元勇者の俺は、全てを奪った異世界からの新勇者に復讐を誓う
朝の清流
第1話:勇者の座を奪われた元勇者
「シンディ、グレウス、ガゼル。下がってろ。俺が止めを刺す」
「「「了解!」」」
光かがやく白金色の剣を両手で力強く握り直し、後退してる三人の仲間達と場を変わる。
冷たく硬い石でできた床を蹴り、ドラゴニュートと呼ばれる比較的上位の魔族のリーダーを目掛けて、一直線に進む。
繰り出すのは勇者である俺が今使える最強の剣技。通常の剣技や魔法とは違い、魔力は使用せずに、全てを崩壊させる力を持つ
【
神速の一刀。更に、剣先から放たれる、巨大な
『ガァ……』
人間と同じように聞こえる絶叫。だが、ドラゴニュートや他の魔族の声音は、どこか穢れていて、獣のよう。
ドラゴニュートは、厳密に言えば亜人に分類される。竜と人間のハーフ。しかし、魔族特有の負の魔力を体内に秘めている。故に、魔族に分類されるわけだ。
「お疲れ様、カイン。流石は私の未来の旦那様ね」
「魔族を打つのは勇者として当然の事だよ、シンディ。それにグレウスとガゼルも、みんないい動きで助かったよ」
綺麗な金髪に、少し茶色い肌の賢者の娘。シンディは、俺たち勇者パーティーの過去最大の功績とも言えるドラゴニュートの拠点制圧を、抱擁という形で祝福してくれた。
魔術師用の硬い戦闘鎧越しでも、その柔らかな胸の感触はよく伝わってくる。
勇者に使える三英雄の一人と呼ばれているのに加え、この美貌の持ち主だ。性格も良く、何もかもが完璧とさえ言える。
そして、世界最大の人類国家アイテール、俺という勇者を保持する巨大な国で、最強の盾の称号を得た大男、グレウス。
パーティーのタンク役である彼の綺麗な顔立ちにも負けないのが、弓と短剣を扱う最強の後衛、ガゼルだ。
人間と魔族間での戦いが終わることを知らないこの世界では、俺たち勇者パーティーの力は必須。
だが、未だに魔族のリーダーである魔王がいる魔界には到達できていない。
アイテールの周辺や、辺境の地域など。魔族の根城はどこにでも存在し、俺たちは何か問題があると直ぐに駆り出される。
今回のように、敵の戦力の要である要塞を攻略できたのは、かなり大きな進展と言えるだろう。
「全く、最後の良いところをいつも持っていきやがって。そういうのは後衛の俺がもらうところだろ?」
「じゃあ次はガゼルに譲るよ。それで良い?」
「ったく、勇者様は本当に慈悲深いですこと。俺も女の子と酒飲むのにカッコイイ自慢話がないといけないんだからさー。本当に次は頼むぜ?」
ガゼルは我欲に忠実だ。そのおかげか、いつも俺たちを笑わせてくれる。
比較的温厚で物静かなグレウスでさえ、呆れた表情を浮かべたり、クスクスと笑ったりしている。
十七歳になった去年から勇者になり、まだたったの一年しか行動を共にしていないけど、三人は十分な信頼に値する。特にシンディは……
「ガゼルは毎度毎度態度だけは大きいんだから。全く、あくまでもカインがメインだって事、忘れないでよね? 勇者なんだから」
「へいへい。分かってますよー。それより、こんな臭いところに長居したくないからさ、さっさと
魔族の
因みに、俺たち人間の体にも魔石はある。ただ、魔族のものと違って黄色い。
「それもそうね。じゃあ帰りましょうか。転移先は玉座の間の目の前でいいのかしら?」
「ああ、それで頼むよ。いつも悪いな、シンディ」
と謝辞の言葉を述べると、シンディは豊満な胸を更に押し付けてくる。
「いいのよ〜。勇者様の頼みですもの」
シンディは、俺の事をたまに勇者様と呼ぶ。ガゼルは冗談に聞こえるからいいけど、グレウスなんかは俺の事を勇者としか呼ばない。
信頼関係を感じているのは、もしかすると俺だけなのかも、とたまに感じてしまう。
