第七幕 ミスミミミと依頼人 (3)


 翌日、透史が教室のドアをあけても、窓際にはその黒い姿はなかった。絶対にくると思ったのに。言葉は届かないのだろうか、落胆する。

「おはー」

「おはよ」

 今井に挨拶する。

 来ないつもりだろうか。

「おっはー、二人ともー!」

 いつものテンションで弥生がはいってきた。

「おはよ、弥生」

「おはー、弥生ちゃん」

 弥生は後ろのミスの机を見て、

「結局ミスは来てないの?」

 みたいだな、と頷く。

「なんだー」

 不満そうに弥生が唇を尖らした時、

「あ」

 がらり、と派手な音を立ててドアが開いた。

「ミス……」

 今井が呟く。

 

 けれども、透史はそれを気にせず、

「おはよう」

 声をかける。席にたどり着いたところの彼女は、睨むようにこちらを見てくる。

「こわっ」

 今井が小声で言った。

「おはよう、美実」

 もう一度、名前付きで声をかける。

 それにクラスが少しざわつく。

「美実っておまえなんだそれ」

 皆を代表して今井がつっこむ。

 美実は透史を見ると、苦虫をかみつぶしたような顔をして、

「……おはよう」

 渋々と口にした。

 そのまますとん、と席に着くと、頬杖をついて窓の外を睨む。

 いつも真横に引かれた美実の唇が少しゆがむ。ただ、口角はあがるのではなく、さがった。

 まあ、今はそれでもいいさ、と思う。美実が教室で表情を見せるのならばそれでも。これまでの無表情の仮面を捨て去ってくれるのならば。

 事実、

「おお、あのミスがなんか怒ったぞ。あの顔もなかなかそそるなあ」

 なんて、今井が言っているし。

 美実の表情の変化は教室に少しのざわめきを与える。それは決して、悪いものではなかった。

 ちらり、と美実がこちらに視線をやる。透史と目が合うと、ふぃっとあからさまに逸らした。その白い肌に赤みがさした気がするのは、きっと気のせいじゃない。

 透史は悪戯の結果を見る子どものように、にやにやと笑った。その横で弥生が盛大にあっかんべーをした。

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ミスミミミと七不思議 小高まあな @kmaana

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