第2話:復讐の誓い

龍強化ドラゴエンチャントを使え。憎き者共を皆殺しにしろ》


 その声の主は、俺に聞き覚えのないスキルの使用を促した。

 バクンっ、と大きな鼓動をした心臓。いや、今のは体内にある魔石だ。

 感じたことのない、黒くドロドロとした魔力が溢れ出てくるのが分かる。 


「王様、殺すのはあんまりだと思いますよ? 今まで頑張ってくれたんだし」

「……全員、動きを止めよ」


 マサトの一言により、王は兵を退かせた。

 そして、抜刀したまま目を虚ろにしているであろう俺に歩み寄り、唐突な提案をした。


「ねぇ、君。カインって言うんだっけ? よかったら俺の仲間にならないか? 亜人がなんでダメなのかはよくわかんないし、それに他の兵士と比べても六倍くらい強いしさ」


 憐れむように、マサトは左手を俺に差し伸べてきた。

 勿論、俺にこんな誘いに乗る気はさらさらない。

 伸ばされた手を払い、理不尽な現実に一言物申した。


「断る。偽物の勇者なんかに協力する気はない」

「いいの? 殺されちゃうんだよ?」

「そっちの方がマシに……」


「亜人のくせに、マサト様のご慈悲を無下にするつもりなのかしら? 身の程をわきまえなさい」


 その美声は、兵士の輪をかき分けて、俺の目の前へとやってきた美女のものだった。

 聖剣を手にするマサトの肩に軽く手を置き、俺にしていたように媚を売っている。


「シンディ……」


「ん? 随分と美人さんだね。と言うより、君誰?」

「私は三英雄の一人、シンディですわ。勇者様のパーティーメンバー兼将来の伴侶にさせていただく事になっております」

 

 やはりこの女は俺を騙していた。俺の勇者という地位だけが目当て。

 亜人と断定された俺を最大まで追い詰め、後の自分の立場を確立するための姑息な言動。

 

「ほんと? こんな美人さんがお嫁さんになるなんて、やっぱ勇者になってよかったなー。それにレベルも二十三でそこそこ強いし」

「きゃー、嬉しいですわ!」


 裏切られた。嫉妬にも似た感情が、俺の体の中で生成されていく黒い魔力を増大させていく。


《殺せ》


 殺したい。ここにいる連中を皆殺しにして、復讐してやりたい。

 

《殺せ》

 

 こんな状況を作り出した根元である、マサトが憎い。


《ならば殺せ》


 頭の中の声は、次第に返答してくるようになった。

 俺は亜人なんかじゃない。ただの人間だ。だけど、この声は俺の心の叫びをそのまま反映している。

 

《目の前の馬の骨が憎いか? 間抜けな王が憎いか?》


「あぁ」


《ならば殺せ。皆を殺し、貴様の力を見せつけろ》


 そうか。今こいつより強い事を証明できれば、俺はまた勇者になれる。

 亜人だとしても、力があるなら誰も俺を否定はできない。俺が、俺だけが人族の剣になる資格があるんだから。


「ん? どうしたの、カインくん?」


 剣を振るえばコイツの隙をついて攻撃できる。

 そう思い、繰り出した一振りは最強の盾によって容易に受け止められた。


「勇者、いや、元勇者。よくも今まで俺たちを騙してくれたな。人に扮した亜人が、新勇者に剣を向けるなんて、今すぐ俺たちに殺される覚悟があるって事でいいんだよな?」


 忿怒の声音。剣に力を入れ続け、グレウスの防御を突破するために使い慣れたスキルを発動した。


聖神強化ホーリーエンチャント


 だが、何も起こらない。本来なら集まり始める霊子は、今も尚俺を拒絶し続ける。

 そして代わりに俺の体に突き刺さったのは、一本の矢だった。


「ダチだと思ってたんだがなぁ。魔族が勇者になりすましてるなんて思いもしなかったぜ。まぁ、そんなお前の命運も、ここまでだけどな」


 グレウスとの拮抗を一時中断し、ガゼルの弓での追撃を剣で弾く。

 大きく後ろに飛び、距離を取るも、絶対的不利に変わりはない。 


「まぁまぁ、君達も落ち着いてくれよ。と言うより、なんで亜人にそこまでこだわるんだい? 俺まだこっちに来てから日が経ってないから、色々と疎くてごめんよ」

「いいんですのよ、勇者様! 亜人は魔族のこと。つまり、この男は私たちを騙して人間になりすましていた男なんですよ」


 シンディの言葉に、マサトは深く納得したような表情を浮かべた。

 単純なバカ。一言で言えばそうだろう。

 理由も知らず、ただ正義の味方づらして、自分の勇者としての地位に酔いしれているだけ。

 そこには民を救いたいという意思などない。いや、俺以外、誰もそんなものは持ち合わせていなかったのだろう。

 グレウスでさえ、亜人を忌み嫌うだけ。ガゼルとシンディは言うまでもない。我欲のためだ。


 今の俺には、さっき殺したドラゴニュートの首領よりもコイツらの方が穢れているように見える。

 上部っつらだけ。全ては自分の地位と権力のため。

 

