
宇佐美実桃は冗談っぽく言ってみせた。
「い、いえ。ご無事を確認したかっただけですので。失礼いたしました。お着替えのお手伝いをお呼びいたしましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」
「はっ! では、失礼致します」
足音が遠くなっていき、遂に聞こえなくなると宇佐美実桃はクスクスと笑いだした。
「上手く追い返せたわ。私って天才なのかしら?」
とても愉快そうに笑う宇佐美実桃。
一方でジュエリー海月は実桃の手当を受けながら冷や 汗を流していた。
「追い返せたって、あんた私が誰か分かっているの?」
もし、宇佐美実桃がジュエリー海月の事をコニアだと思っているのなら、こんな腕を晒してい るだけの格好でコニアの兵隊を追い返さなくても良いのだ。
なのに、嘘がつけない事を上手く 回避してコニアの兵隊を追い返した。
つまり、実桃はジュエリー海月の正体を見破っている。
「誰かしら? まだ名前は聞いていないはずよ。私待っているんですもの。私と仲良くしてほ しいのに、あとから来た人と先に仲良くなってしまったら癪じゃない? だから追い返しちゃ った」
それを聞いてジュエリー海月はホッとひとまず胸を撫で下ろした。
どうやら、宇佐美実桃は ジュエリー海月がジュエティアだと気づいたわけではなさそうだ。
ジュエリー海月の腕と脚に応急処置を施した宇佐美実桃は、ジュエリー海月が隠していた触 手に手を伸ばした。
「もう大丈夫っ」
それをジュエリー海月は慌てて止める。ジュエリー海月の触手は、そのほとんどが猛毒。
少 しでも触れれば毒牙が刺さり、触れた者を死に追いやる。
「そう? ならよかった。それで、あなたのお名前は?」
なかなかしつこく名前を聞いてくる宇佐美実桃に、ジュエリー海月 は半ば呆れ、
「海月」
と、名前だけを名乗った。
「ミツキ! とっても綺麗なお名前ね! あっ、ミツキって呼んで良かったかしら? 私のこと は気軽にミモモって呼んでね。わぁ、私に同年代の女の子のお友達ができるだなんて、夢みたいだわ!」
キャッキャと手を叩く宇佐美実桃。しかし、ジュエリー海月は眉をひそめ、少し俯いてしまう。
「それは無理よ。海月達は友達になんかなれない」
「えっ? どうし…
突然、宇佐美実桃がそこで酷く咳込んだ。
「えっ? ちょっと、大丈夫?」
「大丈…ケホッ、ケホッ、…大丈夫、よ…」
白い肌を一層青白くして、両手の平を床についてしまった。
あたふたするジュエリー海月。
その時またも、白いドアの向こうからノックする音が聞こえた。
しかし、今度は宇佐美実桃が 何か言える状況ではない。
そして白いドアがゆっくりと開き、一匹の コニアが宇佐美実桃の部屋に入ってきた。
「あんた!」
入ってきたのは、宇佐美湊兎だった。
湊兎は何も言わず、ベッドサイドテーブルの引き出し から薬を取り出すと、水と一緒に宇佐美実桃に飲ませた。
しばらくして落ち着いた宇佐美実桃は、まだ苦しそうに、盲目の瞳を少し開け、自分を支える 手に触れた。
「ば兄…ちゃん?」
「正解だ、妹よ」
宇佐美湊兎と宇佐美実桃は、実の兄妹。
そして、二人ともコニア王の子供。
つまり、王子と 姫なのだ。
ジュエリー海月はこのことを知っていた。
「ば兄ちゃん、どうしてここにいるの? 私の代わりに、ジュエティアさんの所へ行っちゃった んじゃ…」
「おいおい、妹よ。俺が戻ってきて嬉しくないのか?」
いたずらっぽく笑う宇佐美湊兎のその顔は、宇佐美実桃とソックリだった。 実桃はブンブンと首を横に振り、否定を示す。
「ううん、嬉しい! とっても嬉しいわ!」
兄と妹の感動の再会。ジュエリー海月は少し心が傷んだ。なにせ、この兄妹を引き裂いた張 本人は自分なのだから。
