第五話 交易の裏
子供達の寝顔を見てたら、いつの間にか眠っていた。
翌朝……優華は帰ってこなかった。
「あいつ学校行かなかったらまた僕が叱られるんだけど……先生と結衣から。僕、優華の保護者じゃないのに」
幸樹は、未来が彼女の事情を黙っていたことについて嫌味そうに言う。
紫色の天然パーマはくしゃくしゃのまま、本人が作った日本食をバクバクと食べている。
身長は170センチ位。未来とは背の差がそこそこすごい。
「わ、悪い……とは思ってる」
未来はゆっくりご飯を食べながら、渋々謝る。
でも彼女の行き先だけがちょっと心配だった。
「未来は乱威智の真似やめてくれないし……」
幸樹は最近気にしていることもつついている。
子供達の前では直そうと努力はしている。
「今朝は私の胸揉みしだいてた癖に……」
未来は朝にあったことを話す。
彼の照れ隠しは結局意味がない。
それより酷い朝もあった……優華に影響されて欲求不満なのだろうか?
(そもそもどうして私ならいいだろうって考えなのかな……)
「ごはんちゅうはおっぱいの話禁止ですぅ~」
幸樹はご飯中であることを持ち出してくる。
「きんしですぅ~」
香恋も彼の真似をする。
その可愛さに微笑んでしまう。
幸樹が顔を背けた。
「へ~~」
未来は彼を凝視しながらにやける。
笑顔を見て恥ずかしがる。妻としては嬉しいことだ。
「な、なんでもないから……!」
子供達には劣るけど可愛さはある。
「あ、今日は瑠兎私が見るから大丈夫よ。」
未来は幸樹にそう伝える。
普段二人の娘はサービス施設に預けるか、未来が一緒に見ることになっている。
「いやいや、今日も僕で大丈夫。なんてったて絶対の盾がありますから!」
だが、こんな感じでいつも押しきられてしまう。
自分の息子だからとか、未来にばっかり負担をかけさせないと言われてしまう。
でも結局未来のペースが遅いから、母乳をあげるのを見られてしまったりもする。
それが恥ずかしくて嫌だからだ。
しかも二人もまだ飲ませる事が推奨されてる期間内。
だからかなり遅くなってしまい後から未来が三人を送るケースが多い。
「やだ。恥ずかしいし……」
やっぱりあげてるのを直で見られるのは恥ずかしい。それで焦って瑠兎を怪我なんてさせたら大変だ。
「えー、何度も見てるし今朝も……こほん。僕にも飲ませ――」
幸樹も気にしない様子だが、それは性的に見られるという事だ。だから嫌。
(見たのか……)
「きんしですぅ~」
香恋に注意される。
「はーい」
「はーい」
親が二人揃って返事をする。でもそれが凄い幸せだったりする。
『ピンポーン』
まだ七時半なのにインターホンが鳴る。
「え、ていうかもう七時半!?」
未来は焦ってご飯を食べることに集中する。
「出ろってことかいな……」
幸樹も渋々と玄関に向かう。
「お願い……?」
ちょっとおねだりしてみる風に言ってみる。
「かしこ!」
幸樹はシャキッとした動作で玄関に向かう。
「かしこ!」
香恋も離乳食を放置して幸樹に頑張ってついていく。
「ちょ、ちょっとぉ……」
手を伸ばすも届かない。もうちょっと大きな身長で生まれてくるんだった。
サンマおかゆはまだ残ったまま。
「香恋~!さんまさんに食べられちゃうぞ~」
未来は配達かなんかと勘違いして子供に対する言葉を使ってしまう。
リビングに戻ってきたのは……
「え!?まだご飯食べてないの!?」
銀髪ロングストレート、身長160位。多くても綺麗で可愛く見える前髪の流し方。
しっかりと整えられた……というより整いすぎてる容姿と整った一般的な制服。
且つ乱威智の四年前からの彼女。
「相変わらずだな。まあ幸樹は甘いし、一人は子供だしそうなるか」
同じ制服で寝惚けた雰囲気の乱威智に子供と小馬鹿にされる。
どんな報復をしてやろうかと考えていたら、恥ずかしさなど忘れてしまった。
「いや、何のご用事で……?」
未来は困った表情で質問する。
「二人が遅いから迎えに……」
結衣の心配する言葉を遮るかのように、そいつは口を開けて余計な一言を喋る。
「眠くても来たのにそりゃねぇだろ……ふぁ~あ、こっちは任務明けなんだから」
乱威智は落ち着いた感じで文句と欠伸をする。
幸樹は苦笑いしているが、未来は少しイラッとする。
(ほんとに気が遣えないわね……)
「そんな血だらけの誰かさんを回収に行ったのは誰なの……?来た、んじゃなくて連れてきて貰った、ね?」
結衣は気遣いを遮られたのが気に入らないのか、怒りを込めて彼の足を踏みつける。
そして圧のある笑顔で彼へと顔を寄せる。
(敷かれろ敷かれろ)
「ごちそうさま!」
瑠嫗奈が離乳食を食べ終わり、立ち上がる。
口元をティッシュで拭くと……テーブルにそれを置く。
(あともう一歩……!まあいっか)
瑠嫗奈は笑顔で乱威智の元へと向かう。
そして足元にぎゅっと抱き付く。
「おおっ……よしよし」
彼はそんな瑠嫗奈の頭を撫でる。
「かっこいいの、におう!」
瑠嫗奈は目をキラキラさせて顔を上げる。
「え?ふ、風呂は入ったけどなぁ……」
乱威智もしゃがみながらも困り果てる。
でも笑顔は自分より下手くそだと未来は思っている。
「瑠嫗奈ちゃん、おはよ」
結衣もしゃがみ、天使のような笑顔で瑠嫗奈に微笑みかける。あれには叶わない。
「ゆーちゃんすきぃ!」
今度は結衣の元へと行き、それを結衣は抱き締める。
「よしよし、私も好きよ~!今日もかわ……じゃなくてかっこいいだったわね~」
結衣も瑠嫗奈と初めて会うわけではないし、ある程度の事を分かっている。
そう、瑠嫗奈は極端に乱威智へ憧れている。
彼は女ったらしだ。
「うん!るうな、かっこいい!」
無駄にシンクロして分かりあってるのが気に食わない……
「瑠嫗奈?今日はお乳いる?」
未来も対抗しようと武器を取る。
「いらない……」
心に突き刺さる一言。
(や、やっぱり美味しくないのかな……)
「で、でも飲まないと強くなれないぞ~?」
結衣も瑠嫗奈を説得するのを手伝ってくれる。
「出るのか?」
そんな乱威智の言葉にカチンときてもここは我慢。
結衣や瑠嫗奈にバレないように、横目でギロリと乱威智を睨む。
「あ、はは……」
顔を引き釣らせながら笑っている。
(笑ってんじゃないわよ……!)
「だってこわいもん……まま、てれて、あばれる……」
瑠嫗奈のその言葉は更に心の奥へ突き刺さる。
一番最初に産んだ方の長女に嫌われた……
未来は横になり、皆を背にしてテーブルにしがみつく。
「あ、牛が拗ねた」
乱威智がまた余計な軽口を叩いてくる。
「拗ねてないし……」
「てか、そもそもどうして先に起きてあげないんだ?」
乱威智が正論を言うも、反論する気分にもなれない。
(分かってるし……)
「そんなことより、優華は何してるの?」
結衣は真剣な声色で聞いてくる。
ちょっとドキッとした。
未来が何も答えずに数秒沈黙が続く。
「用意して先行ってるから。」
何も聞かずにちょっと冷たく結衣はそう言い放った。
遠回しに、あなたが優華の責任も持たなきゃだめだと言うかのように。
皆はそのまま用意して、しばらくするとベビーベッドにいる瑠兎と二人になった。
「そんな冷たい言い方しなくても良いじゃん」
小声で呟き、出勤に間に合うように用意をした。
面談の予定がない時間。登校してない生徒を探してくると伝えて、外出の許可を取った。
公園の奥の林を越え、歩道の整備された森を通る。
森を抜けて、漁業所沿いにコンクリートの海岸を歩いた。
そして海辺の工場地帯へ行き……
反社会的勢力が持っているという噂の工場へ到着した。
「はぁ……」
未来は溜め息を吐いて自分の手のひらを見つめる
能力を一定値以上使ったらどうなるか、自分でも分かっているつもりだ……
医師に言われた出産後の症状も実は三ヶ月後まで。
嘘を吐いてやり過ごしているが、この前の体調不良のように未来が引きずっている事案はもうひとつある。
乱威智の刀に祖国の神が取り憑いているように、未来の体にも圧倒的な力の持ち主が取り憑いている。
現時点で未来は出産を繰り返して体力もエネルギーも消耗している。能力面もそうだ。
呪いと呼んでいるソレは未来のエネルギー不足を利用し、体を乗っ取って圧倒的な力を引き起こして暴走しかねない。
