水曜日

 前日の雨が嘘のように晴れ渡り緑が丘高校の学園祭は他校の生徒含め家族等で賑わっていた。あいかは有志が集う学園祭ライブを見て、バンドのレベルの低さに嫌気が差し、最後まで見る価値がないと思い友達には悪いが席を外した。不快な音を耳にするより雨上がりの空気を吸っていた方が健康には良いと彼女は判断した。あいかのクラスの出し物はそばめしだったが、好評すぎて材料不足になり、完売御礼の札を掲げ、撤収して今がある。最初はやる気のなかった学園祭も、意外に共同作業が自分の性格に馴染んだのは意外だった。母の影響だろうか、それとも父か。それはわからない。緑が丘高校は母の母校である。


「お母さん、ドラム得意なのよ」

 明るい性格の母は何かと、ドラムが得意だったの、と自慢する。いい歳して自慢する親もどうだろうか。大人というものは過去を美化する傾向がある。それでも、母の学生時代の話で印象的な話しが一つだけあった。鳩、と呼ばれていた教員が精神に異常をきたし、学校を占領する事件だ。当時はそれなりにセンセーショナルな事件であり、細部まで解明できていないのも事実だ。だが、一応には解決してるから緑が丘高校は存続しているのだろう。


「ヒーローが現れたの」

 母は過去を懐かしむように幾分か声を高くしていた。それに対し父が、「ヒーローは俺だろ」とむすっとした声音を放つ。


 やれやれ、いつまでたってもこの二人は男女の関係らしい。仲がいいな、というのがあいかの印象である。


 あいかは気づけば柳の木の前にいた。樹齢何年だろう?自分が想像できないぐらいの年月をここから見ているのかもしれない。成長や喧嘩や不正や不貞、を。それでも色褪せることなく、毅然とそびえ立つ。威厳を保ち、風が吹けば音色を奏で、陽光に照らされれば、癒しをもたらす。不思議な存在だ。

 不思議。

 知らないから不思議なのだろう。だが、不思議が解決する日は来るのだろうか。

「あれは生まれ変わりだね」

 母は言った。どうやら母の父親は小さいときに亡くなってるらしい。学校が占領された際に、謎の転校生が都合良く登場し、転校生が精神に異常をきたした教員を、マウントし、縛り上げたらしい。その後、転校生は忽然と消えたらしい。話が上手すぎる。あいかは信じない。


「君は、今、なにかを信じないと思っただろう」

 声がした。上?下?右?左?あいかは周囲をぐるりと見渡す。が、誰もいない。


「誰なの?」


「上を見て」


 あいかは声に導かれるように上を見た。柳の木の枝に、一人の男がいた。指には指輪をしている。前髪は長く、遠目からみても整った顔立ちだ。

「誰なの?そんなところでサボってる人はじめてみた」

「だろうね。ん?そうか。結構な年月が経ってるんだね。どうも記憶のインストールが意志を持ってるかのようでね。見たい、見たい、と声を連打するんだ」

 男は快活に捲し立てる。それも何を言っているか、あいかには理解できなかった。


「結構、めんどくさい人ね」

 あいかは事実を口にした。元来が毒舌なのだ。


「よく言われる」と男は白い歯を見せた。「君はお母さん似だね。頭の中がうるさいからね。そう、君のお母さんに、これを渡しておいて欲しい。渡せば思い出を共有できる」


 それは男が身につけていた指輪だった。どうやら中指に嵌めるものらしい。


「え、ちょっと、これ、いきなり渡されても」

 あいかは男がいた柳の木を見上げた。が、もうそこには誰もいなかった。あるのは風の音だけだった。風が男の存在を搔き消すように。あいかは指輪を興味本意で嵌めてみた。指のサイズが全く合わなかった。しかし、数秒後。

『事件が起きた前日は雨でね。次の日は晴れだったのよ。普通は逆でしょ』

 あいかの思考に母の言葉が入りこんだ。彼女は自然と口角が上がり、指輪を外した。

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アスナニカ koh-1 @koh-1

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