「そうだ、ば兄ちゃん。紹介するわ。ミツキよ。さっき知り合ったの」
「へぇ、そうか。それは良いんだが妹よ。お前、何か父上から預かっていないか?」
「え?」
バコーンと、音がして窓ガラスが割れたかと思うと、向かい側の建物からコニア達がジュエ リー海月に向かって射撃を試みてきた。
「くっ、あんたはここで待ってなさい!」
ジュエリー海月は宇佐美湊兎にそう言い残し、白いドアから部屋の外へと飛び出した。
「待って! ミツキ!」
宇佐美実桃が呼び止める声に見向きもしない。
ジュエリー海月と入れ替わるようにコニアの兵隊が部屋の中へ入ってきた。
「お怪我はありませんか、ミモモ様。それにミナト様!? よくご無事で。お二人はここにいて、 あれは我々にお任せください」
そう言い残し、そのコニアの兵隊も去って行ってしまった。
「ば兄ちゃん、ミツキはどうしたの? どうして追われているの?」
「妹よ、ミツキの心はどうだった?」
宇佐美実桃には見えていないと知りながら、宇佐美湊兎は、もう向かいの建物で繰り広げ られている銃撃戦を見せまいと、実桃の顔を自分の方へと向けた。
実桃はニッコリと笑った。
「とっても綺麗だったわ! あんな綺麗な心の持ち主とはそうそう出会えていなかった! けれど、とても寂しそうでもあったの。私と同じ色をしていたから」
少し伏し目がちになって、宇佐美湊兎の耳に触れる。
「ば兄ちゃん、ミツキを助けてあげて」
ジュエリー海月は、追い詰められていた。
まだ傷は癒えていない。
宇佐美実桃の部屋と反対側の建物の行き止まり。
アルフレッド・バニースターが弱々しく鞭 打つジュエリー海月の触手を、左腕の甲羅で軽く跳ね返す。
「ここまでのようですな」
「はっ。何勝手に決めつけてくれちゃってんの? 海月は、まだやれるから」
そう言って、背中から一五本の触手を勢い良く伸ばす。
「キロネックス! この建物ごとぶっ壊してやるっ!」
もはや自滅行為に等しく、無茶苦茶に触手を振り回した。
三階建ての鉄鋼建築物はセメントにヒビが入り、足元が崩れ落ち、行き止まりの壁だった所に大穴が空いた。
その向こうへジュエリー海月は飛ぶと、コニアたちを建物ごと三階から中庭へ向かって張り 倒した。
「撃てっ!」
すると、外で待ち構えていた隊がジュエリー海月に向かって一斉射撃。
大砲や銃弾は兵隊 のものだろうが、石やゴミは一般国民のものだろう。
崩れる建物。
その下敷きになるアルフレッド・バニースター達。
それを見た時、下から撃たれた銃弾がジュエリー海月の背中に直撃した。
そのまま真っ逆さまに落ちていくジュエリー海月。
しかし、一階の高さまでで何とかもちこた え、触手で地面をスタンプして跳躍。
「この殺兵器! あたしらから散々奪っておいてまだ足りないというのかい!? とっとと 死にな!」
しわがれ声の国民がジュエリー海月に投げた魚の骨が髪に絡まる。
それを野犬が水を払う為にするソレのように頭を振ると、クラっと頭痛を感じ、意識がもうろ うとする。
(あーぁ、海月はもう死ぬんだな。これが最後のゲーム。国のため、家のため、友達も作ら ずみんなに嫌われて、海月は死んでいくんだ)
そう思うと、胸の奥に今までずっと押し込めてきた…いや、風呂場で宇佐美実桃にぶちまけ た感情が再び湧き上がってきた。
「ははっ、どうせ死ぬんだ。死ぬんだったら、やっぱり最後のお願いくらい叶えてもらおっかな」
小さな独り言は、群衆の怒号に呑まれ、ジュエリー海月自身にしか届かない。それなら、そ の願いは自分で叶えるしかない。
「キロネックス!」
小さな体から放射線上に、白い地獄の花が咲く。
「みんな、海月と死んで!」
ザクッと、空に浮かぶ白い花びらが散り落ちた。 タートルドが触手をザックリ食らう。
「ジュエリー海月!」