一年後までにどうなるかなんて分からない。
愛美を襲った、トラウマを植え付けたあの日の事を思い出す……
あの日、雷の力と遺伝の力を無理矢理引き出した愛美は能力を暴発させ、鈴も巻き込み病院で一泊していた。
病院で迷いこんでしまった未来は、ソレに心の弱さを付け入られてあるはずの無い空間に迷いこんで……
気付いたら愛美の病室で彼女を追い詰めていて……
『全てを渡せ……あいつを殺せ』
その時に聞こえたソレの声は、とてつもない怨恨を抱えていた。
乱威智の刀に取り憑いている方はソレの弟らしく……
ジーニズ、ジズ、クレイと呼ぶのを似たような暴走のタイミングで聞いたことがある。
どうして恨んでるの?と聞いても返ってくる言葉は……
『情に仄めかされて最悪な手段を選んだからだ』
それだけ。きっと少し行きすぎた兄弟喧嘩だとは思っている。
でももしまた暴走したら……止められるのはきっと彼とジーニズしかいない。
暴走時、彼の元々の正体を夢に見る機会があった。
宇宙の中の豊かな星々の一つ、ベリエクセル。
そこで一億年以上前に古代魔術で一家心中を図った家族。
その呪いとも呼べる魂は天へ行き、神様の僕となる竜神、ベヒモスに取り憑いた。
いつかはその竜も死ぬ。でも魂は星々を彷徨ってまで何度も憑依を繰り返して、遂に未来の所へ来てしまった。
という長い年月の記憶の断片。
ジーニズの方も同じような感じで、近しい立場にあったらしい。
いつ暴走するか分からなくても、もし彼と立場が逆だったとしたら……彼だったら今のこの状況どうする?
「頑張らなきゃ……!」
ここでへこたれてる場合じゃない。
信じ合える仲間がいるなら、頑張ればきっと幸せな結果を迎えられる。そう信じて……
「くはぁっ……!」
ボーッと突っ立っていたら、息を途絶える声と共に誰かに前から抱き着かれる。
いつものあのシャンプーの香り。爽やかでどこか温かくて……
「ゆ、優華!?」
それが様子のおかしい優華であることが分かる。
「こわい……たすけて……」
喉から絞り出すような声に胸が熱くなる。
息も荒くてボロボロで、怪我もしているのか掠り傷と打撲が見える。
ぎゅっと悔しい思いで彼女の服を握りしめる。
「止めなくて……ごめん」
何が起きたのかは分からない。けど、いつからか何かがすれ違っていたような気がした。
「生きてて良かったぁ……なーんてね……!」
彼女は弱気を見せるのをやめて強がる。
長年一緒にいるから分かってる。
優華が強がる時はちょっと辛い時。
弱音を吐く時は本当に辛くて死にそうな時。
だけど結局、彼女は立ち上がる。
どうしてか、本当のところは分からない。
でもその逆境魂が……昔の愛美から引き継いだ不屈の意思が、私達をいつも奮い立たせてくれる。
「ありがとう……」
未来は強がって離れた彼女を再度抱き締める。
くたりと彼女の力が抜けるのを感じる。
彼女の過去は本当に壮絶そのものだ。
小さい頃から能力に恵まれた優華。
でも兄はそれをよく思わず、虐待を受けた後に自国の城と家族を燃やされた。
親戚に引き取られた彼女はまた虐待を受け、母さんと乱威智が助けたのが九歳の頃。
「クッソォ……」
海辺の寂れたコンクリート地帯。海側から小さな声が聞こえる。
未来は優華を抱えたまま、前方に右手をかざす。
遠くに見える男は突っ伏したまま、地面に落ちた拳銃を掴もうとする。
拳銃を念力で操り、海に捨てる。
「侵略者ッ……!」
そんな罵倒も気にせず、スマートフォンで伯父に電話をする。
目的の爆破物があるような工場を無力化しましたと伝え、電話を終えた。
帰ろうと振り返ると、建物から跳んで来た鈴が目の前に着地して駆け寄ってくる。
「優姉……!」
幼い頃からの愛称を呼び、未来ごと抱き締めてくる。
優華はまだ気を失っているため、返事はない。
「もっとちゃんとしなくちゃ……だめだね」
「うん……」
鈴と自分に言い聞かせるように未来は呟き、鈴は震える声で頷いた。
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