第三話 被害者と加害者の秘密の関係

「で、あなた達は……って!?私の肌若返ってるぅー!?やだぁーもぅ~!能力って素敵な事も起こるのね~」

 目の前の女の子は自分の点滴のついた肌を見るなり、興奮している。


「な、な……!?」

 私は開いた口が塞がらない。

 思っていた口調と全然違う。暴れる様子も勿論無い。


「あなたは……根元奈由さんですか?」

 治樹さんは慎重に彼女に確認を取る。

「いえ、私は母の奈緒子よ。ここは病院……?あ!皆のご飯……家族が心配だわぁ」

 彼女はのんびりとした様子で顎に手を当てる。


『どうするんですか!』

 未来は小声で彼に問い詰める。

『いや、そっち系は君の仕事だろ……!』

 彼はカウンセリングは自分の仕事ではないと押し付けてきた。


 こういう場合、先に物を通して現実を叩き付けると失神、目眩、気絶等の発作を起こすことがある。


 だから最初はゆっくりと信頼を得て、現状を本人に予想させていく事が重要なのだが……学生相手にそんな高等テクを試したことなんてない。


「え、えっと……ってことはあなたは根元奈緒子さんでよろしいですか?」

 未来は慎重に彼女の横の丸椅子に座って語りかける。


「ええ、ってもしかして私……何か大変な事に……?ってあなた誰?女の子みたいだけど……二人とも髪色が……ってまさか!」

 本人は自分に何が起きたか理解していない様子。だが、こちらの髪色を見るなり彼女は身を引く。


(や、やばっ……警戒されちゃうかも)

「こんな可愛い子達がいるのね~」

 未来は年下の女の子に抱きしめられ、頭を撫でられる。

 カウンセリング時にはこれが可愛がられる長所でもあり、舐められる短所でもある。


「ど、どうも……」

 でもやっぱり年上の年代の人に甘やかされてると思うと、母親を思い出してしまう。


「んじゃ、僕はオペがあるからごゆっくり~」

 治樹さんはそそくさと病室を後にする。

(逃げたな……)


「あ、私は天崎未来です。高校で能力カウンセリング等のお仕事をしてます……!その……ここに来る前って何か覚えてたりしますか?」

 未来は彼女を自発的に思い出させ、受け入れやすいようにする。


「えっとー、確かー、公園で待ち合わせてたのよねぇ。息子も帰ってくるし……あ、そうそう!中学生の娘が彼氏を紹介するって言っててね。父親もちょーーど仕事を有給取ってくれたから、家族総出で!その後はぁ……」

 いかにも主婦の口調で記憶が明らかになっていく。

 未来は彼女の言葉を簡単にメモを取る。


「あ!ゆっくりで大丈夫ですよ~」

 未来も彼女を焦らせることなく、受け入れるように答える。

(もしかしてだけど……この人もあの子の能力の影響を受けて……)


 そもそも能力と言うのは、一定のDNAを持つ者のみに現れる自然現象。


 神経細胞内で普段行われるタンパク合成。

 それの上限値が10だとする。

 そして感情が揺らいだりする時の交感神経の周波数が10.13位だとする。


 それが限りなく10に近くなった時に能力は発生し、近くなればなるほど慣れと上達を促す。


 簡単に言えばスポーツ競技と似ている。

 同じシュートでも何度も繰り返して完成形になるには、学びと諦めない意思があるから。


 だが上に離れすぎると暴走を起こし、下に離れすぎると能力は発動しなくなり、栄養失調や神経系の病気を持っている事を疑われる。


 だが、スポーツと違う点がもう一つある。

 それは受け入れた五感からも10.13の感情周波数を受けとることがあること。


 つまりは今回の件で例えると……

 実際に雷を見て

『雷だ!凄い!怖い…皆を守らなきゃ』

 等の感情が揺れ動くだけで、特定のDNAを持っている人は能力を覚えてしまったり発動してしまう。


 実際に未来達もこれを繰り返し、親から能力を覚えさせてもらってきた。

 正直これを乱威智に話しても、シュートの話しか分かってくれない。


 だけど今回はちょっと違う。

 この人は遅れて能力を発動し、娘と入れ替わってしまった。

 ちなみに未来は、魂が一つの器に混合してしまう能力なんて見たことがない。


 現代技術で例えると……

 スマホゲーム二台それぞれのアカウントを入れ換えたら、バグで一緒になっちゃった!?