アルフレッド・バニースターがそのまま脚蹴りでジュエリー海月を地面に叩きつける。
「カハッ」
そして間髪入れずに二打目、三打目。
「うがあああ!」
ジュエリー海月も、もうめちゃくちゃに様々な触手を伸ばすが、持ち上げる程の力は残って無 く、ただ触手を地面の上で引きずり回す。
だが、毒牙に触れてはコニアはひとたまりもない。
狂ったジュエリー海月はもう放っておいても死ぬ。
それを見越して退散した。
中庭に誰もいなくなってもジュエリー海月は暴れ回った。
のた打ち回り、這いずり回り、次第 に死にかけの虫ケラのように触手を痙攣させるだけになっていく。
(誰か、誰か)
「助けて…」
冷たい涙が頬を流れた。
しかし、頬を伝いその涙が地面に落ちる前に温かい手がその涙を 拭った。
「海月」
ふと目を開けると、いつもそばにいた大きな耳の少年の姿があった。
口角を上げてジュエリー海月を見下ろす。
なにか言ってやろうと思ったが、口を開く元気も無い。
「海月、行こう。実桃が待っている」
宇佐美湊兎はジュエリー海月を抱きかかえると、アルフレッド・バニースターよりも力強く、優 しく、高く、ジャンプした。
再び戻ってきた、宇佐美実桃の白いドアと花柄の部屋。
「実桃?」
薄めを開けて見えた先の宇佐美実桃は、ベッドの上で白いワンピースを着て座っていた。花をいっぱいつけた長い垂れ耳に、ピンクの瞳。
とても、とても美しい。
「海月、渡すものがあるの」
そう言って宇佐美実桃が首から提げていた紐を手繰り寄せ、先についたクリスタルの瓶を手のひらに乗せた。
「ば兄ちゃんから聞いたわ。海月はコレを探していたって。だから、あげるね」
クリスタルを真っ直ぐジュエリー海月に差し出す宇佐美実桃。
だが、
「もう、いいの。海月は死ぬんだから、もういらない」
「そんな事ないわ。今こそ海月にはこの薬が必要なのよ」
「どういうこと?」
絞り出すような声で尋ねるジュエリー海月に、宇佐美湊兎が答える。
「海月は聞いていなかったみたいだが、この秘薬は不死の薬なんだ。俺達コニアは一〇〇〇 年の時をかけて不死の薬を練り上げる。だが、これはまだ完成じゃない」
「海月、私はもう死ぬの」
突然の宇佐美実桃の告白に、ジュエリー海月はもう何がなんだか分からなくなっていた。
「ねぇ、一つだけお願い。海月、私とお友達になって? お友達になってくれたら私、もう少し 頑張って生きられる気がするの」
宇佐美実桃は、笑顔でそう言った。
実桃の言葉と笑顔に、ジュエリー海月は混乱する以上に落ち込んだ。
「意味が分からない。実桃は何を言っているの? そんなの無理。だって、実桃は知らない けど、海月はジュエティアなんだ。それと、実桃の兄、宇佐美湊兎に酷いことをしてきたのも 海月。こんな海月と実桃が友達になんてなれっこない」
ジュエリー海月は、自分がジュエティアであり、奴隷である宇佐美湊兎の主人であることを打ち明けた。
黙ったまま死んでしまうのは、ずるい気がしたからだ。
それに、そんな相手を宇佐 美実桃は助けたくなんか無いだろう。
ジュエリー海月は、実桃に後悔してほしくなかった。
自分の命より、実桃を後悔させたくなかった。
しかし、実桃は精一杯ベッドから身を乗り出し宇佐美湊兎の腕の中でだらりと垂れた頭を手 探りで探し出すと、その額と額を合わせた。
「ジュエティアさんはとっても綺麗な種だって聞くわ。あぁ私わかるの。海月はその中でも特別 に綺麗なジュエティアさんだって。だって、海月はとっても綺麗な色をしているんですもの!」
ジュエリー海月は桃の香りを感じながら目を閉じ、そのまま意識を失った。
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ジュエリー海月が目を開けると、満点の星空が見えた。
(ここは?)
