戦車は野を轟かせ

スヴェータ

戦車は野を轟かせ

 朝から轟音が荒野を覆う。もう何の音だか分からない。土、鉄、銃、爆薬。とにかく、あらゆる戦争の音だ。その中を俺は戦車に乗って走る。毎度「これが最後だ」と思っているが、運が良いのか悪いのか、未だに「最後」は先延ばされている。


 まだ何も口にしていなかったから、戦車を降りるなりパンとスープをもらった。少し高いところを探して座り、双眼鏡で遠くを眺める。戦友の死体が1、2、3、4……。見知った顔もある気がする。アイツらは朝食を摂らずに死んだ。良かったよ。このスープ、ほとんど味がないから。


「何を見ている」


 その厳めしい声に上官かと思い、ドキッとして振り向く。しかし声の主は、ドミートリィ。同期の親しい友人だった。


「驚かすなよ。心臓が跳ねすぎて死ぬかと思った」


「驚いて死ねるなら良いじゃないか」


「確かにそうだ」


 ドミートリィは俺の双眼鏡を横取りし、同じように遠くを眺めた。


「あれはセルゲイじゃないか?」


「そうかもな。よく見えないけれど」


「かわいそうに。アイツ婚約者がいただろう」


「ああ、美人だったよな。かわいそうに」


 パンを齧りつつ喋る。ドミートリィから双眼鏡を奪い返し、また覗く。やはり、あれはセルゲイらしい。ため息を吐きつつ、双眼鏡を離した。そして雲ひとつない空を見上げ、古い歌を口ずさんだ。


「На поле танки грохотали……」


「おい、止めろよ。聞かれたらどうするんだ」


「誰もこんな古い歌知らないさ。それに、ぴったりじゃないか。セルゲイに」


 戦車は野を轟かせ。もう300年は昔の歌だ。どうして300年も昔の反戦歌が現代にぴったりなのか、俺には全く分からなかった。この300年、祖国は、世界は何をしていたのか。どうして我々はまた戦車に乗っているのか。何もかも、全く分からなかった。


 号令がかかる。俺たちは駆け足で集合し、怒鳴り散らす上官の指示を聞いた。進め、進めとそればかり。「止まれ」や「振り返れ」は教わってこなかったのだろう。少なくとも俺の世代はそうだ。上官とは20ほど歳が離れているが、きっと同じ。前進しか教わっていないに違いない。


 戦車に乗り込む。進み出すとやはりやかましい。どうせ誰にも聞こえないのだからと、俺は再びあの古い歌を口ずさんだ。


 1番を歌う。若き司令官が頭を撃ち抜かれるというもの。歌い切ったら、その通りになった。2番を歌う。鉄塊が戦車を打ちつけて4人死ぬというもの。歌い切ったら、その通りになった。


 3番。弾薬が爆発しそうになるも這い出す力がないというもの。歌い切ったら、その通り。4番。破片の下から引きずり出されて最後の旅路につくというもの。歌い切ったら、その通り。


 歌い切るたび、歌詞と同じ光景が右や左で繰り広げられた。俺が殺しているのか?いや、ただの錯覚だ。必死に言い聞かせたが、俺が歌ったせいで戦友が死んだと思えてならなかった。


 目的地に着く。今回は特に厳しい道程だった。戦車隊は半分とまではいかないが、かなりの数がダメになったらしい。ドミートリィを探すが、その姿はなかった。


 そういえば、ドミートリィにも婚約者がいたっけ。あまり美人ではなかったが、実に美しい声なのだそうだ。音楽で大学まで行き、今は歌手。あの教養のない男が300年も昔の歌を知っていたのは、彼女のおかげだった。


 あの歌を口ずさんだばかりに、ドミートリィは死んでしまった。どこだったのだろう。1番ではない。アイツは司令官じゃないから。2番、3番、4番……。俺は頭を抱えた。そして歌ったことを後悔した。俺が戦友を殺し、その婚約者から最愛の人を奪ったのだ。もう取り返しがつかない。


 この歌は7番まで続く。5番は近しい人に戦死を知らせる電報が届くというもの。6番は両親が悲しみ、婚約者は最期の様を知る由もないというもの。そして7番。軍服の自分の写真は埃を被り、過去になってしまうというもの。


 ゾッとして、しばらく考え、替え歌をすることに決めた。俺の歌った通りになるのだろう。それなら、生き返らせる歌詞にする。こうして俺は5番でセルゲイとドミートリィを甦らせ、6番で戦争を終結させ、7番で彼らの幸せな結婚生活を歌った。


 それを歌い続けて、もうすぐ半年。スープの味はますます薄くなり、パンの量は半分になった。セルゲイも、ドミートリィも姿を見せない。そして戦争も、終わる気配がない。どうやら替え歌はうまくいかなかったようだ。


 俺はというと、今まさに3番のような状況。戦車は炎に巻かれ、弾薬に火が回るのも近い。しかし、這い出す力がない。木っ端微塵になるのを待つだけ。ああ、終わってしまう。やはり、生きたい。終わらなくていいから、生きたい。


 これは安易に歌った俺への罰なのだろう。替え歌をしても無駄だったことを含めて、きっと。頭上から不穏な音がする。熱さにも耐えられなくなってきた。そろそろ俺の「最後」だ。訳も分からず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


 最期の少し前、俺はどうしてあの時ばかり妙な力を授かって戦友を殺してしまったのかを考えた。しかし結局何も分からないまま、俺は爆発音とともに四方へと散った。

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