「我、空間の神の名を借りて命ず。迷える子羊を地の果てまで送り届けよ。【遠距離転移】」
シンディからゼロ距離にいた俺は勿論、少し離れた所にいたガゼルも、グラウスも見慣れた光によって飲みこまれた。
そして瞬時に切り替わる風景。さっきまで薄暗く腐敗臭の立ち込めた魔族の要塞にいた俺たちは、すでに豪奢な扉の前に立っている。
勇者パーティーを動かせるのは王のみ。そして、任務の終了は何より早く報告しなければならない。
返り血を浴びた鎧を纏ったままでも、致命傷を負っていても、例外なく玉座へと足を運ばなければいけない。
慣れた手つきで、その大扉へと手を伸ばす。
一々三人に扉を開ける事を伝えなくても、皆同様に王に面会する心構えはできている。
古びた音一つ出さずにスムーズに開く扉の奥には、いつものように王が堂々と腰掛けていた。
長く伸びた白ひげに、皺が目立つ顔。だけど、その男の荘厳さは誰よりも偉大に見える。
「ご苦労だったな、勇者カイン。その様子だと、吉報を持ち帰ったのであろう?」
「はっ。特に負傷もなく、南の要塞を制圧しました。情報通り、ドラゴニュートの根城となっていたようですが、この通り」
跪きながら、ガゼルに魔石を出すように催促する。
強欲な彼でも、三英雄の一人として王に逆らおうとは考えるはずもなく、腰のポーチから躊躇いなく大きな魔石を取り出した。
「ふむ。鑑定は後にするとして、その大きさであれば疑う余地もなかろう」
ガゼルの掲げた魔石を王の側近のメガネ男が回収し、王の合図で俺たちは頭をあげる。
普段ならここで解散。もしくは他の任務を口渡される。
でも何故か今日は、王の警護の為にいた兵達が、取り囲むように段々と俺たちに近づいてきた。
「さて、三英雄よ。少し下がっておれ」
「「「はっ」」」
退出の合図ではなく、ただ少し下がるように命じた王。
そして俺はただ一人、兵に周囲を固められながら膝を赤いカーペットにつけたままだった。
「アイテール王、どうかなさいましたか?」
「主には心の底から感謝をしているぞ。今までの勇者としての活躍、大義に値する」
「ありがたいお言葉を……」
だが、俺の謝辞は間違いだった。
「抜刀!」
兵士達に抜刀を命じたのは、王の側近だった。
先程よりも距離を縮め、およそ五メドルの綺麗な円陣が組まれた。
シンディ達は円の外側。てことは狙いは俺だけか?
だけど罰せられる過ちも犯していないし、それに俺は勇者だ。
困惑しながら円陣の外を見ると、シンディとガゼルは平然そうな表情をしていた。
王の命は絶対厳守。だから仕方がない。でも、この突発的な状況に、グレウスは疑問を投げかけた。
「アイテール王陛下、これは一体どう言う事ですか?」
正義感と忠誠の塊とも言うべき最強の盾の言葉に対し、側近は嘲笑し、王は淡々と現実を述べ始めた。
「勇者カイン・ハウザーは本日をもって勇者ではなくなった。前々より準備を進めていた、勇者召喚魔法が遂に成功したのだよ。そして我々は、いや人類国家アイテールは新たな勇者を迎え入れた。新勇者マサト・カワサキよ、こちらへ来てはくれぬか?」
王が異国風の者の名前を呼んだ直後、兵士の円陣の中、丁度俺の目の前に現れた空間の歪みから、同い年くらいの黒髪の青年が出てきた。
比較的整った顔で、先代勇者が纏っていた青色のマントと、白銀の軽鎧を身に付けている。
そして今のは、賢者しか使えない筈の空間魔法による転移だった。
「呼ばれて飛びててマサトくーん……なんちゃって。なんか勇者になったみたいなんだ、以後お見知り置きを。元勇者さん」
マサトと言う異世界人が、未だ床に膝をつけたままの俺に握手を求めてきた。