勢い良く体を起こすと、花びらが舞って、自分が花畑の中に寝そべっていたことを悟った。
そして、体を起こした正面には、宇佐美湊兎が花畑に刺さったクリスタルに片手を添えて立ち尽くしていた。
しばらくその姿を見つめていても、宇佐美湊兎は動かなかった。
「ねぇ」
ジュエリー海月は堪らずに声をかける。
「起きたのか」
宇佐美湊兎は振り返らずに応える。
「ここはどこ? なんで海月は生きているの? ゲームは? 実桃はどうなったの?」
いろんな疑問が溢れ出てくる。
「まぁ慌てるな。ここはコニア国、俺達の秘密の場所だ。誰も来やしないさ」
冷たい風は花びらを舞いあげ、星の光と混ざり合う。
今夜は満月だ。
「海月は不死の薬を飲んだから助かった。不死の薬をジュエリー海月が手に入れた時点で ゲームは終了。ジュエティアが欲しがっていた秘薬はジュエティアである海月にちゃんと渡 ったのさ」
不死の薬を飲んだ。
という事は、ジュエリー海月はもう死なない体になってしまったということ。
驚きはしたが、不思議と今はそんな事どうでもよく感じた。
「でも、不死の薬はまだ完成してないんじゃなかったの?」
「ああ、そうだ。さっき完成したのさ」
ジュエリー海月は嫌な予感がした。
宇佐美湊兎の目の前にあるクリスタルは何なのか?
「ねぇ、実桃はどこ?」
宇佐美湊兎はその質問には答えない。ゆっくりとジュエリー海月の方へ顔を向ける。
その顔に涙は無かった。
「実桃の命はもう長くはもたなかったんだ。だから、実桃の命は永遠の命を作るために使っ た」
宇佐美湊兎は手のひらを開き、クリスタルの小瓶を見せた。空っぽになった小瓶を。
「不死の薬の完成には、あと一匙、一つ分の生命エネルギーが必要だった。宇佐美実桃は その最後の一匙になったんだ」
宇佐美湊兎はクシャッとクリスタルの小瓶を握り潰した。
粉々になったクリスタルは宇佐美湊 兎の皮膚を破り、湊兎の手の中から一筋の血が流れた。
「まって、待ってよ」
ジュエリー海月は自分が震えていることに気が付かなかった。
「実桃は海月のために死んだの? コニアを蔑ろにし、宇佐美湊兎を虐げてきたジュエテ ィアを命をもって助けたっていうの!?」
「そうだ」
「なんでよっ! 自分の命がもう少ないからって、そんな事するなんて、そんな死に方を選ぶ なんて、不幸だっ! 宇佐美実桃は不幸な死に方をしたっ!」
傷も全く痛くない。
それもそのはず、花を透かし、星を映す触手は傷一つ無く綺麗に伸びて いた。
その触手は、宇佐美湊兎に胸ぐらを掴まれた勢いで揺れる。
「じゃあ!」
宇佐美湊兎は、今まで見たことのない真剣で、怒りに満ちた瞳でジュエリー海月を目と鼻の 先数センチの距離で真っ直ぐ睨んだ。
「海月は幸せになれ! 実桃の命を絶望の幕切れのために使うな! この不死の薬は、世 界一の不幸を感じた時に効果を失い、海月は死ぬ! だが、海月はそんな絶望の幕切れを 迎えるな!」
ジュエリー海月をおろした宇佐美湊兎はジュエリー海月に説明した。
「この不死の薬は別名、不幸の薬。永遠の命とは名ばかり。一〇〇〇年前に同じように不死 の薬を飲んだ者は、周りの仲間が次々に老いて死んでいき、孤独を感じ、自分は世界一の 不幸者だと感じた瞬間に死んだのだという」
「じゃあ、無理じゃない。海月が死ぬためには世界一の不幸者にならなくちゃならないんじゃ ない」
「そんな事、俺がさせない」
「じゃあ、海月はずっと死ねないってこと? ずっとずっと、一人のまま生き続けなくちゃなら ないの? 海月は、実桃とも友達になれなかったんだよ」
最後まで宇佐美実桃は、ジュエリー海月と友達になろうと言ってくれた。
それなのに、海月 はそれに答えられなかった。
それが、悔しくてならない。
「いいや、方法はある」
宇佐美湊兎は、ずっと向こうの空に開いた、地球へと続く大穴を指差す。
「あの向こう側には、生命エネルギーを吸い取る力があるニンゲンがいる。そいつに海月の 命を吸わせれば、不死の薬の効果を騙せるかもしれない」
「は? どういう事? もっとちゃんと説明して。というか、それどこ情報なわけ? あんたあの 向こう側になんか行ったことないでしょうが」
宇佐美湊兎はニヤリと笑うと、大きなウサ耳を持ち上げた。
「俺はコニアだぜ? コニアは耳がいいんだよ」
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