 そう考えるとなんて楽なのだろう。


「えっと……家族総出で行ったらの後は思い出せない感じですね」

 未来は彼女の顔色をうかがい直す。


「ま、待ちなさいよぉ……!」

 待てと怒られた。


「えっとねぇ……確かあの子が連れてきたのは、私達と同じくらいの歳の人だったのよ……」

 彼女はそれを思い出すなり、苦い顔をする。


「え、ってことはおっさん?ですか?」

 未来が驚きつつも聞き返す。

 ということは現在、この奈由さんの体にはその人との子供がいる可能性が高い。


「そうそう……こんな平日の昼に釣りしてる眼鏡かけた陰険なダメオヤジみたいな感じでねぇ……」

(釣り……?)


 水面に張られた糸、湖の際の穴。容疑者候補としては線が高い。

 だが、まだ決定的な証拠ではないことも明らかだ。


「なるほど。いきなりそんな人来たらびっくりしますもんね……」

 未来もしっかりとメモを取りながら彼女の目を見つめ、相づちを取る。


「それでねぇ……息子の友達もその場にいたんだけど、息子達が怪訝そうにひそひそ話してたのよぉ~。」

 彼女は続けて息子達の反応を話す。


「息子さんとその友達が何かに気付いていたのか、ただ容姿を見て嫌そうにしてたのか……」

 未来の何か予想する時の口調。それは探偵や刑事のようになってしまっていた。


「あら!もしかしてあなた……!頭脳派名探偵さん?」

 まさか主婦がアニメ好きとは思わなかった。興味を引いてしまったようだ。


「え、てっきり昼ドラとかが好きなのかと……探偵アニメ好きなんですか?」

 未来も逸れた質問が気になって聞き返してしまう。


「ええ!大好きなの!息子連れて毎回映画館行っちゃうのよね~」

 主婦の意外な一面……!


 それはともかく、息子達が何かを話しているかまでは分からない様子だ。


「でもねぇ……!その男が息子を睨んだのよ!でも息子は怖がって私の後ろに隠れちゃったの……!あの子引っ込み思案だから……もうちょっとしっかりしてくれないと彼女が出来ても守ることなんて出来そうにないわ……」

 彼女は続けて覚えていることを話す。

 余程衝撃的だったのか凄い覚えていたようだ……

(息子さんに甘そうなお母さん……わ、私も人のこと言えないけど……)


「なるほど。息子さんがその人の話か印象を聞き、それに睨まれたことで怖がってしまったと……」

 未来も復唱しながらメモを取り、再度受け答える。


「わ、分かりますよ……!そ、その……私もお恥ずかしながら、立ち始めたばかりの娘二人と赤ん坊の息子が一人いるんです。でも娘が息子に接触するだけで泣いちゃうんですよね……」

 未来は彼女の共感を得るため、家庭でのエピソードを話す。


「あらまぁ……ってえぇっ!?あなた仕事をしてるとは言ってたけど……今いくつ?」

 彼女は驚きを隠せないまま、年齢について触れてきた。

「え、えっと……21です。今年の8月で22ですね」

 五年間の年齢詐称をする。


「ふふーん……最初口ごもってたのは盛っちゃってるのかしら~~このおませさんがこのこの~~」

 再度彼女に抱きしめられて頭を撫で回される。


「も、盛ってないですよ~」

 私は直感で否定的な言葉を使ってごまかしてしまう。


「あれ~?普通なら、そんな若くないって言うはずなのにおかしいわねぇ?うりゃうりゃ~~」

 まさかの高等テクを使い、返答による不自然さを露見させてきた。

(この奥さん一体何者ぉ……)


