第53話「しんどい……」
__温かい。
何かに包まれているような感覚に、シルヴィは口元を緩める。すやすやと寝息を立てながら、無意識に頭を擦り寄せた。
「シルヴィ……大胆……」
「オイオイ」
ガルシアは己の腕の中に閉じ込めた少女に頬を赤らめる。彼女のつむじに鼻をつけ、深く息を吸った。彼の肩が大きく上下するのを横目に、実体化したジンクは妹に膝まくらを提供する。
「起きろよお前」と少女の派手な髪を撫でつける。さらさらと揺れる髪、力なく閉じた瞼に、ジンクは目を伏せた。
(散々好き勝手してたクセに。俺より弱ってんじゃねえか……アホたれ)
口をへの字に曲げる。せめてもの嫌がらせをとデコピンするも、アグネは身じろぎするだけで目覚めることはなかった。
しばらく口を閉ざしていたガルシアだったが、ふと顔をジンクの方に向けた。アグネと関係があるらしい行動に目を細め、おもむろに口を開く。
「お前」
「ジンクです」
「シルヴィと、元から知り合い?」
ガルシアの視線が胡乱げなことに気づいたのだろう、ジンクは「あー」と言葉を詰まらせた後、結局は正直に答える。
「よく呼び寄せてたんです。ガルシア様のこと聞いたり、あと、アッ……ま、まあ話すネタ尽きてからは、女が寝てる間に貰うもん貰って」
「『貰うもん』?」
空気が凍り、ジンクは己の喉がヒュっと締まるのを感じた。圧だ、黒魔道士の発する圧にただ押し黙るしか他ない。
ガルシアはシルヴィを抱く腕に力を込めて、汚いものを見る目でジンクを蔑んだ。
「『貰うもん』って、何それ」
「処女は奪ってないんで……」
「処女『は』?」
「あーバカ俺のバカ」
(言い回しミスった!!)
「いやちょっとしたスキンシップというかですね」と弁明をしかけるも、ガルシアの殺気にあてられやむなく撃沈。このままでは殺されちまう。そう確信したジンクは親指の爪を噛みつつ、次にすべき最適な行動を考える。
(やっぱ土下座しかねえかな)
「んぅ……」
「! シルヴィ」
シルヴィが声を漏らす。ガルシアがそちらに集中し始めたことで、こっそり胸を撫で下ろしたジンクだった。
時を刻む音がやけに大きく感じる。ガルシアはしきりにシルヴィの名を呟く。決して無理をさせたくはないと、その声は控えめだ。しばしの後、ゆっくりと目を瞬かせた少女にガルシアは呼吸を忘れる。
寝起き眼で彼を見つめるシルヴィ。「あれ?」と両目を擦り、グッと眉根を寄せて間近にある顔を確かめる。その瞳は、段々と驚きの色を混じえていく。
不思議そうに放たれた言葉。その声音は、何よりも澄んでいた。
「ガルシア、さん?」
「……」
「あの、あのー?」
「…………」
「きゃっ!」
ギュッとシルヴィを抱きすくめたガルシア。パタパタと慌てる彼女を押さえ込み、肩口に額を押し付ける。シルヴィは目をぱちくりと瞬かせるも、結局成す術なく彼を受け入れた。しかし、その両手は垂れ下がったままだ。
「ガルシアさん?」
「良かった」
「くっ、苦しいんですけど……」
「ごめん」
「え?」
「守れなかった」
「あ……」
すっかり項垂れてしまったガルシアに、シルヴィは口をきゅっと結ぶ。やがて思い立ったように視線を上にやると、魔道士の頭に手を伸ばした。毛並みに沿って、一定の拍子で繰り返されるそれは、まるで犬を手懐ける主人のようだ。
「大丈夫ですよ、ガルシアさん」
(不安にしちゃったのかな。ちょっと申し訳ない……)
「私はここに、無事に居ます。だから落ち込まないで下さい」
「……君は」
シルヴィは大人しく続きの言葉を素直に待つ。しかしガルシアは、意味も無く口をパクパクさせた後、長い長いため息を零した。自身の前髪を乱雑に掻き混ぜる様に、少女はびくりと肩を震わせる。
「どっ、どうしたんですか⁉」
「好きだ」
「へっ」
「あー、好き。好き。大好き。好き!」
「え゛、あの」
「しんどい……」
耳元で延々と続けられる怒涛のラブコールに居た堪れなくなり、シルヴィはガルシアの腕から抜け出そうと試みる。しかしそれは叶わず、救いを求めるように辺りを見渡した。ふとジンクの姿が目に入り息を止める。すぐに横たわるアグネにも気が付き、赤らんでいた自身の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「あっ、アグネさん……?」
「……アイツとも知り合いなの?」
先程とは打って変わり、ご機嫌斜めな声音のガルシア。彼の腕の中に居ることも忘れ、シルヴィはあわあわと
「どうして」
「え?」
「どうしてアグネさんをフッたんですか……⁉」
アグネは失恋の辛さから気絶したのだとシルヴィは曲解した。ガルシアの目が瞠られたことにも気づかず、彼女は責めの姿勢を貫く。
「アグネさんはガルシアさんのことが好きだって言ってました」
「……」
「ちょっと強引だけど、可愛い子じゃないですか。なんで」
「あー女いやシルヴィ。そこまでにしといた方が……」
離れた位置からジンクの気まずそうな声が聞こえる。しかしそんなのは関係ないと、シルヴィは心底意味がわからないという表情を顕にした。ガルシアはただただ真顔で腕の中の少女を見やる。
一言も話さず微動だにしない魔道士を不思議に思い、シルヴィは遠慮がちに彼の名を呼んだ。依然として反応はない。
試しに目の前の胸板を押すと、簡単に腕の中から抜け出すことができた。何故、とシルヴィは彼の方を見る。
「ガルシアさん?」
「………………」
「ガルシアさ、ガルシアさん⁉」
(き、気絶してる⁉)
「あーあ、俺ァ知らねえからな」
慌てる少女の後ろで、ジンクが逃げの姿勢を取った。シルヴィが両肩を揺さぶるも、ガルシアは目を開けたまま硬直している。
やがて目を覚ましたのは魔道士ではなく、机にうつ伏せになっていた王の方だった。
「……何事だ」
光に順応していないせいか目を凝らすグレイスは、見知らぬ男女に加え慌てるシルヴィと様子のおかしいガルシアを視認する。
そんな王にはまったく気づかず、シルヴィは目の前の男に話しかけるばかりだった。
「ガルシアさん? ガルシアさん生きて! 死なないでガルシアさん!」
「いや死なねえよ?」
ジンクの冷静なツッコミが、部屋中に響いた。
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