 今まで何のために亜人と戦ってきた? そう考えさせられる程に、コイツらは汚らわしい。ただ欲に塗れ、他人を欺くこいつらが憎い。


龍強化ドラゴエンチャントを使え》


 あぁ、分かったよ。


「へー、それじゃあここで退治しておいた方がいいのかな? はっきり言って、俺以外じゃこの亜人くんは倒せなさそうだし」


 マサトが聖剣を携えて、グレウス達の前に出てきた。

 そして何やら空気中を指でいじると、不敵に笑みを浮かべた。


「亜人くんが何を企んでいるのかは知らないけど、俺は勇者として魔族を打つことにするよ。えーっと、スキルの名前は……」

「マサトぉーっ!」


 偽物の勇者が隙を見せた瞬間、俺は一気に距離をつめた。

 勇者の持つ聖神の力ではなく、正体不明の黒い魔力を身に纏って。


龍強化ドラゴエンチャント

 

 勇者が使える、聖神強化ホーリーエンチャントに匹敵する魔力が、俺の指先まで激しく流れ込んできた。

 視認できる程に、黒い魔力が体の周りに纏わり付いている。

 鉄製の剣でさえ、聖剣に匹敵すると言われる最高峰のアダマンダイトの剣に変化させるような、黒い力。

 勝てる。これなら、憎きコイツを八つ裂きに……


「あー、ポイントの振り方間違えた。まぁこれでいっか。【究極聖神斬撃ディバインソード】!」

「……は?」


 剣が消え、自分の右腕が宙に舞ったことに気がつくのに、コンマ数秒かかった。

 勇者の力を保有していた時並みに強化された俺の動きは、圧倒的な力の暴力に敵うことはなかった。

 初代勇者が魔王を倒した時に使用したと言われる伝説のスキル、究極聖神斬撃ディバインソード

 ダメだ、殺される。全てを失った上に、俺はこんなところで消し炭にされるのか?

 今なら何となくあのドラゴニュートの叫び声の意味が分かる。


「ガァぁっー⁉︎」


 痛みが原因のただの悲鳴。理不尽な力により、殺される寸前の獲物の遠吠え。


「お、俺が何したって言うんだよ。今まで散々助けてやったろ? なぁ、シンディ、グレウス、ガゼル? 仲間じゃないのかよ? 俺を助けろよ?」


 そんな嘆きへの返事は、盾での突進と、雷の矢。そして、巨大な炎の球だった。


「くそ、絶対に殺してやる。お前ら全員、皆殺しにしてやる」

「亜人がついに正体を現しおった! 皆のども、確実に仕留めよ!」


 無実の俺を殺すのがこの国の王の仕事なのか?

 今まで散々こき使われて、テメェの民衆を守ってやったのは誰だよ?

 英雄なんて呼ばれてる、ただの我欲にまみれたゴミどもが。


 絶対に、絶対に復讐してやる。たとえ死んだとしても、冥界の底から這い出て、コイツらを必ず……


「分かってるって、王様。なんか黒くてヤバそうだしね。【究極聖神斬撃ディバインソード】!」


 勇者と三英雄の攻撃。マサトだけにだって手も足も出なかったのに、コイツらの攻撃まで加わったら太刀打ちは……


 いや、最後まで足掻くしかない。俺は亜人だ。人間をはるかに凌駕する能力を持っている、誇り高き亜人だろ?


「まだ、まだだ……龍強……」


【冥界のゼブルスゲート


 聞き覚えのない声が、唐突に鳴り響いた。

 俺に向けて一直線に伸びていたはずの攻撃は全て消え去り、四方を漆黒の巨壁が囲んでいる。

 壁の外で聞こえる勇者と英雄たちの攻撃による轟音。


 壁によって光が遮られ、暗くなった俺の周囲。

 だが、孤立しているはずの俺の目の前に、赤い髪と紅色の眼を持った、全裸の少女が現れた。


「よぉカイザー。久しぶりじゃな。三千年前の借りは返したぞ」

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