14ーカユウ②

 フタバに声をかけて、ソヨに顔を見せて二人の部屋の窓が閉まるのを確認してからほんの少し時間を置いて、人間『双葉』はここに来た。


“どうしちゃったのよ、頑張り屋さんのカユウちゃんが逃げてくるなんて”


 ソヨは私を見つけて、軽い手の動きでそう私のことを笑った。ただ、その口元は笑っているというより不安そうだ。彼女……彼の喉は「カユウどこ?」と繰り返している。少し心が痛いが、その声には答えないでみる。少しソヨと話がしたかった。


“いいでしょ?甘えさせてよ”


 懐かしい。ソヨとだけこうやって話すのはいつぶりだろう。当たり前だが、ソヨにはフタバがついてくるしフタバにはソヨがついてくるので、いつも私は二人と同時に会話していた。


 親友として、元気をもらってきたかった。受験に挑戦するのに、彼女の応援がほしかった。“よしよし、頑張れ?”とでも言ってくれれば十分だった。返答は予想外だったが。


“あら可愛い。高校生になったらワタシじゃなくて彼氏さんになっちゃうのかと思うと寂しいわね”


 なんて、にーっこり言われても。


“……”


 なんと返せばいいのかわからなくなる。‪笑って“気が早いなあ、高校でいい出会いがあるかもわからないのに”とか言っとけばいいのに、それが嫌で仕方ない。


 私が彼氏にしたいのは、貴方双葉貴女ソヨじゃなくて貴男フタバなんだもの。


 まだフタバは私のことを探してる。「あれ……カユウいない?場所間違ったかな」などとブツブツしている。それでもここを離れないのは、ソヨが無意識にフタバを引き止めているからだろう。私がここにいるんだから当たり前だ。音を出さないからフタバは気が付かないだけで。


「フタバ」


 小声で呼んでみる。その途端に、私が黙りこくっているので不思議そうな顔をしていたソヨは「やっと見つけた」という表情のフタバに変わった。


 目は見えてないはずだが、フタバはしっかりとした足取りで私に近寄ってくる。そのまま、その腕を左右に軽く広げる。


 そして、私のすぐ側でそれを優しく閉じた。

 私がフタバの腕と胸に包まれてる。


 抱かれてる。私も抱き返す。


「ふ、フタバ……?」


「え、あ、ごめん……」


 口では謝っているが、フタバは全く離れようとしない。私だって離さない。好きな人とハグなんて貴重な機会はなかなかない。


「なんかさ、受験、不安になっちゃってさ」


「カユウなら大丈夫、僕に勉強教えてくれるぐらいだし、僕は受かったし。高校のレベルは同じくらいなんだから、カユウが受からないはずないよ」


「それはそうだけどさぁ……」


 抱き合って喋ると、振動が直に体に来る。耳が聞こえないソヨが重低音を楽しんでいるのもなんとなくわかる気がした。


「なんだよ、応援もらいに来たんじゃないの?」


「……うん」


「頼りないかもしれないけど、僕が保証するから大丈夫だって」


 そういわれると、なんだかそんな気がする。大丈夫な気がする。


 体をくっつけて暖めあっているせいか、勉強疲れの体も不安たっぷりの心もほぐれてきた。


 リラックスして口元がゆるくなる。

 ぽーっと幸せな感じで、深く何かを考えることができなくなる。

 とにかくフタバに抱きついていたい。

 より強く、ぎゅっと抱きしめる手に力を込めた。

 押し付けた文、体が押し潰されて息が漏れる。


 ついでに、ゆるゆるの口から声がこぼれる。


「……好き」


 しばらく自分でも気が付かないで、ぬくぬくと抱き合う心地良さに身を浸らせていた。数秒してから、あ、言っちゃったなあと謎の感覚に襲われる。それはそれでいいかと思いつつ、フタバがなんと言ってくるかを待つ。聴こえてないならそれでもいい。聴こえてたなら返事がほしい。


「……僕も」


 光のない世界で生きてるフタバが音を聞き逃す訳がなかった。

 心臓が高鳴る。体が密着してる分、二人分の鼓動が体に響く。それがより私を緊張させて、全身を熱くさせる。


「……えへへ、嬉しいな」


「そうだね」


「フタバの彼女になれるかな」


「じゃあ僕はカユウの彼氏だ」


 そっか、フタバも私のこと好きだったか。

 なんてことを何度も自分の中で確認して、嬉しくて楽しくて飛び跳ねたくなる。


 それと同時に、心の中で親友に謝罪する。


 彼女は、今の私とフタバのやり取りを認識していないはずだ。それどころか、両手がふさがってるので私と会話すらしていない。


 ごめんねソヨ。我慢できないんだ。


「ねえフタバ、中学生でキスって早いのかな」


 フタバがぴくんと動く。動揺してるらしい。

 だが、返事は男らしかった。彼らしくないといえば失礼かもしれないが、私は嬉しい。


「もう高校生みたいなものだから。多分、してもおかしくない」


 やっぱり彼らしいかもしれない。だが、YESサインはやっぱり男らしい。


 お互いに腕をゆるめて、少し胸と胸の間に空間を作る。

 目が合う。いたずらっぽく、笑われる。

 私の背中から、フタバの腕が離れていく。目の前までそれは持ってこられて、ソヨの腕として動き言葉として働く。


“カユウってば、ワタシにぎゅーーってしてイケない子”


“……ホントにね、私ってばイケない子”


 ごめんね。心のうちで何度も繰り返す。彼女だって女の子なんだから、いつか恋をするのだろう。キスだってするだろう。


 私だったら、初めては好きな人とがいい。


 あんまりしんみりと返事をしたものだから、ソヨが逆に眉をひそめる。


“もう、冗談よ。冗談”


 笑ってくれた。やっぱり、それを見ると胸が痛くなる。


 ソヨ、ごめんね。


 フタバ、好き。大好き。


“ソヨ、まつ毛にゴミついてる”


 そう言うと、ソヨは自分の目をこしこしと擦った。ゴミなんか元々ついてない。ぱちっとした双葉の目は、クールビューティな女の子としてかっこよかったし、気弱だけど優しい男の子としてかわいかった。


“取れてない。私が取るから、目、閉じて”


 ソヨは何も言わずに目を閉じた。


「フタバ、本当に大丈夫……?」


「ここで引き下がる男はいないよ。目が見えれば、僕からってのもできたけどね」


 ちょっとかっこいい台詞は、弱々しくて震えていた。「照れてるの?」とでもからかいたい所だが、私もそんなに余裕はなかった。


「……じゃ」


「……うん」


 双葉の唇に、私の唇を近づける。思ったよりも顔が近くてドキドキしてしまう。フタバの吐息が顔で感じられるほどだ。

 私も息が荒くなりそうだったが、必死にそれを殺していた。目を閉じてるソヨには、極力キスの感触を悟られたくなかった。


 顔が近い近いと思っていたが、思いの外 唇同士は遠くてなかなか触れ合わなかった。

 まだ?まだ?と不安になりながらゆっくりと距離を詰めていったら、つんと何かが触れた。


 そのまま、私の唇を押し付ける。柔らかくて、少し弾力がある。それに温かい。


 私のファーストキス。


 大好きな彼氏のフタバと。大好きな親友のソヨと。


 ファーストキスの相手は、親友と彼氏でした。

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