二章 孤狼なりしや花喰う君
その1
向かう
四角く区切られた土地には、
桜子は南にある承明門で輦を降りて、
広い前庭を歩き、桜と
これは
姫君が
味気ない禊の最後に、桜子は中宮に次ぐ高位である『女御』という位階を
さらに、
「私の殿舎なら、ここの
「台盤所、でございますか」
桜子の何気ない一言に、
数多くいる
典侍は、
「許されません。台盤所に立つのは、下級女官の
「働く人の
「それでも、なりません。この典侍、左大臣家の北の方様より、桜子様を決して台盤所に近づけぬように言いつかっております。宮中での心得をお
もしも
この典侍を宮仕えに採用したのは、他でもない母である。おおかた、厳しいお目付役がいれば、さすがの桜子も台盤所に立ちはしないと思ったのだろう。
(母様は、最初から、料理を
しかしながら、宮中料理がこの国で作られる食事の見本であることは事実だ。
「分かったわ。
物分かりのいい
(ちょっと胸が痛むけど……)
桜子は
「ふわあ。今日は朝から気を張っていて
「では、
「ええ。ありがとう」
目を閉じると、几帳を立てかけた女房と典侍の足音が遠ざかっていく。
几帳から顔を出して、そうっと辺りを
(今のうちだわ!)
桜子は
夏に過ごしやすいように風通しよく作られた屋敷は、絹の
「ここの台盤所に近づけないのなら、他の殿舎を使うまでよ」
七殿五舎のうち、
それ以外の殿舎は、主を持たない空の屋敷だと聞いている。
麗景殿の北にある
先日から暖かい日が続いたせいか、
目を
まっすぐな
唇からこぼれて、ひらひらと
──花びら?
膳に盛られていたのは料理ではなく、白梅や黄色の
(どうして花なんて食べてるのかしら。まさか、花の精だったり?)
立ったままで夢でも見ているのだろうかと、桜子は額に手を当てた。
思い返せば、朝から重たい十二単を着付けられ、両親への別れの
体力は
「こんな調子で、ここでやっていけるかな……」
「あらぁ、桜子さまのお姿がないわぁ」
母屋の方から聞こえた女房の声に、桜子は、はっと我に返った。高欄を見ると、青年の姿は膳ごと消えていた。あとに残るのは、季節外れの花ばかり。
「……なんだったのかしら……」
「かくれんぼですかぁ、桜子さまぁ」
「はいはい! すぐに行くわ!」
桜子は大急ぎで母屋へと
その日の夕方に出された食事は、やはりおいしくなかった。半分も食べずに下げさせてぼんやりと唐の料理に思いを
「桜子様、すぐにご準備を! 東宮様がお
「へ……。ちょっと、何っ!?」
桜子は、わらわらと集まってきた女房によって
母屋へ戻ると、昼間は使われていなかった
(こ、ここ、これって……まさか!)
「婚儀はまだでしょう!?」
「婚儀というのはいわゆる儀式。
「
「語れば長くなりますが。わたくしは内侍司で働いていたその昔、この蝙蝠を振りかざして女官を取りまとめる様から『
「宮中って、そんな
どん引きしていると、
「もう来ちゃったの!?」
もはや心の準備どころか、
唐の料理を認められたい一心で入内してしまったが、名目は東宮の妃になるため。いつかこうなることは頭の
桜子の心など
(東宮様は
不安に
──花の精だわ!
武官に前後を
昼間よりも
ばちりと視線が合った気がして、桜子は顔を
美しい。それだけではなく、なんだか
切れ長の目は、高名な
足を止めて一呼吸おいた東宮は、
「準備がいいことだ。左大臣も、右大臣も、娘を差し出せば、
(え……?)
「どんな
顔合わせには
(誰も愛さないって……。入内話は、東宮様が望んだものではなかったということ?)
可能性はある。入内の
「富だけは約束されたこの場所で、せいぜい
東宮の体がふらりと
「どうなさったの!?」
肩に寄りかからせて支えると、東宮は
「
「きゃっ」
強く肩を押された桜子は、その場に
手を貸そうとした従者を振り
「……どうして、あんなにお瘦せになっているのかしら……」
「
「
「……少々、食が細いだけでございます」
帯刀は、
「本来ならば、明日が正式な顔合わせです。入内してきた姫君と東宮様が挨拶もしないとなれば、左大臣家に
「そうですね……」
再びあの殺気に当てられると思うと、桜子の
東宮は、
「顔合わせに来てほしいです。いくら食が細いといっても、あそこまでお瘦せになっているのは心配ですわ。私から、もっと食べてくださるように説得してみます」
どうせ
「お
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