-7- 猫とロボット
広間に響いた扉の開く音。二階からだった。
一階からその正体に目を向けると、吹き抜けからこちらを見下ろす深紅の猫が立っていた。
「……」
俺を紅い瞳で一瞥する。しかしこれといった興味を示さず、何も言わないまま階段に向かった。
一挙手一投足、無駄のない洗練された動きで降りてくる。服装と相まって、まるで騎士だ。
……というより、騎士そのものだろう。
身に纏った鎧の光沢、質感。先程の無駄のない動き。素人の目から見てもこれは明らかにコスプレや演技と呼ぶものではないとわかった。
水上の目の前まで来ると、猫は軽くお辞儀をして口角を少し上げる。
「夜分遅くにお邪魔します、水上さん。」
「こんばんは、レフケス。……紹介するわ、新人の逸二 斎伍君よ。」
水上が視線を促すと、レフケスと俺は再び目が合う。猫は表情を崩さず、片手を胸に当ててこちらを窺うように腰を少し曲げた。
「イツジ サイゴさんですね。
「は、はい……よろしく、お願いします……」
驚きで乾ききった言葉をなんとか絞り出すと、レフケスは手を戻す。
この異空間のこと。動物や変な生き物が喋ること。主のこと。
あんな濃い経験をしてもう何も驚かないだろうと思った矢先、俺はその三つのこととは別の意味で驚いてしまった。
生真面目だ……。
三つのことと比べると遥かにつまらない理由だが、そうなってしまうのは俺にとって必然だった。
容姿はもとよりそうなのだが、一番の起因はこんな生真面目な人に出会ったことがないからだ。
「イツジさんと呼んでもよろしいでしょうか?」
「あ、はい……」
レフケスは目線を水上に戻す。
「時に水上さん、今夜の主の様子は?」
「おそらく、もうすぐで出現すると思うわ。」
水上は玄関の上に施されたステンドグラスに目をやる。
ピアノの描かれたステンドグラス。だが、今日はそれと違うものが描かれていた。
二本の剣が交わっているものだった。
「……変わってる?」
思わず口から零れると、水上が反応する。
「あのステンドグラスは、
「……二本の剣を使った攻撃?」
「さあ、どうだか。」
急に言葉を濁した水上。俺はその思いがけない返答に唖然とした。
そんな反応をよそに、水上はその続きを話し始める。
「少し前、あのステンドグラスに白い玉が描かれていたことがあったけれど、その時の主の攻撃方法はなんだったと思う?」
水上は悪戯っぽく微笑む。表情からして、当てられないと思っているのだろう。俺も当てられないような気がしながらも、少し考えてみる。
「白い玉……野球ボールとかか?」
「いいえ、雪の結晶だったのよ。」
「ゆ……!?」
……分かるわけないだろ、そんなの。
*
俺は一階の広間で椅子に座りつつ、主の出現を待っていた。レフケスは隅のテーブルに立っていた花瓶を見て、水上は別の椅子に座って何かを黙考して時間を潰していた。
そして、二階から再び扉の開く音が聞こえた。
そこに視線が集まる。扉から出てきたのは、白い何か。
「こんばんはー!!」
沈黙を破る明るい声が響いた。
背の低いロボットに見える。楕円形の体は縦に長く、全体的に白い。顔にはモニターらしきのもがあり、そこに可愛らしい顔文字が黄色く表示されていた。
水上は席から立つと、そのロボットに手を軽く振る。
「こんばんは、コラド。」
「ミナカミ〜!」
コラドは手を振り返す。身を乗り出した手すりから降りると、走って階段を下ってきた。俺の横にいた猫に気づくと、顔文字の表情が更に明るくなる。
「レフケスもいたんだね!こんばんは!」
「はい。こんばんは、コラドさん。」
コラドのモニターに表示された目が俺の目と合った気がした。
コラドの表情が途端に変わる。疑問を抱いたような顔文字になったかと思うと、水上に駆け寄る。
「ミナカミ、あの人は!?」
「新人の逸二 斎伍君、私のクラスメイトなのよ。」
そう説明するが、コラドの表情はまだ変わらない。
「クラスメイト〜??」
「……知り合いってところかしら。」
ようやく納得したような表情に変わり、なるほど、と手を叩いた。俺の目の前で止まると、笑顔の顔文字で手を差し出した。
「ボクはコラド!これからよろしく!」
「……逸二です、よろしく……」
握手しながら、互いに手を上下に振る。
「人間っていう種族なんだっけ?ミナカミと同じだね!さらに知り合いだなんて、ここじゃなかなかないんじゃない!?」
「は、はぁ……」
感情が表に出過ぎていて、なんだかロボットらしくない。声と相まって、どこにでもいる明るい少年のようだ。反応に困っていると、コラドは俺から手を離した。
水上を見ながら、機械的な扉に駆け寄る。
「ミスミにも会ってくる!」
ボタンを押して開けた後、すぐに入っていった。閉まったあと、コラドの大きな声がくぐもって聞こえた。
今の俺はきっと苦いものを口にした時のような表情になっているだろう。そんな俺を見かねたのか、水上が俺の肩に手を置いた。
「逸二君、彼はロボットだと思う?」
ぼう、とした思考の中で、俺はありのままの感想を零す。
「……多分違うな。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます