ability.1 湖上落雷殺人事件

第一話 集められた家族の水死体

 ――事件現場――


 大体の事情は車の中で聞いた。

 十一歳の小学生男子二人が、早帰りで帰宅中の事。

 近くの大きな公園の池にて、片方が何らかの能力を発動させた。


 隣の友人と待ち合わせたその友人の家族三人を殺害。

 気付けば池に四人の死体が浮かんでいたそうだ。

 交番にて通報を受けたのが午後三時五十分。


「ここだな……」

 伯父と一緒に大きな公園の立ち入り禁止のテープをくぐり抜け、直径百メートルはある池を見る。


 中央には四人程の被害者が浮かんでいる。

(やっぱり連れてこなくて良かった……)

 未来は両手を合わせて目を瞑り、黙祷をする。


 ボートが四隻程岸で待機しており、メットや防具を着た警備員と白衣の科学捜査官が話をしている。


 その二人や近くの警備員達も未来に気付くと、身なりを整える。

(け、警戒されてる……)

「遅めのご登場だな!あの子と似てて鋭そうな可愛い子ちゃんじゃないか」


 スーツを着たらっきょう頭のオジサンが私達に話しかけてくる。

 覗いてくる目は、完全に子供を見るような目である。


(鋭そう……?結衣の事?痴漢でも引き渡したの……?)

 厳格だけど優しい、銀髪ストレートの幼馴染みを思い出す。


「か、係長!すみません!私の姪っ子です!」

「天崎未来と言います。よろしくお願……」

 ニコニコと微笑むオッサンは心が広そうだ……逆に怖い。押し付けがましそうで。


「おう!これからもこいつを頼むぞ!」

(も、って……頼る気満々じゃん……まあそれが義務というか、ここに住む条件なんだけどさ……)

 異郷の星の危険な住人。そんな人が住むには協力し合う条件が必要だ。


 そこで即座に作られた法律が能力協定法。

 その中に地球人の能力発動、能力暴走までの対処に協力するという事柄も存在する。


 正直面倒な話だ……

 でも、私達の星の王家となる天崎家の選ばれた人間とその一味だからこそ……!

 と持ち上げられてしまっては断ることは許されないようなものである。


「せーんせーーい!!今日から探偵だねーー!」

「未来ちゃーん!記念写真ですよぉ~!ぐへへ。ハイ、チーズぅ~!」

「ちょ、ちょっと愛理奈さんも葵先輩も静かに……!」

 テープの向こう側で部員と居候が騒いでいる。


 私は無視してボートの近くへ逃げた。

「逃げ方もクールなのは似てるな……」

 係長のオッサンの言葉に伯父さんは苦笑いしている。

 オッサンの指す人物が結衣では無く、弟である事はその時気付いた。


 合理的で省エネな大人らしい対応が、一番精神を安定させる。特に子供相手には……



「中央へ行くんですか?」

 ボートで待つ捜査官等の元へ駆け寄り、ショルダーバッグから赤の能力者手帳を見せる。


「はい。死体を早く回収しなくてはいけないので……」

 眼鏡をかけた白衣の女性捜査官が腕時計を見て厳しい表情をしている。


「お待たせしました。早く行きましょう」

 それだけ言い、その捜査官とボートに乗り込んだ。


 他のボート三隻は護衛用らしい。

 三チーム六名のフル装備警備員も後を付いてくる。

(あんな服じゃ落ちたらただじゃ済まないでしょ……)


 内心呆れながら中心部へと向かい、遺体を観察する。

 捜査官は現場写真をしっかりと撮っている。


 三十代後半の男女は丸焦げになっていて、ほとんど皮膚は残っていない。それどころか骨が所々見えている。


 聞いていた十一歳と思われる少年も同じだ。皮膚も衣服も無い。

 あとは中学生と思われるセーラー服を着た少女……

(あれ……?)

 息があるのか、成長過程の胸が少し揺れている。

(…………)

 ちょっとムカッとした。


 サッと少女の服を引っ張る。やはり感電する様子は無い。


「…………」

 未来は警戒心を研ぎ澄ます。視覚、嗅覚、聴覚に全部の意識を傾ける。


「雷ね……」

 捜査官が話し出すと同時に糸がチラリと見えた。


 防御シールドを四つ心内詠唱し、捜査官の頭を伏せさせる。


「伏せてッッ!!」

『ドッガァァァァァァン!!!!』

 池と呼ぶには広すぎる湖。その中央でダイナマイト級の爆発が起きた。



「はっ……!こ、ここは……」

 音で一瞬気絶した捜査官は目を覚ました。

「証拠もろとも消されたみたいね……」

 未来は強張った表情で周囲を観察するも、スーツの刑事や警官しかいない。


 シールドによって四つの船は守られたものの、三つの遺体は水滴と共に宙に散った。


 人体の破片らしき物が宙を舞って落ちてくる。

 落ちる直前で念力を使い、破片を水面上で止めた。

(また爆発を起こされたらたまったもんじゃない……!)


「掴まって!」

 未来は彼女や警備員にそう指示する。

「は、はい!」


 念力で四隻の船も操作し、岸まで全てを持っていく。


『ドンッ!』

 全てを念力でゆっくり下ろすと、全身に麻痺症状が起こる。そして軽い目眩がして頭を押さえる。


 医者に出産後十ヶ月までは極度の魔法は控えろと言われていた。

 栄養を呪いで吸い取られている私は特に、と……

 そう言ってきた金髪高身長の院長先生を思い出す。


(これ以上迷惑をかける訳には……!)

 何とか立ち上がるも、ふらついてしまう。

「だ、大丈夫か!?」

 伯父さんに肩を支えられ、周囲の視線を気にする。


「う、産んでそんな、経ってないから……どこかベンチに……!」

 途切れ途切れに話すも、呂律が回らず貧血も酷い。

「それで治りそうな顔色じゃ……」

 近くの研究員も心配してくれる。


「大丈夫か、未来!」

 ぼやけた視界から紫色の髪のよく知る人物が近付いてくる……

 私の夫、幸樹……じゃなくてあれは、兄の治樹さん……?


 そこで私の意識は途切れた。



 十分後、公園のベンチで目を覚ました。

 それに気付いたのか、治樹さんは溜め息を吐く。

 天然パーマに木の葉が引っかかってる。急いで来てくれたのだろう……

(幸樹のバカ……何で来てくれないかな)


「だから言っただろう……あれほど無茶はするなと……」

「ごめん、なさい……」


 普段言わない謝る言葉も簡単に出てくる。

 星では私の能力と武闘以外……銃の扱いを教えてくれた師匠だったからかもしれない。


「お前が無理にやる必要はない……」

 治樹さんはチラリと後ろを振り向く。


 部員二人と一緒にこちらを見ていた水色髪でポニーテールの居候葵 優華。

 彼女は小さく驚くと苦笑いをする。

 何もしていなかった優華の事を睨んでいるのだろう……


「優華には無理……糸が張ってあったから水を動かせば船ごとパーですね。アレを使っても他の船は守れないわ……」

 簡潔に肩代わりできない理由を説明する。


「そうか……」

 命を救う立場の仕事に就いた彼は反応に困る。


「治樹さん仕事は……?」

 ゆっくりと起き上がりながら質問する。

 大きな病院で能力傷害についての第一人者の彼がここにいることに疑問を抱く。


夏菜子かなこが早く行きなさいって……」

 彼が言う女性、柚原 夏菜子。

 彼女は彼の恋人?で、その病院の院長を務めている。


「お姉さんと一緒で優しいんですね……でもその表情見たらそう言います。来てくれて助かりました……ありがとうです」

 軽く呟いた後、その理由と感謝の言葉を伝える。


「せ、先生が……!」

「お、お礼するなんて……!」

 愛理奈と桃里……一橋が手に口を当てて驚いている。


「うるさい。自習は?」

 髪と服の乱れを直しながら二人に問いかける。


「これが、実習です!」

 愛理奈の自信満々さに辺りが凍った。夏なのに。


「あぁそう」

 軽く返してスルーする。

 近くの異変を探れなかったのが正直痛い。まだ探索をしなければ……


「ドライ過ぎるぅ……」

 落ち込む彼女とは別に、三人は苦笑いしている。


(治樹さんも笑うようになったんだ……)

「ほら私は大丈夫だから!先生は早く戻らないと……!」

 立ち上がり、治樹さんの背中を軽く叩いて戻るように伝える。


「あ、あぁ……また調子が優れないようなら言ってくれ」

「誰伝いにですか」

 目を逸らして頬を膨らませながら直球な言葉を言う。


「はぁ……気が重い」

 白衣を着たままの彼は肩を落としている。


「お疲れ様です……先生によろしくお伝えください。あとお幸せに……?」

「どうも……」

 疲れた顔とは別に、少し笑顔が見れたような気がした。


 彼が小走りで去ろうとしている時、優華がニコニコしながら、恐らく小声のつもりで話そうとしている。

(何話すつもり?)


「早く迎えに――」

 優華にもう本心を勘付かれたので早めに口を塞いで足を踏む。

(空気を読めバカ……!)


 星にいる頃からあの兄弟は絶縁状態に近い程仲が悪い。

 治樹さんに変化はなく、十数メートルを小走りしていた。


「んじゃ、探索するわよ。ノート取って。机はこいつの背中借りていいわよ」

 そのまま優華の背中をくすぐってやる。


「ひゃっ……いやっ、らめぇ」

 優華は大袈裟に声を上げている。

(こいつ……!思春期の子をまたからかって……)


「そ、そんな……先輩の背中を借りるなんて……」

 桃里……一橋の反応に優華はニヤリと笑う。

「あら、違うとこ借りたい~?ちょ!?いたいいたい!つねらないでぇ……!」

 言うことは分かっていたので、くすぐりからつねりに変更する。


「おっぱいを借りるなら先生――ぶふぉっ!?ひ、引っはらないれぇ……」

 愛理奈の頬っぺたを引っ張りながら湖の周辺を探索する。



(ん?何この穴……)

 湖の周りを見て回っていると……幅五センチ、長さ二十センチの穴が所々に空いている。


「写真写真っと……」

 端末のカメラを向けて写真を撮る。


「確かに沢山のって不思議ねぇ~~?」

 優華の意味深な言葉に反応した私は、急いでと……一橋を睨み付ける。


「あ、あはは……そ、そうですね~」

 彼は苦笑いを溢す。


(どうやって糸を張ったか。そこは分かってもどうやって起爆したのか……能力ありと無しの二つで考えなきゃいけないわね……)

「推理なんてめんどくさいことしないで~~デート行こーよぉ~~!みーらーい~~」

 優華が腕を掴んで引っ張ってくる。

(邪魔なんだけど……)


 でもそんな言葉を率直に言って彼女を泣かせた弟もいたし、扱いに気を使わなきゃいけないのは更に面倒臭い。


「愛理奈!こいつに付き合ってあげて!」

「はーい」

(うわ、何で私がって顔してる……)

 天然で突飛な上、生意気なのが愛理奈の性格。それなのに頭は良いのか、上からの命令は絶対に断らない。


「あ!未来ちゃんいたいた!立ち歩いて大丈夫なのか!?」

 心配性の伯父がやってくる。ナイスタイミングだった。


「大丈夫です。一橋もいってらっしゃい」

 ニコリと愛理奈が微笑む。

 且つ隠れた部分、性格が本当に悪い。狼狽える一橋を見て笑いをいつも堪えている。


「ど、どんくらいしたら……」

「夕飯までには帰りなさいよー」

 一橋の言葉を無視してそのまま帰宅命令を出す。


「あ、じゃあ俺がテープの外まで送ろう」

 伯父さんも気を遣ってくれたのかそう促してくれる。

(完璧っ!)


「やだやだぁ……!ね?邪魔しないからさ!わかった!ノータッチ!ノータッチだからさ!ね……?」

 優華に問い詰められる。どんどん悲しそうな顔に変わっていく……

(これダメなパターン……)


「はぁ……わかったわ。で、伯父さん。この穴は?」

「ん?ほんとだ……なんか湖の周りにちょこちょこ空いてるな……」

 伯父さんもしゃがんで、棒……釣竿が刺さっていたであろう穴を見ている。


「この辺りに釣り人っていました?」

「んーー最初来た時は……」

 彼は顎に手を当てて考えているが、後ろから係長らしきおっさんが近付いてくる。

(よく考えたら係長も直々に来るって……余程重大視されてるのね……)


「人っ子一人いなかったね。私が見張ってたが、能力発動の後じゃねぇ……」

 確かにその通りだ。警察がゾロゾロ来ても居座っている釣り人はいないだろう。


「あの制服の少女は?」

 直球な質問をしてみる。捜査の手伝いを許されているのなら、能力に関わることだ。

 教えてもらえなければ能力についての手掛かりも足りなくなる。


「君が見事彼女の命を救った……他の死体はバラバラになってしまったが、本当によくやってくれた……」

 係長は深々と頭を下げている。


「!?そうですか……彼女は病院ですか?」

 やはり生きていたんだと安心感を残し、彼女の家族を葬式まで保てなかった事を悔いる。


「あぁ、あの子がいるいつもの柚原総合病院だだ。とりあえず、ここの事情は後で伝える。爆発処理班を呼んだんだ。葵さんにはここに残ってもらいたいんだが……大丈夫か?」

 係長のおっさんは真剣な表情で彼女に助けを求める。


「あー、はい。分かりました」

 断る事は出来ないだろう。


「じゃあ私は病院に向かうわ」

 優華に自分がどこに行くかだけ伝える。

 一応一緒に住んでる身だし、どこに行ってるか分からないなんて事にはしたくない。


「あの子達寝るまでには帰ってきなよ?」

「わかったわ」

 病院でも言われるだろうと思いながら軽く答えた。

 出来れば一緒にご飯だって食べたい。


 そんな円満を思い馳せながら、足早で病院へと向かった。

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