第3話:復讐に燃える大悪魔
どこか威厳のある口調で、謎の少女は俺ではない誰かとの再開を祝福した。
だが、この少女に助けられたのは確か。マサトの一撃を防ぐなんて……
「お、お前は誰だ? なぜ俺を助けた?」
「何言っとるんじゃ? 妾はフェリじゃよ? ほれ、あの時一緒に戦ったじゃろ? そしてカイザーが妾を庇って死んだ。情けない事に、妾もその後直ぐに死んでしまったんじゃがの。転生するのにちと時間がかかってしまったが、また会えてよかったぞ」
カイザー? 俺はカインの筈だが……
「俺はカイザーじゃない。カインだ。助けてもらったのはありがたいけど、今直ぐにあいつらを殺しに行かないと……」
「戯け! 今の主じゃ勝てる訳ないであろう? 妾だって、まだ力が戻っとらんのじゃ。防げて後二発……」
とフェリと名乗る紅の少女が言った矢先、漆黒の壁に再度大きな衝撃が加わった。
壁面がヒビ割れ、外の光が差し込んでくる。
「おのれ亜人め。悪魔のような力を使いおって。マサト殿、必ず仕留めて頂きたい」
「分かってるって、うるさいなー」
そんな会話も、漏れ聞こえてくる。
次で殺される。一瞬戻った憎悪も、死の恐怖には敵わなかった。
「ほれカイザー、ではなかったな。カインよ。ここは撤退するぞ。復讐は後にせい」
「……あぁ、だけど今の状況じゃ……」
逃げ場はない、と言おうとした瞬間に、フェリは小さな手で残っている俺の左手を掴むと、無詠唱であの光を生み出した。
「着地に失敗するでないぞ」
「……え?」
血が流れ出る傷口の痛みよりも、暗い洞窟の床に激しく落下した衝撃が全身を襲った。
いや、というより、失った腕からの出血が止まっている。焼け焦げたような痕がある辺り、おそらくフェリが傷口を焼いてくれたのだろう。
それも俺が気がつかないタイミングで。
「お前は一体……」
「いたた……自分でも失敗するなんて、やはりまだ力が戻っとらんな。カインも間抜けなツラをしとらんで、さっさと立たんか」
全裸の少女に催促され、言われるがままに立ち上がる。
片腕を失った事で、体のバランスが上手くとれない。
そして理解不能な状況を整理するために、周囲を見渡すと、何やら見覚えのある石壁に囲まれていた。
「ここは、ゼブルスの神殿か?」
「おぉ、それは覚えとったか、カイザーよ。それにしても、主はいつ転生したのじゃ? 何故人の形をしとる?」
「ん? 俺がここを知ってるのは数ヶ月前に調査に来たからで……って俺は一体何者なんだ? カイザーって、誰のことなんだ?」
するとフェリは、石壁に手を当て、灯火に火をつけた。
神殿の最上階。悪魔が封印されていた、今は空っぽの棺があった場所の筈だ。
「すまんの、主は今はカインじゃったな。うっかりしておったわ。それに、無理やり思い出させてもあまりいい事は起きないじゃろうから、今は言わん方がいいじゃろ。妾の事なら話してやってもいいがの?」
思い出す……何を?
俺が亜人と呼ばれるのに関係あるのか?
憎悪の感情が高まったときに聞こえた魔族の声に関係があるのか?
フェリについて聞く事で、何か思い出せるかも知れない。
「分かった。頼む」
「うむ。妾は冥界の大悪魔、フェリ・ゴンゴールである。この神殿に祀られておる悪魔じゃな。だからここは妾の家みたいなものかの」
「悪魔⁉︎ それだと魔王の手先の者……」
俺の言葉は、フェリの眼光によって遮られた。
魔力を感じるわけじゃない。ただ、これ以上言うと良くない事が起こるのは確かだ。
「妾をあやつらと同じにするでない。ゴミ溜のような下級の悪魔連中など、今すぐにでも消し去ってやりたいくらいじゃ」
力いっぱいに小さな拳を握り、壁に八つ当たりをするかのように魔力をぶつけるフェリ。
華奢な手からは想像もできない威力で、白色の石壁は大きく窪んだ。
側から見れば、俺も今のフェリのように、憎悪に燃えた目をしていたのだろう。
「フェリも、復讐したい相手がいるのか?」
「当たり前じゃ! でなければ妾は転生なんてしておらん。これ以上知りたいなら、妾を今すぐカイザーに会わせるのじゃ!」
「……だからカイザーって、誰なんだよ……」
俺の小さな嘆きに、フェリが拳に纏わせていた紅蓮の魔力を納めた。
俺も今すぐに城に乗り込んで、アイツらに復讐してやりたい。
そしてフェリも、俺の忘れているカイザーとかいうヤツに会って、復讐を遂げなければいけない。
「すまんの。妾とした事が、少々乱した。じゃが妾にはカイザーが必要なんじゃ。三千年前の約束を果たすために……」
「いや、俺の方こそ。助けてもらったってのに、悪かったよ」
互いに気になる事は色々ある。だが、今はどうしようもない。
そしてフェリは何故か俺の方へと歩み寄ってきて、優しく抱擁してきた。
冷静に考えてみると、全裸の幼女に抱きつかれているのは少々マズイ。
フェリは気にしていないだろうけど……と言うより、俺はこれからどうすればいいんだ?