意味がわからない。この青年が空間魔法をシンディ以上に上手く使いこなしている事だけではなく、唐突に現れたヤツに勇者の称号を奪われたらしいことが。
死ぬ思いをしながら獲得した、俺の最高の勲章にして活躍の証。
こんな理不尽なことがあっていいはずが……
「ん? どうしたの黙っちゃって? もしかして、嫌われちゃった?」
軽口を叩くマサト。だが、俺にはまだ勇者の証が残っているじゃないか。
腰に帯刀している聖剣。勇者である筈の俺なら、こいつを握る事だって……
バチっ、と聖剣から青白い稲妻が迸った。
雷魔法にも似た霊子の暴走は、マサトが俺に歩み寄ってくるに連れて激しさを増した。
「拒絶、されているのか……?」
過去に、ガゼルが聖剣を触った時と同じ反応だ。
適任者でない者の接触を妨げる、神の意志とも呼ぶべき拒絶反応。
俺は……聖剣にまで勇者の称号を……
「ふーん、なるほどね。王様、元勇者さんが持ってるこの剣を貰えばいいんだよね?」
「うむ。それはマサト殿が持つべき物だ」
「はいはい」
怠そうな声を出しながら、マサトが更に近づいてきた。
俺の直ぐ目の前。ほんの五十セメルの距離に立つと、聖剣はひとりでにマサトの手の中へと収まった。
「なっ、何がどうなってるんだ?」
聖剣はマサトを選んだ。つまり、俺ではなく、こいつが勇者……
「やはりそうか! 我の見込みは正しかったな。そうであろう、ガルドよ」
「はっ。流石はアイテール王陛下の召喚された勇者であります」
そんな王と側近のやりとりが耳に入ってきた。
そして王は玉座から立ち上がると、並並ならぬ荘厳さと共に、大きく太い声で宣言した。
「バグド・アイテールの名の下に宣言する。カイン・ハウザーより神の子ハウザーの名と、勇者の称号を剥奪。そして、ここに現れし救世主マサト・カワサキ改、マサト・ハウザーを新たな勇者とする!」
「えーと、王様? 俺、カワサキのままがいいんだけど、ダメかな?」
「む? そうであるか? ならば新勇者、マサト・カワサキとして人族の剣となってくれ」
「了解でーす」
王に対し、生意気な態度を見せている、俺と同い年くらいの青年。
友人に交わす程度の礼をも王は寛容し、側近もマサトの無礼を黙認している。
そして何より、王の唐突な宣告に誰も異を唱えようとはしない。
「ちょっと、待ってくださいよ。俺はどうなるんですか? いきなり現れたやつが勇者だなんて、急すぎて理解が……」
「レベル三十二、種族亜人。なーんだ、大したことないんじゃん。ちなみに俺はレベル六十ね」
レベル? 亜人? マサトの理解不能な一言で、俺だけでなく、この場にいた全ての者が凍りついた。
「亜人⁉︎ それは誠であるか、マサト殿?」
「えーと、そう書いてあるよ。ちなみにそこの側近の人はハーフエルフって書いてる。あってるよね?」
書いてある? どこに? ホラ吹きにも程が……
「はい、私はハーフエルフです。まだ王にしか伝えたことがないので、嘘は言っていないかと」
「こんな奴の言うことは嘘に決まってます! 俺は亜人なんかじゃ……」
「ええい、黙れ! 元勇者、いや、この亜人を即刻処刑せい! 兵よ!」
王の怒声で、兵たちが段々と距離を詰め始めた。
やるしかない。このままだと殺される。
予備に持っていた、鉄製の剣を引き抜き、両手で構える。
兵はまだいい。問題は目の前で間抜けな表情を浮かべているマサトと、三英雄の元仲間たち……
俺が亜人だと聞いた直後、兵士の輪に割って入ってきた。
くそ、この裏切り者どもめ。俺が何をしたっていうんだ。
亜人だという証拠がどこにある? それに俺は人間……
《憎き者どもを皆殺しにせよ》
唐突に、魔族の声が頭の中に響き渡った。
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