きみに会うための440円

ぴおに

おもいで

「しょーちゃんはいい子だねぇ、おこづかいあげようね」


 そう言ってばーちゃんはいつもおこづかいをくれる。


「ばーちゃん、じゅーえん4こと、ひゃくえん4こちょーだい!」


 そう言って僕は両手の指を4本ずつ出してねだる。


「え……?そんなに?」


「うん、おねがい!」


 ばーちゃんはしかたなく言われたとおり出すと


「お母さんにはナイショだよ」


 と、すぐバレちゃうのにいつも言う。

 僕はおこづかいを握りしめて二階へ走り出した。




「かーさん!じゅーえん4ことひゃくえん4こあるよ!かめじろーのとこ、いこ!」


 母さんは僕の手のひらに乗ったおこづかいを見て、眉間にシワを寄せた。


「そのお金どうしたの?」


「かーさんにはナイショなの!」


「またおばあちゃん……」


 きっとばーちゃんは一階で肩をすくめていた事だろう。


 僕は母さんの顔を覗きこんで言った。


「いける?おうちがびんぼーにならない?ごはんたべられる?」


 母さんは吹き出した。




 僕は毎日のように亀次郎を見に行きたいと言っていたらしい。とにかく亀次郎に夢中だったことは覚えている。乗り物も好きだったから、バスで行きたがったらしい。

 僕はまだ小さいからバス代がかからないけど、母さんは440円「じゅーえんが4ことひゃくえんが4こ」必要で、毎日見に行ったら「おうちがびんぼー」になって「ごはんがたべられなくなる」と言われていた。「おうちがびんぼー」の意味がわからなくて、たぶん怪獣かなんかの名前と勘違いしていたと思う。家族がみんな怪獣になってしまって、怪獣の主食はご飯じゃないから食べられなくなるんだと思っていた。

 内容は全然違うけど、子供なりに毎日は行けないんだと理解していた。



 バスが到着すると、人垣をすり抜けて僕は一番先頭でドアが開くのを待つ。


「あっ、しょーちゃん!行っちゃダメでしょ!」


 小さい僕は難なくすり抜けられるけど母さんはすり抜けられないから、一番前に行くのは止めてと何度も言われていたのに、バスが到着すると居ても立ってもいられない僕はすぐに約束を破ってしまう。

 そして扉が開くとタンと飛び降り「だああああああっ!」と言いながらバスターミナル側道のカーブを走り抜け亀次郎の池へ向かう。


「しょーちゃん待って!」


 母さんは人混みを掻き分けながら僕を追い掛ける。

 ぶつかったり転んだりしないかヒヤヒヤするし周りの視線は痛いし、本当に大変だったと母さんはやっぱり愚痴っていた。




「かーさんみて!かめじろーいるよ!」


「かーさんみて!かめじろーおよいでる!」


「かーさんみて!なんかでてるよ!うんち?」


「かーさん!かーさん!」


 興奮した僕は、小さな手で母さんの手を引きながら、亀次郎を指差して大きな声で言う。


「はいはい、見てますよ」


困ったような顔で

でもちょっと嬉しそうに応えた母さんの顔を

僕はよく覚えている。




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