-8- 竜と箱

 今度は一階の扉が開いた。


 イカつい装飾のそこから出てきたのは、赤い髪が生えた銀色の竜だった。竜と言っても、人間と同じくらいのサイズかつ二足歩行のようだが。

 椅子に座って俯いていた水上が、その人を見て立ち上がる。


「こんばんは、ハセジマさん。」


「……ああ。」


 最低限の返事だけを放ったハセジマという竜。周囲の空気を刺すような鋭い視線を回すと、俺で止まる。


「あ、こんばんは!ハセジマ!」


 それを言ったのはコラドだった。ちょうど、ミスミの部屋から出てきた後だったらしい。ハセジマは俺から視線を外すと、あいさつはせずに片手を軽く挙げた。

 そして再び、俺を見る。


「新人か。」


 水上が俺に寄ると、肩に手を置く。


「ええ、逸二 斎伍君よ。」


「よ、よろしくお願いします。」


「……よろしく。」


 少しだけ口角を上げて笑顔になったのが見えた。

 周囲を威嚇するような目。それでいて必要最低限のことしか言わない静かな物腰。第一印象は怖く感じたが、案外そうでもないのかもしれない。



 もう聞き慣れた、扉の開く音。



「やぁやぁ、みんな。」


 それが聞こえた二階を見ると、手すりに身を乗り出してこっちを覗くイーテの姿があった。服装は変わらずコートだったが、今日は深緑色だった。



 *



 一階にいる人数は、俺を含め七人だ。

 一階と二階にある扉の数は合わせて八つ。そして、二階へ繋ぐ階段の途中にある踊り場にもう一つ。合計で九つある。となると、まだ二人来ていないことがわかる。

 結局、残りの扉が開かれることなく主の出現が確認される。


 ガラスが割れる鋭い音。


 玄関の真上にあるステンドグラスが割れた。これが、出現の合図だ。

 皆の先頭に立っていた水上が振り返る。


「さあ、みんな。準備は?」


 各々頷き、覚悟を決める。



 一方俺は、覚悟を決めておきながら少しだけ不安を抱えていた。

 今回で主と戦うのは二回目だ。経験の浅い俺は真っ先にやられてしまうかもしれない。


 水上は、そんな俺の心情を知ること無く厳かな玄関を開けた。



 *



 村のようなところ。薄暗い空の下、俺らは主と対面した。


 巨大な卵のような形から傷のついた翼らしきものが数え切れないほど生えている。

 そうでありながら空中に留まっているその卵から両腕も生えており、軽自動車くらいあるだろう大きな剣を両手に持っていた。



 圧倒よりも気持ち悪さが勝った。後ずさる。見たくないのに、それから目が話せない。


 呼吸が荒くなって、ここから逃げ出したい気持ちが溢れそうになる。慣れたと思っていたが、主を前にするとどうにも力が入らない。頬に伝う冷や汗が顎まで流れた。



「逸二君、落ち着いて。」



 隣から聞こえた、落ち着いた声。聞き覚えのあるそれに振り向くと、水上がいた。

 いつの間か隣まで移動したのだろう、と俺は思いながらも、水上は俺の手を握る。


「まだ慣れていないのね。慣れるまで、私がサポートするわ。安心して。」


「あ、あぁ……」


 水上はゆっくりと手を離す。刀を生成してそれを握ると、他の皆も各々の武器を生成した。



 レフケスは片手剣。


 コラドは歯車。


 ハセジマは巨大な盾。


 イーテは二つの立方体。


 ミスミだけ何も持っていないが、両手が紫色に光っていた。



 主は、地面が震えるほどに大きな鳴き声を出すと、翼から小さい何かを大量に放つ。


 それはこちらに向かってきていて、徐々に姿が見えてくる。あれは……目玉のように見えた。

 ゾッ、と背筋に悪寒が走るのを感じて、慌てて金属バットを握る。


「みんな、行くわよ!」


 その一声で、戦闘が始まった。



 *



 やはり、俺は一心不乱に戦うほか無かった。戦いながら何かを考えるなど、できるわけがない。


 だからだた目の前に来た丸い何かを、金属バットで殴った。


 殴って、


 殴り続けた。



 丸っこいやつは変形して地面に落ちると同時に塵になって消えた。が、視界の隅からどんどん現れる。


「くそ……」


 倒してもキリがない。次から次へと主からあの小さな怪物が出てくる。


 皆が何かを叫びながらお互いに共闘しているのが見える。すごい、と思いながらそれに見とれていた。


 不意に現れた小さい怪物。俺の視界を遮るように動くと、俺は情けない声を出しながらバットを振り回した。



 不規則に振り回したバットに当たった丸い怪物は、放物線を描くようにして飛んでいく。




 あれ?これ、どこかで……





 *



 当たったボールは、綺麗な放物線を描いて芝生に落ちた。


「上手いじゃないか!斎伍!」


 それを拾いに行く父。俺を褒めながら、取ったボールを手の中で転がしながら笑顔でこっちに向かう。


「野球選手になったら、連続でホームランなんてのも夢じゃないな!」


「そ、そうかなぁ〜……」


 今のはたまたま上手くいっただけ……


 そう思って、父が投げたボールをもう一回金属バットで打つ。手応えのある衝撃と音。すると、さっきよりも遠く、そして美しく放物線をなぞった。


「ほら、やるじゃないか!」


 笑みが絶えない父。釣られて、俺は控えめに笑顔を零した。嬉しくなるような、こそばゆい感覚。



 *



 その感覚を思い出した瞬間、気がつけば周囲に丸い怪物が俺を囲んでいた。


「……!!」


 バットの先端を勢いよく地面に叩く。砂塵の衝撃波が水紋のように広がった。

 直後、バットを強く握りしめて水平に持ち、前にいた丸い怪物を横から殴った。そのまま横に続け、辺りの怪物は団子のように連なっていく。


「おらあぁぁ!!」


 勢いを無くさずに大きく振り上げ、連なった多くの怪物を天に散らす。たちまち怪物は塵へ変わった。


 今の俺ならやれる……!



 こいつらを倒す!!

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胸懐の扉 ユーカリオーカミ @eucalyptus_wolf

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