第二部 解説コラム

 第二部前半は、ルイス・フロイスらキリシタン文献の記述によるところが大きい。何ともドラマティックな「史実」がふんだんなのである。

 伴天連が初めて京を訪れ、仏僧に議論を挑まれていた時、颯爽と現れた在昌が論破するというくだり――身籠もった妻と豊後に渡航する道中、妻が出産して容態を悪くし、キリシタン医師の介抱によって快復した感謝として長男を修道誓願させるというくだり――その長男メルショルが、若くしてイルマンとなり、しかしイエズス会を退会させられたのち、何者かによって殺害されたというくだり――まさに、真実は小説より奇なり、である。


 さて。メルショルは、何故イルマンの地位にありながらイエズス会を退会させられ、そののち殺害されたのだろう。作者は、辻褄が合い、かつ最もドラマティックな展開を求めて、推理と空想を馳せた結果、それは彼が信仰を捨ててしまったからではなく、ひたむきな信仰ゆえにこそ――と仮定した。キリシタンの「暗部」に触れてしまい、それでも信念を貫き通した結果、そのような結末になってしまったのだ、と。


 そして、陰陽師ファンならご存知かも知れない、幸徳井友景。柳生の血を引く剣術陰陽師――という空想が働く。これでまた一本の小説になりそうだ。(荒山徹『柳生陰陽剣』新潮社、2008年)

 友景は本能寺の変の翌年生まれであり、柳生の血筋でありながらなぜか賀茂氏幸徳井家を嗣いだ、というところから想像して、在昌の息子・在信の落とし子であるというシナリオを考えた。


 また重要な一点。在昌が京へ戻って陰陽師を嗣いだのは、すなわちキリシタンの信仰を捨ててである、という見方が従来されてきた。しかし作者は、むしろ生涯にわたって、また家族共々にキリシタン信仰を持ち続け、それがためにキリシタン弾圧とともに歴史から消えていったのではないか、と考えた。

 キリシタンと陰陽師は両立しないという思い込みは、陰陽道が「宗教」であるという認識が前提にあるのであろう。また、キリスト教が「厳格で排他的な宗教」であるという思い込みもあるのであろう。

 しかし、少なくともまだこの時代の朝廷陰陽道は、宗教ではなくあくまで朝廷の職務である。のちの江戸時代、土御門家が陰陽道と神道を融合させて「土御門神道」を興したのちも、土御門家はなお仏寺の檀家であり続けた。

 よって作者は、祭礼宗教として深く俗世間生活に関わる仏教よりもむしろより内面的信仰であるキリシタンと、造暦を中心とした淡々たる朝廷の職務である陰陽道の両立は不可能ではないと考えた。在昌の師が最大限の現地適応主義を採ったトーレス司祭であったとすれば、なおのことである。

 在昌は生涯にわたり、堂々とキリシタン信仰を続けた、まさに「キリシタン陰陽師」であった――本作は史学論文ではなくあくまで歴史創作小説ではあるが、そのように高らかに謳い上げたい。


 2017年6月9日 起筆

 2018年4月23日 擱筆

  鳥位名 久礼


【参考文献】

・但馬荒人“戦国時代の陰陽師:賀茂在昌”

https://seesaawiki.jp/consume_mind/d/%c0%ef%b9%f1%bb%fe%c2%e5%a4%ce%b1%a2%cd%db%bb%d5%a1%a7%b2%ec%cc%d0%ba%df%be%bb

・Wikipedia-賀茂在昌

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%9C%A8%E6%98%8C

・海老沢有道「マノエル・アキマサと賀茂在昌」、『史苑』第25巻3号、立教大学、1965年(海老沢有道『増訂 切支丹史の研究』、新人物往来社〈日本宗教史名著叢書〉、1971年収載)

https://ci.nii.ac.jp/naid/110009393982

・木場明志「暦道賀茂家断絶の事」、北西弘先生還暦記念会編『中世社会と一向一揆』、吉川弘文館、1985年(村山修一他編『陰陽道叢書』第2巻〈中世〉、名著出版、1993年収載)

・福尾猛市郎『大内義隆』、吉川弘文館、1959年

・ルイス・フロイス著、松田毅一・川崎桃太訳『フロイス日本史』第3巻〈五畿内篇〉、中央公論社、1978年

・ガスパル・ヴィレラ著、村上直次郎訳『耶蘇会士日本通信』上巻、雄松堂書店、1966年

・山科言継・山科言経著、湯川敏治編『歴名土代』、続群書類従完成会、1996年

・『幸徳井世系考訂本』(明治期、筆記史料)

https://webarchives.tnm.jp/dlib/detail/839

・“Reichsarchiv ~世界帝王事典~”

https://reichsarchiv.jp

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十字架の陰陽師―キリシタン陰陽師・賀茂在昌― 鳥位名久礼 @triona

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