「あ、ねぇねぇ。そんな小さい体だと彼氏さんのが入った時って結構痛かったんじゃない?」

 突然彼女の口から発せられるドギツい下ネタ。

 二人の娘は別の父親であることは絶対に話すべきではないなと思った。


「あ、え……!?そ、それは……」

 二人の愛した相手を思い出すなり、未来は赤面してしまう。


「や、やっぱりお腹ボゴッてなった……?」

 彼女は怖がる顔をしながら、更に聞いてくる。


「な、なりませんよぉ!!た、多少は膨れたけど……べ、別に痛くするような人じゃ……!」

 そこまで恥ずかしがりながらも答えると、彼女はニコニコと微笑んでいる。


「うぅ……」

 未来としては調子が狂う。いきなりこちらの下ネタ事情を聞かれるとは思わなかった。

 カウンセリングだし同じ母親としても答えないのも責任感が無いなと思えてしまう。


「私ね、ネゴシエーターって仕事してるの。」

 彼女は未来を抱きしめたまま、落ち着いた感じにがらりと変わる。


「え!?」

 未来こそ戸惑いを隠せない。


 ネゴシエーターと言うのは警察側として、犯人との通話で交渉をするかなり頭の使う職業だ。


「あの男……あなたが推理した通り、何か感に引っかかるのよ……怪しいから、お願いしても良いかしら探偵さん?」

 彼女はそう言い、未来のポーチの中から刑事さんから貰った資料を抜き取り、見せてくる。


「あ……」

 思わず声が漏れてしまう。


「大事な資料、簡単に取られるようにしちゃダメよ?」

 その言葉を聞き、未来は決心した。全てを話すべきだと。


「その……落ち着いて聞いてくださいね。」

 未来は落ち着いてゆっくりと話かける。


「もう……!焦れったいわね。聞かなくても分かるわ。あなたが能力担当として呼び出されたということは、私達は何かしらの能力暴発の事件に巻き込まれた。この姿、そしてあなたは私を見て奈由と間違えた。」

 彼女の観察眼、記憶力、状況把握、明確な推理も申し分ない。

 未来は自分の未熟さに少し悔しくなった。


「ええ、そうです……」

 未来は悲しそうに相づちを打つ。


「そんな悲しい声出さないのぉ……。うっ、でも……誰が生きて誰が死んでるのかぁ……息子だけ教えて……!」

 彼女は途中で泣きながら、言葉を綴る。だが最後の言葉だけ迷いがなかった。

(流石伊達に母親やってないな……)