復讐しようにも、今じゃ完全な力不足だ。
勇者だった時と同程度の力があるのは分かる。だけど、片手を失って、満身創痍。
今の状態だと、ガゼルに勝てるかどうかも分からない。
「フェリ、悪いんだけど、なんか服着てくれないか?」
「ん? 主はカイザーと同じ事をいいおるな。仕方がないから着てやろう」
俺から離れたフェリは、紅色の髪の毛を捲し上げると、動作一つ見せずに赤と黒のシンプルなドレスを身に纏った。
「これでいいかの?」
「あ、あぁ。てか今のはどうやったんだ?」
「何って、呪力の魔法に決まっとるじゃろ? カインは使えんのか? さっき城でカイザーの呪力を感じたから駆けつけたんじゃが……」
あの龍強化は呪力って言うのを使っていたのか?
だから霊子を使う聖神強化に似たような効果だったのかもな……
「なら使えるのかもしれないな。無意識だったけど、確かに今まで使った事のないスキルを発動した」
「ほうほう、やはりカイザーの目覚めは近いのかもしれんの。妾も嬉しい限りじゃ。そしたら一度出かけるぞ。主の腕を治さなければ、些か不便であろう?」
「そりゃ不便だけど、どんな回復魔法でも無理じゃないか?」
「多分大丈夫じゃ。やってみない事には分からんからな。それに身体中穴だらけではないか。腕以外にも治すところは多いぞ」
ガゼルの矢で空いた穴か。腕にばかり気を取られていて、あまり痛みはなかった。
それに今では傷口は全て焼け閉じている。そのおかげで、痛みは殆どない。
フェリが処置してくれたのか、もしくは俺が無意識に何かをしたのか。
いや、でも俺は火魔法は使えない。使えるのは殺傷能力の低い風魔法と、剣技くらいだ。それと呪力による魔法も……
「ほれ、ぼさっとしとらんで足を動かさんか。それとも何か、妾にお姫様抱っこでもしてもらいたいのかのぉ?」
「遠慮しとくよ。歩くから大丈夫だ。それと、あれだ……」
「ん?」
「礼を言っておく。あのままだったら復讐どころじゃなく殺されていた」
「っふ。主はやはりカイザーに似ておるな。互いの目的を果たすまで、これからも頼むぞ、カイン」
俺たちは協力関係を結んだのだろう。
フェリの復讐の相手が誰か聞くことは難しい。
だが、どのような相手でも今の俺はただの足手纏いだ。正直言って、フェリが一人で行動した方が遥かに効率はいい。
それ理解していて、俺はフェリと行動を共にする事を選択した。
この悪魔といれば、いずれ俺はアイツらに復讐できる。
フェリもカイザーとか言う奴のために俺を助けたはずだ。だったら利用し合っているのはお互い様。
あの強大な勇者を葬るには、他者をも利用しなければ……
フェリの後をついて、ただ黙々と進んだ。
先程の転移魔法を使用しないのは、まだ完全に制御できていないからだろう。
階段を降り、最下層で地上への出口へと向かう。
ゼブルスの神殿は、万象の森という広大な森の深層部に位置している。
亜人や魔獣が多く生息しているため、よく任務に駆り出されたものだ。
今思うと、俺が勇者をやっていた一年間で、亜人は一度もアイテールに攻め込んで来なかったな。
任務先では怒り狂った亜人たちが殺意を剥き出しにして、命懸けで戦いを挑んできた。
あんなクソみたいな王と国のために意味もわからず亜人を蹂躙していたと思うと、苛立ちで吐き気がしてくる。
「この辺じゃ。今呼んでくるからここで少し待っとれ」
神殿から出て二十分も経たない場所で、フェリは立ち止まった。
木々が生い茂っているのに、他と比べてここは比較的明るい。
フェリは、軽く飛んで木の枝へと移動し、他の木々へと飛び移り続けていた。
この森には餓狼族以外の亜人の集落は無いはずだ。それに、その集落は半年ほど前に壊滅させた。
他に大悪魔が助けを請える魔族はいないだろうに……
「連れてきたぞ!」
ガサガサ、と葉っぱの中からフェリが飛び出して来た。
その小さな手の先では、緑色の髪を持った幼女が必死の抵抗を試みている。
若草色のワンピースを身に纏った、どこかの文献で目にした事のある生命体。
「ちょっと、悪魔! 離しなさいよ!」
「全く、フレイは相変わらずうるさいのぉ。三千年前からちっとも変わっとらんでは無いか。特に身長が」
「っ⁉︎ ド、ドライアドの中では大きい方なんだからね……ってそんなことはどうでもいいわ。本当に何の用なのよ? カイザーなんていないじゃない」
「あそこに立っとるのがカイザーじゃよ。今はカインと言うらしいがの。とにかくこやつの怪我を治してはくれんか?」
側から見れば、幼女二人が喧嘩をしているだけ。
だがフレイと言う名の伝説上の聖霊は、俺の顔を見ると抵抗を止め、殺意のこもった視線を向けて来た。
「……こいつ、この前森を襲った人間の勇者じゃないの! よくも私の仲間を殺してくれたわね。死んで詫びなさい」
フェリの拘束を振り切ったフレイは両手を宙に掲げた。
木に停まっていた鳥たちが一斉に逃げ出し、急激に発生した突風がフレイの手の中へと収束していく。
【
幼女が振り下ろした両手から無数の風の刃が発生し、俺の喉元を掻っ切らんと空を切って進んでくる。
龍強化では防ぎきれない。聖神斬撃の数倍は威力のあるであろうドライアドの一撃を防ぎきる術は俺には……
《【
……俺は何も詠唱をしていない、筈だ。
ただ、体のコアである魔石から、ごっそりと魔力が抜かれた気怠さだけが残った。
そして、俺を切り刻むはずだった風の刃は、突如として現れた紫色の壁によって消滅した。
竜の鱗を思わせるような壁質。そして、フレイの攻撃が収まると、一人でに壁は消え去った。
「今のはカイザーの……本当に、本当にこいつがカイザーなの?」
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