第54話「フラレてないもん!」

「ぶえっ」


 突如起きた腹への衝撃に、意識が覚醒する。ナハトは勢いよく立ち上がると、キョロキョロと辺りを見回して混乱した。彼同様に目を覚まし呆然とする兵士や、未だ眠っている侍従などが周りに点在している。


「お、俺っ、なんで訓練所で寝て……?」

「おはようナハト」

「ああおはよってエスお前⁉ おいこれどうなってんだよ痛っ」

「どうどうどう」


 手刀でナハトの額を叩いたエスは、スッと目を細めて微笑む。ナハトは訝しげに顔を歪めつつ、じんじんと痛む額を手の甲で抑えた。


(さっき腹殴ったのコイツか)


 後で痣ができていないか確認しなければならない。ナハトは先のことを案じて吐息を漏らしたが、即座に思考を切り替えた。何故自分は、そして周りの人々も眠っているのか。エスが知っているとは限らないが、聞く相手が彼一人に絞られているのだから致し方ない。何度か深く呼吸をして、慎重に言葉を選ぶ。


「あんたは何か知ってるのか」

「まあ、ちょっとね。魔物が侵入してきたんだ」


 エスはさらりと言ってのける。ナハトは口をあんぐりと開けると、眉間のシワを深くさせた。言い募る勢いで足が一歩前に動き、運び途中で落としてしまったのであろう荷物を踏みつけてしまう。


「それって大丈夫なのかよ!」

「だーいじょうぶ! こっちには頼れる黒魔道士様が居らっしゃるからねー」


 黒魔道士。先輩兵士の指す人物は、否が応でもわかってしまう__ガルシアのことだ。

 シルヴィへのしつこさを嫌煙すれど、その実力はナハトも認めざるを得ない。確かにあいつなら何とかできるんだろうと思うと、握った拳に力が入った。

 エスはそんな新米の姿を見て眉を下げる。


「ガルシア様は凄いよ、あれは才能だ。でもナハトだって」

「下手なフォローすんなうぜえ」

「まあまあ。ナハトはまだ発展途上なんだよー。努力は必ず報われるとは言い切れないけれど、絶対役に立てる場面は来るって! 今はまだその時じゃないだけさ〜。オレはそう信じてる」

「フン……そりゃどーも」


 ナハトは口をすぼめて俯いたが、小さく感謝の言葉を零した。反抗的な態度にやや難はあれど、こういうところがあるから憎めない。エスは彼の背中をバンバン叩き、床に落ちていた荷物を一つ残らず担ぎ上げた。その素早い動きにナハトは目を瞠り声を上げる。


「それ俺の仕事だぞ」

「へっへー、もーらい。これはオレが運んじゃうから、ナハトは可愛い幼馴染の様子でも見て来たらどう? ちなみに場所は王様の執務室〜」

「なっ……ありがとな! 頼んだ!」


 言うが早いか駆け出したナハトを横目で見送り、荷物を肩の上に担ぎ直す。訓練所の人々が全員意識を取り戻したことを確認して、エスはふぅ、と息を吐いた。


「さてと。この荷物は何処行きかな?」




 ーー★ーー




「失礼します! シルヴィ無事か!」

「何よぉウルサイわねぇ」

「ガルシアさん機嫌直してくれませんか!」

「無理……まだ無理……」

「あーあーどーすんだよ女ァ」

「ふむ、状況が一向に掴めん」


 一言で言っちまえば、カオス。俺は一瞬白目を向きかけたが、咄嗟に頭をブンブンと振って気を持ち直す。

 見知らぬ派手な女が部屋の中央であぐらをかいており、ガルシアは部屋の隅でシルヴィに慰められて……いるのか? わからん。わからんが、非常に気に食わん。それとシルヴィをおちょくるような言動をする、品行方正とは言い難い男。部屋の主である王様は、自身の机上で手を組んで固まっている始末だ。見習い兵士という身分でアレなんだが、果たしてこの国の行く末は大丈夫なんだろうか。芽生えかけた忠誠心がぐらつくのを感じる。

 とりあえず、肺いっぱいに空気を吸い込んで……怒鳴った。


「あんたら、何してんだーーーッ!!!」


 最初に反応したのはシルヴィ。ガルシアの背を撫でながら、俺の方を向いて困ったように眉尻を下げる。


「ええと、ガルシアさんがアグネさんをフッたから、なんでですかって聞いたら落ち込んじゃって」

「はあ!? フラレてなんかないわよぉ!?」


 幼馴染の言葉に噛み付いたこの知らない女がアグネとやらなのだろう、一般的に可愛いとされるであろう顔面をこれでもかと歪めている。台無しじゃねえか? 地雷女の気配さえしてきたが。床をべしべし叩きながら反論を述べる。


「フラレてないもん! せっかくお城の奴ら全員オトせたのに! あとちょっとでガルシアとくっつけたのにぃ!」

「犯人お前かよ」


 なんともあっけないこった。俺らがこうして活動を再開できて、犯人がベソをかいてるところからして騒動は一応終わりを迎えたみたいだが。

 推定今回の功労者であるガルシアは落ち込み具合がハンパないようだ。いつもならシルヴィにセクハラを仕掛けるんだろうに……既に仕掛け済みか? なんにせよ、様子がおかしいことは確かだ。

 王様は表情にこそ出ていないものの、先程の発言からして未だ戸惑っているらしい。つまり、俺と同じく地雷女の魔法か何かにあてられたのだろう。


「うし、状況整理終了」

「俺のこと無視してねぇ? このクソガキ」


 なんだこいつ。見た目同様ガラの悪い言葉遣いだ。あまり人のことは言えないが流石の俺もこいつほどでは無い。おそらく。

 地雷女と似た雰囲気を持つこいつもきっと犯人側なんだろう。シルヴィの教育に良くない風体なのは確実だ。ガルシアと共に灸を据えられればいい。


「ガルシア」


 王様もやっと落ち着けたようだ。ガルシアも一応従っているつもりらしい。どんよりと湿っぽい空気はそのままだが、顔だけ王様の方を向いた。


「魔物は無事捕らえたのだな」

「……まあ。拘束した方がいい?」

「待った待った、別に逃げるつもりなんざねえよ。俺ら二人共降参、なあアグネ」

「うっさいわねぇ……わかったわよぉ」


 ひらひらと両手を振る胡散臭い男、ジンクの隣で、地雷女アグネは渋々彼の動作を真似た。

 __こうして、城中を巻き込んだ魔物騒動は終わりを迎えた。

 シルヴィがアグネに乗っ取られていたことや、ジンクと夢の中で面識があった事実など、俺はまだ知らない。知らないったら知らない。誰か知らせろ。

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