「大丈夫です……!息子さんは生きてます!別の病室で能力を抑えるためか、私の妹がさっきまで様子見てました……」

 彼女に一筋の安心感を与える。


「良かったぁ……この子の体と息子が生きてるだけでも、本当に良かったわ……私の苦労した十数年間は無駄じゃなかったのね……」

 子供がもし亡くなったら、危険な目に遭ったら、もう会えなくなったら……

 その無の悲しみは私にも分かる。


「ええ、良かったです……!子供は自分の命よりも大事な、一番の宝物ですから……!」

 未来も彼女をしばらく励まし、今日のところは面談を終えたのだった。



「さーてと……」

 病院を出て時刻はもう六時。

「ねーねー先生?子供といる時間ってやっぱり幸せ?」

 口うるさい部員且つ従妹の愛理奈は未来をからかってくる。


「あぁ、だから何……」

 めんどくさがりながらも答えると……

「幸樹さんが~~先生の~~お腹ボッゴボッゴ~~」

 とても高校生が歌うとは思えない下劣で下品な歌が聞こえる。


「お前……私はともかく」

 震える怒りを握り拳で抑える。

「怒った怒った――」

 彼女がそう言って舞い上がる瞬間……


「ヴォェッ……!」

 誰かが吐き気を訴えている。


「ゆ、優華さん!大丈夫!?」

 桃里は優華の背中を撫でて心配している。


「だぁ、だぁいじょぶ……わ、わたしの可愛い、可愛い未来がぁ……」

 優華はかろうじて吐き気を抑えている。


「ふぇぇ……」

 愛理奈は罪悪感に困惑する。


「せめて風呂の中で歌いなさいそういうのは……」

 未来もため息を吐きながら余計な言葉を発してしまう。


「じゃあパパの前で!」

 この子はまだ懲りない。


「やめて……」

 否定をするが……


「えっへへ~しちゃうもんね」

 まだ調子に乗っている。


「じゃあこっちもやる……!乱威智先輩が~~愛理奈にキスでチュッチュ~~」

 こちらも子供になってやり返してみる。

「ちょ!やめてよ~!」

 愛理奈も気にはなっているのか嫌がる。


「うぅ……」

 優華はというと今度は膝を突き、落ち込んでしまった。


「キスでチュッチュは日本語おかしいぞ」

 背後から乱威智本人の声が聞こえる。


「…………」

 引きつった顔で背後へ振り向く。

 当の乱威智は全く怒りもしてない。


「って何で出てきてるのよ!!」

 未来は入院していたはずの本人へ怒る。


「回復早いし依頼もあるしでなんか外出許可出たわ」

 その軽い言葉で納得する。

 裏の力で外出許可通るしか無かったという感じだろう。


「それより未来、また随分昔の感じに戻ってきたんじゃないか?」

 最近はこいつに会えば十中八九言われる。

 そりゃ最初の夫亡くした頃よりは元気に決まってる。


「別に」

 普段の冷静さを取り戻し素っ気なく答える。


「可愛くねー」

 その言葉にカチンと来る。


「幸樹くんが~~未来ちゃんの子宮を――」

 未来はすかさず彼の背後に回り、背負っている刀を握り締め尽くす。

『ギュゥゥゥゥ!!』

「ぐあぁぁっ!」

 喋る刀の調子の良すぎる口は教育的に良くない。


「や、やっぱり乱威智さん肉食系なんだぁ~確かにそうじゃなきゃあんなしっかり者の生徒会長落とせない訳よね……うんうん」

 愛理奈は勝手に納得し、頷く。


 だけどこの下ネタ嵐下ではファインプレーだった。



 そして歩いて着いたのは先程の公園。


「あれ、まだやるんですか?」

 愛理奈は入ろうとする未来に問いかける。


「もう遅いし暗いし、送ってもらいなさい」

 未来は二人に帰るように伝える。

 不審者がいるかもしれないのに、この子を一人で返す訳にはいかない。


「えー」

 愛理奈はつまらなそうにする。


「乱威智お願い」

 未来は空気を読んで乱威智に頼む。


「あいよ」

 彼はそう答えて、二人を連れていく。


「あ、ありがと……」

 三人が少し離れると優華からお礼を言われる。


「早く仲直りしたらいいのに……」

 未来は優華に言い放つ。

「う、うるさい……未来も人のこと言えないし……」

 優華は逆にこちらの愛美とのことを指摘する。


「ま、まぁ……」

 仕方ないと片付けてしまってもいいが、正直トラウマ物なんてどうやって打ち明けたらいいか分からない。

 カウンセラーでも、それはやっぱり大切な姉妹には通用しない。


 それはそうと、優華には彼女なりの乱威智と話せない理由がある。

 宇宙にいる時……乱威智と優華の二人同士は、鈴と一緒に三人で行動していた時間が長かった。


 乱威智は結衣という心に決めた彼女に会えず、優華は必死に彼を求めた。

 けど友達としてすらそれは答えられなくて……優華はもう縁を切ると言い張り、一人でそこから逃げたそうだ。

 昨年の九月頃からこの地球にいたらしい。


 正直たまにこういうバッタリがあるとめんどくさい。


 操作のテープを通してもらい、湖の近くまで行く。

「んじゃ、お願いね」

 未来はその手短な言葉だけで、彼女に何かをお願いする。


「へ、何を?玩具でぱこ――」

 とぼける彼女の足を踏む。


「違います!波動で湖の中に何が隠されてるのか見てほしいの!」

 未来はムキになり、強い口調でそうお願いする。


「わかったよ。帰りが待ち遠しいママさん」

 優華はわざと目線を自分の高さに合わせて頭を撫でてくる。

(能力使えるようになったら今に覚えておきなさいよ……!)


 彼女は湖の際に膝を突き、目を閉じて水面に右手をかざそうと近付く。


 この落ち着いた姿だけ見れば、ロリコン変態や男の子を誘惑する女性には見えない。

 ちなみにバットをぶん回して組を一つ潰すような人間にも見えない。

 まあ一つ目二つ目に関しては未来が原因の一つでもあったりする。


 彼女が手を翳すと、水面から大きな波紋が広がる。

 音も立たない。やがてその波紋の中心が湖の中心へと移動する。


 そして三十秒程経つと、その波紋は消えて優華は立ち上がる。


「さぁ、何があったでしょう?」

 彼女は人差し指を立てて、この指止まれの形を作り質問してくる。


「ぐぐ……」

 未来は悔しそうな顔をしつつも……情報を整理する。


 現在分かっている中では、あの張った糸が起爆装置であった可能性は高い。

 それに用いた釣り竿、それを絡ませた栓を引っ張るタイプの大規模爆弾。


 水中に設置する機雷ならば糸を張る意味は無い。

 だが!ちょっと釣り竿を意識させ過ぎている。擦り付けであるならば可能性はゼロではない。

 日本でそんなバカでかい鉄球爆弾が手に入るかは知らないけど……


「栓抜き型手榴弾の欠片と釣り竿、そして糸。船の残骸。人間と魚の肉塊」

 考えられるものは一通り挙げた。


「七割正解かなぁ~」

 優華はそのまま指でリズムを取りながら、その場から去ろうとする。


「鉄球の残骸」

 未来は即答する。


「正解。さっすが~爆弾博士ちゃん」

 彼女は背中を向けたまま直ぐに返事をする。


「はぁ……」

 溜め息を吐く。

 明らかに誘導させるためとはいえ、湖に機雷はちょっと大がかり過ぎる。


「まぁまぁ、今日のとこは帰りましょ。子供達が寝たら海に繋がる工場を散策してみるわ~」

 優華は先程より楽しそうな様子で公園の方へと戻っていく。


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