第55話「鈍感なの鋭いの」
「結論から言うね。
「はい、ありがとうございます。ところでその、ガルシアさんは……?」
シルヴィの私室。机を挟んで相対する部屋の主は、紅茶のカップを手に持て余しつつ相手の顔を窺う。エスは口を潤す程度に紅茶を飲み込むと、いつも通りのへらりとした笑みで答えを返した。
「お嬢さんの精神的ボディーブローが効いたみたいだね。いやあびっくり! オレもナハトから報告受けた時は驚いちゃったよ」
「ぼ、ボディーブローって、そんな」
「貴女は無自覚だろうけどね。……そっかー。オレ、てっきり相思相愛なのかと思ってたんだけどな〜」
なんならオレも立候補しようかなあ。
そんな軽い一言はさらりと流され、シルヴィは紅茶をゆっくり飲み込む。エスは一瞬だけ表情をくしゃりとさせるが、すぐにまた笑顔へと戻った。部屋の主はカップを机に置くと、目を瞬かせてから彼に微笑む。
「冗談はさておき」
「お嬢さん鈍感なの鋭いのどっちなの?」
「えっ、そりゃもう鋭いに決まってるじゃないですか! 私知ってるんですからねー」
思わず零したエスの問いに、間髪入れずに反応したシルヴィ。背筋を伸ばしてドヤ顔をキメると、人差し指を自身の口元にやってニヤリと笑う。
「アグネさんはガルシアさんのこと好きなんですよ! 間違いありません」
「うんそれはうん、そうだね」
誰が見てもわかるよね。本人も言ってたしね。
エスはジト目で少女のドヤ顔を見つめた。可愛いけどなんかこう違う。いやいいけど。心の
「んーと、とにかく。これからまたガルシア様とお嬢さんは王様に呼ばれると思うよ。いよいよ何か仕事が回ってくるのかも」
「お、お仕事……! 頑張ります」
「うんうん、頑張ろうねー」
エスはガルシアの恋路を応援している訳ではない。訳ではないのだが。
ちょっとガルシア様大変そうだな、と同情しつつ、一気に紅茶を飲み干した。
ーー★ーー
一方その頃ガルシアの私室。ナハトはエスと同様の報告を終えると、我慢の限界と言わんばかりに目を釣り上げた。視線はベッド中央、毛布に身を包みこんもりと丸まっているガルシアに向かっている。
「おいこのクソ魔道士! いい加減起きやがれ!」
「帰れ」
「言われなくても帰んだよ! チッ、腹立つ……あー、帰れって言われたらもうちっと居座りてえ気分になってきた! やっぱ帰らねえ!」
ナハトは憤然と部屋に押し入ると、ベッドの前の床に勢いよく座り込んだ。ふかふかの赤い絨毯の上で胡座をかき、鬱陶しげに隊服の装飾品を手で払う。
ガルシアはもそもそとベッドの端に這い寄ると、ちらりと目元をナハトの方に覗かせる。お互いの鋭い眼光をバチバチと拮抗させた後、また隠すようにして布団を覆いかぶさった魔道士に兵士がキレた。
「アンタホンットになんなんだよ腹立つなあ!! 掛け布団寄こせオラッ!」
「無理、本当無理」
「あっ魔法はずりーぞ!」
むいむいっと布団を引っ張るナハトに対し、ガルシアは力魔法で対抗する。あくまでも布団が引き千切れないように繰り広げられるこれは接戦だ。
ナハトの額に青筋がくっきりと浮かび上がった刹那、ガルシアが魔法を解いた。拮抗していたはずの掛け布団はもちろん、ナハトは思い切り後ろにずっこける。
痛む後頭部を抑えつつ、彼はベッドの上で膝立ちをする魔道士に涙目で訴えた。
「な、何しやがる!」
「忘れてた」
「あ!?」
先程までのいじけようは一体何だったのか。ガルシアは壁に掛けてあった自分のマントを羽織ると、ナハトを無視して身なりを整える。
ガルシアの脳内では、アグネの騒動の時の記憶が再生されていた。
甘ったるい魔力に淀む城。勇者の血族である王が机に凭れている様子。倒れている侍従の数々。
そして。
「ナハト」と相手の方を見ずに呼んだガルシア。目を釣り上げたままの兵士は立ち上がり、不満そうに「なんだよ」と魔道士の後頭部を睨む。そんな気配をもろともせず、ガルシアは落としていた視線を上げた。
「エス、何処にいるか知ってる?」
魔物の魔力を"浄化"した兵士、エス・ドランゲル。
ガルシアは目を細める。
「エスは……もしかしたら」
その先に続くであろう言葉の真相を確かめる為、ガルシアは重い扉を押し開けた。
復活した黒魔道士様に求愛されてます。 小鳩 @kobato_poppo
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