第412話

 回転を始めた二十四の頂点を持つ星型。

 その回転が速さを増していき、そしてそれはいつしか円となる。

 2次元的な動きをしていた陣が次第に回転に角度をつける。

 ゆっくり、しかし確実に、その円は球へと姿を変えていく。


 物理的に存在することがありえない“完全なる球体”。しかし、それは元の世界での話。 この世界では存在する。いや、過去に一度だけ存在した。

 その球体が起こしたこと、それは天界と魔界、この世界に隣接する2つの異なる次元の完全消滅。

 今その完全なる球体を、始まりの勇者の加護を用いて再現したのだ。


「これはお前もしらないだろ。なんせ、人類の最盛期、その“文明すべて”を対価にたった一度、拳程度の大きさのものを召喚したきり、この世界にその姿を表したことはねえんだからな」

 

 空間を遮断なんてレベルではない。

 圧倒的な力の壁は空間も次元も、世界の壁さえも凌駕する。

 その証拠に、始まりの勇者がどれだけ剣を叩きつけようが、そのすべてが回転に飲み込まれ、球体の力の一部になる。


 攻撃も声も、もう何も届くことはない。 

 

「砕けろ」

 

 回転に飲まれるように、勇者の体が端から粉になり、球体の回転に飲まれていく。

 それに気がついた勇者は更に激しく暴れ出すが、ついには両足が膝から下が粒子に変わり、残すも左腕のみとなった。

 

 2つの世界を崩壊させた力の塊。そんな物の中に閉じ込められたのであれば、さすがの始まりの勇者といえど助かる術はない。


 ―――とまあ普通のやつならそう思うんだけどさ、俺は知っているんだよね、一回の戦闘で“三回”も覚醒した怪物の、その個性の名前を。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!」


 あの物腰の柔らかい男の声とは思えない程に、荒々しい雄叫びが周囲に響き、同時に、天使と悪魔の戦いを終わらせた最強の兵器が砕け散る。


「これで二回目」

 

 名称型個性はその殆どが元となる“逸話”が存在する。 

 賢者や狂戦士、守護騎士などの名称型個性にはそれを形作る賢者として名を馳せた人物の伝説や、瀕死の状態から百人の英雄と渡り合った狂戦士など、その逸話のもとになった存在の力や、象徴などを個性として受け継ぐ事ができる。

 

 しかし、この世界に“勇者”として名を馳せた人物はこれまで存在していなかった。

 正確に言うとすれば、“勇者であるが故の逸話”は存在していたが、“勇者としての逸話”は存在していない。

 

 誰も彼も勇者という名に“相応しい”活躍であった。だからこそそれは“勇者の逸話”にはなり得ない。

 逸話とは読んで字の如く“枠組みを逸脱するほどの大業”である。

 ふさわしい程度の活躍が“勇者の逸話”を生み出すはずがないのだ。


「はぁ…はぁ…はぁ………これは、予想外だね。君のことを侮っていた事を謝罪させてもらおう」


 そう言いつつ振るわれた剣。

 到底届かない位置から振るわれた剣だが、俺はその場から飛び退き無様に地面を滑る。


 その直後、ディバインブレイバーと呼ばれてた剣閃。それがこともなげに振るわれた一撃から生み出される。


 先程までのタメも、力みも無く生み出された力の濁流。

 1度目の覚醒後から比べても力の桁が一つ跳ね上がっていやがる。

 これこそがあらゆる理不尽を、より理不尽な力でねじ伏せた怪物の真骨頂。

 絶望の壁が高ければ高いほど、より高く、より強くなってその壁を乗り越える存在。それでこそ勇者であり、その勇者の起源となった存在。


 モンテロッサはもう動けない。奴の覚醒は最低でもあと2回。バ神崎のやつが3回目のの覚醒をしたというのなら、この男はそれを超えてくる。

 そんな状況で、俺たった一人。


「………どうして笑っているのか、聞いてもいいかい?」


「んあ? あぁ、そうか、笑ってたのか俺」


 口元に手をあてがい、自身の口角が確かに上がっていることを確認できた。


「なんでだろうな。マッカランがいて、キルギスがいて、そんでモンテロッサや他の奴らもいて、強大な敵に立ち向かう的なさ、なんだかまるでアンタみたいな“ホンモノの勇者”ってやつになれたみたいに思っちまってな」


「なぜ、“逆”なんだい。君は仲間とともに戦うときその顔はしなかった。どうして仲間が倒れたった一人になった今、君はそうして笑みを浮かべるんだ」


「まぁ最後まで聴きなよ勇者様。やっぱ俺は勇者じゃねえんだなってよ。俺が背負うには重すぎるんだわそんなもの。俺はいつも通り一人で自分のために戦うのが向いてるってわかっちまってよ。一人になって、改めてそれを自覚した時にさ、俺安心したんだわ」


 地面に剣を差し、俺の話に耳を傾ける勇者。さっすが勇者様。隙あらば自分語りに付き合ってくれるなんて本当に優しいと言うか馬鹿というか学習しねえな。

 俺がただ馬鹿みたいに自分語りしてるように見えてるのかねこの勇者様は。


「さてと、んじゃ始めるか」


「そうだね。あの人―――薬屋からも君の全てを正面から叩き潰せと言われているからね」


 そう言って地面に刺されていた剣を引き抜いた勇者の前に、一つの弾丸が転移された。

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無能勇者の異世界浪漫遊譚 不可説ハジメ @abcabcabc

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